レディース&ジェントルメン、今夜もようこそおいでくださいました、続いて我ら劇団の最新の演目をご観賞くださいませ!
この盛大な演目は決してほかではご覧になられないでしょう、独占、専属、まさにここでしか味わえない至福のひと時でございます!
どうぞお目を注ぎ、聴覚を研ぎ澄ませ、この美しい黒夜をご堪能くださいませ……
ようこそスカーレット劇団へ――
……♪(軽やかに歌う)
Answer.
The shadow in the dark.
誰だ。私を夜に呼び起こす者は。
時間か、そろそろ舞台に上がらなけれ。
Answer.
The shadow in the dark.
The killer on the stage.
誰が話している。誰が歌っている。
Answer.
Your darkness is asking.
幕を上げ、ライトを垂らし、演者が中央に立っている。
この声は一体なんだ、一体誰が期待を寄せて、誰が……
――喝采を送っている。
(喝采)
But
In the fact who you are.
Who you are.
The shadow in the dark.
(ファントムの足音とスポットライトが当たる音)
私は誰だ?
私は黒夜の幽霊だ、幕後の幻影だ、舞台の明星だ。
私は……
君が誰なのかを知っている。
私たちはみんな知っている。
きみはボロ小屋に、長机の下に隠れていた、きみは自分を悪魔の言葉と漆黒の文字の中に詰め込んだんだ。
君は私たちと一緒に歌い、常に稽古に励んだ、君の歌声は誰よりも美しかった。
君たちは誰だ?
君たちはこの演目の演者ではない、なぜここにいる?
君たちは……私を知っているのか。
俺たちが誰なのか、君は忘れてしまったのか?
なぜ忘れられる?なぜ忘れる度胸がある?悪魔は君を選んだ、君に音楽を教え、セリフを教え、君にこの舞台を仕切ることを教えた。
君は夢中になった、悪魔の導きに追随したのだ、だが最後は見捨てられた。君は悪魔を殺して、ここは離れた、今は私たちすらも忘れてしまったのだ。
君は本当に自分は悪魔を殺せると思っているのか?
違う、そうじゃない、忘れてなどいない。
私は……
私は全員を殺したんだ。あの者達のやり方は間違っていた。
惑溺は間違っていた、追随は間違っていた、美しく思うことは間違っていた、だから私は彼らを殺さなければならなかった、こうするしかなかった――
だから、あなたは彼らを殺した、同時に私たちの呼吸をも奪った。
そしてきみはこの舞台に上がり、歌を歌い始めた。
……
そうだ。
君たちは遥か過去に私に殺されたはずだ、なぜまたここに現れた?
お久しぶりね、私たちの親愛なる兄弟。
私たちは共に故郷を離れ、ともに成長した。私たちはそれぞれ異なる血が流れる家族であり、同じ飯を食い同じ住処に住まう仲だった、けど異なる結末に向かってしまった。
私はもうずいぶんときみと言葉を交わしていなかったわ、ろうそくが融け落ち、私の血液もろうそくと一緒に舞台に滴った、それ以来、私たちは言葉を交わさなくなった。
きみと違って、芸術を導く真諦になれない演者は、ただのふるいに掛けられた失敗品にすぎないんだよ、どれだけ好きでやっても、才華には恵まれない。
そして火に身を投じる人もいれば、諦め離れていく人もいた。
過去に留まる人もいる、あの夜に留まる人が。歌声が響き始め、今もずっとやむことなく。
あぁ……そろそろ時間ね。過去に属する幻影はここに長くは留まらないわ、私たちはこの舞台にいるべきではないもの。
待て!行かないでくれ――
ゴホッ――ゴホッ、ぐふっ、ゴホゴホ……
私の、喉が……
悲しいな、午夜の亡霊よ、己さえ分からないとは。喉を失えば、君には何が残っているんだ?
今を逃れられても、今夜を逃れることは出来るのか?
