新しい赤麦の種もみ、そして駄獣の鞍
粉ひき用の駆動ユニット、中古の輸入品であれば可
首のマッサージ機?それなら通販で買ったほうがいいかもしれない
ベルベッドのコートは二着、スィンドンの仕立て屋で。父に送るやつは裾を短めに
『アイビスのロマンス物語』は(線が引かれている)(忘れたことにしておこう)
それと普通のキャンディも忘れずに。あの子供たちはこれで妥協してもらおう。
ジョージのやつに勲章を借りることも忘れずに!
ピアース。
はっ、長官!
君の休暇なんだが、何やら許可が下りたようじゃないか。
はっ、順調に取得することができました、長官。これもすべては……
すべては君のそのベビーフェイスのおかげだ、青二才め。
上にいる人たちは時折そうやって部下へ気配りする様子を見せてくる、彼らが言うにはイメージ戦略だそうだ。
あはは、それはきっと長官らのご機嫌がちょうどよろしかったからだと思います。
]実家の製粉所が崩れてしまって、おまけに町の大工も足を折ってしまったものですから、ママが手伝いに戻ってこいと言ってくるものでして。
十日分の休暇、往復にかかる八日分を除いた一日半。それだけあれば、半壊してしまった文化財もどきの相手をしてやれるはずです!
念のため、半日くらいの時間的余裕は残しておきました。長官、もしかすれば父の代わりに少しだけ畑を耕してやれるかもしれません。
あっ、そうだ、作業用の手袋も買っておこう。さっさと実家が使ってるやつと交換してやらないと。
ふむ、それは……購入予定のリストか?
はい、長官。買い忘れ防止のためにも書き残しているであります。次回いつ休暇を頂けるかまったく分からないものですから。
その時はきちんと本物の勲章を何枚かもらっていることを切に願っているよ、君自身のな。
もちろんであります!これもすべては我らがヴィクトリアのためであります、長官!
ふふ、野心家なヤツめ。
知り合いにトッドというヤツがいる、私と共に辺境で塔の術師どもと相手をしてきた戦友だ。彼は純金製の記念勲章を一枚獲得しているぞ。
本当に美しい勲章だったよ。胸元につけてキラキラと、まったく目が離せなかった。
我らが敬愛するウィンダミア公爵閣下自らが叙勲くださった勲章でな、あれは軍人たちの最高の栄誉だよ。ただその後行われたパーティなんだが、トッドのヤツ、なぜだかずっと苦い顔をしていてな。
それは一体なぜだったのか、分かるかね?
自身の武勲に満足しきれていなかった、ということでしょうか?
いいや、そんなものじゃないさ。それよりもさらに酷いものだ。
木製の義手を二つも装着していたせいで、あいつは酒を飲むためのジョッキすら持ち上げられなかったのだよ、はッ!
ベテランの士官が口を開ければ、一列に並んだ黄ばんだ歯をあらわにする。
それにつられて若い兵士も愛想笑いを返してやるが、彼には分かっていた、これも所詮は長官のくだらない笑い話の一つにすぎないのだと。
甲板では猛烈な勢いで風が吹き荒れている。兵士らは自分たちの軍帽のつばを掴んで抑えつけながら、軍人としての体面を損なわないほどの小さなくしゃみをしてしまう。
たとえ季節や天候がどうであれ、疾走する高速戦艦の甲板上はいつだってコートに包まれたくなるものだ。
今日はウェルシュのヤツが調理担当だ。あのハゲデブ野郎、一体どれだけ軍用缶詰をこっそりと平らげたものやら、と若い兵士は密かに思う。
しかしあいつが作るシチューは絶品だ、願わくば今日、シチューにたっぷりと羽獣肉を入れてくれるといいんだがな、とも。
そうして若い兵士が思いを馳せ、日が暮れて夕食を済ませば、いよいよ彼も出発の頃合いだ。
彼らが搭乗している移動要塞はすでにロンディニウムの付近まで辿り着いている。もし天気がよければ、地平線の彼方からザ・シャードの尖塔部分が見えるかもしれない。
駐屯地に戻り、後方支援中隊の輸送車に乗った後は、まず一番近い町に寄るとしよう。そこの酒場で二杯くらいは酒を注ぎこむことができるはずだ。
早朝になれば、商品を仕入れになめし職人が郡へ出発するはず。タバコ二箱もあれば、十分行き先まで自分を乗せていってくれるだろう。
