
入りたまえ。
(ゴールディングが部屋に入る)

……

来てくれたか、ゴールディング。

レト……思っていた以上に私たちのことを把握しているのですね。

なんのことかな?

ロンディニウム自救軍のことを言えばお分かり?

どこでその情報を知ったのですか?

そんなこと重要かね?

まあ座ってくれ、まずはリラックスしたまえよ。

なにも私と君との間に起こった戦争ではないのだから。

答えてください、レト中佐。

君がここへ来た理由は分かっているよ、ゴールディング。時間稼ぎしに来たのだろう。

私と示談するだけの、自分の友人らを助けてやれるだけの交渉材料があると、そう君は思っている。

しかし残念だよ、ゴールディング。まさか君がここまで考えの甘い人間だったとは。

……ついこの間、あなたと話したことがありましたね。

ロンディニウムをリンゴネスと同じようにしてやりたくはないと、あなたは仰いました。

ではよく私たちの周りを見てやってください。その深淵へ向かっていくロンディニウムを。

これがあなたの仰っていた、“自らがしでかした選択への責任”というものなのですか?

……ゴールディングよ、それはもうすでに答えが出ているであろう?

そうとも、確かに我々はその深淵へと向かっている。戦争は始まってしまったのだよ。その戦争はかつてのガリアを、我々の故郷を滅ぼした。

だが今度、そいつは何を滅ぼしていくのかな?サルカズかもしれないし、ヴィクトリアかもしれない。

それがどれだけの災いをもたらしてくるか、あなただって分かっていることでしょう!数十万、もしかしたら数百万もの人々が――

血を流し、死んでいく。そしてこの時代に葬られてしまう。そう言いたいのだろう。

分かっているくせに!

そう、はっきりと分かっているとも。だがそれは君が私をそう導き、再び私自身に自らの選択を顧みるように迫ったのだよ。認めたくはないがね。

もし今も私自身の内心に問いかけてきているのであれば――

正直に言って“どうでもいい”、とでも答えておこうか。

ゴールディング、“人間”や“文明”などに向けられたああいった偽りの嘱望など捨てておこうじゃないか。

若かりし頃、我々はそういったものを語り合い、憧れを抱きながら、歴史から傑出した人物たちを賛美していたものだ。

“人よ、万物の霊長なる存在よ!我々の知恵と勇気によって、我々は獣とは違う存在であることを自認し、この大地でこれほどまでに輝かしい奇跡を創造するに至った”とな。

だがそういったおとぎ話が書かれた書籍から顔を上げ、現実と対比してみれば――その現実がどれだけおとぎ話と似通った結末を迎えていたかということに気付かされてしまう。

堕落し、腐り果てていき、自滅していく。どれも似通り過ぎていた。

もし我々があつく讃えていたものが、最初から一瞬にしか存在しない泡影だとしたら?もしそんなものを永久に存在しうると信じていた我々こそが浅はかな存在であったとしたら?

もし滅びこそが我々の本性であったとしたら、どうすればいいというのかね?

以前のあなたなら、そこまで悲観的ではなかったはずですよ。

……悲観的ではなかった、か。

優しい言葉を選んでくれるのだね、ゴールディング。よもや私のこういった戯言を単に“悲観的”と称するとは。

もっと鋭い批判が飛んでくるのかと思っていたよ。

……

どうやら……君も私が思っていた以上に意志は強くないようだ。

しかしだね、私はもう……疲れてしまったのだよ。

だから現実と向き合うことにした。とても辛いことではあるが、私にはそうするしかなかった。

だからあの日の対話も、今なら君に新しい答えを返してあげよう。

私はね、自分にいかなる使命とて見出したことはなかったし、それを選択してやったこともなかったのだよ。

……

私はただ……次から次へとやってくる滅びの中で、生き長らえたいだけだ。

たとえ哀れで弱々しく、矮小で見ずぼらしくあっても。それが私の出した答え、唯一導き出せる答えなんだ。

ほかにどうすればいいというのかね?

あなたは軍人なのでしょう!ならあなたは……!

