ここにある軍需工場……どこも空っぽだね。
パイプラインを二か所ほど移転させといたついでに、残りは全部処分ちしまったからな。
あん時は切羽詰まってたんだよ、サルカズ傭兵どもがいつ工場の動きに気付くか分からなかったから。そうじゃなきゃ、もっと設備を持っていけてたはずだ。
ハイバリー区は新しい工業区域だから、あたしがいる旧工業区域とは雰囲気が違うんだね……
サディアン区じゃ、あたしたちはレンチみたいなものかな。どうにかして製造品を組み立てるためにボルトを締め付けたりして……でもここにあるベルトコンベアを見ると、君たちはどちらかと言うと歯車みたいなものなんだね。
昼も夜も関係なく、一日中ずっと淡々と製造品を流していくって感じで。
そんなこと、すっかり慣れちまったもんだよ。人の適応能力ってやつ?恐ろしいもんだよなぁ。
あったぞ、ここだ。
このコンテナに描かれたマークがそうなの?これってどういう意味?
うちの作業場で使われてる暗号みたいなもんだ。昔はサボる時の合図にしか使わなかったけど、まさかこんな時に役に立つとはな。
どうにかしてひと息つこうって考えるところは、どこも一緒なんだね。
どれどれ……パットたち、ほかの地区で散り散りなっちまった自救軍の面々のまた召集したみたいだな。
ハイバリー区のセーフハウスも襲撃されちまっているが、区画の奥にある中継地点扱いにされてる作業場はまだ見つかっていないっと。
となれば、あいつらはきっとそこにいるはずだな。
やっほー、戻ったよ~。
近くで見張ってるサルカズの位置を一通りマークしておいたけど、数は少なかったよ。前線に送り出されたか、ほかの人たちを追っかけていったんだろうね。
……クロージャさんさ、他人のドローンにスピーカーを付けるのはどうかと思うよ?
なにさ、こっちはこのドローンのアップグレードのために力を尽くしてやったっていうのに!
いや、今はそんなことよりも、さっきアスカロンから聞いたよ。うちの通信システムの一部がどっかの大公爵にハッキングされてるかもしれないって。
システム中枢までハッキングされてるとは考えづらいけど、まあ念のため一通り検査しておこっか。
それでフェイスト、合流地点の場所は確認できた?
ああ。
いいねいいね~。えーっと、どれどれ……
うちらにはシャイニングっていうスーパーボディガードがついてるけど、彼女は負傷者の看病で忙しいから、できるだけ戦闘は避けておくんだよ。いいね?
分かってるって。
それじゃキミたちは一先ずほかの自救軍のところに行ってあげて。あたしとクロヴィシアもすぐ場所を移すから。
分かった。行こうぜ、ロックロック。
え……?うん……
どうした?
ううん、なんでもない……
ただ……ハイバリー区って、いつもこんなに静かだったかなって思っただけ。
確かにいつもと違って室内の温度が低いな……近くにある高炉も稼働していねえし……
なんだか悪い予感がするぜ、急ごう。
ここにある点検用の配管なら、奥まで入っていけそうだな……
(何者かの足音)
ッ!?誰だ!
(ロンディニウム工員が姿を現す)
フェイスト!俺だよ俺!
トミー!来てくれたのか!
お前な、なんでここに上がってきたんだよ?サルカズがセーフハウスを一掃したばかりなんだから、まだ上で巡回してたかもしれねえだろ。
そ、それは分かってる……俺たちだってかなりヒドい損害を受けたんだ。ダンの野郎が腕を折っちまった、キャサリンが応急手当をしてくれたからいいが。
それよりそっちの残りなんだが、あとどのくらいでこっちに着くんだ?
あいつらなら今こっちに向かってきてる、安心しな。プロの医者もついて来てくれているから、その人がダンの腕を治してくれるよ。
そ、そうか。ならいいんだ。
みんなはいま点検通路K13の下層に隠れてる。
それと噂で聞いたんだが……自救軍はロンディニウムから撤退するだって?
