(戦闘音)
足りんな。それでは我が炎に勝つことはできないぞ。
はぁ、はぁ……
無知とはまた無勇なることだ。果たしてこのような演出を好む人がいるのかという話ではあるが?
チェン・ファイギ、貴様はいつまで他人のためにその剣を振るうのだ?一度でも己のために剣を抜いたことはあるか?
それに魔王とは、ハハハ……諸王庭は劣悪な失敗作を作り出してしまったということか。
足りない。足りないぞ、二人とも。
いいえ、もう十分です。
これ以上私の脳内に話しかけてくるのであれば、ぜひ君を私の思考内に招待してやりたいものだ。
もう十分です。
チェン警司の感情が……
赤霄を通じて私に伝わってきています。
以前までなら、私たちはなんの関係もありませんでした。しかしここで起こった出来事が私たちを繋げてくれました、私たち感染者の定めが私たちをここまで導いてくれました……
なぜなら私たちはみな、この大地の明日はきっと今日よりもいいものだと信じていますから。
ファイギは貴様とは違う、コータス。
ロドスは各政治実体におけるただの案山子にすぎん。そんな貴様は奴らのために同胞を殺害し、善良な様を偽り、混乱に乗じて利益を奪い取る機会を窺っているにすぎない。貴様らは感染者などどうでもいいと思っている。
あなたはこれ以上誰をさらうつもりなんですか?まだチェン警司を誑かすつもりですか?
あなたはタルラを通じてレユニオンをさらっていった、チェルノボーグを利用してウルサスの軍をさらっていった、利益をもってウルサス人をさらっていった、そして今また誰かをさらっていくつもりですか!?
あなたの嘘を見破るのは簡単です、なぜならあなたは結果と動機しか話さず、その途中で何が起こったかを話さないからです!あなたがタルラに下した許諾も同じです!
ほう……
あなたはチェン警司にもレユニオンにも感染者に安住の地を与えると約束した。
この大戦を終えれば最後には感染者は必ず立ち上がることができると約束しました、しかし、それがタルラであれば、彼女はそんな約束は決してしないはずです。
なぜならあの時の承諾はあまりにも深すぎるほど彼女を傷つけてしまったから……
アーミヤ!
チェン警司……?
アーミヤ……今更後悔している。もしもっと早く君と出会っていれば、多くの事態は違っていたのかもしれない。
だが私は多くの罪を犯してしまった、その事実が変わることはない。
あの時のチェン警司なら、今の私の考えを認めてはくれないと思います。
もう警司ではない。チェンでいい。
でしたら、チェンさん。
まあいいだろ、このほうがフォーマルだもんな。いや、フォーマル過ぎるか?
すまなかったな、私たち姉妹の見苦しい場面を見せてしまって。この再会はもっとコメディーチックな形になると思っていたが……もしくはもっと陳腐な形で。
いくら普通でも、久々の再会をしたら、感情は今と変わらなかったと思いますよ。
涙を流すことは陳腐ですか?私はそうは思いません、普通の人であればみんな涙を流すことはありますから。
口先がうまいな、コータス。精神攻撃も的確だ。
だが、雄弁は王庭と元老院を、征服議会と優柔不断な意気地なし者を説得するために用いり、盲目な兵士と短気な市民を煽動するために使うものだ……私にその口先を剥けても無駄だ。
「カズデルは三度の大火事によって滅びた。しかし幾度も再建し、無数の新たな血と、王庭の基盤を得ることができた、しかしかつて住んでいた民はみな灰燼と化してしまい、風に吹かれて散ってしまった。」
チェルノボーグで、貴様は一面の障碍を掲げ、私の呼吸の邪魔をした……貴様の犠牲となった勇敢な戦士は尊敬に値いする人物であった、だから貴様を逃した。
しかし今、貴様はすでに私に睥睨された。もう逃げられると思うな。
我が炎を味わってみるがいい、コータス。
まずい……!アーミヤ!早くこっちに来るんだ!
