ここだ。
……タルラ……別にそこまでしなくてもいいだろ、この感染者の牽引車は失踪してもう数か月にもなる、きっと治安維持隊に止められたんだろ、俺たちに出来ることなんてないさ。
せめて遺体だけでも見つけ出して、ほかの人たちに弁明したいんだ。
もし偵察員の報告通りなら、あいつらが失踪した場所は、たぶんこの辺りだ。
……
タルラ!もういい。あんなデタラメを信じる必要なんてない!
信じていないさ。
あの血も涙もない奴らなんて……あんな奴らなんか放っておけ!
あいつらは貫き通せなかったんだ、雪原を抜ける決心を!お前と一緒に戦ったっていうのに、お前が誰よりも怖いもの知らずって知らないはずがないだろ!?
タルラ、俺を信じろ、俺たちはみんなお前についていくって!
ボジョカスティ大尉だってウルサス帝国の軍人だったじゃねぇか?それでも彼こそが俺たちの中でも最も確固とした戦士だってみんな知ってる!みんな彼を信じてるじゃねぇか!
それはどうだろうな。彼は強すぎるあまり、確固しすぎるあまり、彼を信じない人たちがそれを口に出せないだけなのかもしれないぞ。
信頼というのは一瞬で崩壊しうるものだ。仮にいつか、パトリオット殿を信じる者が全員死んでしまえば、その後の者たちは以前の追随者のように彼を信じると思うか?
根も葉もない噂は人々を崩す。流言飛語が飛び交う以前は、潔白な人はもちろん潔白だし、信じる人も疑う人もみな潔白なんだ。
しかしそれが飛び交えば、人々は潔白ではなくなる。
でも、でもお前の出身がどう関係してくるっていうんだよ!?お前はあんな奴らのためにどれだけ血を無駄にした!?
大丈夫だ。落ち着け。
それに血を流すにも間に合わなかったさ。
はぁ……そんなこと言わないでくれ。
本当に一人で行くのか?ファウストは最近いつもボウガン使いの連中とくっついている、だから伸びも早い、遊撃隊が不在の今、あいつらと一緒に行くこともできるが……
同行してるほかの感染者の保護が最重要だ。我々は戦争をするために戦争しているのではない、同胞たちに生きていける世の中を創り上げるために戦っているんだ、それでは本末転倒じゃないか。
彼らの命こそがもっとも重要であることを忘れないでくれ。
この考えを絶対に途絶えさせてはならない。
じゃあ……気を付けるんだぞ。
安心してくれ。現地の人たちと交渉しに行くだけだ。何も問題はない。
付近の小さな村落
……
昔の私だったら、何の躊躇もなくガツガツ入っていっただろうな。
いつからこんな感じに変わってしまったんだろうか?
コソコソと、身を潜めながら……疑念とそれへの警戒が徐々に敵意と変わっていってしまった。
私は予想外が起こることを恐れているのか、それとも悲劇の再演か……?
貧しい村だな。きっと今年の収穫も良くなかったのだろう。それにみんな疲労困憊した顔をしてる。
(タルラが村を歩き回る足音)
おかしい、村は長らく転移していないはずなのに、村の入口に牽引車が走った痕跡がたくさん見られる。
組み立て場に廃材がある……村が捨てた牽引車のものではなさそうだ。チェックボックスも見当たらない。村の車両だったら、ボックスを外す必要なんてないはずなのに……
もうすぐ夜になってしまうな。ゴミ捨て場でもう少し様子を見にいこう。
(タルラが村を歩き回る足音)
おかしい。日常のゴミ以外に、ほかのゴミがまったく見当たらない。
消耗した源石を処理する機器も一つもない。ゴミ捨て場に設置していないとすれば、どこにあるんだ?
冬に入る頃には麦藁のカスや暖草の草ガラも見当たるはずだがそれすらない。食料に問題でも起こったのか?
……いや……違う。一緒に焼却したんだ。食糧庫を見に行ってみよう。
なんだこれは?一体……何が起こったんだ?
源石の破片が積もっている……それに地面がえぐられている。
なっ、引っ掻きの痕だ、食糧庫の門に引っ掻きの痕が――
あ――!
そこで何をやっている!?
タルラは後ろを向いた。
そこにウルサスの農民が構えていた、タルラの装いを見るなり手に持っている鍬を下ろした。
お代官様でしたか……何のご用でしょうか?声もかけられず村に入られて……
……
何のご用で村に?はじめてお見掛けしますが……憲兵の方でしょうか?
それとも、徴税の方でしょうか?源石税も食料も、全部徴税官様に納めたはずです!これ以上何も納められません。
私は感染者を調べにきた。
え、感染者ですか?わしらの村に感染者などおりませんが。
通った感染者を見かけなかったか?
いいえ、そのような人は。
情報が入ってるんだ。感染者がここを通ったのは確かだ。教えろ。
いやはや、さすがはお代官様、隠し通せられませぬな!
あの役立たず共め、誰もここを通らなかったと言ったはずだろうに。
……
なら本当なんだな。
そうですとも、奴らはみな恐ろしい武器を持っていました、まったく度肝を抜かれましたよ!
