アーミヤ、ドクター。来たか。
あはは、見ての通り、我々の士気は今……非常に低迷している。
ここは少々乱雑だが、あまり気にしないでくれ。アラデルが……いなくなってから、我々の後方支援補給はずっと悩みの種となってしまっているからな。
だが今ある面倒事の中では、これはまだ一番容易に解決できる問題の一つだ。
前回の戦闘で、こちらが多くの人員を失ったことは深刻な問題になっている。以前ならば、こういった犠牲もいつかは意味を成すと考えていたんだ。サルカズが推し進めている過程を阻止さえすれば、まだ挽回の余地はあるのだと。
だが残念ながら、向こうの動きはこちらの予測よりもはるかに早かった。
サルカズたちは……ザ・シャードを占拠しているだけでなく、あの“飛空船”すらも製造しているからな。
短報ならすでにみんなの手に行き渡らせている。飛空船は堂々とウィンダミア公の軍を襲撃するようになった、平和の虚像はもはや存在しなくなっただろう。
一方ザ・シャードは……サルカズ側が積極的にこの戦争を勃発させたのなら、向こう側におけるあのビルの掌握は……我々の予想よりもはるかに進んでいるのだろうな。
そんなことは思いたくもないが。
……この剣の伝説について、アラデルはよく私に話してくれていた。
天災を切り裂くことができるこの諸王の息吹はヴィクトリアの最も堅牢なる盾だと。それに釣られてやってくる嵐を防ぎ切ることができると。
なら、彼女はきっとこういうことも君に伝えていたのではないだろうか。その力を発揮できる人間はあまりにも少数であるからこそ、王宮の地下に“剣の石台”が存在しているのだとな。
シージ、本当にその剣から何も感じいないのか?
もしかしたら……あまり詳しくはないのだが、一種の呼び声?あるいはほんのり熱を感じるような感覚?だったり。あるいは急にすげーアーツが使えるようにはならないのか?
もしかしたら、お前だったらきっとこういうことが……
(シージが剣を振り回す)
……
いいや、何も起こらないな。
剣は相変わらず冷たく、硬いままだ。振った際はハンマーよりも軽いせいで、あまり力加減ができていない。
ほかには何もないのか?ほんの少しだけいつもと違うような感覚も――
……こいつを戦場に出す前はしっかりと研いでおかなくてはならないな。もうすでに少しだけ鈍になってしまっている。
どうやら、しばらくはその剣が直接役に立ってくれるようなことに期待するべきではなさそうだな。我々にかわってザ・シャードの脅威を排除してくれるようなこととか。
・だが大公爵同士が争う際の手駒になることはもうない。
・サルカズたちがザ・シャードを起動する際の懸念にはなってくれそうだ。
そうだな、ロドスのドクターよ。この剣がほか勢力に渡っていることよりはマシだ。少なくともこいつがこの戦争の引き立て役になることを回避してやれた、これだけでも十分だ。
……これだけでも十分、か。ああ、そうだな。
(小声)アラデル、もし私に何かできていれば……
落ち込むことはないですよ、シージさん。きっとまだ手段を掴めていないのか、あるいはまだそのタイミングになっていないだけです。
……
ドクター、例の補給ルートの分析がおおかた終わったよー。
基本的にはロンディニウムの郊外にあるブレントウードって町から延びていることは分かったかな。その逆、終点はめちゃくちゃあるけどね。
だからハイバリーの軍需工場以外にも、直接ザ・シャードの地下まで延びているルートもきっとあるはず。
あーあ、でもそれを見つけるのに遅過ぎちゃったね。もし一か月――いや、十日くらい早く見つけていれば、事態もこんなことにはならなかったはずなのに。
だがこの補給ルートの情報には価値がある、ドクター。
もしそこが重量級の物資輸送に使われているルートで、かつ直接ザ・シャードの地下まで延びているのであれば――
・ほかのモノを運ぶこともできるということか。
・反撃のチャンスということか。
その通りだ。
戦争が始まった後、おそらくテレシスの傍に護衛が配置されていない可能性は非常に高い。それぞれの王庭の主たちも、大公爵たちと渡り合うために自分らの軍を指揮するので精一杯のはずだ
その際はリッチの介入が問題になってくる……だが私の知る限りでは、ヤツらが特定の誰かの肩を持つことはない。なにより、ケルシーがヤツらのトランスポーターと話しをつけてくれている。
向こうがきちんとケルシーの忠告を聞き入れているといいのだが。
だから我々も、これからはできるだけ――
おいヴィーナ、少しはノーポートのことも話してくれたらどうなんだ?