私は今彼女と話している、貴様ではない、妹よ。さあ――
――彼女の焼き焦げた匂いを嗅ぐがいい。
アーミヤ!!
烈焔は無形から有形と化し、白く眩しい火の波が四方八方からアーミヤを襲ってきた、彼女と彼女が踏みしめる地面を尽く埋め尽くしていった。
貴様ァ!
試してみるがいい、貴様は剣を抜き、果たして彼女諸共私のアーツを斬れるのかをな。
彼女を解放しろ!タルラ、彼女を放せ!お前が殺したいのは私のほうだろ!
もう遅い。
三分は経った。時間はもう十分稼げた。
彼女たちの意識は龍門とチェルノボーグを超え、彼女たちの記憶は北部に広がる荒野とウルサスの大地を超えた。
すでにチェンの思考を整えた。チェンの戦い方はすべてここに凝縮した。龍門とチェルノボーグ、そして北原のすべてをこの身に刻み込んだ。
黒色の線が炎の玉から噴き出すように現れ、徐々に集まり形を作っていき、炎の玉に裂け口を割った。
そして白い炎は忽然と消失したのだった。
……なんだと……
私の焔獄が斬り開かれただと……?
アーミヤは激しく息をしていた。
そして目を閉じた。
数多の思考がアーミヤの脳内で形を作り、またすぐさま霧散していった。
彼女はフロストノヴァの切歯扼腕するほどの悲鳴を聞いた。
彼女はウェンディゴの決して倒れることのない遺躯を見た。
彼女はアリーナのいつまでも続く囁きを聞いた。
彼女はAceやScout、エリートオペレーターたちがパーティでダンスしている場面を見た。
彼女はリサがオーブンからビスケットを焼き上げた場面を、ミミのお手製のバッジを、ワカヒルが停電した廊下を歩くときに胸にある淡い光と彼がふざけ気味に笑ったそばかす顔を思い出した。
彼女はお父さんとお母さんを思い出した。
彼女は自分がバイオリンの弓を持つときに肩に優しく添えられた母の手を思い出した、母の指は白くシュッとしていた、しかしバイオリンを弾く指の傷痕とタコが擦り、痛かった。
彼女は父が彼女を門の外へと押し出し父が地に落ちていった場面を見た。父が何を喋ってかは思い出せない。ただ父は目に涙を浮かばせ、さようなら、生きろ、アーミヤとだけを言い残していった。
彼女はテレジアが自分の胸に剣を突き刺した場面を見た。
テレジアがおやすみと言い電気を消した場面を見た。
テレジアが自分のために白い衣装を選んでくれたことを、自分より嬉しそうに笑っていた場面を見た。
彼女はドクターが自分の前を歩いている場面を見た。ドクターは振り向き、自分が傍に来るのを待ち、そして共に歩み続ける場面を見た。
彼女はサルカズを見た。
大きな火。それは同じとても大きな火だ。全てを焼き尽くしても、悪意ある大火は燃え尽きることは無かった。もともと邪悪は大火から生まれたのだと。
同じように大火に包まれた幕舎もあった、そのサルカズは大声で叫んだ。
俺たちはまた裏切られた!彼らは協定を破棄して、あいつらは俺達の駐屯地を急襲したんだ。
あいつらはただの一般人だったのに!あいつらは兵士じゃなかったのに!あいつらはただのサルカズ人なのに!!
どうして俺の妻と子供を殺した?どうして俺たち住民はこんな不公平な扱いを受けないといけないんだ!?
どうして俺たちは生きていく事が出来ないんだ!?
俺たちはただ安らかな土地が欲しいだけなのに!俺たちはそんな場所を見つけ出して生活したいだけなのに!
俺たちがサルカズだからか!?
アーミヤの涙は炎の中で蒸発した。
私たちが感染者だから?とアーミヤは問いを投げかけた。
彼らが憎いですか?とアーミヤは軽く問いを投げかけた。
俺たちはサルカズだからというだけで、ここまで冷酷無情で家畜にも及ばない姿で、この大地を生きることすらいけないのか?
