……
何を見ている?
君たちの魔王を、だよ。
アーミヤと対峙しているのか。
うぬが何をしているのか、改めて考え直すことだな。
まあまあ、呪術は一旦仕舞ってくれ。
心配しないでよ、彼女たちの勝ちさ。
これまであった我々の交流に感謝することだな、変形者。おかげでうぬの手段も幾ばかりかは理解できた。
あっちにいるのはもとからドラコに焼かれて満身創痍になってしまった分身ってだけだよ、それに魔王が負けるわけがない。
まっ、ボクたちも嬉しく思うよ。これだけ長い歳月を生きてきた中で、また新しいものと出会えたのだから。
ほんとうにちょっぴりとした興奮でしかなかったけど、こういう感覚はもう随分と久しぶりだ。
誇れ、バンシー、君はボクらを懐柔させた。君たちのために、ボクたちは喜んであの新たな可能性を残して差し上げよう。彼女の行き先にはあまり良しとしていないけど。
ただまあ、時間と気の長さには事欠かないさ。それがボクたちの持ち味だからね。
次の結末を迎えるまで、またどこかで会おう。
これからどこに向かうのだ?
向かう先なんてないさ、ボクたちはいつどこへだって存在するから。
うぬは前にも言ったな、うぬはほぼあらゆる可能性を試し尽くしたと。
そうだね。
だが、まだ及んでいない領域はある。
……え?
この大地に存在するありとあらゆるものは絶えず変化し続けている。一方うぬはその場に留まり、一つの変化が遂げた結末を模倣し続けてきただけだ。
そう、うぬに向かう先はない。うぬはすでに完成された存在なのだから。
完成されているのなら、当然変化することもない。
なかなか説得力のある挑発だね、つまり何が言いたいのかな?
うぬもすでに分かっているだろう。
……
死の宣告者バンシー。君がそう呼ばれているだけのことはあるね、流石だよ。
新生は死と滅びから生まれるものだからな。
しかし、それもそっか。言われてみれば、ボクたちは一度も味わったことがなかったね……
……
実はここからそう遠くない場所で、つい先ほどある友人を見送ったんだ。
彼女が言うには、流れに身を任せるくらいなら、生きることを諦めたほうがマシらしい。
彼女の感情も決断も、ボクたちはしっかりと受け止めたよ。
弱者の選択だって最後にそう言い残してたけど、ボクたちはほかの何かをそこから感じ取ったかな。
これまではどう言い表せばいいか分からなかったけど、今なら分かる。あれも一種の勇気ってやつさ。
ボクたちが想像すらしなかった勇気の一種。
うん、そうだね、君の言う通りだ。認めよう……
なんだかボクたちも、うずうずしてきちゃったよ。
もしかしたらこれは、敵を排除するための卑劣で、しかし尊厳を損なわない君なりの小さな陰謀なのかもしれないけど……
まあ、ボクたちは気にしないよ。
あるいはあの魂たちが君の口を借りて、ボクたちに言い放った命令なのかもしれないね。
手を貸そうか?
結構だ。最後くらいボクたちのメンツを残してやってほしい。
けど君の弔鐘は鳴らしてほしいかな。
……
君たちは強い、そして勇敢だ。喜ぶといいさ、君たちはこの戦いに勝った。
これまで本気を出していなかっただろ。
なんだい、もしかして不満なのかな、ロドスのドクター?
本気を出す必要はなかった、という可能性はない?もしかしたら君の最悪の想定よりも……ボクたちは君たちのことを理解していたりして?
・ロドスの安全性は信頼している。
・……
・まさかお前、ロドスにも潜り込んでいるのか?
あはは、そう強張らないでよ。君たちのあの船に搭乗する際の検査なら、そうシンプルなものでもないさ。
まあいいや。というわけで、ここでお別れだね。
……なんのつもりだ?
なんのつもりって……こんなボロボロの身体に何ができるって言うんだい?
