流れ出す血。突き刺された身体。引き裂かれた四肢。
・間違っている。
味方。敵。人。
呻き。叫び。嘆き。
・こんなの間違っている!
・……!
・納得できない。
……
聞きたいことがあるのなら、そう言え。
ドクター……ローズマリーが戦うところを見るのは初めてですよね?
納得できないのは分かりますよ、ですが――
私に任せろ。戦闘能力を失った敵負傷者を診てやってくれ。あと、通信兵も。
……了解しました。
・彼女はいくつだ?
14だ。
なのに戦闘に行かせるのか……!?
みなさん……通してください!
……何が起こったんですか?現場の処理を終えたばかりなので……
ドクター?
…どうしたんですか?
ドクター、呼びましたか?
・誰がお前を戦場に向かわせた?
……
誰がお前を戦場に向かわせたんだ!
ドクター!
・こんなひどいことを!
・……恐ろしい……
・これはお前が担うべきことじゃない。
・……どうしてお前にやらせるんだ?
・ケルシー!
・……!
・こんなことしちゃいけない。
自分の意思です。
・何を言ってるんだ!?
・……
・どういう意味だ……?
自分で戦うことを選んだんです。戦いたいんです。
戦場でしか見つからない感覚があったから。
友だちと家族を守ったときに満足感が得られるから。
……ロドスは私を必要としてくれてるんです。
私みたいな人生を送るような人を二度と出さないように、この大地が私の名前を呼んでるんです。
・だとしても、こんなこと……
・こんなことしては…
死は、子供を見逃してくれますか?
戦争も感染も、子供だったら、生きながらえさせてくれるんですか?
私とアーミヤさんが戦場に立ってたとき……誰が、どっちが「子供」に見えましたか?
ドクター、私たちは「ばけもの」なんですよ?
・違う!!
・……
・君がそう思ってるだけだ。
ドクター、違うんです。
Dr.○○○、そうじゃないんです。
自分が何なのかなんて、どうでもいいんです。
私はただ家族と一緒に有意義なことをしたいだけなんです。
Scoutは知ってますか?
・誰だ……?
…ではAceさんは?
・知っている。
……私、もう何日も彼らのことを見てないんです。
忘れてしまったこともたくさんあります。
でも、私は忘れただけ、何もかも失くしたドクターとは違うんです。
ローズマリーさん。
……あ、そういう意味じゃないですよ。でもわかりますよね、アーミヤさん。
……わかりますよ。でも……そんな風には言わないでください。
うん……わかった、ごめんなさい。
私が失くしたのは細かいものだけ、見てきたたくさんのものとか、聞いてきたたくさん言葉とか。
あの感情は、あの……言葉では言い表せないけど、アーミヤさんにしかわからないあの感情は……
私から離れたことはないんです。
・……
ドクター……あなたはよくわからない人です。
彼らが言う以上にわからないんです。
私がよくわからないって言う人もいます。私を見て怖がる人もいれば、私にこんなことするべきじゃないって言う人もいます。
でも彼らもどうして私がこんな風なのかは知らないんです、私は感じ取ってるものも知りません。
どうしてこんなときに心が痛いのでしょう?どうしてこんなときに泣きたくなるのでしょう?
もう何も憶えていないのに……どうして目がまだにじむのでしょう?どうして唇が乾くのでしょう?
廊下のあの汚れは誰が付けたのでしょう?どうして拭き取らないのでしょう?どうして花瓶を割ってしまった時は心配になるのに、楽しいって感じるのでしょう?
目に入った花がいやになり、虫が気になるのは、どうして?
私が忘れたことに、何が起こったの?どうしてこんな感情が湧き出てくるの?
オペレーターのみなさんからはそれぞれ違う感覚を感じるんです。
みなさんを失ったとき、あの感覚も、当然消えてしまいます。
でもどうして……どうして感情なんてものがあるのでしょうね?
もう何も感じないのに、どうして涙が出て、止まらないのでしょう?
もう全部、忘れたんじゃなかったんでしたっけ?
……
でもローズマリーさんはその感情を私に取り払ってほしくないんですね。
突然湧き出る感情が、どんなものであれ、それはローズマリーさんのものですよ。
私は干渉できません。ローズマリーさんの記憶の中にまだ優しい希望がある限り……私は取り出したりしません。
何故なら何をするべきかは、ローズマリーさんが決めることですから。忘れることもローズマリーさん自身がそうするべきならば。
他人に委ねるのではなく、自分自身で。
・ローズマリーに何があったんだ?
