

老工匠
マリア!あとどのぐらいだ!

マリア
もうちょっと待って――すぐ終わるから!あとボルトを一個締めるだけ!

老工匠
キツく締めとけよ!

マリア
わかった!あ、ちょっと待って!底のバッテリー容器が接触不良を起こす原因がわかったかも――

老工匠
早くしてくれ!ジュークボックスが下がっておる、もう持ち上げられん――!


ハゲのマーチン
ご注文のスライスチーズだ、フォーゲル。

老騎士
……なぁ、今回は爆発せんよな?

ハゲのマーチン
ジュークボックスを修理するだけで爆発するのはちと大袈裟すぎないか?

老騎士
わからんぞ、源石関連のものなら、コワルにかかれば全部壊してしまうからな。

老工匠
わしの悪口を言っておるのはどこのどいつじゃ!

マリア
コワル師匠!き、気を付けて!あんまり動かさないでよ!

老工匠
おっとっと――すまん、マリア。

老工匠
フォーゲル!手が空いたらタダでは済まんぞ!

老騎士
おう、待っておるぞ――!

ハゲのマーチン
俺のバーもお前らのおかげですっかり賑やかになってきたな、だがおっぱじめるのは勘弁してくれよ、コップ割ったら弁償してもらうからな。

老騎士
何十年もあんな風に言っておるが、あいつがわしに勝てたところを見たことがあるのか?

ハゲのマーチン
前回見たな。

老騎士
あー……前回は酔ってたうえに、関節炎にも罹っておったから……あれはノーカンじゃ。

老騎士
ゴクゴク――ぷはぁ、当時あいつがわしとともに辺境を走り回っていたときはあんなこと一言も言わんかったのに……

老工匠
フォーゲル!また訳分からんことを言っておるのか!

老騎士
あの頃のお前さんはわしの家来みたいなものだったろ!違うか!

老工匠
いつの話を言っておるんだ、その家来も今じゃスーツを着こなしてお前たちのご主人様になっておるわ――


???
マリア!

マリア
ひぃ!

老工匠
あ――!痛いわい!嬢ちゃん、急に手を離すな!

マリア
ご、ごめん……でもまず隠れさせて……

ハゲのマーチン
ゾフィア、加減してくれ、今月で玄関のドアを何回替えたと思ってるんだ。

ハゲのマーチン
はぁ、あんたがいるおかげで自動ドアに買い替えることも出来んよ。

老騎士
どうしたんじゃ、そんなピリピリしおって。

ゾフィア
……

ゾフィア
そこにいるのね?

ゾフィア
マ、リ、ア!

マリア
ひぃ――!

老工匠
おい、嬢ちゃん、彼女がこっちに来てる、隠れきれてないぞ。

マリア
うぅ……なんでこのジュークボックスこんなに小っちゃいのよ……

マリア
あの人今どんな顔してる?

老工匠
良いとは言えんな、前回彼女が酔いつぶれた騎士のガキを放り投げて以来彼女が怒ったとこは見ておらんし。

老工匠
――あっ、しかも微笑みながらこっちに来るぞ。

マリア
それはもっとヤバいやつだよ!

ゾフィア
コワル?

老工匠
オホン――おいフォーゲル!酒を飲むぞ!さっきわしの悪口を言っておったろ!今日は絶対お前を酒で潰してやるからな!

老騎士
チッ、肝心な時に限って逃げ出す臆病者が。

ハゲのマーチン
そういうお前もマリアに味方したらどうだ?

老騎士
わ、わしには何があったかは知らん!こういうのはヘタなことを言わんほうがいい!

ゾフィア
マ、リ、ア?何をコソコソ隠れているの?

マリア
……えーっと……

ゾフィア
あなた……何か私に隠し事をしてるんじゃないの?もう全部知ってるけどね?

マリア
あ、あはは……

ゾフィア
……はぁ。

ゾフィア
あなた騎士競技が何を意味してるのかわかっているの?

ハゲのマーチン
……

老騎士
ほう……どうりでゾフィアがピリピリしておるわけだ。

ゾフィア
なんで私と相談しなかったの?