君は声を発してはならない。歌ってはならないのだ。
君はこの舞台に上がるべきではないのだ。
(いくつものスポットライトが割れる音)
Answer.
The shadow in the dark.
Answer.
Who you are.
And what you really desire.
レディース&ジェントルメン、これにて終幕でございます……
どうか皆様に心地よい夜がありますように……
……私は誰だ?
私、は……
08:10A.M. 天気/雨
ロドス艦船、第二船室、人事後方勤務部門
(いくつもの資料をめくる音)
こちらのオペレーターは全員分揃ってるはず、1,2,3……よし、問題なし。
ん?これは……この番号は上にあるやつじゃないの、誰ですがこんな風に整理したのは、番号すらごちゃごちゃです。
(資料をめくる音)
ファントム?
誰でしょう、こんなオペレーターっていたかな。ん?しかもこのプロファイルの一部が欠けてる?
(資料をめくる音)
……
変ですね、どうなっているのでしょう?
艦内の生活はもう慣れた?
はい!
まだよくわからないところもありますけど、スカイフレア先輩がずっとお世話をしてくれていますので、大丈夫です!
あっ、そうだ、ドクター、スカイフレア先輩から頂いたオペレーターのハンドブックですが、もう全部読んじゃいました。
中に注意事項がいっぱい書いてあって、全部すごく詳細に書かれているんですね、読んでて面白かったです、一体誰が書いたんだろう、本当にすごい作者さんですね!
それに、食堂のお料理もすごく美味しいです、スカイフレア先輩に一回り太ったって言われちゃって、無理やりハイビスカスさんのヘルシーメニューのチラシを渡されたんですよ、でもスカイフレア先輩だってたくさん食べてたのに!
それとね、それと……
あっ、ごめんなさい、ドクター、喋りすぎでしたか?
・いや。どうやらすっかり慣れてくれたようで、嬉しいよ。
・……
・大丈夫。君の先輩も太ってたから。
えへへ。
ここの皆さんは優しい人ばかりで、色々見てくれてますから、すごく嬉しいです。
私も早く一人前になって、皆さんのお力になりたいです。
ごめんなさい、ごめんなさい、やっぱり喋りすぎでうるさいですよね。
うぅ、今後気を付けます……
ツ
そうですよね!やっぱりそうだと思ってたんですよ!
……あっ、先輩に知られちゃダメですよ、スカイフレア先輩って怒ったら、本当にドクターのオフィスを焼いちゃいますからね……
(ドアをノックする音)
あれっ、誰か来た。
どうぞ入って。
(扉を開ける音)
失礼致します、ドクター。
ちょっと確認して頂きたいプロファイルがあるのですが、お時間よろしいでしょうか?
ケルシー先生とアーミヤさんに聞いたら、ドクターが解決してくれると言っていたので。
見せてみて。
(プロファイル資料をドクターに渡す)
(資料をめくる音)
こちらのプロファイルなんですけど。
こちらのオペレーターのファントムさんの関連記録が不十分で、色んな情報が欠けているんです。
前の責任者が誰なのかも不明で……人事部門のシフト表にも名前が載っていませんでした、おそらくは仕事上の漏れだとは思いますけど。
最近ちょうど新人が増えた上、今現在在籍してる全オペレーターの資料整理を行っているため、こういった漏れは実は多いですよ。
大した問題ではないんですけど、それでも逐一埋めないといけませんから。
なんだか大変そうですね……
もし人手が必要でしたら、私にもお手伝いさせてください。
あなたは?
初めまして、術師チームの新メンバー、コードネームはミントです。
あぁ、あなたでしたか、確かこの前の任務の途中でみんなとはぐれた方ですよね?
ふふ、あの時のスカイフレアさんカンカンでしたよ。
うぅ、本当にごめんなさい、皆さんにご迷惑をかけてしまって……
先輩はもう怒髪天で、あのあとこっぴどく怒られました。
ん?いえいえ、あれはあなたに怒ってたわけじゃありません。
スカイフレアさんは後輩の状況に注意できなかった、自分に怒ってたんですよ……少なくともあの時彼女はそう言ってました。
え?先輩が……
スカイフレアさんって人に厳しいときがよくありますよね?