あのサルカズどもに切り離されたんのは俺たちの街なんだぞ!ベアードだってまだそこにいるんだ!
クソッタレが、補給ルートからの大反撃作戦なんかよりも、真っ先にあいつを助けに行くべきだぜ!
少し落ち着いてくれ。今は全体の状況を考慮する必要が……
んだよ、ナイト様は俺に状況判断のなんたるかを教えていただけるってか?サルカズの妖怪をどうやって倒すのか、んなモン知ったこっちゃねえ!今は俺のツレが、我が家が危ない目に遭ってんだよ!
お前よ、このまま見殺しにしろとでも言いてぇのか!?
いいや、そうじゃない。お前の焦りはよく分かる、だが今はいかなる可能性も考えておかなければならない状況なんだ。
私も同意見だ、今は単独行動をするべきではない。この宝剣を目論んでいる者が完璧に諦めてくれるところを確認できるまで、君たちにはできるだけ……
できるだけ地下のミルフィーユん中で腰抜けみたいに隠れてろってか?ハッ、あんなコソコソした連中!俺たちなら簡単に片づけてやれるぜ!今なによりも重要なのは――
そこまでにしろ、インドラ。
……分かったよ。
テレシスを対象とした作戦はいつ開始するんだ?
今すぐではない。まだその補給ルートの具体的な状況を偵察する必要があるからな。
ザ・シャードの内部構造も調べておかなくてはならない。テレシスは……強い。少しでも油断すれば命取りになる。
具体的な開始の日時は?
半月以内といったところだろうか。できることならヤツがザ・シャードを起動する前に……ケリをつけてやりたい。
十分だな。
ドクター、作戦の前にしばらく部隊から離れたい。心配するな、作戦が開始する前に必ず戻ってくるさ。
どうしてもノーポートへ向かうつもりなのだな。
……私はもうすでに多くの友人を失ってしまったのだ、クロヴィシア。
これ以上見殺しにすることはできない。
今回の離脱申請は私個人からの願いだ、その点だけははっきりしておこう。
だが同時に、これはチャンスだとも考えている。我々が正式に作戦を遂行する前に、隠れた禍根を絶つことができるチャンスだ。
……たとえば、アラデルに害をなした者たち。そして、諸王の息吹を奪い取ろうとしている者。
いずれにせよ、そいつは大公爵であることに間違いはない。たとえその者がこれからどんな立場にいたとしても、私は……しっかりとヤツと“話し合い”をしてやりたい考えだ。
アスカロン殿も言っていたが、こちらはあまり時間的余裕はないぞ。
承知している。
しっかりと対処しておこう。
……ドクター、どう思う?
……
そこの区画、ほかにも注目しておきたいことがある。
……そうですね。極めて高い可能性として、サルカズの飛空船が今のノーポート区に停泊してるはずです。
つまりこれは……
あの人……テレジアさんも、そこにいるかもしれません。
この戦争で、私たちはきっと彼女と対面することになるでしょう。遅かれ早かれ。
それともう一つ。Logos殿から聞いたのだが――
(無線音)
緊急……絡……緊急……
サルカズが突如……カルダン区のセーフハウスを襲……!こちらは……ヤツらの部隊が……!
ああああああああ――
(無線が途切れる)
カルダン区が?一体どういうこと?
(無線音)
こちらオークタリッグ区のセーフハウス……!
……襲撃を受け……!
(自救軍の戦士からの無線が途切れ、キャサリンから無線が入る)
フェイスト!ハイバリー区のセーフハウスが襲われている!
そっちの状況は?
今は迎撃しながら地下へ潜って避難している。一刻の猶予もない状況だ、おそらくサルカズたちはすでに……
……これは単なる殲滅作戦なんかじゃないよ、あいつらはもうすでに……
……必ず……
(無線が途切れる)
婆ちゃん?聞こえるか、婆ちゃん?
クソ、通信が切れちまった!
一体どういうことだ?同時にセーフハウスが三か所もサルカズに襲われているぞ!
向こうの通信が切れた以上、今すぐ救援に行ったほうが――
……
いいや、三か所だけではない。
私たちがいるここの通信が切られたんだ。
ドクター、伏せろッ!
(砲撃音)
クロヴィシア、これはどういうこと!?
そんな、ここも……ここは自救軍の最高機密レベルの場所なんだよ!
……Logos殿から聞いた話とは、サルカズ側がすでにこちらの情報網を掴んだことだ。
今のこの状況を見るに、予想よりもはるかに機密が漏洩していると判断するしかなさそうだ。
高い可能性で、すべての自救軍の基地が襲撃されているのかもしれない。
はやく撤退しなきゃ!
