
あんたは枯れた血が嫌いだったはず、矛先が錆びてしまうから。

今夜もあの日の夜と同じだ、湖には一つの月しか浮かんでない。

湖面に映った月の影、背後に隠れることしかできなかった弱々しく無力だった自分……もしあの時違っていたのなら……

ふむ……静かすぎる。

穏やかな夜が最も残酷だ、忘れちゃならない人を記憶から引きずりだしてくる。

あんたも憶えておいたほうがいい……俺たちがよく湖畔に建てたキャンプで休憩し、焚火を囲みながらどうやってあの獣たちを相手にすればいいのかと話し合っていたことをな。

火花がパチパチと弾き、肉焼きを回しながら解けていく脂、すべて憶えておるわ。

忘れるわけには……いかんからな。

そろそろ出発しよう、あのケダモノを待たせるわけにはいかない。

待て、火の光が見えるぞ?

――!遺棄したキャンプのほうだ……

誰かがそこにおるのか?
(柏生義岡が駆け寄る)

……何者かがここに来ていたみたいだ。

この焚火は……

テラの星空……ボクたちのところとは大差ないように見えるけど、星々の位置が全然違っているニャ。

ニャ、今夜も変な雲がかかってるせいで、たくさんの星々が隠れてしまっているニャ。あんな雲見たことがないニャ、記録しておこうニャ。

前にノイルホーンから聞いたけど、テラの気候はボクたちのところとは大差がないらしいニャ。

風が吹き、雷が鳴り、雨と雪が降る……似たような生態環境であれば似たような自然循環が生まれる、至極当然のことニャ。

それとノイルホーンは何を言ってたっけニャ……天災?これだけは聞いたこともない現象だニャ。

もしノイルホーンの描述が正しければ、クシャルダオラのような恐ろしい災害があるってことになるニャ。けどあれは彼らがいつも話してる源石が引き起こしたものらしいニャ……

動くこともできない石ころがどうやって災害を引き起こすニャ?いったいどういう原理なのかまったく想像できないニャ。

ニャ、観測されていない現象なんてボクは信じないニャ。でも……テラの特殊なところはきっとその源石と関係があるはずニャ。

あ~あ……もしこの目でその天災とやらを観測できればいいのにニャあ。

ニャ?ノイルホーンたちが帰ってきたのかニャ?

えっ、あれは……
火の光が老人の頬を照らし出す。
過去によって彫られたその深い溝は、
まるで彼の今まですべての経歴よりもさらに古いもののように感じる。
どれだけ昔のことだったかはもうほとんど憶えてはいない、
目の前にある焚火はあの時と同じような熱さを抱いていた。
炎によって燃やし尽くされた時がもう一度朧気な声を呼び覚ます。
はたして彼が揺れているのか、それともこの大地が揺れているのか、彼にはまったくそれが分からないでいた……

明……

明。
(回想)

なんだジジイ、まだ死んでいなかったのか。

今はまだその時ではないからな。

お前と違って、この恐ろしくも愚かなケダモノどもが儂に勝てることなど永遠に来るはずがない。

自分はしぶといって言いたいのか?脳天を貫かれてもなお、這ってまで逃げようとする獣のように。

やるじゃん、自分はもうそんな感じになってしまったんだと思ってるんだろ。

よく聞いておけ、儂は死ぬまで狩りを続けてみせる。

たとえこの森にまだ百頭千頭、あるいは一万頭もの獣がいようとも、そいつらを皆殺しにしてやるまで儂は手を止めん。

どんなバケモノと直面することになろうとも……儂がこの手でヤツを殺してやる、一匹ずつな。

儂はあのデカブツを追いかけにいく、お前とダベってる暇はないのでな。
(雨音)

ゲホッ――この爪痕、かなり大きいな。

つい先ほどここに降り立ったばかりか……ヤツはとても飢えている、捕食が必要だろう。

今日の夜はここまでだ。

そんなことはない。

歳を取ってるだけでなく、全身ズタボロじゃないか。さっきもひどい戦いを繰り広げていたし、おまけに今は雨ときた。もうあんたを助けてくれる人は誰もいないよ。

このまま進み続けても死ぬだけだ、あんたは獣じゃないんだぞ。

儂はお前のように……軟弱ではないわい。

あんた、自分でも分かっているんだろ。

……落ち葉を上にかぶせておくんだ。雨水に流されたかのように。

これで誰もヤツの痕跡を見つけることはできん、ヤツは儂だけの獲物だ。

正直に言って、そんなことをしてなんの意味があるのかはさっぱりだ、ジジイ。

フンッ、また儂を責めるつもりか?

