……
ジェラルドも一緒に鐘を鳴らしに行くのかい?
何かおかしなところでも?
うん、おかしいね。前に一回、君に鐘衝きをお願いしたことがあったけど、嫌がっていたから、結局代わりとしてレイモンドに頼んだじゃないか。
そんなこともあったかな。
君は確か、鐘の音は好きじゃなかったはずだね。
これだけここで過ごしてきて、好きも嫌いもないさ。
でも、最後まで鐘の音に慣れることはできなかったじゃないか。
鐘の音にいい思い出はないからな……すまない、こんなことを言ってしまって。
……なあクレマン、アイリーンのことはまだ憶えているか?
アイリーンか……
忘れるわけないだろ?もしあの時、君とアイリーンに助けられていなかったら、私は強盗らに突き落とされて谷底へまっ逆さまだったよ。
ははは、あれは彼女が助けようとしていたことだ。私はむしろ、余計なことはしたくないとばかり考えていたがね。
それを本人の目の前で言うかい?
ははは、すまんすまん。
……
昨日の夜、外で野営がてら作物を収穫していたんだが、量はそれほど多くなかった。とはいえ、処理するのにも一苦労を要してしまってな。
レイモンドは自分の獲物を血抜きしていて、私は火を起こしたんだが、火花が空へ上がっていく様を見ていると、なぜだかアイリーンのことを思い出してしまう。
ジェラルド……
久しぶりに彼女のことを思い出したよ。そして気付いてしまったんだ……
もうほとんど、彼女の顔が思い出せなくなってしまった。
あの人は私たちの中でも変人の類だったよ。昔、修道院のあちこちに咲いてる花を見たり、鐘の音を耳にすると落ち着くなんてことも言っていた。
……今はもう、そんなに花はないけどね。
そうだな、残念だよ。
彼女は本当にあの鐘の音が好きだった。鐘の音を最後に聞いてからじゃないと、目を瞑ってくれなかったほどにな。
だから君は好きじゃないんだね。
……それか恐れているんだろうな。また鐘が悪い報せを伝えてくるのではないかと。
あの時もし薬が足りていたら、彼女の怪我もあんなに悪くなることもなかったし、最後に亡くなってしまいことだって……
過ぎてしまったことに、もしもなんてものは通用しない。
……彼女が最後に、せめて救われたことを祈っているよ。
ああ、そう願いたい。
……
なあジェラルド、本当に……行ってしまうのかい?
ああ。
やっぱり、急すぎるよ……
すまなかった。本当なら事前に一声かけておこうと思っていたんだが、なかなかタイミングがなくてな。
レイモンドやフォルトゥーナたち、多分しばらくは悲しむと思うよ。あの子たちはずっと大の仲良しだったんだ、今回はきっと堪えてしまうね……
レイモンドはまだ若すぎる。ここへ来た時だって、物心がまだついていないほど幼かったんだ。だからサルカズであることが何を意味するのかが理解できていない。
だがいつかは理解し、それを受け入れなければならないんだ。
それがサルカズとしての宿命みたいなものだからな。
そんなことはないよ。宿命だなんて……そんな人聞きが悪い。
……そうだな、お前の言う通りかもしれない。だがどうしてもほかの言葉が思いつかないんだ。
……まあいい、私は最後にアイリーンへ会いに行くよ。
これからはそれぞれの道を歩くことになるんだ、ここでお別れをしよう。
(ジェラルドがその場を立ち去ろうとする)
……ちょっと待って、ジェラルド!
わ、私も君たちと一緒に行けるよ!少しだけ遠回りするだけじゃないか、大したことはないよ!
そうだ……ほら見て、今ちょうど花が咲く時期だろ?だから花を摘んでアイリーンに……!
私も君たちと一緒に……
いいや、クレマン。勘違いしないでくれ。
そんな、勘違いなんかじゃ……!
お前は付いて来ちゃダメだ。そこの階段を上がって、上に行くべきだ。その先から見える風景のほうが美しい。
……じゃあ君たちも、いつか美しい風景に出会えるのかい?
……
さあ、鐘を鳴らしに行ってくれ、クレマン。時間を無駄にするんじゃないぞ。お前が向かうべき方向はそっちのほうだ。
これから達者でな、兄弟。
何言ってるのよ、フィーヌ!レミュアンさんはなんの関係もないから!
いいやウソだッ!あのラテラーノ人以外に、あんたの銃を直せる人なんかいないでしょッ!
なんでそんな風に考えちゃうのよ!?
