炎はすべてを呑み込んでしまう悪魔だ。
どれだけ貴重な品々でも、どれだけ大事なものであっても、一掴みの炎さえあれば、それらすべては消え去ってしまう。
ジェラルドがかつて私に話してくれた。彼らサルカズに故郷はない、ただ戦火だけが影のように追いかけてくると。だが彼らも自分たちの故郷を望んだ、だからとある立派な方に追随することにした。
しかし、それから彼は失望を覚え、やむなく離れることを選んだ。
どうして絶望したのか、その時の私は彼に尋ねることはできなかった。
ここに来たばかりの頃、私たちはまだ希望に満ち溢れていたのに。
ここでの暮らしは確かに辛苦が絶えないが、それでもみんな幸せだった。
なのに今は……今は。
彼らがここから離れようとしている。それを知って私は思わずこう考えてしまった。もしかしてここでの生活にも、彼は失望感を覚えてしまったんじゃないかと。
それなら私は?私はどうなんだろう?
私は今……ただ私が大事にしてきたものが、目の前で灰になっていくところを見ているだけだ。
燃えて燃えて。
消えてなくなっていくところを。

……

全部……なくなってしまった…

…

あっちぃ……!すげー火だ!

燃え移った!聖堂に……聖堂にまで燃え移ってしまってるぞ!はやく!はやく水を持ってこい!

おい!火が見えたんだが、何があったんだ?

レイモンド!なんでここにいるんだ?お前たちもうここから出発したんじゃ……

……今はそんなこと気にしてる場合じゃねえだろ!

あっ!そ、そうだった、お前の言う通りだ……!

とにかくちょうどいいところに来てくれた!聖堂が火事で燃えてる、はやくお前も手を貸せ!

聖堂が!?

なんで聖堂が……急に火事なんかになるんだよ?

知るかそんなこと!毎年この季節になりゃ火災の一つや二つ起こることもあるが、こんな大火事は初めてだ!なんでよりによってこんな時に……!

とにかく、はやく火を消すぞ!みんなが住んでるエリアじゃなかったのが不幸中の幸いだが……

……

お前は先に火消しに行け。待ってろ、人を呼びに行くから。

水は!ゲホッ……ゲホゲホッ、水はもうないのか!もっと水を持ってこい!

無理だわ、火の勢いが大きすぎて全然弱まらない。

煙を吸わないように気を付けて……!とりあえず門を閉めましょう。そうすれば、少なくとも外にまで燃え移ることはないわ。

そんなことできるわけがないだろ!何を言ってるんだお前は!

ここは聖堂!聖像だってまだ中に残ってるんだぞ!門を閉めれば、ゲホッ……門を閉めれば鎮火できるっていうのかよ!?

そういう意味で言ったんじゃないわよ!ただ今はそれどころじゃないでしょ、危険過ぎる!

私は正しい判断だと思います。

あ?お前に何が分かっ……って誰なんだお前は?

……

その二人の子供は一体……いやそれよりお前、なんでこんな危ない場所に子供を連れてきてるんだ!?

さっさとここから離れろ!ここは危険だ!

あなたの言う通り、ここは安全ではありません。

しかしあなたもすでに多量の煙を吸い込んでしまっています。直ちに呼吸器官を守る措置を取らなければ、すぐさま眩暈、乱視などの症状が出現すると思われます。

だからなんだってんだ?ここまで喋っておいて、もっと現実的な解決方法はねえのかよ?

見ない顔だな、お前……そうか、お前ラテラーノから来た者だな!ならなんとかしてくれ、中にまだラテラーノの聖像が残ってるんだ!

聖像はこちらが受理した任務の対象として設定されておりません。

なに訳分からんことを……任務もクソもあるか!今はそんなこと言ってる場合じゃねえだろ!

アーツとかなんとかで、この火事を消すことはできねえの?なら隅にすっこんでろ!火消しの邪魔だ!

……残念ながら、そのようなアーツは使用できません。

なるべく損害を抑え込み、鎮火させなければならないともあれば、もっと多くの人手が必要になります。

俺が今すぐみんなを呼んでくる!

その必要はありません。

すでに誰かが来てくれました。

お前たち……

手を貸しに来たぜ。レイモンドから話は聞いてる。

ぐだぐだ言ってねえ、さっさとバケツを持っていけ!俺がもう二個くらい持ってくる!

おっ、おう!

こっちもまだ残ってるぞ!

