(無線音)
“ウィンダミア公に所属する高速戦艦の一隻がサルカズ側の正体不明の兵器によって襲撃されたことを確認。生存者は残っておりません。”
“暫定的な判断として、当兵装はおそらくかつてロンディニウム上空に短時間出現した例の構造物なのではないかと推察します。”
“遠距離観測隊からの報告によれば、当兵装の長時間滞空能力と強力なアーツ発生装置には警戒しなければならない、とのことです。”
“現状把握している情報だけではサルカズが製造したかの大型武装飛行装置の技術基盤を推察することはできません。現在もより多くの情報把握を試みております。”
“そのため、サルカズが有しているこの技術が当兵装を量産するに能うことを証明するまでは、当ターゲットを最高レベルの脅威として認識する必要はないかと。後続の対応行動なら、すでに展開済みであります。”
“しかし一つ注意すべきことは、ノーポート区――つまりロンディニウムの旧物流地区のことですが、前日にロンディニウムの区画から離脱しました。”
“当区画は現在、都市と各大公爵がロンディニウム外周に構築している戦線との間に停泊しております。”
“サルカズ側が予見しうる限りの大型軍事行動へ対応すべく、この区画を移動基地として改造したのではないかと推測します。”
“あるいは、あの大型兵装が臨時的な停泊地として利用するのかもしれません。”
“現在ロンディニウム都市防衛軍の指揮官として着任しているレト中佐から声明が発表されております。彼が言うには「技術的な要因」によって、ノーポート区がロンディニウムから離脱するという想定外の事態が発生してしまった、とのこと。”
“現在も多数のロンディニウム市民がこの区画に取り残されており、都市防衛軍が市民ら向けに「救援計画」を立てているところです。”
“そこで遠距離観測隊が数枚、現地で撮影した写真を提供してくれました。”
“目下、我々はまだ当区画に対して大規模な行動を展開してはおりません。”
“ただ諜報員によりますと、この八時間以内にあったウィンドミア公の移動要塞「カラヴァーの盾」のこれまでの異常な人員配置は、ノーポート区の状況と高い関連性があることが伺えます。”
“何名かの分析員によれば、ウィンダミア公の当区画に対する軍事的な主張はこちらの予想を遥かに超える過激なものになっているとのこと。具体的な原因はさらなる調査が必要です。”
“そのほかの公爵に関しましては、今回のサルカズによる襲撃へ対する態度の変化や後続の動向は依然と監視中でございます。今回の定期分析報告の提出期間も短縮される見込みです。”
“では、貴方様の次のご指示をお待ちしております。”

……“技術的な要因”、ねぇ。

とてもそれらしい言い訳とは思えないわね、そう思わない?

けれどとても使える言い訳ではある。彼らはとても私たちのことを理解しているわ……自分たちの名声を必死に守り抜こうとすることをね。特に、ヴィクトリアの未来に関わってくる今の情勢では。

それだけでなく小さな小さな餌を撒くこともした……ふっ、空を飛ぶことができる要塞ですって?

]確かにむず痒い存在ね。けれど、ノーポート区が彼らの隠れ蓑として利用されている限り、事態は厄介なことに変わりはない……

これじゃあのウェリントンが自身の高速戦艦をそこに突っ込ませて、旧物流地区に砲弾を浴びせてから、あの新しいおもちゃを掻っ攫っていくことさえできなくなるわ。

けれど、彼にそんな堪え性はないわね。

ええ、ウェリントン公の行軍速度は加速しております。おそらくすでに飛空船の情報をキャッチしたのではないかと。

ああいった空に浮かぶ大型戦艦は確かに我々の予想を超える存在です、あれは未来の戦争の在り方を変える力を秘めております。しかしご報告の通り、今はまだ手に及ばない事態には発展しておりません。