そうやって若い兵士は、実家にある倉からいつまでも発せられる、もみ殻堆肥の発酵した臭いを思い出した。
あの臭いは今になってもたまに夢の中で襲いかかってくることがある。思わず鼻をつまみたくなるが、それは実家の村とのある種の繋がりをも意味していた。
もしたまたまだったのであれば、いや、若い兵士はこっそりと眉を顰めながら、もうこんな無節操な気持ちで自分にウソをつきたくはないと、そう誓った。
たとえたまたまであったとしても、あんな臭いはもう二度とゴメンだ。これこそが毎度実家へ帰る際の最大の障害となっていることを、彼は認めざるを得ずにいた。
まったく、また霧が発生したか。このロンディニウムのクソッタレな天気はいつになっても慣れないものだよ。
私たちがリターニアの辺境へ駐在した時の天気もいいものではなかったが、少なくとも午後になれば日光浴くらいはできたものの。
おい、艦長に知らせろ。こんな天気じゃ観測所は何も見えないだろうし、レーダーも影響を受けるかもしれん。そろそろ帰航すべきだ。
カスターの部隊は大人しく自分たちの前線を張っていたが、ゴドズィンによってまた奥まで撤退させられてしまっている。面識があるあの前哨部隊を除けば、ウェリントンの主力も未だ顔を見せてはいない。
我らが敬愛するウィンダミア公爵閣下を除いたほか七名の公爵の方々は相変わらず傍観しておられるご様子だ。以上がパトロールの報告だ。
しかし長官、あのサルカズたちは……
そんなことは我々とは関係ない。上におられる方たちが自ずとそれについてご考慮してくださるはずだ。
しかし聞いた話では、近頃ロンディニウムの中で……
ピアース、私はもうすでに十何年も軍に所属してきた。酒飲みとカード遊びを除いて、軍の中で学んだ一番重要なことというのはだな――
そんな根拠のないくだらんデマを信じないことだ。そういうことは後ろで地図と睨めっこしている長官らがすべてやってくれる。私たちは自分たちの責務を全うすればそれでいい。
しかし我々の責務は……ヴィクトリアを守ることではないのですか?
ヴィクトリアがなんたるかは彼らが決めることだ。若いの、我々の責務は命令を遵守することだけだなのだよ。
さっ、そろそろ帰りたまえ。平和な一日は終わった。
私はひとっ風呂浴びてくることにするよ。この霧のせいで骨が――
もしかすればこの頃あまりにも疲労が溜まっていたこともあって、若い兵士はいいタイミングで休暇を申請してやった自分に感謝することにした。
戦場はいつだって精神を削がれる。とりわけ何が起こるのか起こらないのか、あるいはいつどこで何が起こるのか、誰であれば信頼できるのかが分からない戦争はなおさらだ。
少し熱いな、若い兵士はそう思った。
そうして腕を曲げ、シャツの第一ボタンを外そうとする。彼の親愛なる長官はつい先ほど平和な一日は終了したことを教えてくれたのだ。であれば、少々風紀を無視しても大事にはならないだろう。
やがて彼は実家にある暖炉のことを思い出す。数年前、彼は新しく仕立てられた軍服を着こんだまま家に帰り、汗だくになるまで暖炉に焼かれてもボタンの一つとて外そうとしなかったことがあった。このことは、後々シェリーのやつに長い間笑い話にされるのであった。
しかし若い兵士はニヤリと口角を上げる。
ヘッ、だからだよ。お前なんざに、あんなバカっぽいロマンスものを持って帰ってやるもんか。これは俺からの報復だ、ざまあ見ろ。
(砲撃音と共に高速戦艦が射抜かれる)
……
主砲、出力は正常値のまま。目標の破壊を確認。
よろしい。
では次の準備に取り掛かれ。大公爵たちはすぐにでも反応してくるはずだ。
……
(テレジアが近寄ってくる)
テレジア殿下。
で、殿下……!
あら、新顔?
は、はい……!殿下!先日、将軍が傭兵隊から抜擢していただいた者です!
と、とても光栄に思います……あなた様はずっとオレの……
私もあなたと知り得て光栄だわ、名はなんて言うの?
お、オレは……
……
(小声)ちゃんとした名前なら、持ってません。周りからはいつも“ヒジ”って呼ばれています。
……クソ、こんなことがあれば本の中からもっとまともな名前を取っておけばよかったのに。
“ヒジ”……どうしてヒジなの?
