老人は地面に跪くも、その右手には依然と地面に突き立てられた狩猟矛が握られていた。
身体も満身創痍でありながら、痛みは感じていないようだ。あるいは多くの箇所から痛みが伝わってきていても、老衰した神経ではもはやそのすべてを処理しきれなくなるほど鈍くなってしまっているのかもしれない。
どうやら血は流れていない。高温によって水分は瞬く間に蒸発し、皮膚は痛覚を失うほどに炙られ、ただ黒いかさぶたができ上っていく。
喉奥も熱く、なにやらイガイガする。奥から甘くも鉄臭い濃密な匂いがしてきて、彼は忽然と腹が痙攣し何かが込み上がってくる感覚を覚えた。
うッ――うえええ――
カハッ――ペッ、*極東スラング*……き、気持ち悪い。
(リオレウスが咆哮を放つ)
巨大な咆哮が彼の鼓膜を鳴り響かせ、意識を混沌の泥濘から引きずり出す。
老人は顔を上げ、目の前で再び立ち上がる大きなバケモノを凝視した。
ヤツの鋭い眼光を凝視していた。
ほう……貴様か。
そうだ、思い出したぞ……
数分前にあった情景が脳裏を過る。噴き出される炎の隙間から老人は辛うじてチャンスを掴み取り、矛先をリオレウスの頭蓋へと突き刺した。
しかしその対価として、老人は次の攻撃を食らってしまう。
はは……ハァーハッハッハ!
血だ!ハッハァ!貴様も痛みを感じるか?
そうだ、この儂だ!この儂が貴様に血を流させたのだ!傷を負う感覚はどんな味わいだ?
儂には分かる……貴様の頭蓋を覆っている鱗は固くない、一目で弱点だと分かったぞ!
貴様とてまったく刃が通らぬわけではない……貴様は傷を受けた、ならば貴様も倒れるはずだ!
(リオレウスが立ち去ろうとする)
待て……どこに行く!?
おい!どこに行くんだ!?
儂は貴様に傷を負わせたのだぞ!逃げることなど許さん!
儂はまだ戦える!まだ決着はついておらんぞ!
老人は狩猟矛を支えに、なんとかして身体を起き上がらせようとするが、辛うじて膝を一定の角度に保つことしかできなかった。
矛の柄は深々と地面にのめり込んでおり、老人の後ろ姿を写した影は激しく震えている。
ここを離れるでない!行かせは……せぬぞ……
貴様に血を流させたのだ、ならば今度こそは……
儂の矛先が貴様の心臓を貫いてくれよう!
狩猟矛は高々と掲げられた。おそらくは最後の時であったのだろう、縮こまっていた身体が想像もつかぬほどの爆発力を繰り出した。
老人が走り出す。再び仰ぎ見ることしかできない生き物を目掛けて。
うおおおおおおお!!!
(リオレウスが咆哮を放ち、柏生義岡が倒れる)
ごふッ……
儂はまだ……死んでおらんぞ……
*極東スラング*、もう一度だ!
老人の右腕は今も精一杯狩猟矛を、爪が掌に食い込んでしまうほど握りしめていた。
必死に自分の太ももを叩くが、筋肉はまったくそれに応えることもなくただ震えるだけ。
今度こそ、この身体は最後の余力すらも失ってしまったのだ。
そして狩猟矛もするりと手から滑り落ちていった。
立て!立たんかァ!
……畜生めェ!
立たんかァァ!
(一発の矢がリオレウスに当たった後に和也が駆け寄ってくる)
しかし老人は目を見開いた。
彼の目には映っていたのだ。
リオレウスに弓を向けている幼子の姿が。
やわく痩せ細った腕は震えていながらも、目線は寸分たりとも揺れ動いてはいない。
ば、バケモノめ……おじいちゃんに近づくな!
ぼくは!ぼくは和也だ!ぼくだってこの村の狩人なんだ!
これ以上村をこわすことは許さない!ぼくたちがお前を退治してやる!
(リオレウスが飛び立ち、和也に攻撃を仕掛ける)
ノイルホーン!
(ノイルホーンの太刀がリオレウスの攻撃を防ぐ)
俺、参上!
よし、救助完了!子供は大丈夫なはずだ!
学者ネコ、この子と柏生さんを安全な場所まで連れてってくれ!
了解ニャ!
ネコタクに乗せるニャ!
しかし、リオレウスは……傷を負っているのかニャ?このテラの狩人が負わせたのかニャ?こんなテラの矛で……
この狩人……こんなに軽い身体をしてるのに、どこからあんな力を出したんだニャ?
おにいちゃん……
なかなか男らしかったじゃねえか、こりゃもう立派な狩人と言っても過言じゃねえな。だが、ここは俺たち大人に任せてくれ。
燦燦と燃え盛る炎。
その時、満身創痍でありながらもリオレウスの眼前へと立ちはだかった人が現れた。
女は腰を曲げ、腕を伸ばし、地面に転がっていた狩猟矛を拾い上げる。
そして、力いっぱい矛を地面に突き刺した。
その身はとても真っすぐであった。
時間を稼いでくれてありがとう、柏生さん。
今はしっかりと横で休んでいてくれ。
ここからは……
……私たちに任せろ。
俺も準備OKだぜ!
ここから決戦だ!用心してかかるニャ!