……
しばらくな。
大丈夫だトミー、必ず戻ってくるさ。俺たちはロンディニウム市民自救軍だぞ?
今はちょっと……負傷者のためにも安全な場所が必要ってだけだ。ロンディニウムじゃもう……どこも居場所がないからな。
……そうか。
まあいい、お前もはやく下に降りな。キャサリンがお前のことをすごく心配してたぞ?口じゃ言わないが、見りゃ分かるよ。
それとお前、ノーポート区のことは聞いたか?サルカズたちがそこの区画を切り離しちまったらしい。
聞いた話じゃ、大公爵たちの高速戦艦もあの空飛ぶ要塞に破壊されちまったらしい……分かるか、あの高速戦艦をだぞ!
戦争はもう始まっちまったんだよ、フェイスト。こんなこと、何もかもが初めてだぜ……
昔は自救軍に入ってもやることは一緒だと思ってたんだがな。武器を送り込む相手がお前らに変っただけで、相変わらずベルトコンベアの前でボルトを締めあげるだけの。
それがなんでこんな……ここは言うなれば我が家みたいなもんだってのに。
ああそうさ、ロンディニウムこそが俺たちのホームタウンだ。
俺たちの居場所はここにしかない。だろ?
……こっちはもう十分誠意を示したと思うんだけど?
サルカズが利用している秘密の輸送ルートの存在ですか?それならとっくに把握しておりますよ。
とはいえ、確認しなければならない箇所があるのも確か。後ほど細かく調査することにいたしましょう。
しかしまあ……背後に誰がついているのかはおおかた予想がつくかと。
私たちにもその調査結果を共有してくれると助かるわ。
もちろんです。先ほどこちらが約束したように、情報共有は怠らないようにいたしましょう。
しかし、ロドス側の対処も迅速でしたね。そちらの通信システムの暗号化がもう改められているとは。
もし機会があれば、そちらにいらっしゃるエンジニアのクロージャさんとぜひお会いしたい。
きっと歓迎されないと思うわよ?
本当に優秀な人材が揃っている製薬会社なのですね、ロドスは。
……
しかし公爵閣下のお考えですと、味方は多いに越したことはない。
とりわけ、あのお方はアレキサンドリアナ王女殿下と同じ血が流れている親族。きっと喜んでご自分と血を分けた若者を守っていただけることでしょう。
ならばぜひとも、ご関心いただき感謝すると本人に伝えてくれ。
私は敬意を込めてあなたのことを“殿下”とお呼びしておりますが、それで私の立場を証明しているわけではありませんよ?
なら私のことはシージと呼んでくれても構わんのだぞ。
ヴィクトリアはとてつもない重荷なのですよ、アレキサンリアナ王女殿下。その中身は表面と違ってくすんでいるのです。
たとえご帰還なされた者が誰であれ、何を称していようが、この国にとってはまったく無益な存在。
もしその者が自身の身分と影響力を相応しくない形で利用するのなら、むしろ有害な存在にすらなり得てしまうでしょう。
とまあ、これはあくまでも私個人の見解ですがね。
だったらその個人の見解とやらを仕舞っておけ。
こうしてしばらく貴様に協力してやっているのは、そんなくだらない見解が聞きたかったわけではないことくらい貴様も分かっているだろ。
私は所詮命令に従うだけの者、お互いこんなことで対立する必要はないはずです、殿下。責務の範疇において、こちらも可能な限り誠意をお見せしたと思うのですが。
であれば、貴様の表現が曖昧すぎたのだろう。あるいは互いが抱いている善意の定義が異なっていたとかだな。
あなた方をノーポートへ向かうよう提言したことは善意に含まれないと?そこにはご友人が閉じ込められているのでしょう?
