いててて……
我慢してね、すぐ済ませるから。
ぐわあああああ!
黙れ!静かにしろ!
傷を負ったのなら安置所に行け、ここで叫ぶな。
ごめんなさいごめんなさい、今あっちすごく列が並んでいるから、先に応急措置させてるんです、すぐに終わりますから。
チッ。
……彼が言ってたのって医務室のことだよね、どうして安置所って呼ばれてるの?
ああ、それはここの医務室と安置所は繋がってるからだよ、それに医者も納棺師も同じ人だからな。
それにその人もなんか不気味なんだよ、看守はおろか、俺たちだって普段からあそこには行きたくねぇんだ。
ただ集団ケンカのあとは仕方なくあそこで治療を受けに行ってるだけなんだよ。
そんでいつしかあそこは安置所って呼ばれるようになったってわけだ。
(ドゥーマが何処からともなく現れる音)
お手伝いが必要かしら?
ひぃ!ドゥーマさん、い、いたのかよ。
いや、さっきのは冗談つうか、なんつうか……
いいのよ、気にしてないから。
それよりも、医務室に来たらどう?
い、いや大丈夫だ、このお嬢ちゃんが手当てしてくれたからよ。
うん、この人は私に任せてくれればいいから。
……いい腕してるわね、じゃああなたに任せるわ。
(ドゥーマが消え去る音)
分かった。
ふぅ……
彼女が怖いの?
怖いってんなら……そこまでじゃねぇ、なんせドゥーマさんに借りがある連中は大勢いるからな、だがやっぱりちょっと不気味なんだよ、だからあんまり近づきたくねぇんだ。
そうなんだ。
これでよし、腕動かしてみて。
……おぉ、だいぶマシになったぜ。
中々いい腕してるじゃねぇか、ロビン、昔なんかやってたのか?
昔は……個人警備会社で働いていただけだよ。
個人警備会社?だったら結構稼いでたんじゃねぇの?
それに優しい性格もしてるしよ、お前みたいな人が犯罪で刑務所に入れられるなんて想像つかねぇぜ。
……私の父さんが失業してからずっと落ち込んでて、ずっとお酒ばっかり飲むから、肝臓に大きな病気が見つかっちゃったんだ、とても払えそうにない医療費だから、イチかバチかでそれで……
そうなのか、チッチッ、お前も大変だったな。
あなたは?
俺か?へっ、俺は商売人だったんだ、でも女房が色男とつるんで俺を殺して俺の財産を根こそぎ奪うつもりだったから、逆に殺してしまったってわけ、単純だろ。
……
とにかく、借りができちまったな。
俺はここに入れられてもう何年にもなる、多少ここの事情も知ってるから、何かあったら俺に聞いてきてくれ。
普段A区かB区の人がC区の塔に入るところを見かけるけど、どうやって入ってるの?
ん?ああ、あいつらか。
あいつらはC区にいる旦那たちの独房の掃除当番にさせられてるんだよ。
独房掃除?
ああ、ここって実は看守以外のスタッフがすげー少ねぇんだ。
州立の刑務所で、待遇の悪くはないんだが、なんせ刑務所で働きたい人なんてそうそういねぇだろ、それに年がら年中荒野を走る刑務所にだからさ。
普段なら刑務所の仕事は、都市に停留してる時、スタッフを何人か雇って、停留してるスキにちゃっちゃと終わらせてるんだ。
終わらなかったらそいつらも連れて行かなきゃならねぇ、そんで終わったら迎えがそいつらを都市に返す、あるいは次の都市に下ろして返すとかだな。
前回からセントソフィー市に停留していた時に何人か雇って内装工事してるが、もうセントソフィー市を出て半月になるのにまだ工事してやがるんだよ。
あ、じゃああのあちこち行ったり来たりしてる人って実は刑務所の人じゃないんだ。
そういうことだ、ちょうどいい、あそこを見てみろ。
(コソコソ)
(コソコソ)
ミーナさん、なんでこんなところにいるんですか?
あ、ごめんなさい、お手洗いを探してたんですけど、迷子になっちゃって。
あ、大丈夫ですよ、立ち入り禁止の場所じゃなければ、お好きに移動していいって、隊長も言っていましたから。
だが貴様!用がなければこんなところでボケっとするな、さっさと自分の牢に戻れ!
へーい――
見てみろ、あいつらは刑務所の人間ではないから賓客として扱われてるんだ、所長だって、しっかりとおもてなしするようにって命令を出すぐらいのな。
いい気になってる看守どもがあいつらを見かけるなりにヘコヘコしやがるんだ、見るたびにいい気分だぜ、へへ。
チッ、そこの二人何をまだベラベラと喋っているんだ?