マリア
だって、だってゾフィアお姉さんきっと怒るから……

ゾフィア
そりゃ怒るわよ!あなたは何をやろうとしているのかまったく理解していないのよ!

マリア
ひぃ……

マリア
でも私なりに、ほんのちょっとは理解したよ……

ゾフィア
……それはあなたの姉を通して?カジミエーシュの耀騎士、トーナメント最年少の奇跡の一人を通して?なるほど、それは随分とわかっているらしいわね。

ゾフィア
でもあなたはマー――ガ――レッ――ト――じゃ――な――い――の――よ――

マリア
耳、耳をつねらないで――

マリア
でも、でも我が家の状況はどんどん悪くなるばかりなんだよ!

マリア
ホントだってば、来年はベッドで寝れなくなるかもしれないんだよ!家具も全部さっぱり売り出しちゃうぐらい悪いんだよ!

マリア
長騎士のいない騎士家族は認可されない、協会もなんども催促しに来てたから……し、仕方がなかったんだよ……

ゾフィア
……だとしたら、私たちのところに住めばいいじゃない。浴槽も十分大きいし、裏庭だって二つもあるんだから……

ゾフィア
とにかく、そんな軽率に競技騎士になってはダメなのよ……

マリア
……祖父が亡くなったあとでも、叔父さんは相変わらず騎士協会と繋がることを嫌ってたし……

マリア
お姉ちゃんもカジミエーシュを追い出されて結構時間経つから、私が少しでも責任を負わないと……

ゾフィア
……はぁ。

ゾフィア
だったら、もっと私たちと相談するべきよ……あなたは一人で突っ走りすぎよ。

マリア
うぅ……その点に関しては本当にごめんなさい……ゾフィアお姉さんが絶対止めに来ると思ってたからさ……

ゾフィア
そりゃもちろん止めに行くわよ。

マリア
……じゃあ今は?

ゾフィア
……「耀騎士再度出現?ニアール家に新騎士現れる、貴族の栄誉を取り戻せるか?」

ゾフィア
今日の競技新聞のトップ記事よ。

マリア
あはは……さすがお姉ちゃんは有名だね……

ゾフィア
笑える話じゃないでしょ!

ゾフィア
あんな何でもやりかねないメディアなら必ず変な見出しとデマを流して世間の流れを作るに決まってるじゃない、でも今ならまだ退いても間に合うわ、本当よ。

マリア
でももしこうしないとニアール家は破産して騎士貴族の資格を剥奪されちゃうよ。

マリア
自分が何をしてるかは理解してるよ……ゾフィアお姉さん……私……こうするしかないんだよ。

ゾフィア
あなたって子は……マーチンおじさん、騎士競技がどういうものなのか一番よく知ってるんでしょ、あなたもこの子を諭して――

ハゲのマーチン
そうだな、うん、参加してみればいいんじゃないか。

ゾフィア
――はぁ!?

マリア
マーチンおじさん……!ありがとう!

ゾフィア
いやいやいや、今のマリアは私の腕一本にも敵わないのよ、正気?

マリア
ひどすぎない!?

老騎士
そうとも言い切れんぞ、あんたはなんせトーナメントトップ16の騎士だったろう。正面からあんたの腕一本に勝てるだけでも合格ラインよ。

老工匠
そうだぞ、今のフォーゲルはあんたの腕一本にも勝てないからな。

老騎士
もう一遍言ってみろ!?

老工匠
ハッ、ここの常連はみんな引退した老いぼれどもだ、実力も昔に比べりゃ落ちてて当然、だが目つきだけは……まだいっちょ前のキツネの目だよ。

老騎士
なんちゅうことを言うんじゃ!キツネは誉め言葉でもなんでもないだろ!

老工匠
わしの言ってる意味さえ理解できればそれでいいだろうが!お前らジジイ騎士どもはお上品ぶってばかりで疲れんのか!

ハゲのマーチン
オホン――フォーゲルの言う通りだ。

ハゲのマーチン
オレはマリアの才能を信じる、彼女のアーツと剣術はそんなに悪くはない、小さい頃から彼女の剣の稽古に付き合ってたあんたが一番よく知ってるだろ?