命令に従うべきだ、とでも?誰の命令に従えばいいというのだ?国王はとっくに死に、議会はサルカズたちに掌握され、大公爵らも今は我欲しか目に映ってはいないではないか。

あなただったら――

英雄になれたかもしれない、と?

では、その対価はなんなのだね?

もしその対価を……私では背負いきれないものだったとしたら?

ここへ入ってくる時、門番をしていた衛兵の目は見たかね?

私の下についてくれている、迷える若き士官らのことだ……そのうちの一人のティルには五人の子供がいる。ササンの母親は三年も寝たきりだ。トートの弟は鉱石病に罹ってしまっている。

……もし逆らえば、あのブラッドブルードが彼らの血を吸い尽くしてしまうだろう。

屈したところで、それを避けられるとは限りませんよ。

だが少なくとも……今日はそれが起こってはいない。

ゴールディング、実を言えばね、私個人としては君にも生きていてほしいのだよ。

根っこを見れば、私たちは同じタイプの人間なのかもしれん。私は諦めてしまったが、君は今も諦めずにいる。

私とあなたが同類なわけ……

先ほど私に聞いてきたね、どこでロンディニウム自救軍の情報を入手したのかと。

まあ、答えてあげるとしよう。とあるか弱い学校の教師から情報を入手していたのだよ。

……どういう意味?

君自身を見返してみれば分かることだ、ゴールディング。君から漏れ出し、畏怖によって取り残された痕跡がそれなのだよ……

諜報員というのは、センチメンタルな人間には適さない仕事だ。君も最初から分かっていたことだろ?

そんな……ウソよ!

私の通信機はもう長い間鳴りっぱなしだ、聞いてみるといい。
(無線音)

サルカズが突如……カルダン区のセーフハウスを襲……こちらは……ヤツらの部隊が……

こちらオークタリッグ区のセーフハウス……!

応答を願う!応答をねが……!マグナ区のセーフハウスが襲撃をうけ……!

これは……!

彼らは君のせいで死んでいったのだよ、ゴールディング。

君が彼らを火口へと突き落とした。

これが君の“戦い”がもたらされた結果だ。

彼らには哀悼の意を表さねばならんな、私からのせめてもの弔いだ。
(サルカズの戦士達がアスカロンに斬られて倒れる)

連中、数が多いな。装備も整っているし、コンビネーションも完璧だ。

たかが傭兵がここまで洗練されているわけがない。こいつらは正規軍の精鋭なのだろう。

注意しておけよ。こいつらは一人ひとりが、幾度となく戦いの中から這い出てきた戦闘マシーンみたいなものだ。

どけやオラァ!
(インドラがサルカズの戦士に襲いかかる)
[モーガン]インドラ、後ろ!(モーガンがサルカズの戦士を倒す)

こちらが抑え込まれている、これではらちが明かないぞ!

私が連中の指揮官を探す。アーミヤ、このまま陣形を維持しておくんだ。足を止めるんじゃないぞ。

わ、分かりました!

クソッ、路地の向こう側もぎっしりだ!

私についてきてくれ、ドクター!ここを突破する!
“三百メートルを前進、左側最初の小道に向かってください。”

!

誰だ!?
“はやくそこを突破してください、屋上に待ち伏せがいます。”

ドクター、聞こえましたか?今の声は……

あのアーツに気を付けろ!この危険地帯を突破するぞ!

ドクター、しっかり私に掴まってください!
“そこを左へ。”

・声に従おう。
・いちかばちかだ。

人に指図されるのは一ッ番嫌いなんだが……クソッ、今は仕方ねえ!
“五十メートル先、右側へ。”

ちくしょう、壁だぞ!

いや……

なにかの幻術か?ともあれ、今は中に入るしかない!

ぜぇ……ぜぇ……

俺ァこそこそしてる野郎が一番嫌いなんだ、出てこい!
“そちらの女アサシンが追撃してくる者たちの指揮官を仕留めてくれました、今しばらくは安全でしょう。”

言っただろ、出てきやがれ!
“彼女の名は確かアスカロンでしたね?とても見事な腕前でした。”

ッ!