へへ、看守殿、新入りがいるんです、もうちょい勘弁してくれませんかね。
(A区囚人Aが賄賂を看守に渡した)
ふん、ならあと5分くれてやる。
(看守が立ち去る足音)
どうしてそんなものを……
へっ、ここに長くいれば、何かしらは手に入るもんなんだよ。
欲しいんだったら、少しだけ分けてあげてもいいぜ。
いや大丈夫、それより、C区に入っていく囚人たちのことだけど……
ああそうだったな、とにかくここは人手が不足してるんだ、でもだからといって清掃をほったらかしにするわけにもいかねぇだろ。
それにあの看守どもが自分たちで掃除すると思うか?
だから彼らに掃除させているの?
そういうことだ。
C区だけじゃねぇぜ、ほかの区だって同じさ、刑務所の清掃は全部俺たち囚人がやってるんだよ。
だが勘違いしないでくれ、いいことだってあるんだ。
工場で仕事しなくていい上に、息抜きに歩き回れるんだぜ。
外の景色が見える看守でしか通れない廊下にだって行けるんだぜ。
廊下?
へへ、知らねぇだろ、ここの二階には廊下があるんだ、関連スタッフしか入れない廊下だな、あそこからだと外の景色が一望できるんだぜ。
一回行ったことがあるんだ、いやいや、中々のモンだったよ。
でもここの看守どもは本当にムカつくよな。
ある時俺を見張ってた看守が外に立ててあった看板を俺に見せて、わざわざ囚人たちのために立ててやったんだって言ったんだ。
そんであの時口が滑っちまって誰に立てたんだって聞いたんだ、そしたら、「脱獄」した囚人のために立てたんだって答えたんだ。
ここには自分の実力で脱獄できる奴もいれば、あいつらにわざと釈放された奴もいるんだ。
なんでそんなことをするの?
逃げ出したとしても全員最後は荒野で野垂れ死ぬからだよ。
……都市に停泊してる時に脱獄すればいいんじゃないの?
へっ、お前の言う通り、だがほかの連中がそんなこと思いつかねぇわけねぇだろ?しかしな、毎回都市に停泊してる時期の看守どもは、いつもよりとんでもなく目が冴えてるんだ。
だからあのアンソニーだろうと逃げ出すことはできねぇ。
アンソニー……
へへ、だがまあ俺が言うのもなんだが、あいつは逃げ出す必要なんてまったくねぇんだよ。
それはどうして?
アンソニーも囚人だが、ここであいつを上に見ない奴なんていると思うか?あの看守どもだってあいつと話すときは声がか細くなるぐらいだ。
あいつは揉め事は起こさねぇが、実力とカリスマは確かなものだ。
知ってるか、地下にある図書館はあいつが所長に提言して建てさせたんだぜ?
すごい……
へへ、あんまり言いふらさないでくれよ、実は俺たちみんな心の中ではこう思ってるんだ、アンソニーがずっとこの刑務所に居続けたいってんなら……
所長さえいなければ、あいつこそがこの刑務所の主だってな。
……
だがお前と同じように、アンソニーみたいな人が、なんで刑務所にぶち込められたんだろうな、それにあんなに長く居座ってんのに何も起こしてないときた。
……
お前達会話時間が長すぎるぞ、さっさと自分の牢に戻れ。
へいへい、すぐに、すぐに戻りますから。
傷もだいぶマシになっただろう。
え?ああ大丈夫だ大丈夫だ、ロビンがいい腕してたんで、だいぶマシになりましたよ。
……
ならもたもたしてないでさっさと戻れ。
(あの人、さっきチラッと私のほうを……)
へ、あの看守が俺を心配したとはな、鳥肌が立っちまったぜ。
んじゃ今日はこの辺にしておこう、何かあったら俺のところに来な。
分かった、ありがとう。
……父さん、あのアンソニー、噂よりもよっぽど手強そうだよ。
(無線音)
誰?
今日どこかで金を手に入れたんじゃないのか?
あんたが「嘆きのJ」?
そうだ、その金をお前の父の治療代にでも使ってやれ。
もちろん、もっといい生活を送るために使っても問題ない。むしろ、個人的にはそっちのほうをおすすめがね。
……どうして私にこのお金を?
私はとても嘆いているからだ。
だが、父親を治療したくとも、おそらくそれだけでは足りないだろう。
……要求はなに?
察しがいいねぇ、ミス・ロビン、そういう人と話すのは好きだよ。
なら単刀直入に言おう、君に――
マンスフィールド刑務所に入って、一人の男を殺してほしい。
マンスフィールド?あそこは決して脱出できない刑務所って噂だけど。
その点についてはご心配なく、依頼を終えれば、こちらが必ず君を脱出させよう。
受けるか受けないかじっくり考えるといい、ミス・ロビン。
危険なのは承知しているよ、よくないってことも。
でも……父さんの病気のためにも、私頑張るから。