……
……しかし、どこに行けばいいというのだ?
(複数の爆発音)
皆さん、サルカズの攻勢は猛威を振るっています。最初からここを狙っていたのでしょう、外層へ通じる道も奪われてしまいました。
ヤツらは――
……そして今、中間層の緩衝区域も突破されてしまったな。
ドクター、敵は新型のサルカズ巫術装置を使用している。あの数にあの威力だ……こちらの都市防衛軍と自救軍だけでは相手にできないぞ。
率直に言って、我々に勝ち目はないかと。防衛を組織してくれたロッベンも長くは持ちません。
長く持たないとは……どのくらいだ?
十五分……いえ、三十分は。
それが私たちに残された時間です。
撤退するって、一体どこに撤退すればいいというのだ?今のロンディニウムにはもう、自救軍の安全な行き場なんてどこにもないんだぞ!
計器工場の第三倉庫?フォーシーズンズ百貨店の駐車場か?それともベルン子爵のアパート……
……いやダメだ、どこもリスクが高すぎる。
ほかにいい場所は……
ロンディニウムが危ないのなら、しばらくそこから引けばいい。
ロンディニウムから撤退するということか?
しかし……
そうじゃん!サルカズのあの補給ルート!
逆にハイバリー区の補給ルートを利用して、ロンディニウムから撤退すればいいんだよ!
こっちは大勢の負傷者と非戦闘員がいるんだし、地下を行けばほとんどの戦闘を回避することができるじゃん!
でも、それだと俺たちがロンディニウムで築き上げてきたものが……
今の攻勢から説明がつくことは、これまでの我々は単にヤツらがまだ殲滅するを実装するまでの存在ではなかったということ。
しかし戦争が勃発した今の状況下では、軍事委員会も自救軍を脅威と見なすようになったのでしょう。
これ以上迷っている時間はありませんよ。
私は今すぐロッベンの支援に向かいます。私たちが可能な限りサルカズの主力部隊を惹きつけ、あなた方の退避を援護いたしましょう。
……分かった。
アーミヤ、ドクター。自救軍が撤退するにあたって、君たちの支援が必要だ。
もちろんです、いかなる盟友だって見捨てたりはしませんよ。
・アスカロン、包囲網突破の用意を。
・Misery、資料を処分してくれ。
了解した。
もうやっている。
Logos。
ここに。
ホルンたちと一緒に時間を稼いでくれ。
案ずるな、ドクター。
うぬらの安全は我が保証しよう。
移転と再度暗号化する計画がまだ実行に移っておらぬという完璧のタイミングに、王庭は殲滅を選んだか。
どうやら、向こうは予想よりもこちらのことを理解している。
テレシスも、これまで本性を隠し続けてきた時と違って……今の彼奴は鋭敏だ。
ここはもはや守備を失ってしまったのだろう?であれば……ひと暴れしても差し支えなかろう。
待ってLogosさん、ここにはいつかまた戻ってくるんだよ!
その際はまたここを建て直せばよい。
では、あとはハイバリー区にある補給ルートの入口を見つけることだけだな。
・フェイスト、任せたよ。
・ロックロック、地下の配管通路には詳しかったはずだね。
了解。それじゃみんな、俺についてきてくれ。
心配しないで、負傷者たちならあたしがちゃんと撤退させておくから。
クロージャ、君も負傷者と非戦闘員を連れて一緒に行ってくれ。
ケルシーのことは……君とシャイニングに任せた。
へ?え?
ちょっとちょっとドクター、冗談じゃないって!アタシが非戦闘員なら、それは君だって一緒でしょ!
これでも君を叩きのめすことくらいはできるんだからね!君こそ彼らと一緒に撤退しなよ!
・アーミヤとアスカロンが守ってくれる。
・我々がサルカズの追っ手を食い止める、これが最善策だ。
ドクターのことは……必ず私が守ります。
もう~、ホントずる賢いんだから。
つまり、三つの部隊に分けるってことだね。
ホルンとMiseryとLogosは包囲網を敷くサルカズに対抗する主力で、ドクターとアーミヤちゃんとシージがサルカズのほかの追っ手を食い止める。
それでアタシとシャイニングがほかの自救軍の面々と一緒に、静かに撤退するってことか。
それで、どこで合流すればいいの?
ロンディニウムの郊外にある町……ブレントウードでお願いします。
了解っと。
戦争は、もうすでに起こってしまいました。
きっと私たち含め、誰一人とて見逃すことはしないでしょう。
けど私たちは……だからといって希望を諦めるわけにはいきません。