バベルに何があったのか――当時テレジア殿下との関係があったサルカズにはそういった疑問があった。
Wは真相をはっきりと見たに違いないが、長い旅の途中では彼女は一言も言うことは無かった。
俺は聞かされていないし、イネスもそうだろうが、彼女は俺よりも真実には近いと思う。
知らず識らずの内に、俺はもう一番後ろを歩いている人物だったんだ。
…分かった。
ああ、それで問題無い。各支隊間で連絡を回してくれ。
…了解。
…おい。
みんな、しばらくここで滞在をしよう。
どうしたんだ?
先遣隊が天災雲を観測した。この付近なら天災の影響が無いから万一の時に備えて出来るだけ天災から遠ざかっておこう。
いずれにせよ、こんなリスクを負うことなんて出来ないからな。
…天災か。
こんな荒野の中で猛威を振るう天災を肌で感じることが出来るなんてな。
そうだがカズデルとオリジ二ウムの付き合いは歴史から見ても長いんだ。それほど慌てることじゃないさ。
…Wは?
あいつ自身のチームにいる。
…探しに行くか?
俺は…確信は出来ないが。Wは大きく変わったな。
Wはテレジアを失ったことで性格が大きく変わったと思う。
だが今の彼女は冷静なWとはとても思えない。
それに先の戦場で見かけた時の彼女はやはりこの世に対して不服というような顔をしている。
以前よりはマシにはなったと思うがな。
珍しいな、お前がこの微妙な違和感に気付くとは。
…皮肉を言わないでくれ。Wが静かになるというのは、それは「微妙な」違和感では無いだろう。
Wは――あ。
山の向こうで雲が集まっていて、気圧の変化が凄まじいな…これが天災か?
あの規模だとここに駐屯していても安全ではないかもしれないな。全ての支隊に通知して、元のルートに従い50km後退しよう。
Wを探してくれ、急げ。
…私に命令するな。
ああ…。
Wが私に与えた感じ、それと似ているな。今は。
――あら。
W!お前何をしているんだ――!
ここは――風が強いんだぞ!
何をしているって、天災を鑑賞してるんじゃない!
気でも狂ったか――
何言ってるの?き――こ――えな――
そうだったな、お前は元から狂ったやつだったな!
私はもうあいつらをヘドリーにくっつかさせて逃げさせたわよ。そこまで馬鹿じゃ――あ。
W!お前少しは気をつけろ!チッ!
あなたこそここに来ちゃだめじゃない。落ちたら耐えられないわよ――
お前が耐えられるとでも?死にたくなければさっさと戻ってこい――!
…二人揃って何をしているんだ。
あいつに聞いてくれ。
彼女が私の邪魔をしてるんじゃないの。
…えーっと。
幸いWのチームには損失は無い。だが、レユニオンの指導者と合流する前に先にお前たちは軍事法定に行くことになるぞ。
…
先に帰って休んで、通知を待て。
天災の中で戦うってのはどう?オリパシーが怖い?嵐が怖い?
私はただ単純に死にたくないだけだ
私達は全部のことを事前に適応しておかなければいけないの。
これは面白い体験になるわ。
イネス。
やめてくれ、私は怒っていない。子供の喧嘩じゃあるまいし
Wは…チームを上手く配置している。
珍しいな。
せっかくだ…あいつが更に気が狂ったのか、それとも…あいつが…ええっと。
あいつは馬鹿げた天災雲であり、あいつは天災なんだ。
(悪口ね…)
ふんふんふん~ふんふん~。
上機嫌だな。
当然よ。
報せがあるのよ、カズデルとかいう終わってる所から離れなければいけないっていうね。
だからと言って合流地点を天災雲の下にする理由にはならないだろう…お前は俺の命が必要ってか…
まあ、そう言わないでよ。
狂人にでもなれば何か良いことでもあるんじゃないの?
あまり分かりたくはないが、もう分かったしな。結局はお前の話を聞かないといけないんだってことを。
それで良いのよ
良いことに、あなたがやっていることが論理的では無ければ無いほど、ますます人に疑われないってことね。
はあ。
確かにロドス号はカズデルから離れた、そうよね?
正確にはそんな大きなサイズの船が後ろにはいないことと…テレジアが袋に入れられているということだ。
それで結構よ。
ええ、まだ手掛かりはあるはずなのだから。
チームにも新顔が増えてきたが、むしろそれは自分がカズデルから離れてきたという実感と安心を感じた。
同行者の中には敵もいるだろうし、戦友もいるが、常にそれはころころと変わるものだ。
傭兵は過去を気にはしない。俺たちはそういう異常な種族だからこそ、生死すらも捨てることは容易い。
そしてあの戦争が早く終わったにも関わらず、俺達はすぐに次の戦場に身を投じている。一秒すらも平和というものを味わったことがない。
…このような希望もある種の毒の種なのかもしれない。俺たちは常に闘争と衝突を求め、それらを良い塩梅で緩衝する。
Wが一番いい例だ。彼女はもうとっくに飴のように甘い。
…ああ。
歓迎しよう。
遠方から来た戦士よ。
戦争とは決して逃げるものではない。
それは知っている、当然分かっているが、その時になってようやく気付いたんだ。
戦争はとっくにこの大地の隅から隅までを満たし、全ての意思が独立した生命から誕生し、始まる。
俺たちは再び深くハマってしまったんだ。