でも実際は自分にもっと厳しくしているんです、この前のあれみたいに、人に文句を言う以前に、真っ先に自省していたんですよ。
しかも自分の過失じゃなくてもです。
ですので、彼女の自分に対する基準を知ると、確かに自分はまだまだだなって感覚になっちゃうんです、たまに怒られたところで、なんとも思いませんよ……
そうなんです!先輩は確かにそういう人なんです、その点に関しては、私すごく先輩を尊敬しているんです。
はは、確かにそのようですね。とりあえず、お気持ち感謝します。
最近私たちも新鮮な血液を採取できましたけど、医療部門だろうと私たち後方勤務だろうと、すごく忙しいんですよね。
あっ、そうそう、オペレーターファントムの問題について話しを戻しますね。
さきほども話しましたけど、オペレーターのプロファイルには補足しないといけない部分が多いんです、通常でしたら、小さい問題ならこちらが直接本人を訪ねて、質問すればいいんです。
ですが、こちらのファントムさんに関しましては少々特殊でして……つまるところ、まったく本人が見つからないんです。
こちらの方って今は艦内にいらっしゃらないんですか?
いえ、任務記録を見ると、この方は現在外勤任務には行かれていません。
ファントムさんはどうやらあえて他のオペレーターとの対面を避けてる節があるんでして。それに彼のアーツをも加味すれば、彼を探し出すのは容易ではありません。
一か所に張り込んだり、クロージャさんにお願いしたりもできますけど……なにせ今は人手が足りていませんので、待ってても仕方がありません、後者に至っては、まあ……
聞いた話によるとファントムさんが加入したときに少し揉め事が起こったようで、クロージャさんを怒らせてしまったとかなんとか。
なのでやはりクロージャさんが私情で敵討ちする機会を与えないほうがよさそうですよね?何が起こるか想像できそうにありませんし。
なんだか複雑ですね……
そのファントムさんのアーツって、イーサンさんと同じようなものなんですか?それと……えーっとハンドブックによると、あった、それとマンティコアさん。
マンティコアさんもステルス能力を持っているんですよね?
ええ、確かマンティコアさんが加入した当初は、やはり皆さん色々苦労して、やっと本人の記録が完成したらしいんです。
なにせ一瞬目を逸しただけでも、マンティコアさんが見つからないこともありましたからね、本当に難しい方たちです。
・マンティコア本人も悩んでいるんだ。
・……
・彼女、もしかしたらこの部屋にいるかもね。
確かにそうですよね。
当時はメモ書きでしかマンティコアさんと交流できませんでしたからね、あの時は本当に苦労しました。
その反応を見るに……ドクターも憶えてらっしゃるようですね?
この前のドクターもマンティコアさんがまだ部屋にいるのを忘れて、あやうくそのまま部屋にカギをかけてしまうところでしたもんね。
ええ!?マンティコアさん今ここにいるんですか!?
それ本当ですか、ドクター!?
きっと冗談なんですよね?ホントに、ドクターったら、適当なこと言わないでくださいよ…
マンティコアさんのどうしようもならないことと比べて、ファントムさんはあえてアーツを使って全員を避けてるように思えるのはそういうことです。
そうなんですね……
このことに関してましては、ケルシー先生もアーミヤさんもドクターなら助けてくれると言っていました、ドクター、何かいいアイデアはありませんか?
ないわけではない。
本当ですか?よかったぁ、じゃあどうすれば相手を見つけられますか?
こういう時は、レディに意見を尋ねる必要がある。
レディですか?
ドクター、それって一体……
(ファントムが飛び起きる音)
!