そのサルカズは唸り声は炎舌を突き刺し、アーツを突き刺し、時代を突き刺した。
彼らは何か悪いことでもしたのか?彼らは無実なんじゃないのか!?
彼らを憎んでいますか?アーミやはそう囁いた
記憶は答えはしない。
だが、背の高いサルカズは、きっと誰かがその質問を投げかけてくる事が分かっていたようにこう言った。
いいや、彼は自分で自分に問いかけ続けているのかもしれない――
彼らは俺たちを憎んでいるのか!?理由も無く俺たちの同胞を殺し、約束をして翻意にして、罪を隠すためにより多くの罪を犯しやがった!
弄んでいるのか、それとも手遣いしているのか?これは利益を追うためなのか、それとも単純な虐待なのか?これらは彼らの一時的な偏執なのか、それとも骨の髄まで染み込んだ悪辣なのか?
彼らは憎むべきなのは俺たちなのか?
彼らは彼ら自身を憎むべきだ、自分の土地をこんな風にして、更には俺たち全員を悪者しやがって!
サルカズは剣を手に取った。
剣の隅々まで黒と青が浸透していき、剣の重みがアーミヤの肩に伝わり、剣はアーミヤの手にしっかりと握られていた。
俺は彼らが悪いのだろうか?
怒りだ、怒りしかない。
終わりのない怒り。この大地の全ての苦痛と不公平への怒り
サルカズは一線を突き破り、アーミヤの心を突き破った、
憎しみでは憎しみも恨みにも勝てない。悪意のある者を育てたとしてどうして悪意に勝つことが出来る?
だが……怒りは違う。
報復せずとも恨まずとも、私には永遠に怒り続ける権利がある!サルカズはそう怒鳴った。
もし彼らがこんな結末を考えていなかったのであれば、彼らはこんなことすべきじゃなかった!
炎は彼の叫びの中で震え、萎縮し、自嘲するようにオレンジ色は青色に変わっていった。青色の炎はよりますます燃え盛った。
サルカズは長剣を抜いた。その剣は長く鋭い。青い気炎は黒い刀身を伝って滑り落ちた。
彼の怒りは高まった。
これが結果というのならば、来るが良い!その結果を渡してやる!俺たち全員に持ってくるが良い…お前たちの手で!
この大地が武器を捨てることを許さないのであれば、最後まで剣を持ち戦うしか無い!
アーミヤは知っていた、誓いに背いた者を皆殺しにしたあと、高大なサルカズは自尽したことを。
この剣がその後灰と化し、今まで存在していなかったかのようなことも、アーミヤは知っている。
しかしサルカズの君主の青い憤怒は、とうの昔から彼の体験と共に、アーミヤの一部となっていたのだった。
「抜刀の技よ、当破即破。」
「涙峰の技よ、当断即断。」
「涙峰の剣よ、当棄即棄。」
「雲裂の剣よ、当立則立。」
数多の記憶がアーミヤの脳内に流れ込んでいった、時代という名の洪水がアーミヤの意識の中で滾っていた。
決していい結末とは言えないだろう。しかしアーミヤにはもう時間がなかった。
アーミヤはチェンの怒りに満ちた目を見た。
アーミヤはタルラの炎を見た。
彼女たちはここで決着しなければならないと、アーミヤは理解していた。
この怒りの剣がただの過去の剣ではないことも。今この時にある剣であるべきことも。
そしてアーミヤはしっかりと剣の柄を握りしめた。
……剣が……
……剣か。
紡ぎから切除へ性質を変化した。中に含まれているエネルギーは変わっていないというのに、形だけが変化したのか。
本物だったか。コータス、おめでとう。
貴様は破片でも、試験品でも、ただの模倣者でもない。
貴様は確かにサルカズの君主……人類の敵だ。
いいえ、あなたの目の前に立っているのはただの感染者です。
一人の……ただの人です。
一体何が……言葉が出ない。
アーミヤ、君のそれは……魔法か何かなのか?
