牧群の脅威度は極めて高いです。
サルカズの変異感染者は一般の牧群宿主よりも強靭な回復能力を有しています、それに知能も高い。
ですが、こちらには彼らと交流できる方法を一つも持ち合わせていません、彼らは……なんだか変なんです、まるで別の場所にいるような。
それと、ああいう変異体は遅かれ早かれ事を起こします。結晶の増長率が高すぎる。
空気中の結晶粉塵密度もここで最大値を叩き出した。
つまり、おそらく牧群を操ってる人物はすでにチェルノボーグのコアシティにある石棺を占拠した思われる。
こちらの目に見えない場所で、すべてが滞りなく発生しているんだ。
このあと何に遭遇するかまったく予想がつきませんよ。
……叱られてもいいや、先生、言わせてもらいますけど、この任務はあまりにも困難です。
俺たちは自殺しに行ってるようなもんです。それに最も肝心なのが、俺たちにこの都市と龍門を助けられる実力があるとは思えません。
・それは自分で士気を下げてるようなものでは?
・……
・だが私たちにはやるべきことがある。
チャド、君には確か家族がいたな。
先生はよくお憶えで、でも間違ってますよ、女房も娘も俺を捨てた。帰る家ももうありませんよ。
チャド、彼女たちと再会して、また一緒に暮らしたいと考えたことはあるか?
夢の中でならあったような。
夢を実現する第一歩は、私たちに夢を見させてくれるチャンスでもある。
チェルノボーグを停止させれば、感染者たちも今よりマシな暮らしを過ごせる。
だから君の娘にもチャンスを与えてやってくれ、チャド。もう一度自分の父親に会えるチャンスをな。
……
あなたに従いますよ、先生。
君は彼をたぶらかしているだけだ。
確かにさっき話したことは嘘なのかもしれない、この大地もそう易々といい方向に転じるとも思わない、感染者たちが以前の暮らしに戻れる確率もないに等しいのが現状だ。
しかし真実の可能性も否めない。
仮説として我々は今ここを離れたとしよう、そうすれば彼はもう二度と彼の娘と再会することはできない、彼の家族や彼本人がこの先で起こるかもしれない事故で亡くなろうがなかろうがな。
もう一つの仮説として我々は無力にも現状の事件を解決できなかったとしよう、であればいくら広範囲な学術研究も理論の段階で止まってしまうものだ。
実行者の成功した実行は我々にさらに実践し続けられる資格を提供してくれる。
感染者制度の改革派がいくら多かろうと、失敗を一度でも起こせば、その資格もそれを取り戻す手段も、永久的に失われる。
適切な比喩表現が必要なのであれば、私であれば「生命」という概念を用いる。
……毎度の重大な行動の成功は我々の生命の延長を意味し、そして失敗は即ち死を意味する。
科学に蘇りという概念は存在しないからな。
自分の命を救えるチャンスはいつだって一度きりだ。多くの厄災に遭えば、その都度起こる予想外の出来事で己を葬りかねない、私たち個人にとっても、ロドスにとってもな。
チェルノボーグみたいな災難は、この先まだまだ遭遇するだろう。しかし一度でもその問題を解決できなければ、私たちは死ぬ。
病が我々大多数に追いつく前に、病を阻止せねばならない一方、それと同時に、嵐の中で己の身を守らなければならない。
私は過度にロドスの名を唱えることはしないさ。しかし、今、ここでは、この問題を対処できるのは我々だけだ。
ほとんどの人にとって命は一度きりだ。一旦それを失えば、もう二度と戻ってくることはない。
一度きりの命じゃない人もいるのか?
あー、そういう意味ではない。私が言いたいのは、自分の命を一度も手にしたことがない人もいるという意味だ。
多くの人は生まれからして正常な物事に染まることはない、歪曲な地には歪曲な収穫しかないからだ。
悪意がチェルノボーグで蔓延っているのは、一部の悪意が一度も阻止されたことがないからだ。
一度の破壊、一度の謀殺、原因はほんの少しの渇望からなのかもしれない、法律の及ばない土地では、野蛮さが芽生え、それが独自の法律に成り代わる。
そしてその法律は都市で制定された法律よりも至極強力だ、なぜなら滅ぼすことができないからだ。
あれは即ち暴力だ。私たちの血に渦巻く暴力であり、我々の命に潜む文明によって飼いならされなかった部分だ。
静かに。
聞こえるか……
……歌声……?
おかしい、私はアーツによるいかなる錯覚や干渉を受けないはずだが。
オペレーターへ、防護装備を着用しろ!
Dr.●●、なにやら良からぬことが発生したようだ。
我々はこれまで辿ってきた混沌とした状況から同一の結果を導き出してきたが、これから対面する状況は我々の予想よりはるかにマズいかもしれない。
今までずっとそうだったろう。
そうでもないさ。
おそらく我々とこの都市は何かによって呪われたんだろう。しかし呪いなのであれば、必ず解けるはずだ。
悪の種子を植えれば悪の花が芽生え、悪の苦い果実が実るのは必然だ。もし我々が善意の灌漑を行えば、その土地は、たとえ少ししか良くならなかろうと……何はともあれ、このような状況に落ちぶれることも、このような惨状に埋もれることもなかったはずだ。
しかし残念ながら……
……
君はケルシーの目線と同じ先を見た。
……
残念ながら、私の知る限りでは、邪悪とは往々にしてさらに巨大な悪を生み出す、そして善良な人の大多数は善行を全うできずにいるのが世の常だ。
これ以上新たな悪夢を呼び起こさせるわけにはいかない、感染者よ。