こちらの推測によれば、例えサルカズ側が物資を輸送する裏ルートを有していたとしても、多数の飛空船を建造するだけの十分な資源と時間はないと考えます。

あの魔族たちでは、かの技術の真価を発揮させることなどできません。しかし、我々であれば可能です。

ええ、もちろんよ。あれは重要な存在だわ。たとえ私が命令を下さなくても、きっとあなたたちが私に代わってあの兵器を鹵獲してくれるのでしょう。

しかし、単にその技術だけに目を光らせておくべきではないわ。

本当に私の頭を悩ませているのは……

あのサルカズたちはザ・シャードに長い間引き籠もってきた、野放しが過ぎたわね。いくらおバカな人でも、そこに敷かれているスイッチの後ろにナニが隠れているかが分かってくるはず。

アラデル……彼女を責めるつもりならないわ。あの子はいつだって優柔不断だった。けれどあれはあの子の強さでもあったわ。そうしていることを私が許したのだから。けれど私たちの“剣の石台”は、おそらく時間通りに起動させられそうにないわね。

ご安心を。貴方様を支えてくださっている公爵の方々とその臣下たちなら、きっといつまでも貴方様のお傍にいてくれるはずです。

彼らには平和と安全を与えると約束した。それを私が言ったからには必ずやり遂げなければならないわ。

約束を遵守せよ。カスター家が興ってからずっと守られてきた信条よ。

それならば“グレイハット”たちがすでに対処に取り掛かっております。

彼らはいつだってキレイに対処してくれてきたわ、当然のことよ。

では閣下、ノーポート区の市民たちは……

レト中佐も言っていたじゃない。ちょうど“救援計画”を練っているって。

なら、このガリア出身の都市防衛軍指揮官を信じてみましょう。昔何度か彼と会ったことがあったの、中々面白い男だったわ。

サルカズは一度だって公に自分たちはロンディニウムを“占領”した、なんて言ったことはなかったわ。表面上ロンディニウムはずっと都市防衛軍の所轄よ。

それにあの中佐は都市防衛軍の指揮官という立場にいながらも、四年も生きてこれたし、何より面倒な騒ぎを引き起こすこともなかった……

あの魔族たちの性根なら私たちだってよく知っているでしょ?まったく感心しちゃうわ。

もしかしたら、彼のほうが私たちよりもさらに興味を持っているかもしれないわね。“救世主”になるということに。

ええ、分かります。

常々適材適所を試み、価値ある友人を真に忠誠なる仲間にすることは……私たちが当初考えていた以上に難しいことね。

私が一体なにを欲しているのか、あのウェリントンならすでに分かっているはずだわ。もちろん、逆も然りね。

大っぴらにこれについて話し合ったことはないけれど、お互い助け合うことは厭わないわ。むろん、互いのためにナイフを隠し持つことも。

しかし可哀そうなことに。ウィンダミアはきっとあのリターニア人と長い間ドンパチし過ぎたのよ。しばらく経たないと、ヴィクトリアのルールがどういうものだったのか思い出せそうにもないわね。

確かに、なぜウィンダミア公がこれほどまでノーポート区の事態に切羽詰まっているのかはまだ把握できておりません。もしや彼女も飛空船の技術を求めているのでは?

あるいは、もっと交渉に有利な手札を握ろうとしているのでしょうか?この先自分の境遇が危うくなることなら、彼女も理解しているはずです。

チャンスはいつだって欲望と共に生まれてくるものよ。とても甘く、そして人を深淵へと引きずり込んでいく。

私のあのいとこの兄はそれをしっかりと理解していなかった。だから彼は二十六年前に死んでしまったのよ。

知ってるかしら?私、たまに彼の夢を見るのよ。

正直言って、彼のことはそこまで好きではなかったわ。いつも得意げになって、ホラを吹いてばかりいるヤツだったから……

私たちがまだ小さかった頃、彼はよく宮殿内の廊下を走り回っていた。本で読んだ先王たちの語録を大声で叫びながらね。

そんな彼が叫んでいたのは、どれも薄っぺらい語句ばかりだったわ。

やれ“臣民の模範”だったり、“貴族としての手本”だったり……

彼はそういった言葉を模範としていた、必ずしも先王たちが話したものではないというのに。どうせ王家直属のアーキビストたちが媚びへつらうためにでっち上げたものなのでしょう。