私はウソなんか言ってない、あなた分からないの?私の今の感覚が、あなたには分からないっていうの?
できることなら分かりたかったさ……でもねフォル、もう分かんないのよ!
あんたはウソをついていないって、ヘイローは教えてくれている!あたしと同じくらい苦しんでいるって!
でもそれが本当だったら、なんでワッフルなんか作る気持ちになれるわけ!?どうしてなんの負い目も感じないであのラテラーノ人と関われるわけ!?
あたし、もうあんたのことが分からないよ……
フィーヌ……
それは……私もみんなにいい暮らしを過ごしてもらいたいと思ってるからだよ。
……それってどういう意味?
私たち、もう後がないでしょ?ステファノお爺さんやみんなが言わなくて、私分かるもん。
ラテラーノは必ず私たちを連れて帰る。前に大人たちの会話をこっそり聞いたの、そしたらこの修道院はラテラーノが必ず取り戻したいと思ってるくらいすごい建物なんだって。
でもそれだとジェラルドさんたちは多分……きっと私たちとは一緒に来ることはできないはず……
だから私がんばって証明したいの!ラテラーノの人に、ジェラルドさんたちも、とってもとっても優しい人なんだって!もしかしたらそれで――
それをしてどうなるの?あいつらが同意して、ジェラルドさんたちも一緒にラテラーノに連れて行ってくれるとか考えてるわけ?
そう、やっと分かったよ……あんたがいつもレミュアンって女の言うことに大人しく従っていた理由がそれなのね?自分ならほかのみんなを説得させられるって。
物乞いみたいに、地面に頭を擦りつけながらあの女に頼み込んできたんでしょッ!?レイモンドたちを見捨てないために、あたしたちはあいつに懇願しなきゃならないって思ってるんでしょッ!
フィーヌ……
あいつらの考えを少しでも変えようとしてるみたいだけど、それが成功した試しはあった?
それは……今も頑張って説得して……
いくら頑張ったって、あいつらは絶対に考えを変えないよ。
あんたが勝手に、頑張ったら成功すると一方的に思い込んでいるだけよ、フォル。
あんた分からないの?あんたとあたし、レイモンドたちとどう違う?キャロラインとどう違うの?
……レイモンドは私よりもできることが多し、キャロラインは私よりも頭がいい、でしょ。
ほら、自分でもよく分かってるじゃん。
あいつらはあたしたちを同族として受け入れながら、同時にあたしたちの本当の家族たちを蔑むように区別している人間なのよ。
そんなヤツらなんかまっぴらゴメンだわ。あんなヤツらがひしめき合ってるラテラーノなんか行く気にもならない。
……
でも……フィーヌ、私たち約束したじゃん。この先絶対この荒野から抜け出して、ラテラーノに戻るんだって。
毎日お腹いっぱいになれて、寒さに凍えることなく、こんな単調な荒野じゃなくて、いつでもきれいな花たちを見ることができる日々を送るんだって……
……あれは子供の頃の絵空事でしょ。
それが絵空事になっちゃったって思ってるだけでしょ?
あたしはあんたほど楽観的じゃない。ただ少なくとも、あのラテラーノ人が来てから、修道院内の雰囲気はどんどんおかしくなってきた。
そう……確かにあたしたちの暮らしは過酷なものだよ、でもあたしは一度だってこの暮らしを嫌いだと思ったことはなかった!
ステファノ爺ちゃんの毎週のミサも、ジェラルドさんが話してくれる昔話もあたしは好きだ。
お腹いっぱい食べられなかった時、キャロラインはこっそり干し肉を渡してくれるし、ニーナさんもレイモンドに野菜粥を具だくさんに掬ってくれて、みんなで一緒に分け合った……
それだけでも十分なんだよ……
フィーヌ……
でも今はどうなった?
どいつもこいつもラテラーノこそが、なんてことを言っておきながら、あいつらがあたしたちの暮らしをメチャクチャにしたことしか起こってないじゃない!
でもフィーヌ、それを全部レミュアンさんのせいにしちゃダメだよ!そんなのただの八つ当たりだってば!
八つ当たりだって?そりゃそうかもね。
でもフォル、あいつらが裏で何を言ってるか知ってるの?ジェラルドさんがこっちに来る回数がどんどん減ってきてること、あんた気付いていないの?
あんたあのレミュアンに飯を届けに行ってる間に、そのふざけたワッフルを作ろうとしてる間に、キャロラインたちが……何を食べてるのか知ってる?
