おはようございます、主教様。
おはよう、ヨリー。また会ったな。さあ、ほかの人たちも呼んできなさい。
はい。
あの、主教様、私たち……
そなたの心痛はよく理解している、シュラル。最近はあまりにもたくさんのことが起こってしまったからな。
その……私たち、ここに来てよかったんでしょうか？あのラテラーノから来た人たちが、もしかしたら……
いいんだ、気にするな。
この修道院で暮らす者であれば、誰であれ礼拝堂に入る資格はある。十数年來ずっとそうであったように。
そうだなぁ……では、そなたは最前列に座るといい、シュラル。これまでと同じように。なに、緊張することはない。
聖餐式が始まれば、ラテラーノ人とて邪魔立てしに来ることはできんよ。
みな、席に着いたかな？
では今から食前の祈りに入る。耳を澄ませ、この時の静けさを感じながら、しばしの間待っていておくれ。
ではまずここに、この儂ステファノ・トッレグロッサ、アンブロジウス修道院の主教が、住民のみなに敬意を表したい。
儂は「信徒」あるいは「同胞」かその他ではなく、「住民」でみなのことを呼称することに慣れているものだから、そう呼ばせておくれ。
]この世に生きる者、それこそ儂らも含めて、法治と野蛮、秩序と暴力、平和と戦争、天使と悪魔などなど……サンクタとサルカズに、これまでそれぞれこのような印象を抱いてきた。
ヘイローと角は、それぞれ目立つ肉体的な特徴であり、その命に刻まれた印である。我々両者は、各々がこの大地を行き交えば注目を浴びる集団だ。
だがこれまで過ごしてきた幾千もの日々の中、我々は共に暮らし、今日もこのようにここへ集い、聖餐を頂き、愛護と祝福を賜った。
この修道院で過ごしてきた時間は、おそらく人によってまちまちであろう。それでも、一番短くても十年は超えているはずだ。
それよりも長い時の中、我々は自分が捨てられ、人々から忘れられてしまったのか否かすら確信できずにいたであろう。だが前途も分からず、身を危険に晒しながらも、我々はようやく人知れぬ分かれ道の中でこうして出会った。
わだかまりも、隠し持っている秘密も、我々の間には存在しない。その代わり互いを受け入れようと、これまでずっと努力してきたものであった。
この時もそう。礼拝堂にいる全員が、互いの名を知り、習慣を知り、自ら食料を分け与え、相手のために雨風を凌いできてくれた。
共に獣を追いやり、盗賊たちにも抗った。共にレンガを焼き、道路を整えたり、一つ一つの窓を直し、畑を耕し食料を作り出してきた。
我々は実の親兄弟であるかのように、互いを愛し互いを守り、相手の幸福を願ってきたのだ。
これほど密な繋がりがあるからこそ、同じ面貌やら生まれついての感知能力の有無など、なんら何かの証明になることはない。信仰の差異も理念の分岐も、隔たりになることはなかった。
だがこれだけ長い夜を耐え忍んでいながらも、我々は朝日が顔を覗かせて来る間の寒さには耐えられなかったものだ。
やがては遠方からラテラーノの特使と執行人、そして……異界からの使者を迎え入れ、各々がそれぞれの企みを抱いていながら、新たな希望をもたらし、一方で苦痛な選択肢ももたらしてきたものよ。
我々の、もとより崩れんばかりでいた支柱も大火事の中で崩落してしまった。頼りになる兄弟も争いの最中に命を落としてしまった……
ゆえにこのステファノ・トッレグロッサは可能な限り最善の結果を図った、たとえそれが確たる答えでなかったとしても。どうか許してくれたまえ、皆の者。
アンブロジウス修道院は楽園ではない。だがここが我々の「家」であることに変わりはないのだ。
きっとそなたらも、同じような選択をしてくれることだろう。
では、これにて祈りは終了だ。さあ、みな自分の分の聖餐をもらってくれ。頂くとしよう。
痛かったかしら？
まあな。
強がっちゃって～。歯ガタガタ震えてるけど？
いくら力が強くても所詮はスナイパーライフルの銃身だ、弾の殺傷力には敵わねえよ。
あら、それなら一発プレゼントしてあげてもいいけど？
怒り心頭なのがはっきりと伝わってくるぜ……こりゃメラメラだな。
お前が信じてるまっさらな純粋さを犯しちまった俺に怒ってるんだな。つまり、お前もまだラテラーノの者として問題をきちんと見てくれているってことだ。
お前の任務はあくまでこの修道院をラテラーノへ連れ帰り、かつての事故で離散したサンクタの同胞を救助すること。で俺の目標は、ラテラーノをラテラーノたらしめてる合理性を守ること。