前にスープを飲む時、火傷をしてしまって……いや、そんな大した話じゃないんです、殿下がご心配される必要は……
きっとお椀を持ち上げ過ぎちゃったんじゃないのかしら?
違います!“サイコロ”の野郎がオレにぶつかってきたからああなったんです!あの野郎、今度会ったら絶対に……
殿下。
あっ、オレ……すいませんでした、将軍、テレジア殿下。
いいのよ。さっ、まだお仕事が残っているでしょうし、はやく行きなさい。
聞いた話じゃ飛空船軍の今日の夕食はシチューみたいよ、食事の時間に遅れないようにね。
……
感謝いたします、テレジア殿下。
オレたち……
“戦場を終えるたびに、サルカズたちは帰れる家を持つことになる。”
オレたちって、もうすぐカズデルに戻れるんですよね?
……
もちろん。
王庭の主たちと比べて、彼らと一緒に過ごすほうが私は好きだわ。
サルカズの魂たちはいつだって私に俯くことを迫ってくる。私たちの長く苦痛に満ちた歴史の中へ埋めてくるのだから。
けど彼らは……新しく成長してきたあの子たちは、ある種の確実な未来を実感させてくるの。
私たちは……未来をどこに置いてやればいいのかしら?再び大地を席巻する戦争の中に?
私たちの目の及ぶすべての場所が焦土と化した時、彼ら新芽は本当に私たちが願ったようにすくすくと成長してくれるものなのかしら?
希望というものはいつに変らず重苦しいものだわ、マンフレッド。
……殿下。
軍事委員会の取り決めにより、一部の区画はすでにロンディニウムから離脱しました。現在は指定のポイントまで進入し、ダウンタウン区画と大公爵の包囲網の間に停泊しております。
あそこはこれから我々の攻勢と支援の拠点へとなり得ましょう。この飛空船もしばらくはそこに停泊する予定です。
ウィンダミア公のほうも、すぐにでも自身の高速戦艦が破壊された報せを受けることはずです。とはいえ飛空船の脅威を無視することもできません、このことはきっとナハツェーラー様が戦線を展開する際の助けとなりましょう。
私たちもこれから、摂政王の指示に従って……
マンフレッド、窓の外を見てみなさい。
そう言われて、マンフレッドは窓の外へ顔を向ける。
認めざるを得ないが、こうして計画という炎が目の前で轟々と燃え盛っていたとしても、彼はどうも……想像していたよりもあまり心躍ることはなかった。
……目が見開けないくらいの火の光。
ようやく、我々の戦争が勃発したのですね。
軍事委員会の推測通りであれば、今から十六時間以内に大公爵たちが慎重に軍事行動を展開してくるはずです。我々のほうも、すでに用意はできております。
いいえ、戦争なら今まで一度だって止んだことはないわ。
戦線同士が引き裂かれない限り、戦争の名を冠することができないわけではない。あのカーテンの奥に隠れた目、そして夜に聞こえる小声で発せられた呪詛の言葉とすすり泣く声、あれらも戦争よ。
荒野でひとり斃れてしまった私たちの同胞たち。式典で引きずられていく黒くて長いマント。コレクターによってガラス箱へ入れられた、いずれかの時代のカズデルから取ってきたであろうレンガの欠片。それらもまた戦争そのもの。
戦争はずっと私たちの一部だった。ただ私たちは……そんな戦争をもう一度人々の前へと押しやっただけ。
たとえヴィクトリアから燃え広がった戦火であっても、カズデルが戦争の一部でなかったことはありません。この点については、私と将軍のほうで多くの計画が……
いいえ、マンフレッド。それを聞いているわけではないわ。
見えるのよ。私たちの足元、この飛空船の下で誰もが平等に影に覆いかぶせられていくところが。
それを終わらせましょう、将軍。それがサルカズであることを証明できる唯一の方法であれば……
涙で涙をそそぎ、苦難で苦難を埋め立ててあげましょう。
……
それが……たった一つの方法というのであれば。
あなた様が望むがままに、殿下。
……
なあ、見えるか?
ああ間違いねえ、まるであの伝承からそのまま出てきたような感じだぜ。
災いの兆し、動乱の前奏、悪夢の化身……
それじゃあ……
香水でぎっしりの宝箱を引きずった、山みたいにデカい鉗獣は見えるか?