……
またあの夢か……
あの夜の舞台、それにあの人たち。
(……いや、違う。)
(あの日、あの夜あんなことは起こっていなかった、すべて順調に進んでいた。)
(彼らは再び現れるはずがない。現れるべきではない。)
(……亡霊は、私が殺したはずだ。)
流れ止まぬ川が私の耳元で音を奏でて、私に向かい、私を離れていく……
あるいは本当に誰も離れていないのかもしれない。
(小さな足音)
(ん?足音が聞こえる、この声は……)
ニャア。
君か、Ms.Christine.
ニャ~
どうした。
機嫌が良さそうだな。
ニャ、ニャオ。
私は平気だ。
心配はいらない、もう慣れているさ。
あの幻影たちは、あの視線たちは常に……
ミ~。
ん?
そうだな、ほかの客人も来ているんだな。
――ドクター。
(ドクターが歩いてくる足音)
・おはよう。
・……
・また足音を聞いただけで誰なのかが分かったのか?
曇りに雨か。
今日は清々しい朝とは言えないな。
……
人それぞれが踏み出した一歩には、重い足音や軽やかな足音、そそっかしい足音やゆったりとした足音などがある、それらを聞き分ければどういった情報が含まれているかがわかるんだ。
聞き分けるのも造作もないことだ。
君以外に、ほかにも誰かがいるな。
二つ聞き覚えのない足音がした、一つは軽やかで、もう一つは重かった。
(ミントと人事オペレーターの足音)
あっ、見つかっちゃいました。
すごーい、私あえて気が付かないように歩いてたのに!
確かに恐ろしいほど鋭い聴覚ですね……え、重いって私のことを指してるんですか?まあ確かに最近ちょっと太っちゃいましたけど。
うーん、たぶん体重のことを言ってるんじゃないと思いますよ。
……
それで、私に何の用だ。
Ms.Christineはあまり客人を招かない、どうやら君は本当に彼女に好かれているようだ。
・光栄だよ。
・さっきまでどこに隠れていたんだ?
ニャ、ニャオ~
ふむ、Ms.Christineも頷いている。
私は隠れなどしない、ただ君たちの目が君たちを欺いていただけだ。
目、耳、喉、鼻、すべての器官は人を欺くときもある。
……そして記憶すらも。
とにかく、やっとご対面できました。こんにちは、ファントムさん。
君は?
私は人事部のオペレーターをやっています、あなたが人事部に渡してくれたプロファイルに欠落があったので、今回お邪魔させていただいたのは再度色々確認させていただきたかったからです。
プロファイル?
……なるほど。ロドスは私の何が知りたいということか?
ご協力感謝いたします。ご安心ください、簡単な問題をお答えしていただくだけですから。
あっ、その前に、先にあなたのアーツの制御状況を確認させてください。
ファントムさんのために特注したモニタリング設備は今のところ使用上問題はありませんか?
特に普段使用してる時とか……たとえば今、アーツが制御外になってしまうといった傾向になることはありますか?
もし必要がございましたら、ファントムさんのフィードバックに基づいて、技術部門が引き続きファントムさんのために設備の機能を調整いたします。
問題はない、今ので十分だ。
一定程度の結晶の抑制、それと波長と振動幅の調整、こういった機能にはとても助かっている。
音節がリズムにならなければ、問題はない。
……ありがとう。
遠慮はいりませんよ、サポートオペレーターのアーツ制御は、私たちがやるべきことでもありますから。
問題がなければよかったです!
では続いては……ファントムさんの出生地についてですね。
前回の資料記録のとき、ファントムさんによりますと、出生地はヴィクトリア北西部にあるクレールブラゾンでしたよね。
クレールブラゾン……?
……
そうだ。
うーん……変ですね。
ファントムさんが提供していただいた情報をもとに、ヴィクトリア事務所の方に現地調査を行っていただいたんですけど、結果として、事実状況とファントムさんが言ってたことに齟齬が生じてるんですよ。
……
待て、それはつまり……
舞台は幕を閉じた。
布地に血がにじみ出した。
鮮やかな花は無残にも踏むつぶされていた。
どういうことだ?