俺たちは最初から変わっちゃいなかったのさ、レミュアン。だからそういう感情的な考えはもう捨てておけ。
まだ懲りずに詭弁を垂れ回すつもりね。
その至極真っ当な道理で人を脅かすやり方、ヴィクトリアの公爵たちから学んだのかしら？それともクルビアの商人たちから？
突然ケダモノが現れればあの人たちは怯えてしまうって、私言ったはずよ。絶対に虐殺なんかを起こさせはしないから。
すぐにでも特殊部隊がここにやって来るんだ、お前じゃ俺は止めらんねえよ。
あなたを取り押さえてから彼らをなんとかしてやることだって十分可能よ。
俺の脳天に本気で弾を一発ぶち込むつもりがあればの話だがな、それは。さもなきゃそんな奇襲めいたこと、二度も成功はしねえぜ、レミュアン。
あら、そう？
ちょっとちょっと二人とも、マジでやり合うつもりじゃ――
突如と一発の銃声が、その場にいた三人の会話を断ち切った。
それから反応する間もなく、まるで耳元に守護銃をくっつけながら発射したかのような大きな音が立て続けに二発鳴り、ほんの数秒間、彼女らは自分の鼓動の音すら聞こえなくなっていた。
銃身から噴き出された火花は朝方の湿潤した空気の中で傷口のような長い痕を残していき、朝日もやがて顔を覗かせてきた。
これは警告です。
教皇庁枢機卿補佐官のレミュアン、レガトゥスのオレン、及び第六庁所属技術職員のスプリア、直ちに無意味な争いを停止してください。
あなた方の立場を理解する必要も、あなた方の衝突を調停する必要も私にはありません。
しかし今はまだ任務を遂行している真っ最中です。新たに異常が発生すれば、たちまちそれも悪化する可能性がある上、今この異郷の修道院に必要なのは秩序です。
もしあなた方が言うように、互いにわだかまりがなくとも争いを引き起こしてしまうのであれば。共感性を持った者同士であっても、その集団性が崩壊してしまうかもしれないのであれば……
私がそれらの秩序を維持してみせましょう。
先ほどの警告射撃は、外で待機している特殊部隊に向けたものでもあります。ラテラーノの軍が我が物顔でアンブロジウス修道院へ侵入することは許されざる行為です。
オレン、彼らを独断で動員させたのはあなたですので、あなたに約束をしてもらいましょう。彼らを一キロ後退させるように、命令を与えなさい。
そしてレミュアンとスプリア。あなた方はこれまでここに住んでいるサルカズ及びサンクタと多数接触してきました。これからは事態の悪化を防ぐため、なるべく彼らを宥めてあげてください。
リケーレのほうも手掛かりを見つけたらしく、現在それを調査中とのことです。ですのでそれぞれ任務を終えた後、礼拝堂で落ち合いましょう。
私はなるべく、この異常事態を背後で引き起こした者を探し出します。
……
……
……
では、行動に移ってください。
これにて祈りは終了だ。さあ、みな自分の分の聖餐をもらってくれ。頂くとしよう。
クソッ……結局急いでも間に合わなかったか。
礼拝堂へ入る門には隙間が空いていた、そこにリケーレは覗き込む。見れば聖餐式の参加者たちは、すでに種無しパンとブドウ酒をもらい終わって着席していた。
遠くのほうでは、祈祷台に上がってる年老いた主教が顔を上げ、門の外に視線を向けている。思わずリケーレは、相手と目が合ったかのような錯覚を感じた。
それからほんの僅か立ち止まり、リケーレは礼拝堂の門を固く閉ざす。そして少し思考を巡らせた後、腰から銃の予備用グリップを取り出し、それを門の取っ手を挟んだ。
こんなもんかな。あとは中の聖餐式が終わるのを待つだけか……
(遠くから銃声が聞こえてくる)
ん？この迷いのない銃声は、フェデリコのやつだな？あっちもあっちでなんかあったみたいだな。となりゃ、こっちは俺一人でなんとかするしかなさそうだ……
ったく、面倒くせえ……
こうなると知ってりゃ、サルゴンで失踪したレガトゥスを調査する任務を受けるべきだったか。ちょいと場所は遠いが、それでも砂漠に生きる連中はここまで面倒な性格はしていないはずだぜ……
もしかして、俺もワーカーホリックにでもなっちまうのかな？どっかで聞いた「未来は主のみぞ知る」って言葉、今となりゃ納得しちまうよ。
よし、ライフリングもハンマーも問題なし。いつでも守護銃が使えるぜ。
さてと、もし中の人たちが襲ってきたとしたら……一人一発でなんとかなるか……？いや、それだと弾が足りないな。まさか、ここでステゴロか？
……ラテラーノに帰ったら、絶対役場に有給休暇を申請してやる。これだけの仕事をしたんだ、許可が下りないはずがねえもんな。