マリア!あとどのぐらいだ!
もうちょっと待って――すぐ終わるから!あとボルトを一個締めるだけ!
キツく締めとけよ!
わかった!あ、ちょっと待って!底のバッテリー容器が接触不良を起こす原因がわかったかも――
早くしてくれ!ジュークボックスが下がっておる、もう持ち上げられん――!
ご注文のスライスチーズだ、フォーゲル。
……なぁ、今回は爆発せんよな?
ジュークボックスを修理するだけで爆発するのはちと大袈裟すぎないか?
わからんぞ、源石関連のものなら、コワルにかかれば全部壊してしまうからな。
わしの悪口を言っておるのはどこのどいつじゃ!
コワル師匠!き、気を付けて!あんまり動かさないでよ!
おっとっと――すまん、マリア。
フォーゲル!手が空いたらタダでは済まんぞ!
おう、待っておるぞ――!
俺のバーもお前らのおかげですっかり賑やかになってきたな、だがおっぱじめるのは勘弁してくれよ、コップ割ったら弁償してもらうからな。
何十年もあんな風に言っておるが、あいつがわしに勝てたところを見たことがあるのか?
前回見たな。
あー……前回は酔ってたうえに、関節炎にも罹っておったから……あれはノーカンじゃ。
ゴクゴク――ぷはぁ、当時あいつがわしとともに辺境を走り回っていたときはあんなこと一言も言わんかったのに……
フォーゲル!また訳分からんことを言っておるのか!
あの頃のお前さんはわしの家来みたいなものだったろ!違うか!
いつの話を言っておるんだ、その家来も今じゃスーツを着こなしてお前たちのご主人様になっておるわ――
(ドアをけとばす音)
マリア!
ひぃ!
あ――!痛いわい!嬢ちゃん、急に手を離すな!
ご、ごめん……でもまず隠れさせて……
ゾフィア、加減してくれ、今月で玄関のドアを何回替えたと思ってるんだ。
はぁ、あんたがいるおかげで自動ドアに買い替えることも出来んよ。
どうしたんじゃ、そんなピリピリしおって。
……
そこにいるのね?
(ゾフィアが歩き回る足音)
マ、リ、ア!
ひぃ――!
おい、嬢ちゃん、彼女がこっちに来てる、隠れきれてないぞ。
うぅ……なんでこのジュークボックスこんなに小っちゃいのよ……
あの人今どんな顔してる?
良いとは言えんな、前回彼女が酔いつぶれた騎士のガキを放り投げて以来彼女が怒ったとこは見ておらんし。
――あっ、しかも微笑みながらこっちに来るぞ。
それはもっとヤバいやつだよ!
コワル?
オホン――おいフォーゲル!酒を飲むぞ!さっきわしの悪口を言っておったろ!今日は絶対お前を酒で潰してやるからな!
チッ、肝心な時に限って逃げ出す臆病者が。
そういうお前もマリアに味方したらどうだ?
わ、わしには何があったかは知らん!こういうのはヘタなことを言わんほうがいい!
マ、リ、ア?何をコソコソ隠れているの?
(ゾフィアが歩き回る足音)
……えーっと……
あなた……何か私に隠し事をしてるんじゃないの?もう全部知ってるけどね?
あ、あはは……
……はぁ。
あなた騎士競技が何を意味してるのかわかっているの?
……
ほう……どうりでゾフィアがピリピリしておるわけだ。
なんで私と相談しなかったの?
だって、だってゾフィアお姉さんきっと怒るから……
そりゃ怒るわよ!あなたは何をやろうとしているのかまったく理解していないのよ!
ひぃ……
でも私なりに、ほんのちょっとは理解したよ……
……それはあなたの姉を通して?カジミエーシュの耀騎士、トーナメント最年少の奇跡の一人を通して?なるほど、それは随分とわかっているらしいわね。
でもあなたはマー――ガ――レッ――ト――じゃ――な――い――の――よ――
耳、耳をつねらないで――
でも、でも我が家の状況はどんどん悪くなるばかりなんだよ!
ホントだってば、来年はベッドで寝れなくなるかもしれないんだよ!家具も全部さっぱり売り出しちゃうぐらい悪いんだよ!
長騎士のいない騎士家族は認可されない、協会もなんども催促しに来てたから……し、仕方がなかったんだよ……
……だとしたら、私たちのところに住めばいいじゃない。浴槽も十分大きいし、裏庭だって二つもあるんだから……
とにかく、そんな軽率に競技騎士になってはダメなのよ……
……祖父が亡くなったあとでも、叔父さんは相変わらず騎士協会と繋がることを嫌ってたし……
お姉ちゃんもカジミエーシュを追い出されて結構時間経つから、私が少しでも責任を負わないと……
……はぁ。
だったら、もっと私たちと相談するべきよ……あなたは一人で突っ走りすぎよ。
うぅ……その点に関しては本当にごめんなさい……ゾフィアお姉さんが絶対止めに来ると思ってたからさ……
そりゃもちろん止めに行くわよ。
……じゃあ今は?
……「耀騎士再度出現?ニアール家に新騎士現れる、貴族の栄誉を取り戻せるか?」
今日の競技新聞のトップ記事よ。
あはは……さすがお姉ちゃんは有名だね……
笑える話じゃないでしょ!