てっきり、あなたなら理解してくださると思っていたのですがね。この協力関係のためなら、喜んであなたの立場に寄り添って差し上げることに。それと――あなたに恩を売っていることに。
……
こちらの目標はあくまで見取り図を入手することです。それ以外の行動、それこそそちらのご友人を救助することに関してはどうぞご自由になさって結構です。
もし今お持ちになられてるその剣をこちらに渡してくれるのであれば、こちらも一切の労も厭わずにそちらを手助けしていたと思うのですが。
その薄気味悪い偽善も仕舞っておくんだな。
よく聞け、貴様や貴様の背後にいる公爵が何を考えているのか、何を企んでいるのかを詮索するつもりは微塵もない。
とっとと私の目の前から消え失せることだ、私の道の邪魔をするな。
それとよく覚えておけ。貴様と貴様のご主人にはまだ、アラデルのツケが残っている。
いつか必ず償ってもらうぞ。私はやると言ったからにはやる人間だからな。
お構いなく。
では、公爵閣下の特殊対応チームがすでに皆様のためにロンディニウムからノーポートへ上陸する手はずを整えております。先ほど連絡を頂きましてね。
さあ皆様、そろそろ出発するといたしましょう。
“グレイハット”さん、初めてあなたとお会いした時、公爵閣下がロドスの情報システムをあそこまで把握していたことを知った時から、私はこう思っていました……
あなた方にできないことはない、これまでずっと。違いますか?
なんのことでしょうか?
私たちにしろサルカズにしろ、それと自救軍の動きもそうです。まったく把握できていなかったわけではないんですよね?
皆様が思っておられるよりも、何もかも把握しているわけでもありませんよ、我々は。
サルカズ、とりわけ王庭に所属している一部の者は我々にとっても厄介な存在です。私の多くの同僚もそれで命を落としてしまいました。
しかしあなた方は最初から事態の動向を把握していたじゃないですか。
あなた方……特にあなた方の背後におられる大公爵たちは、なぜヴィクトリアがこんなことに発展するまで事態を放置してきたのですか?
あのカズデルの摂政王が手強い相手だからですよ、きっとあのウェリントン公もそう思っておられるはず。軍事委員会も、実に印象的な技術と装備を持っていましたからね。
大公爵の意志の代弁者であるあなたからそんな賛辞の言葉が出てきたとしても、とてもじゃありませんがただの皮肉にしか聞こえませんよ。
確かに、私たちの分析においてもテレシスは非常に手強い相手です。けどここまでヴィクトリアが突き動かされるほどの力は持っていません。
そこで分かったんです。あなた方は……傍観に徹することを選んだ。
まじまじと自分たちの国が戦火に呑み込まれていくところを、ただただ傍観していたのですね?
アーミヤさん、あなたはロドスの指導者ですが、今年でいくつになったのですか?十五、十六と言ったところでしょうか。まだまだ幼いですね。
そんなあなた方は流血と戦争を忌み嫌っている。ただここで一つ強調しておきますと、我々とてそんなものは好んでおりませんよ。
戦争を起こすことが目的ではないにしろ、我々にとって戦争とはいわば政治の延長線なのです。サルカズたちは戦争で団結を試みる必要がありますが、ヴィクトリアは必ずしもそうではない。
”誰のもとに人々は団結するのか”、それを模索する価値はあると思いますがね。
そんなことのためだけに、あなた方は……!
それが重要なのですよ、あなたが想像する以上に。
確かに傷や死をもたらしてくるように、戦争は残酷です。化けの皮を引き剥がすように、我々の本性もお互いの目の前で赤裸々に曝け出してしまう。
しかし歴史を残していくにつれ、我々はいずれかの段階で真摯にそれを受け止めなければならないのですよ。誰しもそうする必要があるのです。
では、そろそろ出発するといたしましょう。ロドスの皆様、ご用意を。
モリー!?あなたも彼らに捕まったのですか!?
レト、彼女はただの教師です!学校にはまだ面倒を見なければならない子供たちがいるのですよ!