何かが割れる音がした、晩餐時に使うワイングラスのものだ。
キャビネットの扉は色褪せ、街の人は笑う。
トマトは地面に落ち、花は踏みにじられた。
風がピアノに吹き付けピアノを響かせた。
悶える熱さ、舞台のライトの光が黒い布を突き破った。
観客たちが路上で拍手をしていた。
――路地裏にいるのは誰だ?
どういうことだ?
どういうことだ?
――そこで笑っているのは、誰だ?
クレールブラゾン。存在していないのだろう?
……
はい。
こちらの調査メンバーはそのような名称の移動都市、あるいは区域を見つけられませんでした……
ファントムさん、いいですか、もしご自分の出生地を公開してたくないのであれば、ほかの選択もあります、一時的な秘密保持あるいは閲覧権限を設けることも可能です。
ただ、こういった基礎的な資料で嘘を申告したら、根本的に話が違ってくるんですよ!
こちら側がオペレーターの一部情報の秘匿化、情報秘密化、回答の直接拒否も許容してるいるんです、ただ虚偽申告は……私たち双方が築き上げてきた信頼関係になんのメリットもないんですよ。
わかりましたか?
……虚偽ではない。
はい?
私が記録時に話したことは、嘘などではない。
かつて私を受け入れてくれた人が言っていた、私はそこで生まれたのだと。
あの人は、私たちの村は天災によって滅ぼされ、畑は戦火に焼かれた、四方を流浪する劇団が偶然そこを通りかからなければ、家を失った子供たちは劇団に拾われることはなかったのだと。
その後、私たちは劇団とともにそこを離れた……それから二度と帰らなかったと。
この地名以外、私はその土地について何も知らないんだ。
……
本当に変ですね、一体どういうこと……もしかしてその年長者の間違いだったのでは?
もしくは、ファントムさんの記憶違いということではないのでしょうか?
……
・たぶん勘違いなんだろう。
・……
・この件についてはあとでまた検証しよう。
はぁ、それしかなさそうですね。
とにかく、故意の虚偽申告じゃなければ、ひとまずこの基礎情報に特殊な措置を施して、あとから補足や修正を加えることにしましょう。
えっ、それでいいんですか?
たとえどんな箇所であろうと、こういうプロファイル類は厳しく対処させられるんだと思ってました。
ヴィクトリアの大学はこういうことにはすごく厳しいですよ、もしプロファイルに問題が見つかったら、最悪退学までさせられちゃいますからね!
一般的に言うと、比較的厳格な部類に入ります。
ただロドスのメンバー構成が特殊ですので、そう厳格にするわけにもいきませんから……
たとえばクオーラちゃんの例とか、彼女自身どう言おうが何も憶えていませんので、私たちもどうしようもないんです。
それと一部特殊な状況下にあるオペレーターでしたら、相手がロドスに危害を加えないと確認出来たら、適度に融通することもあります。
……
すまない。
え?あっ、いえ、大丈夫ですよ。
もし先ほど仰っていたことが事実なのでしたら、ファントムさんのせいではありません……とりあえず、後程こちらがまた調査します。
もしそれでも結果が同様だった場合、この件は上に報告させてもらいますね、あとは上の判断に任せます。
心配はいりません、アーミヤさんはこういうことにはあまり気にしない人ですから。
うーん、ほかにまだ何か……あっ、そうだ、ファントムさんがロドスに加入したきっかけは何だったのかお聞きしてもよろしいですか?
これについても同じく詳しく聞く必要があるので。
ファントムさんは感染されていますので、やはり鉱石病の治療のためでしょうか?
いや。
あれっ、違うのですか?
人を探してるんだ。
人ですか?ロドスのオペレーターでしょうか?
