
古より、道が一尺高くなれば、魔も一丈高くなるという、天災人禍、尽く蒼生を苦しまんと。
ただし、正に所謂人は天に勝るが定め、邪は正を干てずともいう。
豪侠義士、四方を行くが、道は決して平らではない、抜刀相助し、書林の隠れ処を覗き見れば、そこには幾多の俊逸儒流があったのだ。
ああ!まさにいわゆる「美食美酒美景、美人美善美談」なり、古の英雄豪傑たちは、皆一身に質実剛健だったのだ。

およよ、きっと蒼天が私を憐れんでくれたのだ、ここで命を絶つべからずと……あの凶悪な畜生共を思い出すと、ついカッなってしまってね!ただちょっと巣窟をお邪魔しただけだというのに、そこまでするもんかね!

幸い貴人のお二方が助けて頂いたおかげで、私もこうして無事に脱出できたもの。俗にいう、大恩に謝は言わず、私が恩人様のお二方に一つ占って進ぜよう……謝意という代わりに、如何かな?

……はぁ。

じゃあその占い本を見せてくれないか、暇つぶしにはなりそうだし……

オホン!あはは、ラヴァ嬢、それはいけないよ、いわゆる人を言う時は短所を言わず、殴る時は顔を殴らずと言うし――

単刀直入に言え。

いやぁ、やはりラヴァ嬢の慧眼はまさに灯火が如しですなぁ!俗に言う船を漕ぐなら岸まで漕げよ、人を助けるなら徹底的にせよ。お二方は私からあの畜生共を追い返いしてくれた、ただ実を言うとね……

荷物をすべて失くしてしまったんだ。そう、携帯食に路銀、地図に、テントに、証明書、それと替えの服や私のかわいいお急須まで……うむ、すべてだ。

なんせ車ごと湖に沈んでしまったからね、あははは。

……釣り竿と扇は残ってるじゃないか、お前本当にトランスポーターか?

あはは、はは、はぁ、実はちょっと隠し事があったのだが……どうせ見抜かれてしまうんだ、ならどうか私をトランスポーターとして扱って頂きたい。

だから私たちと一緒についていきたいと?

その通り!

うーん……

およよ、お二方にも私事があるのは重々存じてる、私もこれ以上恩人様方に厄介を被るのは忍びないとも思っているさ……

ただここから三百里先に、名を泥翁鎮という風光明媚な村があるんだ。そこに宿場で、粗い椅子に腰かけ、粗茶を飲んで、ひとしきりのことをすれば、私も再び身なりを整えられる、それ以降はもう皆にご迷惑をおかけしないので!

ついてくるのは別に問題ないが……ただ今あの鉗獣は刺激されて、攻撃性が高くなっている、本当についていくにしても、まずあいつらが安静になってからだぞ。

いやはや、皆には迷惑をかけてばかりだ、本当に申し訳ない。

しかしあのクルースという恩人様はどうしてまだ帰ってきていないのだ?野獣の数は多い、本当に助太刀は必要ないのかい?

本当に助太刀できる実力があるんだったら、なんでさっきまで鉗獣に追い掛け回されていたんだ?大人しく待っていればいいんだよ。

しかしお二方は私の救ってくださった大恩がある、それにあの恩人様を独り身で危険を冒しているだ、実に忍び難い。

ならこうしよう、ここにまだストレッチ……あいや、伝家の秘訣書がある、計り知れない価値があるうえ、スタイル改善の効果は絶大だ、お二方の恩返しとしてこれを差し上げよう!

ちょっと黙ってくれないか?

仰せのままに。

……

……

……

……やっぱいい、そんなジロジロとこっちを見るな、聞きたいことがあるなら言え。

では、恩人様、その恰好を見るに、ここ付近の村の者ではないね?

ああ。

では炎国人でもないと?

違う。

ではどちらからいらしたのかな?東国?それともウルサス?もしくはそれよりさらに遠く、四方を遊歴した騎士とか?異邦人にはよくそのような奇々怪々な習慣があると聞くが、それは誠か?