ドクター、私の後ろに。

あなたは誰なのですか?
“そう緊張ならず、ロドスの方々。こちらの同僚らが、以前アレキサンドリナ王女殿下とご挨拶を申し上げに行ったことがありましたよ。生憎、うまくはいきませんでしたが。”

貴様は……アラデルの背後にいた者か。

出てこい!

二度は言わんぞ!

そのハンマーは下ろしてくださいませ、殿下。体力を無駄にするだけですよ。

あなたはある意味における“王位継承者”なのです、もう少し辛抱というものを覚えてくださいませ。

以前も仰っていたではありませんか。我々とよく“話し合い”をしたい、と。

……自救軍を監視していたのか。

ご安心を、彼らの撤退作戦なら成功することでしょう。これは肯定的な言葉であって、なにも皮肉を言っているつもりではありません。そこをお間違えなく。

お初お目にかかります、ロドスの方々。できることなら、我々の目的が一致していることを切に願っておりますよ。

灰色のハット帽……?

おや、鋭いですね、イザベル・モンタギュー嬢。さすがはマンチェスター伯爵家の娘。周りからはよく“グレイハット”と呼ばれております。

もし機会がございましたら、あなたのお母上に私からのご挨拶をお伝えくださいませ。

なっ――

おっと、そう強張らずに、モンタギュー嬢。こちらは今しばらくあなた方と敵対するつもりはございませんので。

なら、向こうにあるアーツトラップもお前がよかれと思って仕掛けたものなのか?

爆発物の隣で他人と話をすることには慣れないものでな。

あれは念のために設置しているだけですよ。

そうか、念のためというのなら――

武器を収めてください、アスカロンさん。そんなことをする意味などございませんよ。

医療組織ロドス・アイランド、“採掘場工業装備回収機関”という名目で通行と停泊の許可を得て、今はゴドズィン公の領域内に身を潜めている。

ロンディニウムから六百三十一キロ離れた場所で。

……

目的はなんですか?

そちらの回収作業は今のところ順調なのではないでしょうか、アーミヤさん?

・ロドスのことをよく理解しているな。
・……
・どうやらヴィクトリアの大物たちは我々をまったく理解していないわけでもなさそうだ。

私たちは必要分の仕事をしているだけですよ。

仔細に航路を選定し、艦を囲むように裏で補給網を敷設したところを見るに、ヴィクトリアの目を惹きつけたくないのでしょう。とても慎重に行動してるのが伺えます。

我々すら危うく見逃してしまうほどに。

その動機が善意によるものなのか、はたまた悪意によるものなのか……統治者側からすれば、ひた隠す行為は何よりも悪質な手口に見えると思うのですが、いかがでしょう?

誰に奉仕してるのか聞いてもいいかな、ミスター“グレイハット”?

ここは“ヴィクトリアに奉仕している”、とでも答えておきましょうか。

ただ残念ながら、実際はその一部にしか奉仕しておりません。とはいえその一部だけをとっても、十分こちらは忙殺されてしまいましょう。

となれば、君はとある大公爵の人ということか。

仮にだ。ウェリントン公が我々を脅威と認識していたのなら――

ロドスはとっくに襲われているはずだ。

ウィンダミア公の支配力も、今はまだゴドズィン公の領地内には及んでいない。

ノルマンディ公に至っては、権力闘争よりビジネスのほう好むと聞く。

そのほかの公爵たちについては、しょせん日和見主義者たちだ。

つまり結論として、君はあのカスター公についている者なのだろう。

ロドスの作戦指揮官、通称“ドクター”……あなたに関する資料は数えるほどしかないものですから、本来ならそこまで重要度の高い人物ではないと思っていましたがね……

どうやら、あなたのことを再評価してやらねばならくなりました。

君の言う“部分的なヴィクトリア”にロドスはどんな価値があるんだ?

廃品回収をするだけの“製薬”会社なら、そこまでの興味はありませんよ。

しかし、あなた方のオペレーターのうちの一人はとても特殊な身分にいる。それに加えて、彼女は非常に重要な品を手に入れました。

……貴様らはすでに一度失敗しているだろ、なのにまだ諦めていなかったのか。

それが私の仕事ですからね、アレキサンリアナ王女殿下。ここでお互いを困らせる言動はよしとしましょう。

その剣についてですが、今あなたがお持ちになられても所詮はお荷物のなまくらにしかなりません。なんの役にも立たないでしょう。

そんなものに何を期待しておられるのです?本当に頭上を覆っている天災を切り開いてくれると信じておいでですか?