そうよ、あんたは何も分かっちゃいないんだ。
え……?待ってフォーヌ、何を言ってるの?
キャロラインたちがどうしたの?あたし何も聞いて……
そう、あんたは何も聞いてないし知ってすらいない。
でもそれはあんたのせいじゃない、あたしが言わなかったから。だってあたしも直接見なかったら、ここまでひどくなってることに気付いていなかったはず。
ねえフォル、もしあんたのヘイローが、ほんの少しでもあたしの今の気持ちを汲み取ってくれるんだとしたら――
今すぐその守護銃をあたしに渡して。
な、何をするつもり?
いいから、それを渡して。
そんなものに祈りを捧げる必要なんかこれっぽっちもない。
さっさと渡してッ!
フィーヌ、あなた今おかしいよ……そんなの危ないし、わ、渡せるわけないよ!
どうして渡せないの?この前だってそれを共有しようと言ってたじゃん?
そうは言ったけど、それとこれとは別だよ!
あなた私のことが分からないって言うけど、それはこっちのセリフでもある……あなたこそどうしちゃったの?目を覚ましてよ、フィーヌ!
覚めてるよ!
今までにないほどに!何が祈りよ、何がサンクタにしかない繋がりよ!そんなのもううんざりだっての!
そんな特別なものなんかいらない!あたしはただ――
(デルフィーヌがフォルトゥーナから銃を奪おうとする)
ダメ……!
フィーヌ、やめて――!
(銃声が鳴り響く)
うぐッ――!?
……へ?
フィーヌ……?
……あっ……うっ、ぐふッ……
あたしはただ……みんなと、ずっと一緒に……
(デルフィーヌが倒れる)
フィーヌ、どうしたの?ねえ、冗談はやめてよ……
フィーヌうううう!!!
ふぅ、やっと見つけたよ~。
どう、そっちは順調そう?
スプリア、単独行動する際は事前に声をかけてください。
融通利かせてよ~、こっちだってはやく任務を終わらせるためにやってるんだからさ~。
そうそう、いい知らせがあるよ。レミュアンを見つけた、この修道院にいる。
それと悪い知らせも……そのレミュアン、私たちに協力するつもりないみたい。
……
あの人はいつだって自分で考えて自分で動くタイプだからね、私じゃ説得しきれないのも当然か……
ってちょっと、怖い顔しないでってば。だったら自分で彼女を捕まえに行ったらどうなの?
分かりました。
え?分かったって……あなたまさか、本気でそうするつもり?冗談だよね?
いえ、冗談は言っていません。
……
スプリア、一つ役場内での共通認識ってやつを教えてやろう。
なにそれ?
フェデリコは冗談を言わない。いや、言えないんだ。そういう機能を備えていないからな。
……
レミュアン枢機卿補佐官なら私が探しに行きます、その後に彼女の考えを伺いましょう。
……なに、私がウソついてるって思ってるわけ?
あなたが言ってることすべてが真実と断定することはできません。
ねえフェデリコ。
なんであなたが教皇庁で働いてる多くの女の子たちからブラックリストにぶち込まれているのか、今ようやっと分かったよ。
?
まっ、そんなこと今はどうだっていいや。それよりそっち……もうここの人たちとは話がついたの?
あれ、リケーレさん……?
そちらの方もあなた方のお仲間さんで?
ああ、そうなんだ。みんな同僚でな。
……サンクタの若いの、まだほかに何かあるのかい?
ここにはもう何もない、何もないのさ……だからこれ以上話し合っても時間を無駄にするだけだよ、あんたたちもここに来るべきじゃなかったんだ……
やめてくれよニーナさん、そんなこと。ラテラーノに知らせを入れたのはもともと俺たちのほうからじゃないか……あなただって最初は反対していなかっただろ?
反対……していなかったのかい、私は?はぁ、だったらステファノに言っておくべきだったよ、もうラテラーノに期待するのはよせと。
……いや……そうさ、そうさ!そいつらを追い出すんだよ、ジュリアン!ラテラーノ人をここに来させるべきじゃなかったし、助けだって必要ない!さっさと追い出すべきだ!
……
ニーナさん!少し落ち着いて!
一体どうしちゃったんだい!さっきまでこの人たちをもてなさなきゃって言ってたじゃないか!
わ……私は……
どうやら少し二人っきりにしたほうがいいみたいだな……何かこっちで手伝えることはないか?
ほ、本当にすまない!ニーナさんはちょっとカッとなっただけで……その、手伝いなら結構だよ。私が彼女を休ませておくから、ほかに何かあったらまた後で話そう!
