

お飲み物です。

すみません、恐れ入ります。

クスザイツ警備が会員に提供してくださる飲み物の種類は非常に豊富ですね、会員たちが羨ましいです、彼らはここに立って、騎士たちの素晴らしいショーが見れるのですからね。

ええ……

ところであなたは法を犯したことはありますか?

……いいえ。

では世間一般的に言われる悪事を働いたことは?

いえ、もちろん、ありません……

では言い方を変えましょう、あなたはせっせと仕事に励み、ご自分とご家族のためにお金を稼いでいる、つまりあなたは善人と言えますよね?

はい、そうです、あなたのおっしゃる通り、私は確かに善人です、カジミエーシュにはこういった善人は大勢います……

ええ、大勢の善人がいますね、さあ、ではその善人たちに乾杯しましょう。

あっ、乾杯。

一つ問いたいのですが、もしその善人たちの仕事を、生活を奪う人がいれば、そんな人は、はたして善人とは言えるのでしょうか?

と言いますと……?

この地に連なる農村で汗水流しながら農作業を終わらせた農民の方たちは、付近の都会で開催される騎士競技の中継番組を日頃の楽しみにしているのですよ。

数十万……あるいは数百万の産業に関わっているカジミエーシュ人たちはみな騎士競技を頼りに生きている、彼らもみな善人ですよね、ミスター。

つまり……

仮にある日、騎士競技が消えてしまったら……企業が一夜にして消えてしまったら。

誰が戦に赴く騎士たちの年々増え続けている軍事費を提供してくれるのでしょう、誰がカジミエーシュのために経済地位を獲得し外敵の侵略を食い止めてくれるのでしょうか?

ミスター、あなたはどう思いますか、これらを反対する者は、悪人なのでしょうか?

……

あなたは善人であり、彼らは自分たちの古の「栄光」を再び威光に満たすため、あなたの生活を奪いにくるのです。

お互い同じく他者に道を敷く存在、少なくとも我々は大部分の方たちに――それも感染者も加えて――生きていくチャンスを与えた。

しかしその「悪人たち」は、己の取るに足らないちんけな慰めのため、国と国民の利益を顧みないのです。

ミスター、あなたは善人です、お分かりですよね?


ここがニアールがよく来る店かぁ、すげー、カジミエーシュみマシマシじゃん!

ねぇ、マスター、今日マリア・ニアールは来てくれるの?

それは君たちの運次第だな。

最近繁盛してきてるんじゃないのか?

マリアのおかげだよ。

前回こんなに人が入ったのはいつぶりじゃ?ゾフィアの時か?

これが「騎士」ってもんよ、お客さんの大半はその名を目当てにやってくる、一体どこのメディアが報道してくれたのやら……

金が稼げるというのに不満げじゃな?

あの二人に静かな場所を与えてやりたいんだよ。

おい、マーチン、この席に名前を刻んでもいいか、「コワル専用」ってな、次来た時も順番待ちはいやじゃぞ。

命名料を払ってくれれば、刻んでもいいぞ。

ちぇっ。

おい、見ろよ、本当にニアールが来たぞ!本人だぜ!

はやく、こんなチャンスめったにないんだから、写真撮ってきて!

あはは、どうも、どうも……写真?私と?ごめんなさい、今ちょっと……

はいはい、道を開けてくださいね――

ちょっと待て……あんたゾフィアか!「ウィスラッシュ」のゾフィアじゃねーか!!

おーい、噂は本当だったぞ!ニアールジュニアのコーチは本当に「ウィスラッシュ」のゾフィアだったぞ!

ゾフィアさん!全試合見ました、すごく感動しました!

(あっ、これあれね、もうどうしようもないわね)

(お、叔母さん!なんとかしてよぉ!)
(大歓声)

マリア、愛してるぜ!

なんだとお前この野郎!?

おーい、ケンカなら外でやってくれ。

そうじゃそうじゃ、ここでケンカしていいのはわしらだけの専売特許じゃからな。

――コワル師匠!フォーゲルヴァルデ師匠!

お客さん方ご注目だ、今日は二人の常連さんが面白いショーを見せてくれるから、店内飲食の価格を一律2割引しよう!

みなさん今すぐ席に戻って注文してくれ!出せる料理には限りがあるから、売り切れ御免だ!

割引だって?すげーラッキーじゃん?

ちょっと待て……おいおい待ってくれよ、あのハゲたおっさんって、まさか……

ただの老いぼれマーチンだよ、ほらほら、ご注文は?

マーチン……?まさかあの「アイアンシェイク」のマーチン……うううぅ……今日はなんてツイてるんだ……「マーチンスペシャル」をください……


よ、ようやく……ここがこんなに賑わったの今まで見たことなかったよ……

ありがとうね、マーチンおじさん、あとで割引分の料金はこちらが支払うから。

ははは、「2割引」だけでオレのバーが傾いちまうと思ったら、このマーチンを見くびりすぎだぜ。

……なるほどそういうことね。

ど、どうした?もう飲めないのか!?

もう客もいないんじゃぞ、だ、誰と飲み比べておるんじゃ?

わしは――うっぷ――

おいおいここで吐かないでくれ――吐くなら外で吐け――ったく!このジジイが!

さ、真面目な話をしていいぞ、店じまいの時間だからな。

店じまいのあとは、私たちの貸し切りね。

ははは、店を閉めてからがこのバーの本当の営業開始よ。

マリア……結論から言うと、今のあなたのポイントはもう十分に溜まった。

連戦連勝だったからな、不思議なもんだ。

今の成績と、ポイントを大会終了後まで保ち続けることができれば、一番理想なんだけど……でも今は別のことで心配だわ。

叔母さん?

