
そろそろ行かないと。
……
オペレーター各員、噴射準備!当空間内の粉塵清掃を行う!
そろそろ行かないとダメだね。
……
後退だ!変異体がすでに限界に達している、これ以上あの個体に圧力をかけるな!
……
誰かが話してる 誰かが歌っている。
……
湖に沈むみんなの夢♪
……命は大事 大事だね
友人たちは命を失い ぼくから離れていった
彼らは足を止め もう先に進むことはない
……
……
Mon3tr!照射、用意!
……
ぼくはどこに行けばいいの?
わかった わかったよ
でもどこに行っても人に殴られる
殴られるのは痛い その人を殴ったら 今度はその人が痛がる
もうこれ以上痛くなりたくない でも 今すごく痛い
……
それでいいのか!?感染者がみんな最後にああなってしまっていいのか!?
……
ダメだ やっぱり進まないと 彼らが心配している もう心配させるわけにはいかないからね
……
……時間すらもここで凍てつく♪
……
分かってるよ 彼らはぼくが嫌いなんだ でも ぼくが間違えたせいで 彼らはぼくを嫌っているんだ
もう間違いは犯したくない
……
Dr.●●!言ったはずだ、病の兆しと病原を取り除くことなど、私にとってはどれも一緒だ!
……
暗いなぁ どこまで続いてるんだろ?
……
なら早く決断しろ!
……
私の言った通りにしろ!
……
……
これは夢なのかな?
みんな静かに佇んで 笑ってる夢
夢なら覚めないとね 夢はいつか覚めるものだから もし覚めなかったら その場に留まることしかできないからね
そろそろ行かないと
……
ハッチを閉めろ!分散した感染源もすべて処理するんだ、早く!
……
行こう 行こう
振り返らずに
あ 思いついた
彼らに教えてあげよう
うん 教えてあげなくっちゃ
生きることは素晴らしい 生きることは尊いことを 生きることは苦痛ということを でも長い長い道を歩んできた 友人もいるんだよね
思い出した
これも彼らに教えてあげよう
生きることは素晴らしいってね
さあ行こう
さようなら 我が家 さようなら ぼくのために歌ってくれた人 さようなら お姉ちゃん さようなら サーシャ
さようなら ぼくの友人たち

ケルシーがコントロールパネルに指をスライドさせ、石棺は低く重い轟音を鳴り響き消えていった。

これで……終わったのか。

我々は突発性の災難を食い止めた。

……我々は責務を果たせた、任務完了だ。これでチェルノボーグのコアシティはエネルギー供給源を失った。

保証しよう、数年間この施設が再起動されることはない。

これからの数時間、コアシティは予備のエネルギーでエンジンを動かさざるを得なくなった、そのエネルギーも尽きれば、都市全体がただのクズ鉄と化す。

我々は己の成すすべきことを成し遂げた。ただ、これを龍門に衝突する前に完全に停止させたいのであれば、コアシティの緊急制御装置を作動させるしかない。

だがあれはアーミヤたちの任務だ。アーミヤにしかできない任務だ。

この都市はここで放置されるのか?

ウルサス帝国がそれでもまだこれを欲しがっているのであれば、好きにさせればいい。

帝国が再びこれを使用するかもしれないとは考えないのか?

……

ここではかつて私と関連する二つの事件が起こった。

一つは、二十数年前に出来事だ。

二十数年前、ウルサスのボリスグループ傘下の鉱石業を営む小企業が南部の山脈で奇妙な設備を掘り出した。

その情報はすぐさまグループのトップに――ボリス侯爵の耳に届いた。

当時、侯爵は大胆な選択に出た、彼らは生きる上で必要な設備がすべて揃った工業都市を建設しようと試みたんだ、軍によってコントロールされた鉱石業と軍需産業からの脱却を目論んでな。

そして、あの設備が神民の奇異な遺産だろうとサルカズの呪術マシーンだろうと、作動すれば、たちまちボリスグループに突破口を見出してくれた。

当然、あれはただのクズ鉄だったのかもしれない、いくらそれを研究しようとただの無駄だ、もしくは脅威なのかもしれない、数個の集落を一瞬にして更地にするほどの力が備わっていたのかもしれない。

そこにある優秀な科学者チームが組織された、彼らはみな若く、単純な理論を嫌い、俗世に憤り、金銭を必要としていた、それに長年の間学術弾圧に遭っていたんだ。

君はそこに加わったんだな。

そうだ。

私がクルビアを去ったあと、自分の情報網を通してそのことを知った。

私はその団体に加入した――彼らが都市全体の住民を吹っ飛ばなさないように防止するためにな。

私は己の持てる知識をもって、その科学者たちの指導にあたった。

チェルノボーグはただの新興都市ではない、昔のこれはひごく老朽化していたんだ。

あの科学者たちがこの計器の本当の使い方を察知する前に私は都市に一定量のエネルギー放出を許可した、チェルノボーグから提供される源石から独立したもう一つのエネルギーだ、多くはなかった、だが利用価値は十分にあった。