これが何かについてですが、今はそれほど重要なものではありません……
確かにな。だが重要ではないかと言われればそれは違う、プライドに関わる問題だからな。なぜ赤霄と見た目が大差ない剣を握っているんだ?なぜ私が十数年かけて習得した剣術を一瞬にして得たんだ?
(チェンさんって……ここまで自尊心が高かったんですか!?)
だがこの話は、あとにしよう。その剣、どれぐらい赤霄と似ているんだ?
もう一本の赤霄と思ってくれればと。
分かった、アーミヤ。それと剣術はどのくらい習得した?
すべてです。この目で見て、あなたの心の中から見つけたものですから、すべて習得しました。
……私の心の中から何を見つけ出したんだ?
えっと、チェンさん……だ、大丈夫ですよ、チェンさんの私に学んでほしいものしか見ていませんから。私もちゃんと弁えていますから、だからその、全部は見てませんよ。
なら全部忘れてくれ。
あのウェイも言ってた、赤霄を根本から使役したいのであれば、剣術を頼りにするのではなく、心境を頼りにすることだと。
いつも適当なことを言ってるとしか思えないが、でも奴の剣術の造詣は本物だ、私が一生かけても追いつけないほどの。
だから、奴と商談や会談するときは適当に相槌を合わせるだけでいい、だが剣を使役したのであれば、私の言うことと、奴の言うことにしっかりと耳を向けろ!
はい!
剣は二本あったはずだ。貴様はあえて赤霄という邪悪な武器を選ぶか。
武器に善悪があると思うか?この大地にある武器の中で、お前より邪悪な武器があると思うか?
アーミヤ、いいかよく聞け……!
もし君の怒りが私の怒りとまったく同一のものであれば、私たちの剣も違うことはない!
行くぞ、アーミヤ!彼女の生死はひとまず放っておけ!
え!?本当にそれでいいんですか……?
今こちらに選択肢があるとは思うな!
そのような武器で貴様らは自信を得たというのか?
猿芝居はもう見た、二度も見たくはない。
なら貴様の剣を試してみるといい、コータス。貴様がどれほどの技を繰り出せるか私に見せてみるがいい。
(タルラ?のアーツが発動する音)
遅い!赤霄!
抜刀!
あぁ……
(ケルシー先生の言ってた通り、赤霄は確実にアーツを切断できる剣のようですね……!)
次々と周囲のすべてを飲み込む無形の炎は、青黒色と赤色の一閃が煌めいたあとに跡形もなく消え失せた。
(タルラの傷口から血が滴る音)
傷だと。
そんな馬鹿な……
真なる怨恨の意志から蘇った私が、この身体が傷を負っただと。
指しか傷つけられませんでした……彼女のアーツに含まれているエネルギー量、あまりにも膨大すぎます!
だがその小さな傷を見くびるな!
たとえ小さな傷しか与えられなかったとしても、百も千もの傷を与えて続ければ、彼女とていずれは失血して死に至るはずだ!
そう悲しいことを言わないでもらいたいが。
化けの皮を被った悪魔め、どの口がそれを言っているんだ?
龍門近衛局もよくもまあ、このようなお人よしを育ててきたものだ。
他者と共に肉親の身体を傷つけ、それを喜びとしてるとはな、ファイギ。
もう一度言ってみろ?
私を殺したいのであれば、さっさとそうするがいい、ファイギ。
タルラ……
私はもう引き返すことはできなくなってしまった。私はすべてが憎い。貴様も憎い。貴様を育てたあの地が憎い。貴様をそのように育てたすべてが憎い。
さあ殺せ、解脱させてくれ。でなければ、私が貴様を殺す。
せめて……せめて……ファイギ、……私にお前を殺させないでくれ。お前を殺したくはない……殺すわけには……
お前のせいで私がこうなってしまったとしても。
……私は……二十年前のあのとき、私は……
だが貴様は私の手を引いてはくれなかった。
貴様は逃げたのだ、委縮したのだ、ファイギ。私がこのような姿になったのは……私がこのような醜い姿になったのは……すべて貴様のせいだ。
あ……
あの夜、大雨が降っていたあの夜……
貴様はなぜ喜んであの邪龍の元に残ろうとした?
