ぼくたちは一生飛び続けている、自分が最後はどこかに留まるかなんて、思う人はいるのかな?
故郷の湿った風を帯びながら、口の中にはいつも塩のしょっぱい味が消えずに残り続けている。
皮膚に差し込む烈日、耐えがたい高温、そして皮膚に刻まれた繁栄の印と広々とした都市に籠った気流。
体験した、全部この身をもって体験した。
そしておそらくいつか、ぼくはあの場所に帰るんだろう。
10:10a.m. 天気/晴れ
ロドス艦船、第二船室 オペレーター休息区
じゃ、みんなへのお知らせはエリジウムさんにお願いね!
仕入れる食材はもうすでに後方支援部門に伝えてあるから、そのときのメニューはエフイーターお姉さんと一緒に考えてみるね。
家庭料理なら一応作れるけど、複雑なものはお手伝いさんが必要かな……
あっ、そうだ、レイズお姉さんが招待状書くの手伝ってくれるって、彼女の字ってすごくきれいだよね、動きも滑らかでカッコよくて、見てると私も書道を習いたくなっちゃったよ。
へぇ、用意周到だね、まさかあのレイズさんが手伝ってくれるなんてね。
連絡を入れるのはこのリストに載ってる外勤任務中の炎国と龍門のオペレーターたちでいいんだね?任せて、絶対一人も漏らさないから!
エリジウムさんがお手伝いしてくれるんだったら、もう安心だよ!
ロドスでこんなに多くの同じ出身の人たちに会えるなんて、すごく意外かも。へへ、みんなが集まってるときの雰囲気私好きなんだよね、人が多ければそれだけ賑わう、いいよねぇ。
任務で外に行ったみんなは帰ってきてくれるかな、間に合うといいんだけど……うーん、たぶん難しいよね、でも万が一もあるわけだし!
あっ、もちろんみんなもじゃんじゃん参加していいんだよ!エリジウムさんもどうかな?お友だちも一緒に来てもいいよ、こういうイベントは人数が少ないと面白くないからね!
いいのかい?それはよかった、絶対たくさん連れて来るよ、せっかくの機会なんだし見逃すわけにはいかないもんね。
盛り上がれるだけ盛り上げればいいんでしょ?そういうのはぼくたちの十八番だから任せて!
あはは……もちろん大歓迎だよ、でも、あまりはっちゃけ過ぎないでね、あとでケルシー先生に怒られちゃうから。
大丈夫大丈夫、ちゃんとわきまえるから!
怒られたくないんだったら、こいつを誘うのはやめておいたほうがいいぞ。
おいおい、相棒、それは違うでしょ、厄介ごとを憑けてくるって言うんだったら君も大差ないじゃないか?
前回の接舷区の船板を壊したのは君なんだからね、なんでぼくが逆にクロージャさんに引きずられてお説教されなきゃならないのさ!
さあな。
お前が彼女のロボットちゃんを甲板に持って行って遊んだあげく、落として壊したからだろ?
……うっ。
じゃ、じゃあ誰のせいなんだよ!ぼくだってアンドレアナが急にそこら中に撃ってきたインク弾に、一瞬反応できなかったから手を滑らせたんだけだからね!
えっ、ちょっと待って、どうしてアンドレアナさんが甲板で射撃してたの?彼女がそんなことをするような人には見えないけど……
テストしてたんだろう。俺が彼女のクロスボウに新しいものを付けたんだ、ラテラーノ銃の射撃効果に似せたものをな。
結局やっぱりきみのせいじゃないか!どうりであのラテラーノ銃オタクが急に興奮するもんだよ!
……
ん?
どうしたんだい……あれ、そこにいるのは誰だい?
!
あっ、アブちゃんだ!
なにこそこそ隠れてるの、こっちにおいでよ!
あ、まさか人見知りなの?大丈夫、この二人はちっとも怖くないから、それに私がいるじゃない!
あの、セイリュウ姉、引っ張らないで、自分でそっち行くから。
……ごめんなさい、邪魔でしたか?ちょっとソーンズさんに用事があっただけ、もし空いてなかったら、また後で……
全然邪魔なんかじゃないよ?空いてる空いてないなんか関係ないさ、みんな同僚なんだし邪魔とか邪魔じゃないとかないだろ、水臭すぎるよ。
相棒、きみにご用だ。
いっつも仏頂面してるから、きみと会話しようとする女の子なんていないのかと思ってたよ、羨ましい限りだね。
……黙ってろ。
俺に用事か?