ボリス侯爵は大喜びした、彼は資金を惜しまず投資し、確実にその利益を得た。

侯爵はビジネスに長けていた人物でもあったからな。

そしてチェルノボーグは急速に発展し、同じくチャンスを渇望する人々を吸い寄せてきた。

それに多くの小都市がボリスグループに加わった、ボリスを慕っての加入、もしくは侯爵の太っ腹に釣られての加入だったのだろう。

チェルノボーグは徐々にその頭角を露にした、科学者たちの研究もついに重大な突破口を導きだしたのだ。

あの時私は……彼らを止めるべきだった。

・続けてくれ、問題ない。
・……
・言いたくなければ、無理しなくていい。

続けよう。

私の優秀な学生数人は彼らだけでこの計器の秘密へ辿りついた、彼らがまず察知したのは彼らが利用していたエネルギーは機械が稼働するにあたって産み出された副産物にすぎないということ、今の状態はただのスリープモードだったということ……

あのエネルギーは本来計器を正常に稼働させるためのものだったんだ。

それと他に、彼らはあることも理解した、あの絶えずチェルノボーグに供給され続けてきたエネルギーは、この設備の供給装置が供給するエネルギーのほんの一部でしかないということに。極めて微小な一部でしかなかったんだ。

そしてまず、彼らは大喜びした。

おそらく、この先チェルノボーグの源石鉱業への依存が大きく下がるかもしれないからだ。

もしこの設備に似たものを複製できれば、ウルサスはもうエネルギーに困ることはなくなり、源石の開発や精錬も大幅に簡略化される可能性があったからだ。

そして、彼らは同時に恐怖も感じた。これほど巨大なエネルギーがもし武器の製造や侵略のきっかけに利用されれば、ウルサスは再び火の海に化してしまうからだ。

幸運だったのは、あの科学者たちはみな善良な子たちだった。彼らは災難を阻止するほうをを選んだ。

しかし不幸は……止められなかった。

あの第四集団軍が介入してきてやっと、彼らはことの重大さに気が付いた。

しかし、私の学生たちがちょうど設備の封印保存の準備を完了した頃、秘密警察はすでに科学者たちの弱みを握っていた。

イリヤ、彼は科学者チームのリーダーの一人だった、執拗さもあったが正義感の強い子だった。

秘密警察は理解していた、もしイリヤの親族を捕らえれば、イリヤの憎悪は余計に大きく膨らむだけということに、そこで奴らは一人の人を選んだ。

セルゲイ、私の学生たちの中の最年長だ。

優柔不断のセルゲイ、つまりあのスカルシュレッダーとミーシャの父だ。

秘密警察は彼をほんの少し脅しただけで、彼の決心は一瞬にして霧散してしまった。

家族を失う恐怖と同僚が敬重した事業を天秤にかけたセルゲイは、最終的に彼からすれば折衷な方法を選んだ。

彼は実験項目の目標と数値をボリス侯爵に教えたんだ。

実際、彼は誰も信じるべきではなかった。命綱は時として己の首を絞めてしまう縄に変貌してしまうからな。

侯爵は科学者たちを保護することはなかった。彼はセルゲイだけを保護し、軍隊の襲撃を許可した、襲撃はたちまち虐殺へと変貌した。

実際侯爵には科学者たちを保護する力はなかった、軍の高級将校たが息も詰まるほどの圧力を彼にかけていたからだ。

大反乱のあとの軍と旧貴族の力すでに極度に衰えていた、ボリス侯爵もせいぜい没落貴族から爵位を買った成り上がり者に過ぎなかった。

セルゲイは自分の子供たちを守ることはできた、しかし彼は自分の同僚たちが次々とコアシティにある石棺で死んでいく様を見て絶望していった。

]死体と血痕は跡形もなく処理され、セルゲイはそこに新しい研究所を成立させた、彼の崩壊した心の上でな。

それから、セルゲイがいかなる有益な研究結果を提供できなかったのは明らかだ、優秀かつ正直すぎる科学者たちを失ったウルサスは、この計器に対する研究も困難に陥った。

そして、ここは人々から忘れ去られていった。誰も気にしないことや、解決できない問題は、いつも人々から忘れ去られてしまうものだ。

秘密警察と駐留軍が撤収したあと、侯爵とセルゲイはこの場所に蓋をした……いとも簡単にこの場所を封印した。

しかし計器は稼働し続けていた、エネルギーも絶えず石棺からチェルノボーグのコアシティへ、都市全体へと注がれていった。

侯爵はセルゲイの決断に感慨し、彼を市議会の書記として指名した。

ああ。これはセルゲイの息子、アレクセイ、彼が感染者として判断され追放されたあとに起こった出来事だ。

侯爵はようやく軍と話ができる発言力を得た、大小様々な工場も彼のコアシティ周辺に集ってきた。

第四集団軍は彼の命綱を握ることは叶わず、チェルノボーグを軍の勢力範囲から引き離すことぐらいしかできなかったのだ。

チェルノボーグの長年の運用の中で、ボリス侯爵は原料生産の際に起こった評価問題で第三集団軍参謀の一人、高瞻精製工場の受益の第一人者であるバイカル大公の逆鱗に触れてしまった。

バイカル大公は密かにチェルノボーグを襲撃したが効果はなかった、なぜならこの都市はすでにウルサスの最重要都市の一つとなったからだ。

さらに踏み入って話すと、侯爵は巧みにチェルノボーグを利用し軍の駐留を拒否した、各集団軍も皇帝の指示に従い、チェルノボーグの周辺に留まり保護に努めた、あるいは、監視とも言うべきか。

さらに、ここは軍と旧貴族の規則から独立していた。次々とここに似せた都市がウルサスで台頭し、鉱物と商品への渇望が人々により良い方法を促進した。

血なまぐさい奴隷よりもより高級な奴隷を求めることをな。

・問題はそこだな。
・……
・それがチェルノボーグが陥落した原因なのか?