わしらは奴らに反抗することも、止めることもできませんでした。
そしてあろうことかわしらの食料を奪ったんです。よくもわしらの食料を、あの人間のクズどもめ、お代官様、どうかあの悪逆非道な感染者どもをとっ捕まえてくださいませ……
違う。
違う……
違う!
よくもそんなことが言えるな?
よくもそんなことを……
よくもそんなことを口に出せたな!
あ?
お代官様……?どうかなされましたか?
お前は彼らの泣き叫ぶ声が聞こえなかったのか!
彼らが助けてくれと……
彼らが食糧庫の門を引っ掻く音が聞こえたはずだろ!
ど、どうしたのですか……お代官様……
何かに憑りつかれたんですかい?
おーい、お前たち来てくれ!
このお代官様を見たことはあるか?どこから来たか分かるか?
ああ、わしも思った、喋り方がまったく違う!
……お前の言う通りだ!彼女は防護マスクをしていない……感染者を調査する役人がマスクをつけないことなんてないもんな?
お前は一体何者だ!?
……
早く答えろ!
感染者だ。
ん?
お前たちが殺した人たちと同じ、感染者だ。
……
確かに殺しはした、だがわしらに間違いはない。
お前は彼らをここに閉じ込めた。閉じ込めて死なせたんだな。
だったらなんだ?こちとら食料も尽きてしまっているんだぞ!
彼らを追い払うことはできた。村に入らせないようにすることも……お前が彼らを直接攻撃しようと、殺そうと、それだけだったら私もこう咎めはしなかった。
しかしお前たちは彼らを騙した、もぬけの空の倉庫に閉じ込め、門に鍵をかけ、彼らを餓死させた。
アーツも使えないほどに飢えていた……一文無しでここにやってきたというのに。お前たちを攻撃するつもりはなかったというのに、反撃する気力もなかったというのに、彼らだって普通の人間だというのに。
感染者のどこが普通の人間なんだ!?
よく聞け、この感染した人間もどきが……お前も道理を弁えているとは驚きだ!自分がどんな奴なのか理解しているのか?
お前たちは倉庫を封鎖して、源石結晶が安定するまで待ち、彼らの死体と干からびた源石もろとも処理した……
彼らだって家族がいた、親しい人も、行きたい場所もあった……だが今はもう骨すら残っていない。感染者の骨が残らないことは当たり前だ、だが今は、彼らの灰がどこに散ってしまったのかすら、もう知る由もなくなってしまった。
ならほかに方法があると?わしらだって食えずにいるんだ、わしらだって惨い生活を過ごしているんだぞ!
なぜ彼らを騙した?
……
何を言っているんだ?
感染者がどんな奴かなんて知れるわけがないだろ?それでどうすればいいというんだ?
言い訳だ。お前は彼らの飢えている姿を見た……手に何も持っていない姿を見たはずだ。
お前があんなことをしたのは……都合がよかったからだ。
お前たちは最初から……いや違うな。ハッ。
たとえここにやってきたのが感染者じゃない普通の人間だとしても、お前たちは同じ事をしただろうな。
……
(こいつも処理しなければならん。哨兵を呼べ!)
――
“お前も見ただろう、お前が何もかもを投げ売ったこの大地はお前の事を望んではいない”
やめろ。やめろ。
――
なら一体なんのご用だ?もう過ぎたことだ、誠に申し訳ございませんね、感染者様よ。
ただまあ、お前が村に来なかったことにしといてやらんでもない、前の奴らが来ていないようにな……ここから出て行けば許してやろう。
お前は彼らをどんな目で見た?
あ?そんなの、お前を見る目と同じように見ていたさ。
彼らを弱者として見ていたんだな、なら私はどう反抗すればいいかわからない弱者というわけか。
……チッ……感染者め!わかったならもう行け、わしらだって面倒ごとはごめんだからな!
なら彼らが許しを乞っていたときのお前たちは、どう答えてやったんだ?
(雷鳴とフラッシュバック)
“お前が考えている事が何もかも無くなっていくさまが見えるぞ”
やめろ。
貴様らのような卑劣な人間が憎い。
貴様らのような奴らがのうのうと生きている限り、この大地に安寧は決して訪れない。
感染者治安維持隊はもう三年も貴様らの村にはやって来ていない。
この村落を所有していた貴族も大反乱で死んだ、情勢が混沌を極める中、貴様らの村落はもう何年も管理されずにいる。
そういった状況下にも関わらず……貴様らは……あたかも自然と……貴様らとまったく関係のない人たちを殺した。
もし貴様らの心にほんの少しの善意があれば……彼らを見逃すこともできたはずだ。だが村中に彼らのわめき声が響こうと貴様らは微動だにせず、みすみす餓死させた。
ほんの少しの善意さえあれば、貴様らだろうとこれほど悪辣にはなりえなかったはずだというのに。
貴様らが憎い。
(雷鳴と燃え盛る音)
“お前は彼らがお前の尊敬する全てを捨て去る様を見ることになる、生命、尊厳、そして理念に意味はない”
やめろォォォォ!!