ボクたちはこの場に留まって……いや、留まり過ぎたって思っただけさ。
幼き異質な魔王よ、君はどこに向かっていくんだい?
君は、君が信じる人たちを、君に追随する人たちを、君を守ってくれている人たちを、どこへ連れていくのだろうね?
ボジョカスティが言ったあの予言のように、この大地に存在するすべてを隷属させるのか……
それとも我々は歴史に束縛され過ぎただけだと、そう証明してくれるのかな?
“変化”ねぇ……ずるい言葉だよ、ホント。まるで必然的に物事は進歩するって言ってるようなものじゃないか、本当はそうとは限らないっていうのに。
でもいいさ、君ならきっと自分の道が見つかるよ。ボクたちだってそうさ。
消えて、しまいました……
いや、変形者が死ぬことはない。きっと近くにより完璧に近い強力な分身がいるはずだ。
これもヤツがよくやる手段だ。獲物を油断させ、そして致命の一撃を獲物に……
(骨笛の音が鳴る)
……骨笛の音?まさか……いや、そんなバカな?
Logosは骨笛を吹く行為を、旧王庭の哀れな伝統だと考えている。前任者みたいに、骨笛を吹く行為をずっと堅く断ってきたはずだ。なのになぜ?
しかし、さっきのどう聞いても弔鐘の主の骨笛の音だ。
――!
変形者たちが……次から次へと死んでいっているだと?
“挽歌は歌われた、骨笛も哀号を奏でている。”
“ここに、一人のサルカズを見届けよう。かの名は変形者、かの者とかの者たちを。”
“死と滅びから、また新たな生を迎えることだろう。”
これは……骨笛の音。
あのバンシーの主が彼の王庭を受け継いでから、我々はどのくらい骨笛の音を聞かなくなったのでしょうか?
……
死んだのか、あの変形者が。
ご心配なさることはありません、変形者様は単にほんの小さな挫折を迎えただけです。彼ならすぐにでもまた……
いや、すべての変形者が同時に散っているという意味だ。
変形者は死んだ。最も古の王庭が崩れ去った。
……フンッ、面白いではないか
まさかこのような結末を迎えるなど、彼奴自身も思うまい。
なんと形容したものか……これは一人の分裂か?
それとも……新たな二つの命の生まれか?
古から存在してきた変形者はもういなくなった。
……
その代わりとして、新たな変形者が二人、この世に生まれ落ちたか。
自然界において、砂粒は万物が行きつく果てと見なされている。どれだけ堅固な巨石であっても、その時間の終着点では砂粒と化してしまう。
だが同様に、砂粒であっても、もしかしたら輪廻する可能性を有しているのかもしれない。
ちょっとケルシー、キミまだ傷が治ってないんだから安静にしててってば!シャイニングにチクっても知らな――
……もうほとんど平気だ。
もうじき古い友人が私たちの目の前に現れるかもしれないからな……いや、この場合は新しい友人か。
キミの古い新しい友人なんて全ッ然会いたくもないんだけど。
そんなことより、悪いニュースといいニュースが入ったんだけど、どっちから先に聞きたい?
いや、いいや。アタシも疲れちゃったのかなぁ……キミとこんな下らないことをし出しちゃうなんて。
とりあえず、悪いニュースは――
……いいニュースから先に聞きたい。
悪いニュースは、ブレントウッドにあるって言われてたあの補給ラインの入口は見つからなかったこと。点検用の通路はあったけど、トンネルとかはなかった……って……
え、待って。今なんて言った?
いいニュースから聞きたいと言ったんだ。
あっ、えっ、あっ……
シャイニングゥゥ!ケルシーがおかしくなったあああ!