絶対にそうという訳ではない。

私が思うに、科学者たちが、私の学生たちが……彼らがウルサスの貪欲さによって死んだときから、チェルノボーグは陥落する定めにあった。

だがそれを言い訳に私は自分を許しわけにはいかない。

人々の善意と衝突のせいとは言えないからな、もしも、もしもあれが人のために使用されれば、もしもあれが違う道を切り拓いてくれれば……

ウルサスの科学者たちがそれを使って人々を幸せにしていれば――その結末が完全に予測できたとしても。

かつての私ならそんなことは絶対に考えなかったはずだ。あれはより多くの死者を生み出すだけだ、たとえあれの始まりがどれほどよかったとしてもな、邪悪な世界の中で、我々の善意は必ず捻じ曲げられてしまうからだ。

つまりだ、Dr.●●。

私が彼らを屠殺場へ連れて行ってしまったんだ。

彼らの死を見てやることしかできなかった。

すべては、私が不成熟な道を設けてしまったからだ、今の大地で実現不可能な夢を見てしまったからだ。

彼らが優しすぎたからだ。

なら本当はどうするつもりだったんだ?

……本当にそれを知りたいのか?

あれは医者の責務の範疇にあってはならないものだ。君も分かっているはずだ、Dr.●●。私はただの医者ではないことを。

・知りたい。
・ならやめておこう。

本当は知りたくないのだろ。君はただ好奇心でそう聞いてるだけだ。答えを知れば、君は必ず後悔してしまうぞ。

私はまだ君を後悔させたくない、Dr.●●。私が言えるのは、ああいうことは、私より以前の君のほうが得意だったことだ。

君はすでに心の中でその答えが出ているのではないか、君のその憐れみ、それとも慈しみが、私の失態を阻止してくれたのだろう。

君は私のあるべき姿を保ってくれた、君も自身を高めることができた。ぎこちない相互利益だったが、ありがとう、ドクター。
ンツ

だから答えたくないと?

私が答えたくない質問など数えきれないほどある。

確かに、認めよう、こんな方法でイリヤの悲願を達成させるとは思いもしなかった。

これほど多くの血が流れ、多くの命までもが失った、私の最後の償いも、一番最初にやるべきことだったんだ。

ではできたのであれば、なぜ最初から彼らを助けようとしなかったんだ?

彼らとは馴染がなかったから、私は違う結末を期待していたからだ。

Dr.●●、他者に暴力を振るうことや、他者に刑を下すのは、ただ単に相手と馴染がないからそうしているにすぎないんだ。

何の躊躇もなく他人を殺せるのは、自分はその相手をまったく知らないからだ。

彼らのすべてを知ってしまえば、私たちは進歩できると思うか?

それとも、彼らが多くの身分を備えていれば、彼らの行いを無視したり、あるいは残酷に審判を下すことができると、身分で有罪か無罪を決めることができるとでも?

彼らが貴族か貧民だったら?彼らが一般人かそれとも感染者だったら?それともウルサス人か龍門人だったら?都市で暮らしていたからかそれとも荒野で生きていたら?

なぜロドスで治療を受けに来る感染者たちは、いつも都市からやってきて、裕福な家庭環境を持ち、きちんと教育を受けていると考えてたことはあるか?

なぜなら、荒野にいる感染者は、ほかの都市と交流できない感染者は、あの町裏で隠れながらその場を凌いでいる感染者たちは通信手段が遮断されているからだ。

彼らはロドスという名前すら聞いたことがないんだ。

ましてや、ほかの感染者向け医薬会社と治療企業などもってのほかだ。

これが事実だ。

彼らは暴力を使用したくないのではない。彼らにはほかの手段を知るチャンスが全く無いからこそ暴力を振るう。

過去に、多くの人々は暴力を迷信していた、なぜなら彼らは他者から暴力を振るわれ、暴力は彼らに効果を現した、そして彼らもまた暴力を周囲に振りかざし、暴力もまたその周辺の人々にその効果を現した。

そして、暴力は彼らの道具となった。なぜなら彼らは暴力のない生活など想像できないからだ、彼らは生涯苦痛と恨みによって支配された。

暴力は鍬ではない。暴力が辿った道には草木が一本たりとも生えることはない。

ではあの石棺に抑えられ変わってしまった感染者たちは――

悪と言えるか?

私たちは生まれからして悪なのだろうか?

権力と暴力が人々を悪に造り替えたのか、それとも悪なる人々が暴力を振るうためにこういう道具を作ったのか、この同類を虐殺するための道具を?