ゾフィア
……でも彼女ここ数年機械技術にのめり込んでいたから、てっきり工匠職人にでもなりたいのかと……

マリア
工匠はただの趣味だよ、まあ確かにこの趣味は諦めたくはないけど……でもやるべきことのほうが重要でしょ?

マリア
痛ッ!?

ゾフィア
……私はまだあんたの勝手を許したつもりじゃないわよ、今回ばかりは冗談じゃ済まされないのよ。

ハゲのマーチン
……そこはゾフィアに賛成だな。

ハゲのマーチン
確かにお前の家族のために身を投げ出しても楽観的になれるところは素晴らしいぞ、だが騎士競技は観客や観光客が考えてるような華やかなもんじゃないんだ。

ハゲのマーチン
いや、華やかさだけじゃないと言うべきだな。

マリア
あ……

ハゲのマーチン
これがその不運の結果だ。

老騎士
そうだな……憶えておる。相手は双剣使いのヴィクトリア人だったな。

老騎士
だが最終的にはお前さんが勝った。

ハゲのマーチン
そうだ、オレは勝った。

ハゲのマーチン
これがいわゆる栄誉というやつだ、今じゃコップを拭くのも一苦労だよ。

老騎士
騎士競技か、フンッ。

ハゲのマーチン
競技場に本物の憐れみや人への尊重などはない、撒き散った血こそが真価なんだ。

ハゲのマーチン
観衆の歓声は刺激による満足から来ているにすぎない、スポンサーの待遇も利益目的のためにすぎないんだよ。

ハゲのマーチン
思考を澄ませ、苦難を見定めてから素早く行動する、これこそが真の騎士が備えるべき素養だ。

マリア
わ……分かってるよ……

ゾフィア
……マリア。

マリア
……うん。でも私本気だから。

マリア
叔父さんもずっと言ってた、たとえ貴族の身分が剥奪されようと、ニアール家の紋章がここで綻びようと、「ニアール」が消失することにはならないって……

マリア
それでも私はこれらを守りたい、お姉ちゃんとお爺ちゃんが守ってきたものを……守りたい。

マリア
お姉ちゃんはもうここにはいない、ニアール家最年少の代として、ニアール家が没落していくところをただ座って見てるわけにはいかない。

マリア
じゃないと私は自分が憎くてしょうがないの。

ゾフィア
……

老騎士
一切合切の残酷を目にしたとしても足を踏み出し旅路に出る、それこそが騎士たるものよ、いつの時代だろうとな。

老騎士
お前さんならやれると信じておる、この一杯はお前さんのために。

老工匠
フッ、わしもじゃ、マリアのために!

ハゲのマーチン
(無言でコップを上げる)

ゾフィア
……はぁ、あなたたちなら説得してくれると思ってたのに、何一緒に盛り上がってるのよ。

マリア
ねぇ……ゾフィア、ゾフィアお姉さん、ゾフィア叔母さんってば、お願いだからぁ。

ゾフィア
叔母さんって呼ばないでちょうだい!あなたより五歳年上なだけなのよ!

ゾフィア
……私だってまがりなりにもニアール家の傍系、あなたの想いはよーくわかるわ、でもやっぱり――

マリア
ちゃんと剣の稽古を頑張ります、言うことも聞きます、だから信じてください!

マリア
そうだ!なんならゾフィアが私のコーチになれってくれれば――

ゾフィア
ほう……?

マリア
(ヤバ――)

ゾフィア
そういえば、前回ちゃんとした剣の稽古って、いつだったかしら?

マリア
……お姉ちゃんがカジミエーシュを出たときかな?

ゾフィア
じゃあ前回あなたに教えた剣技はどの技?どこの国の技?どう応用するの?

マリア
えーっと……あはは……ど……どういう技だったっけ?

ゾフィア
うむ、よろしい。

ゾフィア
明朝裏庭の稽古場集合ね、遅刻するはずないもんね、そうでしょ?騎士のマリアさん?

マリア
ん?う……うん、しない、絶対しないから。