・……
・彼女をまだ理解しきれていないんだが。
Dr.○○○……戦場に赴いたオペレーターはロドスがひとりひとり厳格に選別した方たちです。
たくさんのオペレーターが戦場派遣に申請しましたけど、却下されました。ロドスは様々な角度からそのオペレーターが作戦任務に適合するか判断します。
作戦能力、戦術への考慮、規律遵守や身体の素質は参考要素です。でもこれらは表層的な条件に過ぎません。
実際の任務では、相手を信頼しきれるかわからないオペレーターがたくさんいます。
ローズマリーさんがここにいるのは、彼女が私たちの指揮と目標を信頼しているから、私たちも彼女の能力と判断を信頼しているからなんです。
だからドクター、私を、いや、私たちをどうか信じてください……
彼女の感情の表情が……ゆっくりと、見えてきますから。
……
ドクター。ブレイズさんと一緒に戦ってくれてありがとうございます。
・どうした?
・……
・礼には及ばないさ。
ブレイズさんはもっとみんなと一緒に戦いたいんです。彼女が笑ってるところが見たかった。
あなたのことも見てみたかった。AceさんやScoutさんが言っていたあなたがどんな感じなのか、見てみたかった。
ここにいたのか。
・君も私を探していたのか。
…重苦しい大型機器を使って迅速に敵勢力を殲滅、同時に驚異的な自制力と適応能力にはいつも驚かされる。
ローズマリーはロドスで最も抜きんでた殲滅戦要員の一人だ。
ただ、彼女の接し方やあの話しぶりから彼女を案じてしまうかもしれない。彼女が戦う姿は、その外見からしては、残酷に思ってしまうのは仕方がない。
チェーンソーを振り回して暴れまわるブレイズはまだマシかもしれないが、彼女が放つ破片は、確かに人を不安に感じさせる。
お前が少しでも納得できるのであれば、納得できる話をしよう。納得できればの話だが。
――ローズマリーは敵を殺すことは少ない。見る側かしたらそうでないかもしれないが、彼女の戦術の旨は敵戦闘能力の解除にある。
例えば、先ほどの戦闘で、敵全員の武装解除に成功している。ローズマリーの攻撃で死んだやつはいない。
彼女の武器を操る技量は昔に比べて、だいぶ進歩した。
もちろん、我々が鹵獲した敵が助かるかどうかは、レユニオンを指揮してる頭を潰せるかどうかにかかっている。その時でないと、救援部隊をセントラルシティに送りこめないからだ。
ただ、こちらが致死性の攻撃を与えないと戦術目標を達成できないときは、死傷はま逃れないがな。
……そのしかめっ面は変わらないか。戦闘で浮き彫りになった事態がお前の想像以上に残酷だったからか?
・納得できない。
・……
・理解不能だ。
事実もお前の想像以上らしいな。
身の毛もよだつアーツと驚異的な適応能力が、ローズマリーをエリートオペレーターにのし上がらせたわけではない。
私たちは「彼女を戦場に送るべき」だからここに送り込んだのではない、「彼女を戦士にしなければ結末は見るに堪えない」からここに送り込んだのだ。
・どういう結末だ?
真面目に話そう。彼女の身体からにじみ出るアーツが無意識にあるいは意識的に命の殺戮を起こす可能性があるからだ。
人類が互いを殺し合うことはもはや常識だ、この大地で頻繁に起こっていても、大多数の人間は理性を以て自分で兵器やアーツの杖を手に持っている。
自我を失った人が、人であるのかどうかなど今は興味ない。だが人類がこの問題の先に直面しているのは事実だ。
「人から自我を奪ったら何が残り、また何が生まれるのか?」
「それが殺人を犯したとき、その罪は誰にあるのか?」
武器を作った人か?武器を握っていた人か?あるいは武器として利用された人か?
・また謎かけか。
・……
・それは自分で見つける。
この戦いの続きで、お前に説明すべきことが色々出てきそうだ。
ついでだ、年齢のことについても言っておこう。
アーミヤが大人を装ってることはお前に誤解を生んでるかもしれない。私にはどうでも良いことだが。
恐ろしい兵器として扱われる幼い命が、幼稚だからと言って、普通の子供としてみられることはない。
――ましてや彼女はあまりに多くを経験してしまった。
……自分の装備を整えろ。まもなく地上に向けて出発する。
・ではアーミヤは?彼女も兵器だというのか?
……彼女に聞けばいいだろう。
それと、そろそろ彼女からお前に伝えるべきだ。
ケルシー!待て!