だとしても私たちは彼らを裁く権利などない。どんな人であろうとそんな権利はない。

それを善と定め実行に移り、それを悪と定め否定する、悪行をもって悪行に抗い勝利を勝ち取るのであれば、私たちも私たちの敵と同類だ、私たちも最後は自害しなくてはならない存在だ。

しかし、Dr.●●、もし君が私を理解してくれれば、とあることはとある人たちがやらなければならないと君もそう理解するはずだ。

ただ、その行いは決して人情や道理にかなっているとは限らない。意気込んでそれを実行するべきでもない。

動機が何であれ、我々はみな肝に銘じておかなければならない。我々がやっていることは命を傷つけていることなんだと。

確かに医者の責務の範疇をはるかに超えているな。

だから、君が私のいかなる行為をも認めてくれるとは期待していない。

君を説得することはアーミヤの仕事であり私の仕事ではない。私が今までしてきたことは人に知られても、模倣されても、ましてや許されるべきことではないからだ。

そして目に見える未来は、君で、君が、多くの決断を下すんだ。私ではなく。多くの人は依然と君に多くの期待を抱いているから、私にではなく。

私の言葉は、私だけに属する、そして君の行いは、すべて君に属する。

君も多くの善良な人々と同じように、この大地を変えるきっかけをもたらしてくることを期待している。

本当にこの機械がまたウルサスの手に渡ってしまってもいいのか?

もし彼らがこれを再起動できるのであれば今の私は、これが必ず善良な人の手によって再起動されると信じているさ。

未来は本心でこの大地が変わることを渇望する人々の手に渡ると私は信じている。

最初に言っていた悪意の憶測によって発展してしまったらどうする?

ふっ。

皮肉なことに、悪の世界にいる我々が……善と呼べるわけがない。

仮に本当にそう発展してしまえば、我々がいくら努力しようが、いくら滅びを阻止しようが、あのような未来は避けられない。

不道徳や悪を一掃してくれる簡単な方法を期待することなど非現実的だ。

各文明が一瞬で滅び、その後悠久な苦痛に遭うことを期待するのであれば、そのほうがかえって現実的と言える、君も想像してみるといい。

ただしかし、何はともあれ……今の我々には、動ける気力がまだ残っている。

消毒作業もそろそろ終盤だ。終わったら我々の痕跡を綺麗さっぱり片付けさせよう、そうすればウルサスも我々の尻尾を捕まえることはできない。

そしてすぐさまアーミヤを援護しに行く。

ただ、状況があまりにも悪くなければ、我々がコントロールに到達した頃には、チェルノボーグ事変はすでに終わっているのかもしれない。向かったところでただロドスの職員たちと合流するだけだな。

……そしてここの出来事は、ここで起こったすべての出来事は……

私の持てるすべてを使ってこの苦痛な旅路を終わらせよう。君がさっき私にそうして欲しかったように。

そうだ、ドクター、君に決めてほしいことがあるのだが。
戦いの硝煙は散り、君は石棺の間を徘徊していた、不思議にも懐かしさと悲しさが君の心から溢れ出してきた。
そしてオペレーターたちに目をやると、なぜか馴染みなく他人に感じてしまう、彼らの大多数は、君とはあまり馴染みがないからだろうか。
オペレーターたちはこの区域の作業を終え現場を離れたが、彼らについていかなかった君を見たケルシーが、君に近づいてきた。

まだなにか気になることでもあるのか?

君はあれほど石棺の話はしたが、私のことは少しも話してくれなかった。

ああ。

そういうのは君から問いかけてきたほうが都合がいい。

ここで起こった君と関連する二つ目のことって、なんだ?

――

もう隠す必要もないか、それは私が君をここまで護送してきた理由でもある。

ある事実について、君に教えるなとアーミヤから釘を刺されてな、しかしどうやら今が伝えられる最後のチャンスらしい。石棺を埋める前に、まずは君の脳裏にある事実の断片を摘まみ上げないとな。

Dr.●●、三年前、私は埃まみれとなったこの場所に戻り、全身に重傷を負った君をこの計器の中に置いた。

この計器は君の痛みを治療してくれるが、たかがそれだけだった。

なんだと?……もう少し詳しく解説してくれ。

これ以上にないほど詳しく説明してやったつもりなんだが。

我々が先ほど遭遇した白い感染生物が奇怪な見た目をしていただろう、あれは本来ああいう姿をしていたわけではない。

あの感染生物の前身とされる感染者は間違いなく石棺に入った、石棺もそれにより起動したと、私はそう確信している。

……おそらく彼はアーミヤが君を石棺から救出したときの記録を見たのだろう。

それが彼が石棺を操作するきっかけとなり、何かのズレによって、彼は石棺の中に入っていった。

これは起こるべくして起きたことではないんだ。

この石棺は本来その操縦者を治療するために設計されたものだ。しかし、その感染者がこれに入ったことで、事件は起こった。

君はあの産物をその目で見ただろう。あの危険な感染生物は自然から誕生したものではない、石棺は彼のために設計されたものではないからな。彼の変化過程は人為的なものだ。そして石棺が彼を変化させたんだ。

そして君は、君は石棺の中で治療を受けることができた。この計器は君と彼とでは違う反応を示したんだ。

つまり、私はその感染者とは……違うということか。

当然だ、Dr.●●、君とその感染者は別々の人間だ。

であれば誰が我々の同類だと思う?

……誰が君の同類だと思う?

もしかするとこの機械は君の同族しか治療せず、感染者の治療は受け付けないのかもしれない。

あるいはこの機械はその患者の最も古い一面に変化させるように迫ることが出来たのだろう、もしくはこいつは私にしか操縦を許していないのかもしれないな――

しかし何はともあれ、君は生き残り、あの感染者は牧群の根源となってしまった。

そうだ、この大地に、同一の個体など存在しない。君は私や、アーミヤ、彼、誰とも違う、それに私からしてみれば君たちはあまりにも私と似てはいないのだ。

誰なら私を理解してくれる、誰なら君を理解してくれる?私たちの傍から一体どれだけの命が消え、またどれだけの悲劇が私たちの傍で起こったと思う?