私がやりましょう。

あなたたちは安全な場所で待機していてください。

お前はあのラテラーノの……

ていうか、そのガキ二人はなんだ?

今ここでその話題に時間を費やすことはおすすめできません。

チッ、そうかよ。

オラ、バケツだ!ちゃんと持ってろ!

クレマン!

ちょっと、これ以上中に入っちゃダメよ!止まってってば……クレマン!

火災現場に入らないでください。

放せ、放してくれ!

十分な防護措置を取っていない状況下で、そのような行動は非常に危険なものです。

この人の言う通りよ!

あんた一体なんのつもりよ!死にたいの!?

花が――

花が……

……

……すまない、気が動転していた。

……あんたが一番つらい思いをしてるのは分かるけど、気をしっかり持って!冗談かましてる場合じゃないのよ。

あんたの花なら……花はいつかまた植えればいいでしょ。

……

バケツがまた空になってきた、水を汲んでくるよ。

もうこれ以上は中に入れねえつってんだよ!火が強すぎる、それに煙だって……!

あなたはこの場に残っていただいても構いません。

一酸化炭素中毒を避けるためにも、あまり大声を出さないほうがよろしいかと。

テメェに言ってんのが分かんねえのかよ!?

あなたはここで待機していてください。

……いいや、テメェのことは信用できねえ。見張っておく必要がある!

おい、今なんか聞こえなかったか?
轟々と燃え盛る炎の中、銃を持った聖像から不吉な音が響いてきた。
凄まじい高温を帯びた影がレイモンドに覆い被さろうとする。まるでサンクタの聖堂に土足で入り込んできたこのサルカズを裁くかのように、巨大な聖像が火の海の中に倒れ込んできた。

――!

下がりなさい!
耳をつんざく破砕音が耳元で炸裂する。予想していた痛みはなぜだか訪れなかった。
見れば執行人がしっかりと銃を携えた腕を上げ、サルカズの青年を庇っていたのだ。

まだ崩落のリスクが残っているかもしれません、はやくこちらへ!

お前、腕が……!

いや、ちょっと待て!お前……聖像を破壊したのか!?

完璧に破壊してはいません。ただもし倒れてくる方向を変えなければ、あなたはその下敷きになっていました。

でもこれ、お前らの聖像だろ……

それはいま重要ではありません。

……

それよりも何かが妙です、火の勢いがまだまだ増大し続けています。

木製の長椅子など、ここに陳列している設備が燃えやすいにしても、最初に火が起った位置が怪しい。まだ建物内に助燃性のものが残されているかもしれません。

それはどういう意味だ?何が言いたい?

……

ん?

これは……

(ここがサルカズたちの住処かしら?)

(……こんな薄っぺらい壁板だけじゃ、到底荒野に吹く寒い風を防ぐことなんてできないわよ。)

(ふぅ……それにしても本当に寒いわね、ここ。)

(それに時間を無駄にしちゃったせいで、空もすっかり暗くなってしまったわ。)

(あら?)

(あっちの建物の最上階が光ってる……もしかして、あれは火事?)

(どうしてこんな時に……?)

(どうやらフェデリコのほうも面倒なことが起こったようね。)

(……!誰か来た!)

みんな修道院へ手伝いに行ったんだし、私たちも様子くらい見に行ったらどう?

これまでずっとステファノによくしてもらったんだからさ、せめてここを出る前に最後くらいは……

行きたきゃ勝手にしろ、俺は行かねえからな!

人手が欲しけりゃ、今日ここに来たラテラーノ人に任せりゃいいだろ!俺たちが行っても足手纏いだし、わざわざ嫌われに行く必要があるかよ!

(あらやだ、癖で思わず隠れちゃったわ。)

(会話を聞いてる限りだとケンカらしいわね?けどオレンとここに来たばかりの頃は、あんな雰囲気じゃなかったはず……)

もう怒らないでよ、レイラは……別にわざとああ言ったわけじゃないんだから。

わざとじゃないってんなら、心の中ではそう思ってるってことだろ!

俺が彼女の冬服を盗んだって?俺がいつそんなことをしたってんだ!これまでずっと服は俺の担当だったろ、なんでそん時は俺を疑わなかったんだよ!

彼女たちにも事情が……はぁ……

俺たちを邪魔者だと思ってるからあんな疑ってくるんだ、ほかの連中もそうに違いねえ!最初から俺たちを仲間だなんて思ってもなかったんだ!