そんなものは所詮ただの作り話にすぎませんよ。あなたにその真価を発揮させる力はございません。

では逆に聞くが、貴様らのカスター公は何に使うつもりだ?

約束を果たすため、でございますよ。

約束?

彼女の支持者らに平和と安寧をもたらす、という約束です。

その剣の真価を発揮させる力であれば……我々なら持っております。それこそ、その諸王の息吹がかつてロンディニウムを守ってくれたのと同じように。

閣下はその剣を、一致団結へのきっかけにしたいとのお考えなのですよ。

なら、貴様らを支持しない者たちは天災に呑み込まれてもいいというのか?

それがあってこそのきっかけでしょう。

(小声)ドクター、そろそろここから離脱したほうがいい。三秒数える、その後に動くぞ。

(小声)本艦に残っているオペレーターたち……あいつらなら、この先の危機的状況にも対処してくれるはずだ。難しい状況かもしれんが、ここは突破するしかない。

(小声)ではいくぞ。三。

(二。)

(一。)

なんだかピリピリした雰囲気ね。来るタイミングじゃなかったかしら?

お前は――

いいや、ちょうどいいタイミングに来てくれた。

イネス。

ミスター“グレイハット”、なかなか用意周到だったわね。

十三もある小型の通信所のうち、四か所はタイム制限式だった。十分以内にあなたの通信が入ってこなければ自動で指令を出すようにプログラムされている。

どういう指令を出すのかなんか考えたくもなかったから、そのままガラクタにさせてもらったわ。

“自分勝手な振る舞い”、なんて風に私を責め立てないでもらえると助かるのだけれど。

ところであなたの部下なら、どれもしっかりとしていたわよ。ブラッドブルードの名前を聞いても粗相をすることはなかったし。けれどね……

サルカズの王庭以外にも、街に籠ってるほかの連中はきっと彼らに強い興味を持っているはずよ。

ねぇ、ミスター“グレイハット”。そんな彼らを、どこに送りつけてやればいいのかしら?

イネス、元サルカズの傭兵……あなたがまだ生きていたことなら、そこまで驚きはしませんよ。これまでのロンディニウム内で小細工を起こしてる者がいることは分かっていたのですから。

これまでずっと、悪くない働きをしておりましたね。

軍事委員会から脱却したいと考えているサルカズがそれなりにいることはこちらも把握しております。とはいえ、それなりの代償を払うことにはなるはずでしょう?

ですのであなたのあのお仲間も、きっと今はあまりよろしくない状況に身を置いているのではないでしょうか?

……

そうね、ならもう少し腹を割ってお話しましょう。

お互いまだ打ち明けてない手段や手札を持っていることは分かり切っていると思うわ、あなたも私たちも。けどそういった探り合いはもうやめにしましょう。

あなたの影が私に直接訴えかけているわよ、あなたは今迷っているって。

……

分かりました、ならここで一つ取引をしましょう。

今こちらは一つ面倒な仕事を抱え込んでいましてね。ただご覧の通り、私はあまり荒事やリスクを冒すようなことはしたくないものですから……

つまり、その仕事における身代わりになってほしいということね?

あなた方の実力は信用に置けます。

例の飛空船のことなら、あなた方もきっと目にしたことはあるでしょう。その飛空船は今、独り都市から切り離されてしまったノーポート区に停泊しています。

そこであなた方には、そこに潜入して飛空船の見取り図を入手していただきたい。

見返りは?

見返りとして、今しばらくはあなた方を見逃して差し上げましょう。

あなたや、あなたのお仲間たち。あなたの盟友やあなたが抱えている負傷者たち。そしてあなたの艦も。

ヴィクトリアからすれば、あなた方を消すことなど至極容易いこと。しかしあなた方からしてみればどうなることやら……よくお考えになられたほうがよいかと。

……

いいだろう、取引成立だ。