これを発掘した人は、私の学生たちはよりよい世の中に変えるためにこれを研究していたのではないとでも?

なぜ貪欲と権力への欲望がこれほど無意味な死をもたらすのか?これはただの聞き分けのない悲劇だったのではないのか?

これはそのために創造された品物なのか?私たちはまたどういう目的のためにこの大地に置かれている?

運命が私たちを操っているのか?私たちの創造主は悠然と私たちがこれのために演じた悲劇を鑑賞でもしているのだろうか?

・……だが私はここの人間だ。
・もうすべてを諦めたい。苦痛過ぎる。耐えられない。

そうか。

……私はまだ君に振り返るよう忠告しても間に合うのだろうか?

いや、分からないな、私はそうするべきなのか?それが君の演技だったとしても、私は喜ぶべきだというのに……

だがそれでも君に忠告しよう、ドクター。

決して簡単で楽な選択とは言えないぞ。

Dr.●●……この大地には、君の居場所は必ずある。

もちろんいいとも。君にはここを離れるチャンスがある。

ロドスが君とPRTSとの神経接続を解除しよう、そうすれば君はすぐさま移動端末のシミュレーション中枢から遮断され、PRTSの目と権利を失う。

君はロドスの情報処理システムの膨大な情報の海から解放される、それすれば、君はもうロドスのデータバンクにログインせず済む。

君のデータ端末をシャットダウンすれば、すべてが無に帰す。簡単な選択肢だ、ボタンを一つ押すだけで、接続は切られ、自分が選択した世界に残ることができる。

――

準備はもうできているぞ。

あとは君がそのボタンを押すだけだ。

……

……

もし君がその選択をしたのであれば、私の言葉は届いていないはずだ。

君はやはりここに残る選択をしたのだな。

ではDr.●●……私は覚悟できたが君はどうだ?

我々は数々の物事によってこの世に縛られているんだ、Dr.●●。

私たちの生活は苦悶で満ち溢れ、私たちの命は意味すらも欠けている。

それに、私たちが前に進むにつれ、振り返れば、足元には辿ってきた旅路がある。

明るく平坦な道は歩きやすく、暗く起伏した道は進むことすらままならないものだ。

そうだとしても、科学者たちだろうがロドスのエリートオペレーターたちだろうが、龍門の義士だろうがチェルノボーグの新たな生を渇望する感染者たちだろうが……

みな足を引きずりながらもその道を進んでいるんだ。

彼らを追いかけている痛み。彼らを困らせている悪夢。彼らに干渉している恨み憎しみ。いずれは彼らに追いついてしまう死もいる。

しかし彼らはすでに数々の負の出来事を振りきった、彼らはこの大地が自分たちに施した数々の抑制と弱点を振りほどいたのだ。

多くの人が脆弱なのは間違いではない。しかし私が言いたいのは、まさにその煩雑とした物事こそが私たちの存在を証明してくれている、私たちを夜でも安心して眠りにつかせてくれるのだ。

私たちの苦難は未だ終わりが見ない。この大地にある苦難が尽きることはないのだからな。

だとしても、私たちは正しく選択することができる、寒い場所で生まれた人々が、火を起こし暖を取ることを選択したように。

・ハッ。
・……
・その通りかもな。

ドクター。

私が言ったこれらは、そのほとんどが責任や、私が自分に下した誓いからきている……

私の未来への期待から出た言葉たちだ。

私は君に期待しているんだ。

それでも、Dr.●●、それでも私が常日頃君にむき出してる悪意については、どうか気にしないでくれ。私も今後なるべく抑えよう。

・散々悪態の限りを尽くしといて反感するなと?
・……
・お互い礼儀もって話せば衝突も減る。

私の君への態度は私の記憶に由来する。君は記憶を失ったが、私の記憶はなんの変化もない。

このたかが家庭用生理機能修復機は本来こういう機能は備わっていなかった、故障によるものかはたまた演技か、何はともあれ今の君は、表面上の君は、清廉潔白だ、なぜなら君は記憶を失ったからな。

――ドクター。私がこれから言うことにすぐに反感しないでほしい。

今回だけ、私は自分の感情を自由に解放させたい。私はただ君に伝えたいことがあるだけだ、アーミヤがしてほしくなかろうとな。

もし可能であれば、私は君に報復したい。君に復讐したいんだ。

・それはどういう……?

君がもし記憶を取り戻せば、君は改めて自分の選択をもう一度念入りに見直すことができる。

しかしだとしても、君がそれで後悔したとしても、もしくは永遠にそれを忘れてしまっていたとしても私の君への感情が変わることはない。

私は心の中にある恨みを発芽させたりはしない、しかし私にはそれを保持する権利はある。

永遠に怒り続ける権利がな。

……しかし今の私はこの怒りを誰に向けてやればいいか分からなくなってしまった。

・私を?
・……
・昔の私は何をしたんだ?

君をあれと同一視はしないさ。でなければ、君とこうして口を利くこともない。むしろ君を――

君を……

……

やはりまだ理解できないな、なぜテレジアはあれほど君を信頼していたんだ。

テレジアって誰だ?