奴は我が父を、私の母さんを死に追いやった……私たちを離れ離れにさせたのだぞ!
そして今、貴様はそれでも奴の手助けをするつもりなのか?
嘘です!
チェンさん、惑わされずによく思い出してください……
あの夜に起こった本当の出来事は何だったのですか?
……
あの日は晴れの日だった。間違えるはずがない……あの日の夜は、月も、星もなかった――
お前が私を引っ張っていってくれたあの日は、昼だった。明るい昼の日だった。
つまり……
まさか。タルラ、コシチェイのアーツは彼の死後に発動したのではなく……
すでにあの時から、あなたにそのアーツをかけていたのですか?
思い出してください。あなたの思考がどれだけ捻じ曲げられてしまったのかを、どれだけの記憶が遮られてしまったのかを。
たとえ彼があなたの記憶を改竄させていなかったとしても、あなたの記憶のある不確かなものは、確実に彼に利用されています!
タルラ、もしあなたがまだタルラなのであれば――
たとえあなたが戦争を起こそうとしても、より多くの人々を犠牲にしようと……
あなたは自分のために、人々を無価値に死なせるつもりなのですか?
犠牲になる人は、本当はあなたがその最初の人なのではないのですか?
スノーデビルたちやフロストノヴァさんを助けずに死なせるつもりですか?パトリオットさんが守ってきたものを悪用し、あなたが尊敬する彼を打ち滅ぼすつもりですか?無数のウルサス人を、無数の感染者を、それで死なせるつもりなのですか?
もういい。貴様が何を言おうと我が意志が揺らぐことは決してない。
貴様らは動きも、リズムも完全に一致している……気味が悪いぐらいにな。
だが剣が二本増えたところで私をどうこうする事は出来ない。
貴様らの体力は徐々にすり減っていき、私の炎はより激しく燃え盛る。
剣が貴様らの手足のその先なのであれば、私は力そのものだ。貴様らは疲労により膝を崩し、そして私が貴様らの命を刈り取ろう。
タルラ、目を開いてよく見てください……このような結末、このような惨劇が、あなたが求めていたものですか?
これがあなたが求めていたものなのですか!?
黙れ!
いつまでも殻に閉じこもっても意味はない。私を見ろ。
アーミヤは頭を上げた。
まるで事実を述べるように、彼女はそう言葉にした。
チェンはアーミヤを覗いた、傍にいるこの小さな女の子は十分前のアーミヤとはまるで別人のようだった。
驚くことに口調もまるで違っていた、この感覚、口調の三分の一はまだアーミヤ本人のもので、もう三分の一は見事に自分の口調を真似たものであった、そして最後の三分一は……
チェンにも分からなかった。
ドラコは唇を固く結んだ。
幾度も言葉を飲む込んだあと、彼女はようやく口を開いた。
また誰かの記憶を覗いたのか?誰かの遺言を聞いたのか?
コータス、腐朽した字句を繰り返すのを好むのは死にゆく者だけだ。過去のすべてをもってしても私を傷つけることはできない。
それと同時に、彼女は剣の柄を叩きながら、軽く目の前に揺蕩う空気を払い、高温を己と同じ二人の感染者にまいた。
(アーツの発動音とチェンが走る足音)
チェンが大きく吠える。彼女が剣を抜くとき、この一撃はアーミヤにやらせたほうがいいと、忽然とそう思ったのだった。
赤霄、奔夜!
(斬撃音)
彼女はチェンのほうに向き、少しだけはにかんだ。
えっと、ごめんなさい、剣術は、こんな感じでいいんですよね?