ああ、赤っ鼻のハンバートが言ってた通りだ。
……
お前は身体がよくないんだ。これ以上の飲酒は控えるようにって、ナインにも言われただろ。
ちょっとくらい飲んだだけじゃねえか!俺ァもう長くねえんだ、最後の希望まで捨てさせないでおいてくれよ。
オメーだって憶えてんだろ。雪原にいたあの日の夜、みんな凍え死にそうだってのに、赤っ鼻のハンバートが俺たちに話してくれたあいつん村に伝わる奇妙な伝承の話を――
……すまないが、俺はヴィクトリアからお前らに加わったんだ。
そうかい、俺ァてっきり……
そうだったな、赤っ鼻のハンバートはウルサスで死んじまったんだった。あいつァすげーヤツだったよ、少なくとも監視隊を四つも道連れしてやってくれたんだからなァ。
クソッタレがァ、オメーならきっとあいつとあいつの話を気に入ってくれるはずだのによォ。この一杯はあいつに捧げるぜ!
ロマーヌィチ、また酔っ払っているな?前にも言っただろ、そのスキットルをはやく渡すんだ。
嬢ちゃん、俺ァもう長くは生きられねえんだよ。だからもう……
まだまだこれからだ、医者の言うことを聞いてやればな。
い、医者なんざクソ食らえだ!あいつらはみーんなペテン師なんだよォ!俺ァこの液体が必要不可欠なんだァ……俺には見える……(むにゃむにゃ)……
(足が不自由なレユニオンの戦士が倒れるように眠る)
まーた眠っちまったよ。
毛布をかけてやれ。
私たちなら、すでにロンディニウムからそう遠くないところまで来ているはずだ。
ああ、運がよけりゃ、あと一週間であの城壁が目に入るかもしれねえな。あのオンボロ車を直せていたら、もっとはやく着いただろうに。
ロンディニウムの周りはあんまし天災が発生することはない。だが昨今の情勢だと、運悪くどっかの大公爵の部隊と鉢合わせする可能性もある。あいつらは全員友好的なヤツらとは言えねえ。
それに、サルカズだっていることだし……
これからは今まで以上に慎重に行動しよう。
とはいえ、あの閉じ込められている仲間は探し出さなければならない。たとえ彼らが今でも私たちの一員であることを認めていなかったとしてもだ。
もう一度団結することは困難なことだ……が、私たちは今でも同じような苦しみを感じ、同じような悲しみを背負っている。そういった感情が私たちをいつまでも足を止めぬように駆り立てているんだ。
これは償いだ、なんてことを私は言うつもりはない。ただ、落ち着いて取り掛かれるのも……今のところはこれしかないだろう。
絶望の淵に立たされている感染者たちに知らしめるんだ。彼らにもまだ仲間はいる、穀潰しなどではないことをな。
(何者かが近寄ってくる)
……
言われた通りの場所にいろと言ったはずだが?
タルラ。
……
ナイン。
少し息抜きに出てきただけだ。
それは構わない、だがお前のことは私が見張っておく。
……遠くに、明かりが見えるな。
燃えだしてしばらくは経つ。雷による森林火災であればいいのだが。
私たちの部隊なら、そこを迂回する予定だ。
そうか、雷か……
お前、キャンプ地で粥を作っていたのか。
調理担当を手伝っていただけだ。本人が言うには、まだ二箱ものジャガイモを片付けなければならないらしい。
味見してみたが、悪くはなかったぞ。
アリーナ……昔の……ある友人が、私に教えてくれたんだ。
料理の腕前、もうとっくに忘れてしまっていたと思っていたのに。
お前自身の裁きが下される前に、私たちのために力を尽くしたいのであれば止めはしない。
だが今のお前の立場というものを忘れるんじゃないぞ、タルラ。しっかりと見張っておくからな、全員が。
……もちろんだ。
では荷物を片付けよう、そろそろ出発だ。
(足が不自由なレユニオンの戦士が起き上がる)
……俺ァ眠っちまっていたのか?クソォ。
おーい、ナインさんよー!この歳を食っちまったどうしようもねえヤツを憐れんでやってくれねえか?一口だけでいいんだ、さもなきゃ俺ァ今日でおしまいだよォ!
おい、お前ら見ろよ!向こうの空が真っ赤に燃え上がってらァ!赤っ鼻のハンバートも言ってたぜ……
あいつが言うには、これはいい兆しらしい……いい兆しだってよ!
それと、これは……彼岸?勝利?とも言ってたっけ?まあ、もうよく憶えちゃいねえが……
多分、多分って話だ……
もしかすれば……単に明日はいい天気になるだけなのかもしれねえなァ。