テレジアは私の友人であり、私のかつての仲間だった。

三年前、テレジアは死んだ。私は彼女を永遠に失った。

真実が聞きたいか、ドクター?

・聞きたい。
・……
・聞きたくない。

どう思おうが、君をここに連れてきたのは、君に真実を教えるためだ。

君も私もこの過去から逃れられることができない。

ドクター、Dr.●●、かつて君の身体を有していた人の手はテレジアの血によって染まった。

「君」がテレジアを殺したんだ。

かつて君の友人でもあった彼女を。

・なんだと!?
・……
・それは本当なのか?

どうしようもないことに、君は石棺に置かれすべてを忘れてしまった、しかしこの「君と無関係」な事実が、変わることはない。

あの事件は、私と君の双方にとって、無念だった。

――私がたとえ君に一切の危害を加えることができなかろうと、どうか知っておいてほしい。

……テレジアとアーミヤは君のことを信じてはいるが、私は違う。

一体何が起こったんだ?

回答を拒否する。その質問は私が答えるべきものではない。でなければ堪らず君を呪ってしまいそうになる。

じゃあ今の私は何なんだ?

君はDr.●●だ、ドクターだ。君はこの大地に生きる何の変哲もない命の一つだ。

君の言葉を、信じていいのか?

私がその答えを出せば、君はすぐにそれを受け入れるのか?今の君は心の底から私が君へ向けている「侮蔑」に反対している、だから私の感情の色に染まった「答え」と「事実」については、これ以上は言わない。

私を信じてくれとも言わない。だからこれ以上真実を述べるつもりもない。

私の恨みが私の描述を歪めてしまう、怒りに満ちた言葉が君の思考を妨げてしまうからな。

そのため、君が必要としている真実を知るためのヒント以外、これら基本的な事実以外、少したりとも話してやるものか。

知りたければ自分で見つけ、自分で判断し、自分で模索しろ。

信じてくれる人がいる限り、その人たちがいる限り、君は真の自我を見つけ出すことができるのからな。

君は一体何がしたいんだ!?

……君を守ることだ。

私が約束したようにな。

私は約束したんだ、アーミヤも、君も守ろうと。

君の命が尽きるまで守ろう、ドクター、それが私の責務であるからな。

だが君への恨みが止むことはない。私がロスモンティスを教育したり叱ったりしていたのも、堪らず君に復讐しようとする自分を恐れていたからだ。

……君は……
似たような光景、似たような会話、異なる感情と異なる時代が君の記憶の空洞に橋を架けた。

私は誰だ?ドクターって誰だ?

……

思い……出したのか?

こういうことは初めてではなかった。
何かが君の思考に滑り込んでいった。
……
アラーム音が君の鼓膜を破ってしまいそうなほどに鳴り響いている。
……
君たちは廊下を必死に走っている。
……
君はあの冷たい計器に横たわった、突如と襲ってきた倦怠感が本来はっきりとしていた君の意識を妨げる。
……
この光景は君にとってこれ以上にないほど馴染みがあるものではあったが、君がいくらその記憶に覆いかぶさる薄い絹を破ろうと足掻いても、思考上の努力はすべて徒労と終わってしまった。
……
あの声が響くまでは。

……Dr.●●……

……まさか手放したくないと思う人が私だなんてね。


でもこうするしかなかったんです。こうするしかあなたは生きられませんから。

……あぁ、●●……このままだと、もう会えなくなってしまいます。

だめ。そんなこと私は到底受け入れられません。絶対に諦めませんから。

Dr.●●、私たちの繋がりは必ず時間も空間も超えていけると信じています。

大海が沸騰しようと、大気が蒸発しようと、衛星が次々と重力の渦巻きに墜ちようと、太陽が凶悪に膨張しようと、その子らを無情にも食らい世界が静寂になってしまおうと……

きっとまた会えます。あの暗闇と星光を着飾った文明の終着点が来ても、きっとまた会えます。きっと。

その日が来るのを待っています。必ず待ち続けます。だから待ってて。私のことも待っててください。

……Dr.●●。私のことを忘れないでくださいね。


……ドクター……?
断片が次々と集まり形作っていく、そして一つの名前が君の脳裏から浮き上がってきた。

プリエス……テス……?

……

……Dr.●●?

ケルシー、プリエステスって誰だ?


敵の火力が高すぎる!おい、頭を外に出すんじゃない!

あいつらどうやってこんな狭いところにあんな大勢を詰め込んだんだ!?もうあと数階しかないっていうのに!

もうここからでも……焼き焦げた匂いがします。

皆さん、ここまでで大丈夫です。

……俺たちだと足手まといになる、だろ?

いいえ、ただ、皆さんに援護して頂くにはあまりにもリスクが大きすぎますので。

慰めはよしてくれ。

いいえ、慰めではありませんよ。オペレーターの皆さん、皆さんに伝えておきたいことが一つあります……

皆さんがいなければ、ここまでは来れませんでした。

……

頑張れよ、アーミヤ。

将来厳格に規制されていない都市でこっそりと色々飲みに行こうな。好きなように色々飲みに行こうな。

はい、必ず。

(アーミヤの走る足音)

あ、これは……チェンさんの鞘、しかも傷だらけ……

……まさかタルラはわざとチェンさんを上まで通した?まずい――

――いいえ。

今のチェンさんは……そう易々と殺されるような方ではありませんもんね。

自分は一体何を欲しがっているのかを、もう見つけたのかもしれません。

この変異した敵と対峙しても、ほかの人なら何とも思わないでしょう。しかしチェンさんの怒りは、もうとっくにこれらのことを超えている。

チェンさんの怒りは……私たち全員の怒りでもありますから。
アーミヤは階段を上った。
彼女はまだ何かを思い返していた。
龍門の長官事務室で、最後にチェンと会ったその時……彼女から自分の目に流れ込んできた景色を思い返していた。
鞘に触れた瞬間、あの景色がまるでアーミヤの目の前で起こったかのように現れた。
そしてその朧げな景色がますますはっきりと見えるようになってきた。


やはりお前と一緒に任務に出てもろくなことがないな。

くっ……うっ!