はい。ごめんなさい、突然お邪魔して。
実は武器のメンテナンスについて、ソーンズさんに教えてもらいたいところがあって……
えっ、こいつの武器メンテナンスってそんな有名なの?
言われてみれば、ぼくの発信機もそろそろやってもらったほうがいいかなぁ。
ねぇ、ぼくが次の任務から戻ってクロージャさんにプレゼントをあげたら、彼女、僕を許してくれて、発信機もグレードアップしてくれると思うかな?
お前が彼女の嫌うニンニク風味の菓子をプレゼントしなければ、な。
武器は持ってきたか、見せてみろ。
持ってます、どうぞ!
私が使ってる武器と一般の術師が使ってるアーツユニットが少し違くて、中のパーツのメンテナンス方法も複雑で……あっ、気を付けてください、ここのトリガーがちょっと緩くなっています。
古いタイプだな。
このアーツユニットのタイプは、ウルサスのか?
……はい、そうです。元々の使用者は私の父でした。
ヘラグさんにも聞きました、このアーツロッドはよくメンテナンスをしたほうがいい、でないとあとで性能に影響が出るかもしれないって。
それにソーンズさんは武器メンテナンスの試薬調合に長けていると聞きました。
その…突然お願いするのは申し訳ないんですけど、もし可能であれば、武器の――
わかった。
ソーンズさんのお力を……えっ?
わかった、と言ったんだ。
ちょうど俺も新しい方法を思いついたんだ、俺に任せてくれれば、試してみたいんだが。
えっ、あっ、はい。あ、ありがとうございます。
よかったね、アブちゃん!
変なものを持ち出して実験するのはやめてくれよ、君が調合した試薬を疑ってるわけではないんだけど、毎回出来上がったものの効果がアレだからさ……
今回は問題ない。
自信ありありだね?
お前の武器で試したからな。
ちょっ?えええ!?
冗談だ。
……
二人はいつもこうなの?……仲いいんだね。
そうだよ、二人とも同じ出身だからね、彼らみたいなイベリアから来たオペレーターたちって、みんな関係がいいみたいなんだよね。
外にいれば、他郷故知に遇うことってやっぱり特別でしょ?
当時のビッグスターだったエフイーターお姉さんが私にサインくれたときなんかもう嬉しすぎてどうにかなっちゃいそうだったよ、彼女は私の実家のほうではすごく有名なんだよ、おじさんおばさんたちもみんな彼女のことが大好き!
今は彼女とは一緒に街ブラするぐらい仲良しなんだよ!
あっ、そうそう、それとレイズさんも、目つきはちょっと怖いけど、でもすごいいい人なんだよ。
彼女が壊れたビデオカメラをどうやって直したか見たことある?こう「バチバチ!」ってなって、「ドン!」って叩いたんだよ、叩いたら壊れちゃうよって思ってたけど、まさか直るなんて!
電子機器類はそうやって治すものなんじゃないの?接触不良を起こしたときはちょっと叩けばすぐ直るよ。
それもそうだね、私の実家のみんなもそうしてたし。結構効果あるんだね。
うん。だめになったときは叩けばいいからね。
その通りだね!
そっか、お二人は同じ出身なんだ……
……
もう、元気出して、そんな表情しないでよ!
ズィマーたちのことがやっぱり気になるんでしょ、違う?
今度一緒に行ってあげるから、私リェータとは結構仲いいんだよ、彼女すっごくお喋りなの!なんであれ、まずはみんなお互いを知ってから交流したほうがいいもんね。
……うん。私もそう思う。いずれ彼女たちとも話をしてみたいし……
ありがとう、セイリュウ姉さん。
もう……やめてよ、そんなマジマジと感謝されたら、こっちが恥ずかしくなっちゃうよ。
うーん、いいねぇ、眩しい友情って、そうでしょ?やっぱりこういうシーンはいいもんだね。
自分がまだロドスに来て間もない頃を思い出すよ、ぼくもこんな感じの恥ずかしがり屋だったなぁ……
本当にそんな頃があったと思うか?
あるに決まってるだろ!毎回毎回冷やかすのはやめてくれよ!
ぼくにも適応する期間は必要なんだからね、当時の状況は今とは違って、ロドスでの人が少なかったから、みんな今以上に厳しかったんだからね。
え、そうなの?ケルシー先生だったら、いつも厳しいとは思うけど、ほかのみんなもそうだったの?クロージャさんも?アーミヤもそうだったの?