私だってたまにはいいニュースから聞きたい時だってあるぞ、クロージャ。
……
いいニュースは、ドクターから連絡が来たことだよ。
ご助力に大変感謝いたします、ウィンダミア公爵閣下。こちらもすでに本隊とまた連絡が繋がりました。
私たちが連れてきた難民も全員搭乗が完了したよ。これからはしばらく、ウィンダミアの庇護下に入るかな。
こちらこそ貴殿らに感謝したい、ロドス。
ノーポート区の市民らを全滅から助けてくれた。全員とまではいかなかったが、それでも……もう十分だ。
臣民を保護することこそが、我ら爵位を賜った者たちの責務だからな。
何より、私の娘を救ってくれた。
……この子、さっきまで部屋の中で大泣きしていたんだぞ?
ちょっとお母さん!あれは……
これまでの間、さぞ苦労したことだろう。
だがああいった場所にいたからこそ、権力を握る者が如何にして自己の力を発揮するべきなのかを理解できたはずだ、ダフネ。
失礼ながら、閣下。閣下であれば、如何にしてその力を発揮されるのだ?
蒸気騎士たちの結末を目にしてしまったからには、簡単には納得することが……
私も相応の覚悟を決めなければならんのだよ、モンタギュー家の娘。
あれを一つの陰謀と称してもらってまったく構わん。私も、蒸気騎士の派遣命令にサインをしてしまったからな。
だがこの国の未来を定める……それが我々の使命なのだよ。
“使命”……
そう。“使命”だ、ヴィーナ殿。
どういう意味かは、貴殿も分かっているはずだ。
無論だ。
ではここで、先にダグザと一緒に失礼させてもらう。今は……友人らと一緒にいたい。
ご自由に。
(シージとダグザがその場を去る)
ではロドスのドクター、先ほどのオペレーターが所持していたアレのことについて……少し訊ねたいことがある。
・諸王の息吹のことか。
・……
・あれはただの旅先で買った記念品さ。
……やはりそうか、見間違いではなかった。
あれは諸王の息吹で間違いないな?
ダフネからは大層貴殿のことを褒めちぎっていたが、その評価は改めなければならないらしい。
ともかくとして、彼女と彼女が所持しているあの剣の存在を無視することはできない。
貴殿らと彼女との間で交わされたあの取引のこともダフネから聞いている。途中何から波乱が起こったようだが、あの取引の条件なら達成されたと私は考えている。
本当の意味でロドスの支持者になってくれるわけではないということか。
当然だ。
だがしばらくは目を瞑っておくことを約束しよう。
私の駐屯地に戻ってから、またじっくりと話し合おうではないか。
……カドールなら船には乗らなかったよ。何人か連れてあそこから出て行ったさ。
ハンナはどうしてる?
相変わらず部屋に引き籠もってる。
……
しばらくしたら、食事を届けてやろう。ノーポートにいた頃は、ロクに食べていなかったからな。
そうね。
それよりも、何を焼いているんだ?
紙だよ。
回顧録を書き上げるためのインスピレーションがメモってあったものさ。
それが、回顧録そのものをどっかに落としちゃったみたいでね、あはは。
ねえシージ、そんなもの、もう必要ないよね?吾輩らにはもう必要なくなった。
ああ。
……
シージ、どうかし……な、泣いているのか?
いや、ただ……
ただ……
……
大粒の涙がシージの頬を伝って転がり落ちていった。それを見て、モーガンもダグザも驚きを隠せない。ヴィーナ一度だって涙を流さなかった、それがみんなの共通認識だからだ。
高速戦艦の甲板上、ヴィクトリアを照らす太陽がゆっくりと登ってきた。昨夜の街を覆っていた靄と霧を払い除けながら。
しかしこのヴィーナという若者は、ちょうどその太陽に背を向けており、静かに自分の感情を吐露していた。
目に……灰が入っただけだ。
ノーポートならまた蘇るさ、そこに住まう人たちがまだ生きてるんだから。
吾輩らの日常なら……きっとまた戻ってくるよ。
今はただ……耐えるんだ。もう少しの間だけ、耐えるんだ。
だからヴィーナ――
戦争はいつか必ず終わる、そうだよね?