ナイン……!無事か……!

まあな。しかし……死にそうになってるやつが、なぜお前なんだ?

爆弾は私の目の前で爆発したんだぞ。お前は数十メートルも離れていたじゃないか。

腹部に穴が開いてしまった。すまない、あまりに痛すぎてな……情けないところを見せて申し訳ない。はやり我慢強さでは君には敵わないな……

……ナイン。後ろを見せてくれ。

お前はいつから上司に口出しできるほど偉くなったんだ。

……いや。違う。お前も……

申し訳ないのはこっちのほうだ、チェン。お前を守ってやれなかった。

大半は防げたが、それでも破片は防ぎきれなかった。

……破片に穿たれたんだろ。さっさと処理しに行け。今ならまだ間に合うはずだ。

ナイン……おい……まさか……

じゃあ君はどうするんだ?

……

アーツより手っ取り早く自分の身体状況を知る方法はない。破片は押し出そうとしたが無理だった。

――私にも龍門近衛局の一員としてもプライドがある。私の後ろ姿だけ覚えておけば十分だ、近衛局のみんなによろしく伝えといてくれ。

それとウェイにも。彼にもよろしく。

どこに行くつもりだ?

この傷だと感染は免れない。感染者は、感染者の相応しい場所に行く。

……ナイン、感染者になったからといって、ここを離れる必要はない!君は龍門と近衛局のために尽力してきた、龍門人でそれを知らないヤツなんていない!

感染者がどれだけ人々を恐れさせてきたかも、知らないヤツなんていない。この源石爆弾も……おそらく……そうだな、うむ、もう誰のブツかもわからん。

いい加減目を覚ませ、チェン。一つだけ言わせてもらうぞ。感染者と一般人の境界線は私やお前で決められるものではない、彼ら自身で決めるものだ。

スラム街の感染者に関わる任務にはあまり手出しするなと、あれほど警告しただろう。その結果が二人ともこのザマだ。

……もうすでにスラム街への進駐を決定したんだろう?感染者居住法案だって新しく出るんだ、明日は昨日より良くなるはずじゃないか?

もうすでに感染者を平等に扱う準備を整えてきたじゃないか、これからの龍門人の待遇の良し悪しは、感染してるかしてないかでは決まらない、龍門人であるかないかで決まるんだぞ!

我々は準備できたかもしれないが、龍門はどうだろうな?大衆は覚悟できたと思うか?商業連合会がそれに票を入れると思うか?私が感染者になったと近衛局に伝えてみるといい、何が起こると思う?

君なら隠し通せるさ、それから身分申請しても――

権力を用いて自分の身分と自分の病を隠蔽することと、権力を私用することに何の違いがある?そんなことをするぐらいなら追放されたほうがマシだ。

近衛局はウェイの一手により建てられ、我々が今日までそれを守り続けてきた……近衛局が法の代表というのであれば、少しの不公平もあってはならない!

それとだ、チェン、よりよい生活を送ってる人は鉱石病を処理することができ、スラム街や採掘場で生きる人々は、感染したのならば死ねとでも言いたいのか?

それは違う、感染者になったらな、この大地がお前に与えてくれる待遇なんてたった一つだけだ。

感染者はみないずれ死ぬということだ、彼らの死に様がまだ同じである限り、彼らの間に差異が存在することはない。

許しを求めたりはしないさ、これまで処理した感染者の犯罪者数は三桁をゆうに超えた、私はその報いで感染者になったのではない、大地がこういうザマだから感染者になっただけだ。

大地が私たちを処理する方法なんていくらでもある、さも功績を上げようとするかのように我々を処理してくるんだ。

なぜだ……ナイン、君はあれほど龍門を誇りに思っていたじゃないか?

誇りだと?なるほど私の今までの粗暴な態度は、お前たちの目には誇りに見えていたというわけか――

確かにこの都市は心底愛していた。行き場を失った私を受け入れてくれたからな、だが、この大地に真の意味で感染者を受けいれてくれる場所なんてないことも理解している。

しかし愛することと誇りに思うことはイコールじゃない、私ただあまりにもここを知りすぎただけだ、何をすれば役に立てるか、何をすれば無駄に終わってしまうことを知ってるほどにな。

自分のオフィスでお高く留まらずお前たちと一緒に都市のあちこちに足を赴いたのは、誰かに見せびらかしたいからでも庶民的に接しようと思ったからでもない。

私がここに来た唯一の理由は、龍門が私を必要としているからだ。

そしてウェイが感染者を接収する理由も一つだけ、それは彼らからすれば感染者がもたらす問題は龍門にとってはまださほど大きくないからだ、今後起こりうるほかの問題のほうがはるかに大きいからだ。

しかしこれらの問題が尽く解決され、土台が絶たれたら、今後誰が責任を負ってくれる?