あんな何でもやりかねないメディアなら必ず変な見出しとデマを流して世間の流れを作るに決まってるじゃない、でも今ならまだ退いても間に合うわ、本当よ。
でももしこうしないとニアール家は破産して騎士貴族の資格を剥奪されちゃうよ。
自分が何をしてるかは理解してるよ……ゾフィアお姉さん……私……こうするしかないんだよ。
あなたって子は……マーチンおじさん、騎士競技がどういうものなのか一番よく知ってるんでしょ、あなたもこの子を諭して――
そうだな、うん、参加してみればいいんじゃないか。
――はぁ!?
マーチンおじさん……!ありがとう!
いやいやいや、今のマリアは私の腕一本にも敵わないのよ、正気?
ひどすぎない!?
そうとも言い切れんぞ、あんたはなんせトーナメントトップ16の騎士だったろう。正面からあんたの腕一本に勝てるだけでも合格ラインよ。
そうだぞ、今のフォーゲルはあんたの腕一本にも勝てないからな。
もう一遍言ってみろ!?
ハッ、ここの常連はみんな引退した老いぼれどもだ、実力も昔に比べりゃ落ちてて当然、だが目つきだけは……まだいっちょ前のキツネの目だよ。
なんちゅうことを言うんじゃ!キツネは誉め言葉でもなんでもないだろ!
わしの言ってる意味さえ理解できればそれでいいだろうが!お前らジジイ騎士どもはお上品ぶってばかりで疲れんのか!
オホン――フォーゲルの言う通りだ。
オレはマリアの才能を信じる、彼女のアーツと剣術はそんなに悪くはない、小さい頃から彼女の剣の稽古に付き合ってたあんたが一番よく知ってるだろ?
……でも彼女ここ数年機械技術にのめり込んでいたから、てっきり工匠職人にでもなりたいのかと……
工匠はただの趣味だよ、まあ確かにこの趣味は諦めたくはないけど……でもやるべきことのほうが重要でしょ?
(ゾフィアがマリアを叩く音)
痛ッ!?
……私はまだあんたの勝手を許したつもりじゃないわよ、今回ばかりは冗談じゃ済まされないのよ。
……そこはゾフィアに賛成だな。
確かにお前の家族のために身を投げ出しても楽観的になれるところは素晴らしいぞ、だが騎士競技は観客や観光客が考えてるような華やかなもんじゃないんだ。
いや、華やかさだけじゃないと言うべきだな。
マーチンは自分の腕を上げた――彼の腕の大半は金属の機械に置き換わっていて、関節部から駆動音が奏でられていた。
あ……
これがその不運の結果だ。
そうだな……憶えておる。相手は双剣使いのヴィクトリア人だったな。
だが最終的にはお前さんが勝った。
そうだ、オレは勝った。
これがいわゆる栄誉というやつだ、今じゃコップを拭くのも一苦労だよ。
騎士競技か、フンッ。
競技場に本物の憐れみや人への尊重などはない、撒き散った血こそが真価なんだ。
観衆の歓声は刺激による満足から来ているにすぎない、スポンサーの待遇も利益目的のためにすぎないんだよ。
思考を澄ませ、苦難を見定めてから素早く行動する、これこそが真の騎士が備えるべき素養だ。
わ……分かってるよ……
……マリア。
……うん。でも私本気だから。
叔父さんもずっと言ってた、たとえ貴族の身分が剥奪されようと、ニアール家の紋章がここで綻びようと、「ニアール」が消失することにはならないって……
それでも私はこれらを守りたい、お姉ちゃんとお爺ちゃんが守ってきたものを……守りたい。
お姉ちゃんはもうここにはいない、ニアール家最年少の代として、ニアール家が没落していくところをただ座って見てるわけにはいかない。
じゃないと私は自分が憎くてしょうがないの。
……
一切合切の残酷を目にしたとしても足を踏み出し旅路に出る、それこそが騎士たるものよ、いつの時代だろうとな。
お前さんならやれると信じておる、この一杯はお前さんのために。
フッ、わしもじゃ、マリアのために!
(無言でコップを上げる)
……はぁ、あなたたちなら説得してくれると思ってたのに、何一緒に盛り上がってるのよ。
ねぇ……ゾフィア、ゾフィアお姉さん、ゾフィア叔母さんってば、お願いだからぁ。
叔母さんって呼ばないでちょうだい!あなたより五歳年上なだけなのよ!
……私だってまがりなりにもニアール家の傍系、あなたの想いはよーくわかるわ、でもやっぱり――
ちゃんと剣の稽古を頑張ります、言うことも聞きます、だから信じてください!
そうだ!なんならゾフィアが私のコーチになれってくれれば――
ほう……?
(ヤバ――)
そういえば、前回ちゃんとした剣の稽古って、いつだったかしら?
……お姉ちゃんがカジミエーシュを出たときかな?
じゃあ前回あなたに教えた剣技はどの技?どこの国の技?どう応用するの?
えーっと……あはは……ど……どういう技だったっけ?
うむ、よろしい。
明朝裏庭の稽古場集合ね、遅刻するはずないもんね、そうでしょ?騎士のマリアさん?
ん?う……うん、しない、絶対しないから。