(ジュリアンが立ち去る)
そ、そうか。ちゃんと安静にさせておくんだぞ。
ふぅむ……
なーんか様子がおかしいな。
そっちも順調とは言えなさそうね。
さっきのあれ、一体どういうこと?
本人は至って普通だったのに、なぜああなったかはこっちもさっぱりだ。一体なにが……
フェデリコ、ここの住民に事情聴取をすると言い出したのはあんただ。なにか分かったことはあったか?
さきの女性は情緒が不安定化しており、その際対話の途中で思考が変化することも珍しくはありません。ただ当人が会話内容を忘れる前に、態度を急変させることは異常です。
それってつまり?
……この現象について思い当たる節があります。
しかし、これはあくまで私個人の推測によるものですので、この現象の可能性が討論に値するまで大きくなるまでの間は、黙秘を選択します。
じゃあ言わなくていいじゃん……。
で、ここの住民たちの情緒がちょっとおかしくなってることはいいとして、さすがに何かほかの収穫はあったでしょ?
ほらほら男子たち、そろそろお話合いの時間だよ。
つまり……あの主教様は、ここに住んでいるサルカズたちのために、私たちにこんな面倒なことを押し付けたってこと?
ラテラーノは彼らを受け入れるって、私たち言ったよね?なのにサルカズのために、みんなを寒さと飢えに晒し続けても構わないだって?しかも特使まで拘束して?
ええ。
……マジ?この間まで大罪人のアンドアインの対処でてんやわんやだったのに、今度はやさしいやさしい主教様を相手にしなきゃならないってこと?
はい。
*口笛*こりゃまたなんとも……
あんま恨みとか憎しみとか私気にしちゃいないけどさ、相手は逆にそれで頭がやられちゃったってことなのかな?
そりゃレミュアンがあんな要求を同意してくれないわけよ……この前までロンディニウムで大暴れしていたせいで、大公爵たちに死ぬほど恨まれてるわけだし、サルカズたち。
そんなタイミングで、万が一サルカズとごたついてることが外に知られれば、教皇様の全国が仲良く手を取り合う計画が台無しになっちゃう。
聞いてるだけでも深刻だな。
フェデリコ、確かレミュアンとオレンの任務はここに支援を提供し、修道院をラテラーノに回収させるものだったはずだよな?
はい。
建造された背景は特殊だし、有用性も高いこの修道院を要塞として再利用する、か……合理的な判断ね。
特にこっちがイベリアと関係を修復する際にはもってこいだよ。
まあ少なくとも、今のところここで手荒な真似をする必要はなさそうだ。
そうだフェデリコ、さっきあんた、あのサルカズの正体を見抜いていなかったか?
はい。
あいつは何モンなんだ?
傭兵です。
あなたたちの会話って、「夜なに食べた?」「ご飯を食べました」と同じくらいホントつまんないね。
ねえフェデリコ、あなたに一文字でも多く喋らせるためにいくら払えばいいの?言ってくれれば、あとで経費に落としてもらうよう教皇様に報告しておくからさ。
そんなことは考慮しておりません。
そこは勘弁してやれ、スプリア。そうだ、レミュアンが無事なのは分かったんだが……オレンのほうはどうなんだ?
あいつならとっくにここから逃げていったよ、レミュアンですら行方が分からないってさ。
保身に関しちゃあいつの右に出る者はいないからね。だから私に言わせれば、あいつは……今頃どこかで悪巧みしていたりして?
そうか……ん……?
(鐘の音が鳴る)
あれ?
……鐘の音だ。どっからだろ?
これは間もなくミサが始まることを知らせる鐘です。
俺たちもそれに参加したほうがいいか?それかミサで修道院内に人がいなくなった間に、オレンを探しにいったほうが……
私はミサに参加します。
ありゃま、意外だね。
修道院の全体的な状況を確認し、それをもとにここのシステムが未だ無事に稼働してるか否かと、外部の介入を必要とするか否かを判断する必要があります。
大勢の住民たちが一斉に集うミサに参加することは、それを観測するためのいい機会と考えているので。
なるほど……
言われてみればそれもそうだな。しっかし、てっきりもっと明確な問題から先に解決すると思っていたぞ、オレンのこととか……もしかして何か心配事でもあるのか?
……いえ。
私はただ、私個人が合理的と判断する方法で自身の責務を果たしたいと思っているだけです。
あれ?鐘が鳴ってるぞ?