なのに彼はそれを本物だと信じ、そのためにどんな代償をも払った。

けれどね、そんな彼をどうしようもなく会いたくなる時があるのよ……

彼がまだ生きていたあの頃、私たちはまだ“すべては良かった”というフリをすることができたのだから。

それが今や、どれだけ鈍い人間であっても目を覚まさなければならなくなってしまったわ。

ならばよく見てみるといいさ。私たちの醜さを、欲望を、野心を――

戦争はもう始まってしまった。戦争がやって来たことで、人々の願いは駆逐され尽くしてしまったわ。

しかし閣下、これは貴方様がヴィクトリアを一つにまとめるチャンスでもあります。

ふっ、まとめる、ね……

もはやヴィクトリアは埃を被って久しい。貴方様ならきっとかの栄光を再び輝かせる資格があることでしょう。

これはヴィクトリアのための戦争なのですから。

いいえ、若いの。これだけに限っては、決してヴィクトリアのものではないわ。

“ヴィクトリア”……私たちはこうも敬愛の念を込めながらその名を口にしてきたけれど――

この名は単に人々が道徳で膿が溜まった傷痕を覆い隠すボロ雑巾、尊厳で希望を引き剥がす際の空っぽな殻でしかないわ。

農民や労働者、兵士に貴族……そして互いを敵視し、憎み合ってる人々。どうしてそんな者たちが集まっただけで偉大なるヴィクトリアが生まれると言えるのかしら?

彼ら一人ひとりが口にしているヴィクトリアとは一体なにを指しているのか?半生をかけて耕した田畑?自らの血と涙を注いできた工場?

奪い取ってきたコレクションを並べ、輸入してきた絨毯を敷いた豪華絢爛なロビー?あるいは地図に描かれた色合いと文字、テレビに映された経済状況を示す数字やニュースタイトルかしら?

それとも一人ひとりの想像によって建てられた、常勝無敗の栄光にして大いなる帝国のことを指しているのかしらね?

であればしっかりと用意を済ませ、目を凝らしましょう……

この戦争が私たちをどこへ導いてくれるのか……それを見届けようじゃないの。

……こんにちは、あの――

なんだ、お前もここのフェンスに吊るされてえのか?

正直言って、今の仕事はまったくもって退屈だ。だからお前の身のためにも言っておいてやる、そのまま回れ右してとっとと消えろ。

ち、違うんです!私は……みんなただ、あなたと話し合いたいと思って私をここに……

いえ、話し合いではなく、ほんのささいな問題がありまして。それで、できればここでお慈悲をかけていただけないかと……

俺たち魔族にそんな良心があるだなんて、お前らヴィクトリア人はいつからそんなくだらねえことを妄想し出したんだ?

私たちはただ知りたいんですよ。ノーポート区は今どういう状況に……?

お前に話すことァねえ。

それか……ほら、私たちなら少しくらい金目のものを差し出してあげても構いません。きっとサルゴンの宝石のことなら聞き及んでいることでしょう、少々そういうものを取り入れておりまして……

いいからとっとと消えろ。

なるほど、あまり興味がないのですね?ならほかにも旧ガリアの油絵を何枚かコレクションしておりまして、どれも計り知れない価値が――わ、分かりました!本当なら言ってはならないことなのですが、背に腹は代えられません……

サンクタの守護銃はどうです?幸運にも、一丁コレクションしてるものがありまして……

面白ぇ……お前サンクタの守護銃なんか持ってんのか?