ステファノが俺たちを見限ってラテラーノに戻ることに同意しなかったから、逆に俺たちを恨んできた!やっと分かったぜ、俺たちがずっと勝手に思い込んでただけで、向こうは一度だって俺たちを仲間だと思っちゃいなかったんだ!

……

最初ジェラルドさんがここを出るって言った時、確かに俺はちょっとばかり迷っちまったが、今見りゃさっさとそうするべきだったぜ!

出ていけっつーなら出て行ってやるよ!お望み通りになァ!

でも……本当にこの荒野を越えることなんてできるの?道を探しに行った人たちだって、まだ戻ってきていないんでしょ……

だとしてもずっと待ってるよりかはマシだ。もしまたあんなことがあったら、そいつを殴ってやらなきゃ気が済まねえぜ!

(……)

……ふぅ、寒い。

まさか夜になると外がこんなに寒くなるなんて。ずっと部屋に籠っていたせいかしら。

私もやらかしちゃったものね。きっとヴェルリヴに減給されちゃうわ。

むぅ、それだったら再来月モスティマにあの光る六層フルーツケーキを買ってあげられなくなっちゃう。仕方ない、その時は自分で作って節約するしかないわね。

だったら、なおさら時間を無駄にしちゃいけないわ。
(バケモノが姿を現す)

――見つけた!

やっと、鎮火できた……

物はほとんど燃えちゃったけど、でもよかったわね、下の階の部屋には燃え移らなかったわ。

よかっただって?これのどこがよかったんだよ!

聖像はこんなひどい有り様になっちまって、花だって全部……クソ!

……

みんな無事が一番さ。

おーいレイモンド、そっちは生きてるかー?

まあな、死んじゃいねえよ。

お前も運がいいねぇ、あんな火の中に突っ込んでいったってのによォ!

こりゃ帰ってジェラルドに知られたら、お叱りのゲンコツは避けられねえぜ!

……ジェラルドさんだけには言わないでくれ。

なんだァ、いまさらビビり出したのか?

そんなことより、なんで主教様はまだ来ないんだ?こんな大事が起ったっていうのに……主教様に知らせた人はいないか?

とりあえず今日はこの辺にしておきましょう。ほかじゃどうしようもないんだし、まずは主教様にお伝えしなきゃ。

みんなもこれからは十分に気を付けなさいね、こんな事故二度も起こすもんじゃ……

事故ではありません。

おにいちゃん!

……なんですって?

今回の火災は事故ではありません。現段階で推測するに、何者かが意図的に放火した疑いがあります。

おいラテラーノ野郎、冗談にも良し悪しってもんがあるぞ。

そんなバカな……聖堂を燃やそうと考える人なんかいるわけないだろ?

なんか証拠でもあんのかよ?

先ほど述べたはずです。

は?

火の勢いに異常が見られ、ほかにも助燃性のものが置かれていたと。

……それだけで燃やしたやつがいるっていうのかよ?

結論付けるには十分かと。

テメェ――

待て、レイモンド。

なんだよお前?お前も誰かがわざと火を放ったって言いてえのか?

いや……分からないが、でも確かさっき……

ここは普段からそんなに人が来ることはないんだ。特に、特にお前たちサルカズは……

なのにさっき、俺はこの近くでお前と出会った……

ちょっと待てコラァ、そらどういう意味だ!?

待てフェルナン、落ち着け!

話は最後まで聞け。

た、他意はないんだ。ただちょっと気になっただけで……

なあレイモンド、なんであんなタイミングでお前はあそこにいたんだ?

……儂に見せたかったものがこれなのか、ジェラルド?

お前と私があの場にいれば、みんな遠慮してしまう。本音が聞けなくなるだろ?

……

これが私たちの現状なのさ、ステファノ。

分かっておる、最初からずっとな。

誰かを責めてるわけじゃないんだ、誰の間違いでもない。みんなただしっかりと、落ち着いた日々を過ごしたいだけだ。今のように。

だがサルカズは……流浪の運命を強いられてしまっている。

……言ったはずだろ、ここはあなたらの家になろうと。

確かにそう教えてくれたな。

あの子たちにはここで根を下ろしてほしいとも、そなたは言っておったではないか。

あれはきっと私が間違っていたのだろう。

誰の間違いでもない、そなたは先ほどそう言った。

……最近ずっと思い悩んでいるじゃないか、ステファノ。

なにか考え事でも?

それとも、今回の火災は……お前と関係があるのかと、聞いたほうがよかったかな?