そりゃあケルシー先生はいつだってああだったよ!当時のクロージャンさんは多忙過ぎて本人を見かけない日もしょっちゅうだったよ、艦内をそこそこ整理し終えてから、少しだけ休憩に入って、またいつものように機械をイジり出してたんだよ。
うーん……そうだなぁ、ぼくが来始めた頃は、もう二年前か。
あのときのアーミヤはまだまだ子供だったよ、今よりもずっと小っちゃくて、まるでもやしみたいだったなぁ。
はは、ぼくからすれば、彼女は今でも大人とは言えないけどね、でも彼女の表情を見比べてみると、まったくの別人のようになったな。
二年前の、ドクターはどんな感じでしたか?
えっ、ドクターもいたの?
あの人は俺たちより来るのがあとじゃなかったか?
そうなんですか、でも、ドクターは元からロドスの一員だったって聞きましたけど?
あー……その疑問なんだけど、ちょっと答えづらいかな。
実を言うと、ぼくもその前に何が起こったのかよくわからないんだ、ぼくが来る以前に何かがあったらしいんだよね、知ってる人も少ないし、隊長もぼくに話してくれないんだ。
とにかく龍門の件以前は、ドクターは見なかったかな。Aceの兄貴たちがたまにドクターがなんとかーって話すときはあったけど……
何はともあれ、今のロドスもいいもんじゃない?アーミヤと、ケルシー先生、それとドクターの三人も仲良くやってるようだし、新しく入ったオペレーターも徐々に増えてきたから、きっとこの先もっと賑やかになると思うよ。
そう考えると、あの時ここに残ると決心したのは正解だったね、あんなつまんなくて抑圧的な場所はもうこりごりだよ。
今はトランスポーターを辞めたとしても、機会があれば色んなところを散策するつもりかな、色んな違う景色を目にしたとしても、最後には帰れる場所がある、うんうん、それで十分だよ。
なら、お前はあそこを出て行ってから戻ったことはあるか?
どこだい?
イベリアだ。
全然戻ってないよ!
他はともかく……あそこは今帰れないんじゃなかったっけ?
確か、エリジウムさんとソーンズさんの故郷ってイベリアだったよね?
前からあそこがどんな場所なのか聞いたことないんだよね、あそこってどんな場所なの?もし帰れないんだったら、みんな帰りたいって思わないの?
思わない。
あー、うん、それはぁ、帰りたいっちゃ帰りたいかな。
あっ、ごめんなさい、もしかして聞かないほうがよかった?
いや気にしないで、そんな大したことじゃないから、ただまあなんて言うか、うーん、よく考えてみると、特に話すような内容もないかな。
あっ、そんな顔しないでくれよ、悲痛な思い出があるわけじゃないんだ、ただそうだな……うーん、ぼくにとってイベリアは退屈な場所だったかな。
故郷が退屈……だったの?
退屈だったね。あそこはあまりにも抑圧的だったんだ、息ができないほどに。
ぼくはそこで暮らせそうになかった、だから出て行った、ただそれだけ。ほかは、そんなに悪くはないかな。
それはお前の感想だろう。
エーギル人にとって、イベリアはそんな友好的なところではない。
あー……確かにそんなこともあったね、ぼくはあんまり多くは知らないんだ、ぼくが暮らしていた町に、エーギル人は少なかったからね。
都市周辺をうろつくか、あるいは封鎖ラインの傍に居を構えるか裁判所に追放される人が大半だった。安定した生活が送れる人はごく少数だ。
あいつらはたくさんの人を逮捕した、あいつらにとって、脅威になりえる人たちをな。
……
えっ、そうなの?
聞くだけで寒気がします。確か、セイリュウ姉もエーギル人でしたよね?
うん……でも炎国にはどんな人もいるから、そんなのあんまり気にしないんかな、エーギルが官職に就けないなんてことも聞いたことないし、みんな同じように暮らしていたよ。
そう言われてみれば、ロドスもそんなこと気にしていなかったね、私が来たばかりの頃もみんなからすごく歓迎されていたし、初めての外勤任務も確かエリジウムさんと一緒だった!