……マリア、次の項目はレースよ、レースのポイント変動率は大して大きくない、だから勝率を固める程度と思ってくれればいいわ。

そのあとの試合は、もう参加しないで。

え?

で、でもそんな……

もう十分なのよ、勝利のチケットはもう握ってあるのよ。

あなたも見たでしょ……マリア、たくさんの人があなたを注目しているわ。

今の調子で続けて、ポイントを決算すれば、あなたは騎士の封号を得られる、私たちの目的は晴れて達成よ。

ね?だからお姉さんの言うことを聞いて、これが一番いい結末なの――

]……

でもそれだと……それだとなにも変えられないよ……もし進み続けなければ、ニアール家の現状を変えることができないよ……

マイナ叔父さんだってきっとこんなこと認めてくれない……

マイナみたいな頑固な人なんて、あなたが何をやっても認めてくれないわよ、あなた自身一番よく分かってるんでしょ?

もうあまり考えすぎないで?マリア……これが最善、潮時なのよ。

叔母さん……一体どうしちゃったの?

……

あなたは騎士競技がなんなのか知らないのよ……これから何を見るのかすらも……

叔母さん!

……競技場で勝ち取った勝利は、何一つ騎士のものではないわ、勝利は、カジミエーシュの、企業の……ものなのよ。

もし本当にあれらと契約するつもりがないのであれば、最初から騎士競技に参加するべきじゃなかったのよ、もしこれ以上この道を進めば……マリア、ここで退きなさい。

ゾフィア、何か分かったのか?

……あのスヴォーマ社の従業員が私に内部の噂を教えてくれたわ。マリアの人気がほかの選手よりもはやく騎士協会上層部の目に入ったみたい……

マリアがもし然るべきところで止まらないと、あれらが動き出すわ、たとえどんな手段であろうと、あれに関わるべきじゃないわ!

だから、マリア、お姉さんの言うことを聞いて、ね?

わ……分からないよ……彼らの操り人形になりたくなかったら彼らに頭を下げなきゃならないなんて、そんなのなんの違いがあるの?

マリア!冗談で言ってるんじゃないのよ――!

分かってるよ――

試合で死んでしまうかもしれないの!

……「フレイムテイル」も言ってた、私は全然騎士競技を理解していないって……

確かに私は彼女が言ってた残酷な場面を知らないのかもしれない……でも、だからといって適当な覚悟で試合に臨むわけにもいかないよ!

負傷してもいい、事故が起こってもいい、犠牲になったとしても――

もうやめて!

あっ……ごめんなさい、叔母さん、私わざとじゃ……

そんなの「犠牲」なんかじゃないわ、私もあなたがそんなことで何かあってほしくないのよ……

もしそんな覚悟を決めているのなら、なおさら退くべきよ!

……私はここで止まるべきじゃないと思う。

たとえトーナメントに入選できなくても、あと一歩届く目の前で止まってしまったとして、自分のやるべきことは自分でやり通さないと……勝てなくなるまで勝ち続けないといけないんだよ!

……分かったわ。

叔母さん……!

これ以上試合に参加させるべきじゃないってはっきりしたわ。騎士競技の背後に隠れてるものを見誤ったからよ、それ以上にあなたは知らないのよ……当時のマーガレットが、どれだけ世間を驚かせたのかすらも。

もしカジミエーシュが正真正銘公平な国だったのなら、あなたの言ってることは正しいのかもしれない。でも現実は違うのよ、バカだってあんなルールにどれだけの隠し事が隠蔽されているかが理解できるわ、ルールを破ることもどれだけくだらないことなのかも。

それにあなたは封号も持たないどこにも所属していないただの独立騎士なのよ、マリア、騎士協会にあなたの試合参加の停止を申請するから。

それじゃ。
(ゾフィアが立ち去る足音)

……叔母さん!

落ち着け、マリア、ゾフィアにも落ち着かせてやれ。

全部お前のために言ってることなんだぞ。

……そんなの分かってるよ。

ゾフィアの言ってることは正しい、競技騎士が勝ち取った勝利はいつだって自分のものにはならないんだ。

企業は「ニアール家の新たな騎士」に芽生えるチャンスを与えてやっただけだ、収穫する時期がくれば、ヤツらは自ずと鎌を持って現れてくる。

騎士には「試合参加申請」の権利しか与えられないんだ……トーナメント以外、すべての試合形式と結果は企業が握っている、騎士に選択できる権利はないんだよ。

もし本当にゾフィアの言ってた通りなら、企業内部の声を……

……

あるいはそのメッセージを、重く見ないといけないんだよ。

……
(老騎士と老工匠がバーに入ってくる扉音)

あー……どうした?さっきゾフィアが出ていたのを見たが。

お嬢ちゃん顔色が悪いぞ?勝ったんじゃろ?勝ったのにケンカしたんか?

お前ら少しは自重してくれ……

……私、先に帰るね。

このあともレースが控えてるから、帰って装備をメンテナンスしないと……


……

……はぁ。

……はぁ。

ん……?

ん……?

……

……

(きれいな人、でも血の匂いがする……騎士なのかな?)

(マリア・ニアール、若いなぁ……資料よりもよっぽど若く見える。)

(勿体ないなぁ。)

(勿体ないなぁ。)