もうすでにあなたは目的を達成したでしょ!これ以上無関係な人たちを巻き込むつもりですか!?
お越しくださいましたか。
バンシーにまた目を付けられてしまったよ、ボクたちのうちの一人がね。
では、すぐ支援に向かうよう部隊に指示を出しましょう。
いいさ、あいつと散歩するのも悪くない。
とりあえず君はあの赤目のナルシストのところに行くといいよ、いい酒を開けたから待ってるってさ。あいつの武勇伝にはもう聞き飽きたけどね。
君ならきっとボクたちよりも素敵な聴衆になってあげられるはずだよ。
承知いたしました、ではここで失礼させていただきます。
(レト中佐が立ち去る)
あなたは……
ゴールディングはここまで喉が乾いたことを感じたのは初めてであった。目の前にいるこの人は彼女が記憶しているモリーと瓜二つ。たとえどんな微細な動きであったとしても、本人のそれと思えてしまうほどに。
モリーはいつだって眉を少しひそめながら、やんちゃな子供たちの世話をし続けてきてくれた。夕食時には皆にパンを分け与えてくれて、手を洗っていない子には優しくそれを指摘する。
彼女はいつだってそんな表情を浮かべる人だった。しかしなぜだろうか……
ゴールディングの背中は衣服が透けてしまうほど汗をかいていた。
昨日ランスがまた親指をすりむいてしまったんだ。でも大丈夫、ちゃんと薬を塗ってあげたから。
あの子ったら、いつも心配ばかりかけてくるよね。
あなたは……一体なんなの……
あの先生ならもう学校に戻ってるから、彼女が子供たちの面倒を見てくれるよ。
それじゃボクたちは……そうだねぇ、ちょっとくらいお話をするってのはどうかな?
まあリラックスしなよ、ちょっとした雑談だ。もし気分が悪いのなら、このままこの顔の持ち主として付き合ってあげても結構ですよ、ゴールディング先生。
そうですねぇ……まずは天気だったり、子供たちの成績の話でもどうです?それかあの演劇の話だったり。今でも思わず感涙してしまいますよ。
子供の成長ってあっという間ですよねぇ。
その顔と口ぶりで私に話しかけるな!このバケモノめッ!
あなたは一体……なにが目的なの?
……お茶はどう?レトはいいセンスをしているんだ、ここに置いてる茶葉はどれも絶品だよ?
……
テレシスからお願いされた任務も終わったことだし、これからはしばらく休憩ができそうなんだ。
……いつから私の周りにいた?
君が想像するよりは短いよ。それよりさ、そういうつまんない仕事の話はパスしてもいいかな?
今は休憩時間なんだ。できれば趣味の話がしたいんだけど。
そうだねぇ、例えばだけど……
この時代における、君の考えが聞きたいかな。あるいは結論でも構わないよ?
……どうして……
あなたは……私を利用して自救軍を壊滅させた。なら私にはもうなんの利用価値もないはず……
あぁ……私はなんてことを……!自分から何もかもを差し出していただなんて……!
そう自分を責める必要はないさ、大したことじゃないよ。自救軍の居場所を突き止める方法なら他にもいくらでもあったんだ、君だけが唯一の情報源ってわけじゃないよ。
ちょっと傷つく言い方だけど、君はそこまで重要な人物でもなかったんだからさ。
でも君の作品と話を読んだり聞いたりしてるうちに、ボクたちが君という人に興味が湧いてきたのは事実だよ。
だからお話をしようよ。他愛のない、ただの雑談ってやつを。
これまで何度も、色んな姿形になって、数えきれない人たちと話をしてきたことがあったんだけどさ……
それでも分からないことだらけなんだ。ボクたちとしては、なるべく答えを得られる会話の機会は逃したくない。
だからゴールディング先生、ここで一つ君に訊ねたいことがあるんだけど……
ぼくたちは、どうやって生きていけばよかったと思う?