儂はお前の代わりとなって、お前がやるであろうことをやっているだけだぞ。

それはどうかな?

脇目も振らずに森の中へと入っていき、獣たちを追いかけ、斬り付け、刺し殺し、骨に包まれた心臓を抉り取り、そして満身創痍になりながら戻ってくる……

毎日“狩猟だ狩猟だ”と口にかけおって、これがお前の一番好んだことではないのか?

これだけの時間が経ったというのに、あんたはまだ俺のことを理解しちゃいないんだな。

フッ……理解しちゃいないだと?ならお前はどうなんだ?お前自身がやっていることなら正しいとでも思っているのか?

一度も儂の言うことを聞かなかったくせして、一度だって儂の気持ちを理解したことがあったか?一度たりとも?

あの日の夜、もしお前のそのテツケヤキよりも頑固な脳みそが少しでも儂の話を聞き入れてさえいれば。

このクソッタレな森の中へ入っていなかったら、誰も見分けがつかないぐらいにぐちゃぐちゃにされたミンチ肉になることもなかったはずだ。

そんな儂はあいつらとは違って、お前を放っておいたりはせん。

……

まだ分からんのか?儂がやってるすべては……お前のためなんだぞ。

いいや義岡、それは全部あんた自身のためにやってることだ。

あんただって分かるだろ……

あいつにお前の声は届いちゃいないさ。
(回想終了)
(ヤトウとノイルホーンが駆け寄ってくる)

また会ったな、柏生さん。

貴様らだったか……

言ったはずだぞ、森には入るなと。

森に入る入らないは私たちの自由だ、あなたの脅しに怯える理由なんてない。

分からんヤツらめ……貴様らは恐怖のなんたるかをまったく理解しちゃおらん!

死ぬのだぞ、分からんのか?死ぬのだぞ!

そうかもな、だがどんな恐怖だろうと私たちを止めることはできない。

まずはその手に持っているものを置いてもらえないか?

この狩人の装備は……儂のものだ!このコソ泥め!

ご自分の所有物なら持って行っても構わないが、私たちの所有物は置いてもらいたい。

貴様らにこんなものは必要ないわい、なぜなら今すぐこの森から出ていくのだからな。儂の邪魔などはさせんぞ!

それは無理だ。

そうかそうか、分かったぞ……貴様ら、あえて儂の邪魔立てをするつもりでいるのだな?あいつらと同じように、儂からすべてを奪い去ろうとするつもりなのだろう?

考えすぎだ。あなたの安全確保を除いて、私はなにも必要としてはいないよ。

柏生さん、あなたもここに来たのであれば、私たちには同じ目標を持っていることになる。

なぜ今のあなたがそのような態度を見せているのかは理解できないが。まあ当然、理解する必要もないけどな。

だが一つだけアドバイスをやろう。今はお互いわだかまりを置いて、しっかりと話し合えばきっと多くの問題も解決できるはずだ。

ムシのいい話を!あれは儂の獲物だ、よそ者に渡してやるものか!

であれば、これ以上私たちの邪魔をしないでもらいたい。

それと私たちが同じ目標を持っている以上、そちらの行動が多少なりともこちらに干渉してくることも出てくるはずだ……

そこであなたには朝が来るまでキャンプで待機して、それから村に戻ってもらいたい。

ヤトウ、それはちょっと……

な……なにを……

出ていけェ!ささっと貴様らの来た場所に帰れェ!

断る。

ちょっと落ち着け、二人とも。

やらせはせん……やらせはせんぞ……

見えたニャ!

職人くん、なにが見えたんだニャ?

“ハンター”諸君、はやくその焚火を消して、その場から離れるのだ!

こ、この声……君は!

リオレウスが火の光におびき寄せられて、すぐこっちに来てしまうぞ!

リオレウスが?

来たか、リオレウス!
(リオレウスの咆哮)