ワルファリンか。もうすぐ出発する、言いたいことがあるなら、簡潔にしてくれ。
あの預言は知っておるな?いや、そなたが知らぬことはない、知ってるはずだ。
預言?
これが原因でアーミヤを向かわせたのか?
…アーミヤは今回の作戦の総指揮官と発起人だ、行かせて当然だろう。
まだあんな小さな年齢で、総指揮なんぞできるわけ――
ワルファリン、私たちがカズデルから離れてどれぐらい経った?
……
言ってくれないのなら、私は行くぞ。
……二か月?
ワルファリン……冗談はよせ。
言いたいことはわかっておる。彼女は成長した。
そうだな、ワルファリン。光陰矢の如しだ。
コータス人の生理変化とブラッドブルードの生理変化には信じられないほどの差がある。私たちがカズデルから離れて、もう三年だ。
お前の時間は少ししか経ってないかもしれないが、アーミヤは大きく成長した。
先に妾の問いに応えろ。預言は知っておるな?
……「最後のウェンディゴは魔王の手中に死す」か?
それだ。あの遊撃隊とそのボスは知っている。彼で間違いない。
預言の全文は「フルティクスの子、サルカズの反逆者とその血脈の名誉無き者はサルカズの君主の手によって罰せられる」だ。
あれは預言とは呼べない。彼らの「血脈」が続いたとしても、依然とたくさんのウェンディゴはサルカズやコロンビアで生活している。
…その数十の支族を「たくさん」に入れてるのをお前が流してくれるのであればな。
それと、当時の言語統一の際のものは脅迫と見なしたほうがよかったかもしれない。ウェンディゴがカズデルを離れてほしくない人が大勢いたからだ。
最初にこの言葉を言い出したのは妾でもそなたでもない、そなたも憶えているのであれば、とても重要なことだと認識しているということだ、違うか?
年を重ねたな、いつから「預言」などというサルカズ呪術の戯言を信じるようになったんだ?
――年だと?そ、そなたが言うことか!?
私は鉱石病に感染している、死は常に隣り合わせだ、時が来るのを待つだけでいい。ワルファリン、私の命はお前が想像するよりもはるかに短い。
ああもう!
こうも重々しく言う話題か?妾はクロージャのような小娘ではない、軽く話題を流すようなことは妾にはできないのだぞ。
君が重々しく言い出したからじゃないか。
……とにかくだ。
ケルシー、よく聞け。ほかの人はそなたに言わないかもしれないが、妾ははっきり言うぞ。
彼は妾の支族の最後の数人の一人だ。妾は慈善家でも、お人よしでもないが……妾たちはサルカズ人だ。
妾がブラッドブルードでも、あの爺さんがウェンディゴでも、同じサルカズ人だ。
……サルカズ人がこの大地で受けた迫害はもうさんざんだ。できれば、彼をカズデルに帰してやりたい、ここに連れてきてもいい。
――
私は違う。ワルファリン、私はサルカズ人ではない。
だから許可は下りないと?
いや……
最善は尽くそう。
……彼のことは憶えているよ、ワルファリン。
そなたの頷きがあればもう憂うことはない。
ことが順調に進むこととは限らない、期待するな。
だが今回はそなたが動いてくれる。Dr.ケルシーがやったことなら、どのような結果であれ、妾は受け入れよう。
君はまだ情報を得ていないかもしれないが、この提案は遅すぎた。不幸な出来事がもうすでに起こってしまった。
少し前にチェルノボーグの感染者診療所の「アザゼル」が我々と情報交換をした。
彼がレユニオンに尽くしているという情報だけではない。
それと、彼と交戦するのならウルサスの最も暴虐な刃にこびり付いた味が汗の味なのかそれとも血が錆びた味なのか知ることにもなる。
ロドスの人員をあえて危険にさらそうとする人はひとりもいない。
患者の命の限界は、その主治医によって決まることだ。事在人為、ことが成るか成らないかは人の努力によって決まるものだ。
….事在人為か。
前にも注意したが、君はまた忘れたのかもしれない。
それで君を罰したりはしない、不安分子の排除は正しいだろう。
私は恐れているのではない、ワルファリン。約束したはずだ。
「いかなる時でも――たとえロドスであっても――“魔王”の二文字を語るな」。
決してだ。
停止。
全員、休め!
ローズマリーさん……思い違いでしょうか?
ううん、私も感じました。
ドクター、想定外の事態です。
何が起きたんだ?
確かではないです、ただ……
セントラルシティが……速度を落とした?