……確かなことは言えない。
人を探しているんだ。あることについて、私ははっきりさせなくてはならない、そのためにそのことを知っている人を探している。
あの過去からやってきた亡霊が、街角に、窓の外に、私の傍に立っているんだ……
私はあれから、逃れなければならない。
その真実の過去を探し出さなければ、それを終わらせることは出来ない。
どういう事なのでしょうか……
でも、なぜその探している人がロドスにいると確信しているんですか?
……
音楽が聞こえたんだ。
話し声が聞こえたんだ、その声が私をここに来させた、ここには私が求めている手がかりがあると。
答えはここにあると。
……
(ドクター、ドクター!)
(こちらのファントムさんって本当に大丈夫なんですか?なんだか様子がおかしいですよ、本当にもう一度医療部で検査しなくていいんですか??)
(鉱石病は確か聴覚、また神経や思考にも影響するといった事例もありますからね、もしかしてファントムさんもそうなんでしょうか……)
たぶん完全に鉱石病による影響ではないと思う。
どうした?
そうだ、さっきからずっと疑問に思ってたことがあるんだ。
……?
なんだ。
クローゼットに掛けてあるその衣装、すごく目立つな、昔演劇で着ていた衣装なのか?
……なんのことだ?クローゼット?
衣装など持っていな――
!?
この衣装、は……
なぜだ……いつの間に……
これはここにあるべき物ではない物のはずだ――!
クローゼットに詰まれた花束。
緑がかった曇雲。
目が生えたコンクリート柱、融けた木の葉、両側に広がる座席。
万雷の拍手、街を行き交う人々の喝采。
ゴミに捨てられた缶詰が踊り出し、誰が歌を歌いはじめた。
誰かが歌い始めた。
――誰が歌い始めたのだ。
衣装に血が滲みだし、花は無残に踏むつぶされている。
座席には誰も座っていない。
街には誰もいない。
(クレールブラゾン、クレールブラゾン、おかしいなぁ、どっかで聞いたことがあるはずなんだけど……)
(うーん……なんだったかなぁ。)
はぁ……
全っ然思い出せない!
まあいいや、あとで本を借りて調べてみよう。
こんにちは。
うわ!!
あっ、ごめんなさい、びっくりさせちゃいましたか?
君は、新しく入ったオペレーターでしたよね、何か困りごとでもあったのですか?
ご、ごめんなさい、あなたのせいじゃないんです、ちょっと反応が過剰になってただけなんで。
ちょっと分からないことがあって、それでボーっとしちゃって……
ほう?では何かお手伝いできることはありますか?
遠慮しないでください、びっくりさせちゃったお詫びと思って。もしよろしければ、あなたのお悩みを聞かせてください、こちらで手伝えることがあれば、なんなりと。
ありがとうございます……なんていい人なんでしょう!
ロドスの皆さんはやっぱりいい人ばかりですね……
ふふ、ありがとう。
さっき話していた、思い出せないこととはなんですか?
聞こえていましたか、クレールブラゾン……という地名を考えていたんです。なんだか聞いたことがあるようなんですけど、ちっとも思い出せないんです。
この地名に聞き覚えはありませんか?
……
あぁ……懐かしい。
まさか、再びその名を聞くことができるとは。
えっ、その場所を知っているんですか!?
もちろん。もちろん知っているとも。
遠い昔、私はかつてそこに住んでいました。
ほかの人からその名を聞いたことがあります、今に属する人はその名を口にすることはありません、過去に埋もれとっくの昔に朽ち果てた残骸しかその名を憶えていないのです。
その人と彼の声のすべては、すでに過去に腐り果ててしまったというのに……
……
ごめんなさい、話がズレちゃいましたね。
少し御伽噺を聞きませんか?もし時間がありましたら、物語を一つ聞かせてあげましょう。
クレールブラゾンについて、そこの人々について、家族の庇護を失った子供たちについて、小さな村を通りかかった流浪する劇団について……
全部聞かせてあげますよ。
では静かな場所に移りましょうか。
……長い長い物語になりますので。