おっかしいな……主教様がミサを行う日にちにゃまだ全然なってないのに、なんで鐘の音が……
あっ、クレマン!ちょうどいいところに。こりゃ一体どういうことだ?
鐘は主教様の指示によるものだよ。今日だけは例外的にミサを行うことになったんだ。
さあ、みんな礼拝堂に向かってくれ。
そりゃ……行くには行くが、まだ手元の仕事が……
ていうか、なんで急に今日ミサを?あのラテラーノ人と関係があるのか?あいつらもしかして……その、俺たちに厄介事を持ち込んできたからなのか?
どうしてそう思うんだい……?
いや、別になにも……そうだ、もしかしてジェラルドたちがいるから、俺たちをラテラーノに連れていってくれないとか?
……そんなこと誰が言ったんだい?
ただの当てずっぽうさ。だってサルカズとサンクタって仲悪いんだろ?だからみんな、それさえなければ俺たちはとっくにラテラーノに入れたんじゃないかって……
……
いや、今こんなこと考えても仕方がないな、主教様がどうお考えになられてるのかも分からないんだし……
今のは聞かなかったことにしてくれ。今回の出来事で誰かを責めてるわけじゃないし、誰のせいでもない。ただ……寒さでみんな頭がやられちまっただけだ。
うん、分かるよ……
みんなもしラテラーノに行けたら、食い扶持も繋がって、食べ物も着るものも困らないって思ってるけど、本当なのかな?
入れなくても、近くに森があれば助かるんだが。少なくとも枝を拾って火を起こして、冬の間は小さい子たちに暖を取らせてやりたいものだ。
そうだね、せめて子供たちに寒い思いをさせちゃダメだ……
ラテラーノに行ったら、私たちもいい暮らしができるのかな……?
そう願うしかないよ……じゃなきゃほかにどこへ行きゃいいんだ?
あんたも心配しすぎだぜ、クレマン……主が、きっと俺たちを見守ってくださる。
……
(遠くから銃声が聞こえてくる)
なんかいま音がしたな……今度は一体なんなんだ……?
(さっきの音は……)
(銃声?)
……
(鐘の音が聞こえてくる)
クレマンが鐘を衝いてくれたか……
では、儂も最後の準備をしておかなくては……
(扉が開く)
おや、もう誰か来てくれたのかね?
フォルトゥーナ、そなたなのか?
そなたは昔から時間通りに来てくれる子だ……まだ誰も来ていないから、先に座っていなさい。
儂はまだ準備が……フォ、フォルトゥーナッ!?
な、何があったのだ……!?
……ステファノ……お、お爺さん……
たす、けて……
血に染まった女の子が一歩一歩、愕然とした老人のもとへ歩み寄っていく。
淡い光がようやく照らし出してくれた女の子の顔を見れば、ぽつりぽつりとこびりついた血の跡と、額の表面から剥き出しになった黒い歪な角がそこにはあった。
女の子の目の前には淡く輝いている、銃を持った聖徒の像が聳え立っているが、背後には拭いきれない血色の道が引かれている。
礼拝堂の床にサンクタの血が滴り落ちる音は、夢から覚めてしまうようほどおぞましく、鼓膜を震わせるほどおどろおどろしい。
次第に、これまで祈りを捧げてきた守護銃が、それを握りしめていた手の中から滑り落ちていった。
フィーヌが、フィーヌが……!
……う……うううぅぅぅ……!
あぁよしよし……泣くでない、デルフィーヌがどうしたのだ?
怪我をしてしまって……!
わた、私が怪我をさせちゃって……はやく……!ステファノお爺さん、はやく彼女を助けてあげて……ッ!
(クレマンが部屋に入ってくる)
主教様!ご無事ですか!一体なにが――
……フォルトゥーナ?どうして君がここに……それにその血は……一体……?
一体なにが……
(リケーレが駆け寄ってくる)
どうした!なにが起こった!?
なッ、これは……
ちょっとちょっと、ウソでしょ……
……こんなの冗談じゃ済まされないわよ……!
君たち……これは一体どういうことだ!説明してくれないか!?
どうしてフォルトゥーナにこんな、こんな黒い角が生えているんだ……!?
……
ほかの者たちに視線を向けられていながら、赤衣の執行人が礼拝堂へ足を踏み入れた。
堕天使は未だ主教の胸の中で悲痛の涙を流しているが、ステファノはそんな彼女から礼拝堂へやってきた彼に視線を上げざるを得なかった。
ヘイローにノイズが走り、前頭部に角が生えたことは、明らかに堕天した証です。
彼女は、戒律に背きました。