藍色?いや黒色か……おそらくは青に近い色だろう。とても美しかった。それに比べて赤霄はなん血なまぐさい事か。
この戦いも赤霄のそれと同じようなものなのだろうと、チェンは思った。
酸素供給装置はすでに戦闘で灰になってしまった、酸素の箱を背負って火を吹く龍とやりあうのは自殺行為にも等しい。
しかしチェンはケチって余分な装備を捨てなかった、この期に及んでも自分はなんて規則に融通は利かないのだろうかと、チェンは深く身に染みた。
アーミヤ、もう時間がない、あいつはここの酸素をすべて燃やし尽くす気だ。
傍にいる小さなウサギとて百戦錬磨だ、わざわざ言わなくとも分かっていることだ、しかし己の注意力を集中させるには十分だった。
こうする理由は一つだけだった、チェンの注意力はすでに散漫としていたのだ。チェンは深く深く呼吸を入れた。
今の自分はちっとも冷静ではない。
鞘に束縛されていることを嫌がっているのか、鋭い赤霄は鞘の中で激しく振動していた、それとも猛烈な解放のために狂うほど抑圧されたいたのだろうか。
いや、もしかしたら自分の手が震えているだけなのかもしれない。
赤霄を携えて幾年月が経った、今回ばかり……今回ばかりは、チェンも確かに赤霄の強靭さを感じざるを得なかった、剣を握りしめることができないのではないかと恐れているが、それでもこの剣と共に狂喜せざるを得ない。
そしてチェンは理解した。赤霄に意志なんてない、その意志は赤霄を使役する人によるものなのだと。
以前の彼女は赤霄が抜けなかったのではない。剣を抜く必要がある場面に遭遇しなかっただけなのだ。
そして今、目の前の轟々と燃え盛っている炎が、目の前の悪人が、久しく再会した友人が、肉親でもある罪人が、重く彼女に身に押しかかった。
震えは止まり、チェンは思った、ようやくこの時が来た、赤霄も待ちくたびれた。
自身も待ちくたびれたことを。
チェンさん、少しだけ待ってください。私たちでも彼女を傷つけられる、そんな力があるのかもしれません。
ただ彼女を殺したところで意味はありません。
アーミヤも果たして今話しているのは自分なのかと疑問に思っていた。
彼女は自身がまるで鋭利な刃、不公平と惨事によって曲げられた刀身のように思っていた、しかしそれだとしても、この刀身と刃の鋭さはいずれ必ずもとに戻ると、むしろアーミヤは強く思った。
自分はまるでチェンさんになったみたいだ。
それも悪くない。だがチェンさんに完全になりきることはできない。
アーミヤはタルラに目を向けた。
チェンさん、以前のあなたは、犯人たちを鞭で打ったり侮辱するために彼らを捕らえていたのですか?彼らの命を奪うために彼らを捕らえていたのですか?
彼女の名もなき怒りの炎はチェンのそれとは違っていた。彼女は裏切りを感じ、駆使されているのを感じ、孤立を感じていた、彼女は今未だ終わらぬ物語を、暗くとも未だそこにある未来を体験しているのだ。
それはただの結末にしかなりません、たぶん。何より私たちにはそのような権利はありませんから。
分かっています、それで彼女の疑惑を晴らすには容易すぎると、あなたは言うでしょう。
しかし、チェン警司……いいえ、チェンさん。それは違います。
彼女の疑惑が晴れるかどうかは、事件を解決したあとでないと分かりません。
チェンは血がにじみ出るまで、唇を噛み締めた。肉親同士の殺し合い、彼女がこんなことで喜びを感じるはずがあるだろうか?彼女は答えられなかった。
彼女はたまらず赤霄を掲げた。
そしてため息を一息ついた。
そうだな。それはただの結末にすぎない。まずはあいつに罪相応の罰を与える。死は判決のあとに留めておこう。
貴様らはどこからそんな自信を得ている?
自信などではない、バケモノめ。
これは責任だ。
チェンは堂々と胸を張った。
私たちには義務があります。
しかしコシチェイ、あなたには何もない。
あなたのその身体は所詮は借りもの、あなたの嘘は見破られ、あなたの炎は赤霄の前で霧散するでしょう。
あなたはここを戦場として選び、己の武器と偽装の上に地盤を置き、コアシティからは離れなかった、それがあなたの傲慢さであり、愚かさでもあります。
今、あなたは繭で己を包み己を縛り上げた、もう逃げ場などありません。