ウェイはそうさせたくないと思っても、この都市はどう思う?商人や民衆たち、労働者や警官たちはどう思う?

龍門だって感染者を接収できる!龍門は彼らだけの居場所ではない……私たちの居場所でもあるんだ!感染者だから、この都市に奉仕してはいけないのか?この都市は彼らを守ってやれないのか?

当たり前だ。

いや違う、私たちは同じだ。同じ感染者であり、同一視される存在だ。これは君が言ったことじゃないか。

なら訂正しよう。ウェイはお前を宝物のように大切に扱っている、お前が暮らしている生活はほかの龍門人のとは違う。

ナイン……!

お前の努力や奉仕は評価しよう、チェン、お前は私が今まで見たきた中で一番優秀な近衛局の人間だからな。だがそれでも言わせてもらう、お前は彼らとは違う。

……いいや、私はそんな大役身分があるから龍門で仕事しているんじゃない。私も近衛局の一員だ、龍門の一員だ。

私たちは汗水垂らしてここに奉仕してきた、ここの住民は確かに手厳しい、だがここはいずれ必ず受け入れてくれる。

きっとだ、なぜならここはずっと進歩してきたからな。

ナイン、たとえ感染してしまったとしても、私たちは依然龍門の民だ!

龍門はみんなの都市だ、そうあるべきなんだ。そうでないなのなら、そのように変えればいい。

まさか今まで見てきてまだ足りないと?人情と義理を持ってる感染者だってたくさんいるだろう?

なら私に証明してみせろ。

わたしたちがこの都市に属していることをな、お前が証明してみせろ。

するさ。必ずな。

……ならさっさと動くんだな。でないと待ってるうちに死ぬのはごめんだからな。

――必ずだ。

では現状については、お前がウェイに報告しろ。ウェイが処理してくれる。お互いの連絡も現状維持だ。何かあったら私を呼べ。

あと、ホシグマに……お前を見張らせておけ、馬鹿なことをさせないようにな。

今の言葉は忘れてもらっても構わん、どうせすぐ忘れる、だが先に彼女に伝えろ、忘れるのはそれからだ。
馬鹿なこと?
馬鹿なことって何だ?
戒めをこの身で受け止め、私は何が変わったんだ?
同じ思いをこの身で感じ、私は何を理解したんだ?
信じ続けたものを貫き通し、私は何を失ったんだ?
ようやく再会できるこの日が来ても、私は何ができるというのだ?
私にできることは……
もう何年も前に決めたことじゃないか?


チェンさん、待っててください。あなたは今まで……とても勇敢にやってきました。

ただ……今はまだ結論を出すべきではありません。私にも見せてください、チェンさん。私も彼女の今までが知りたい、みんな真実を知りたがっていますから。

あなたが知りたいのは、タルラがなぜあのように変わってしまったのかということ……

……そして私が知りたいのは、レユニオンがどういう人に追随してきたかということ。

彼女はすでにチェンの咆哮とタルラの嘲笑が聞こえたようだった。
彼女はすでにチェンの想いを理解したのだ。
「罠と知ってるのに、なぜここに来る?」
「その罠が本当かどうか判断しなければ、お前が救いようがないと証明できないからだ!」
「もしそうだったらどうする?」
「そうであったのなら私や後から来た奴らがお前を解脱しても、心に傷を負わなくて済む。後悔したいのなら、葬式のときに後悔すんだな!」

十個の指輪の中で、一つだけ紋様がひと際赤く光る指輪があった。

「なら私はいつやるべきなんだ?」
「やるべきと思った時にやればいい。」

新たに敵と向かい合うには新たに武器が必要になる。
壮大な悪と対抗するためには固い信念が必要になる。
かつてのアーミヤなら早く早く指輪の束縛を解こうと焦っていたが……今は違う。

「雲裂の剣、当立則立。」
チェンはひと時も逃げずに立ち向かってきたのだろうか?

チェン自身だろうとアーミヤだろうと、きっと違うと答えるはずだ。
チェンは数えきれないほど逃げてきたからだ。
しかし逃げ続けることは決してしなかった。

チェンの記憶、感情、それと彼女の数々の変化は……すべて、彼女の決心から来ている。
赤霄を握っていることが、その固い意志の証明だ。その鍛錬のさ中でも、チェンは変わらずにいた。ただ己を消沈させないようにしていたのだ。
赤霄の剣術もまた然り。
チェンはすでに決心したのだ。
アーミヤは静かに心に留めた。鞘に残った温もりが徐々に薄れてきたが、過去に見てきたチェンの記憶は未だ彼女の心に流れ続けてきている。
このときのアーミヤはいついかなる時よりも冷静でいた。彼女も決心したのだ。
そして彼女は指輪を解放した。真実を知るために。

火の海が彼女の目に映った。
しかし彼女はもう目を閉じることはしなかった――
彼女はこの姉妹の身に起こったすべてを目にしたのだ。

そして今、チェンはタルラの目の前に立っている。
赤霄が震わせている空気の中、ドラコの烈焔は刀身に触れた刹那に跡形もなく消失した、まるで赤霄がその熱波を飲み込んだかの如く。
肉親同士の殺し合いがそこにあった。