いえ、持っているというのではなく!単にしばらく保管しているだけでして……あぁ、もしあの役場の天使たちに知られたら皮を引き剥がされてしまう。ただ、もしお気に召したのであれば――

これはあくまで聞いた話なのでは、あなた方――サルカズは昔からこういったものを好んで収集しているとかなんとか。ですので……

いいか、よく聞け。そういった天使のおもちゃならな、ついさっき死んでいったヤツらの山からの掘り出し物のほうがよっぽど好みだぜ。分かったらさっさと消えろ。

おいサルカズ!俺たちはただ何が起こってるのかが知りたいだけなんだ!言っておくが、これは合理的な要求に相当する!

大勢の人間が自分たちの家から引きずり出されたあと、こんな狭い街に閉じ込められて。住む場所もなければ、食べ物も自由もない!今俺たちが欲しいのは説明だけだ!

これだけ家屋があるってのにお前ら全然満足してねえってのか?所詮はただのドアだろ、叩いたりこじ開けたり――やり方は知らねえが、そうすればすぐにでも住めるだろうが。それともなんだ、ジャグジーバスでもお求めか?

お前らが俺たちをこんな風に扱う資格はない、防衛軍はどこだ?俺はレトと顔見知りだ、あいつと話をさせろ!俺たちはなんの規約にも違反していないはずだ!
(フェリーンの女が市民を抑える)

ちょっとあんた、そこまでにしておきなよ。危ないったら……

あの人たち、武器を持っているんだよ!

放せってんだ!危ないからなんだよ!言っておくがな、サルカズ!俺はここで三十年も過ごしてきた、ここは俺の町!俺たちの街なんだ!

お前らがあの工場を接収したことは知ってるぞ。ロンディニウムの富を貪ろうとしているようだが、そんな好きなら持っていくといいさ。工場を何か所か渡したところで、ヴィクトリアの栄光に傷がつくことはないからな……

だが俺はある一定の立場にいる人間だ!たとえ国王だって、無闇に俺の家を差し押さえることはできないんだよ!

だから教えろ、どうして一夜でノーポートはロンディニウムから離れた?街の周りに建てられたこの壁はどういうことだ!?

まったく……あんた死にたいの?

俺にそんな資格はねえって……なんでお前ごときがそう思えるんだ?

ま、待ってください!旦那様!彼はそういう意味じゃないんです!
(サルカズの兵士が憤慨する市民を斬り伏せる)

ぐふッ……うッ……

本当に、本当に退屈だ。

よく聞け、虫けらども。正直言って、俺は今すぐにでもお前らを皆殺しにしてやりてぇ気分だ。そのツラ見ただけでヘドが出る。だが上からのお達しだ、お前らはまだ使えるってな。

だから上と約束したんだ――しばらくは気持ちを抑え込んでおくって。

言うなれば、これはお前らにやった温情ってやつだ。だが、それはいつでも取り下げられる意味でもある。

はやく逃げて!ここから逃げるんだよ!
(サルカズの兵士が市民を斬り伏せる)

た、助けてくれええええ!
(臆病な市民が走り去る)

おうおう逃げろ逃げろ、この哀れなヴィクトリア人どもが!もう十二分に楽しんできたはずだろ!なら今度は、俺たちの暮らしっぷりをお前らが味わう番だッ!

廃墟に、薄暗い陰に隠れながら!自分の道徳心とプライドを揉み砕いて呑み込んでよォ!それが俺たちサルカズが味わってきたすべてだ!めでたいねぇ、今じゃそいつはお前らのモンにもなったんだからよォ!

そいつを平等だって喚き散らすといいさ!お前らが一度だって理解してこなかった平等ってやつを!

説明?弁明だァ?

戦争はもうとっくに始まってんだよ、このマヌケどもがァ!

それをよ~く学んで、抱き締めてやりゃいい!俺たちがずっとそうしてきたようにッ!

ゼェ……ハァ……

ひッ……ひっぐ――ここは……

メソメソしないの。

あいつらにピクニックだって、この街に招待されてきたとでも思ってるワケ?それを必死に拒んできた人たちが今どこにいるのか、よーく考えてみなよ。

君は……

あたしはベアード。傷を負ってるね、手当してあげる。

ほら、こっち来て。