私も同じです。前回の任務のとき、私は隠れていた敵にまったく気が付きませんでした、エリジウムさんのおかげです……本当にありがとうございます。
ああ、どういたしまして、ぼくってばいつもチームをころころ変えられちゃうんだよね、みんなチームメイトなんだし、お互い助け合うのは当然だよ。
だとしても、恩義にはちゃんと感謝を伝えないと。
はぁ、アブサントちゃんって、こういうときは本当に頑固だよね。なんでぼくの傍にこういう人たちが多いんだろ……
お前の隊長とかか?
隊長もそうだけど、きみも自分が岩みたいに頑固だって自覚してるかい?
あの隊長さん全然喋らないから、すごくクールに見えるんだよ……ちょっと申し訳ないけど、実は少し怖いんだよね。
わかる、すごくわかるよ、あの人は見た目からして怖いもんね。
でもね、隊長は見た目も怖くて、普段もみんなと交流する機会がないだけで、実はあの人すごくおしゃべりなんだよ。
今度もし隊長に会ったら、彼女にあいさつしてやってみたらどうかな、あの人きっと喜ぶと思うよ、顔には出さないからわからないと思うけど、でもぼくが保証するよ!
お二人とも仲がいいんですね。
たぶんそうかな……まあとにかく、ぼくの命はなんだって隊長が救ってくれたからね。
それに、あの人ってぼくのサポートがなくてはならないんだよ、そうでなければぼくも最初の頃の第一志望は色んなところに行けるトランスポーターだったんだからね。
はは、モテすぎるのも悩ましいもんだね。
今回の任務は彼女一人で行ったが?
お前のサポートなしでだぞ?
……今回の任務は違うんだよ!ああいう潜入任務は隊長だけじゃないと務まらないんだよ、ぼくがついていくと逆に目立ってしまうからね。
ぼくが就く前、彼女はいつも単騎だったろ?最初に組み始めたころはそれりゃあもう大変だったよ、当時の彼女はぼくがうざったいからってだけでぼくに手を出したんだよ、ひどくない?
隊長のアーツもなかなか凶悪でさ、ちょっとくらっただけで、帰還するルートすら忘れそうになるぐらい意識が混乱したんだよ、それからしばらく自分が誰なのかすらもわかんなくなっちゃったよ。
意識にまで影響されてるのに……記憶があるんですか?ロドスにはそんな危険な能力を扱ってる人もいるんですか?
初めて聞きました……
あっ、うーん、確かにこういうのはみんなが普段話題にしないからね。一応機密情報扱いだから、二人ともくれぐれも口外しないようにね。
とにかく、アブサントちゃんはそんな強張らなくていいんだよ、みんな仲良くやってるんだから、わからないことがあったらいつでもぼくに聞きに来て、喜んで務めよう。
……ありがとうございます。
その通りだよ!絶対自分を無理しちゃダメだからね!
ちょうど良かった、アブちゃんも私たちのパーティに参加しない?エリジウムさんとソーンズさんも一緒に来てくださいよ、私が故郷の家庭料理を振舞ってあげますから!
年に一度の祝日なんだから、ご馳走を食べないでどうするの!
おお!期待してるよ!
へへっ、こうご期待、絶対ガッカリさせないからね~
(セイリュウとアブサントが去っていく足音)
灰白色の町。抑圧。退屈。本当にそれだけか?
お前のあそこへの印象は本当にそれだけなのか?
はぁ……ぼくたちそれぞれの状況は違うからね。
でも確かに話すような話題はないじゃないか、ぼくにとってあそこは単調で退屈だった、本当にただそれだけ。
それに、彼女たちにマジマジと詳細に語るわけにもいかないだろ、未成年の子だって一人いたんだからね!
……
まさか忘れてたりはしてないよね?
あのお嬢ちゃんはまだ学生だ、それに祝日関連の話題だったろ、人が嬉しく楽しそうに話してるときに、興ざめするようなことは言わないでおこうよ。
故郷……か。そこは今どうなってるんだろうね?
建物は変わらず聳え立っていて、風は相変わらず湿気と塩味を帯びているのかな?街は相変わらずガランとしていて、人々は口を紡いでいるのかな?
誰と話しているんだ?俺に分かるわけないだろ。
はは、それもそうか。
なぁ、相棒、ぼくたちみたいに出て行った人に、また帰れる機会が訪れると思うかい?
ぼくは帰りたいとは思わないけども。
でも予感がするんだ、いつかある日……ぼくはまたあの場所に戻るんだってね。