私はそんなんじゃ……私は……はぁ。

どうしても知りたいっていうんだったら、私はヴィクトリア人だ。

ほう……ヴィクトリアとな、なるほど、その国なら、私もよく知ってるよ。

どこにあるのかすら知らないだろ。

あはは、異国異事など、城内の旦那様方しか気にしないからね、私たちみたいな片田舎の者など、考えたところでなんにもならないさ。

ただ異郷からの来客はめったに見ないものでね、しかも恩人様は流暢な炎国語を話されているときた、そこがとても気になっていたのだよ。

(大炎語は一夜漬けでちょろっと覚えただけなんだが……まあいいか。)

おっ、クルースが戻ってきたぞ。

いやぁ、クルース嬢、いやクルース様、お疲れ様です、いやお疲れでしょう、傷は受けていないかい?私が肩を揉んであげようか?それとも足を敲いてあげようか?

ここに万病を治す秘伝の霊薬がある、本来なら計り知れない価値があるのだが、恩人様に救われた身だ、歯を噛み締めて、これを差し上げよう。

……全部失くしたんじゃなかったのか?

天下を渡り歩くための必需品を入れた予備のポーチがあったのでね。私みたいな慣れた者はみなこうするのさ。

はいはい、わかったから、好きにしろ。それで前方の状況はどうだった?


いたのは可哀そうな鉗獣たちだけだったよ、新しいお家を探してあげたら、静かになってくれたよ。

これでまた進めるようになった、だよね?あそこの葦の群れを超えて、川を沿って下れば、山が見えるところまで行けるんだよね?

ほほう、鉗獣に新居を探してあげたと?

……とにかく、解決できてよかったな、さっさと進もう。

クルース、この可哀そうなトランスポーターが私たちについていきたいとよ、泥翁鎮までだ、問題はないか?

大丈夫だよぉ、今の隊長はラヴァちゃんだから、ラヴァちゃんの言うことに従うよ。

隊長殿であったか!これは失敬した!

失敬失敬~。

ノらなくていい……

そういえばさっきから聞いてなかったが、どう呼べばいいんだ?

私かい?私はしがいないトランスポーターだ、名を名乗る必要などあろうか?そうでしょ、あはは――

ふーん?

――しかしずっとお二方の目を誤魔化すのも非礼、面目を失うというもの!ふむ……では……ウユウと呼んでくだされば。

絶対さっき思いついた名前だろ!?

いやいや!とんでもない!


うーん……その泥翁鎮って、灰斉山の麓にあるんだよね?

その通り、さすが恩人様は見聞が広いですな!あんな小さな村もその耳に届いているとは!

そりゃあちょうど向かう道の途中にあるからね!

こうしよっか、ウユウさん、私たちはあなたを保護した、だから目的地についたら、あなたにも一つ手伝ってもらいたいんだ。

問題ない!お任せあれ!どうせ車は湖の底なんだ、救援隊が引き上げてくれるまで、私もやることがないしね。

およよ……俗にいう、一滴の水のような恩にも、湧き出る泉のような大きさでこれに報いるべし!こんなにも早くお二方にご恩を返せるチャンスが渡ってきたとは、やはり天は見られておるのだ、天に感謝を!

その涙ぐんだ誠心誠意な姿を見るとことあるごとに給料が天引きされてるあの人のことを思い出しちゃうよ。

まあいいや、隊長、どうする?

なにこっちに責任転嫁しようとしてんだ?

恩人様!恩人様や!どうか私めに機会を!

うーん……まあ確かに現地の人がいれば便利ではあるな、ニェンのヤツがくれた情報も中途半端だし……炎国の地理環境も詳しくないしなぁ、案内人も見つからないだろうし……

はぁ、クロージャはなんであいつのこんな面倒臭いことを承認したんだよ。

だって最近の彼女いつもと違ってやる気で溢れていたからね。

麻雀と火鍋以外、何かしたか?

まあまあそう言わずに、ニェンさんがもしラヴァちゃんがそんな目で見ていたことを知っちゃたら、きっとすごく悲しんじゃうよ。

あいつなら慣れてるよ。アタシもあいつももう慣れっこだ。アタシはただあいつがこんな面倒ごとを押し付けたことに文句を言ってるだけだよ。

……

おっと……すまん、まずは先に情報を共有すべきだったな、ウユウさん。

かたじけない、恩人様がおっしゃったことは、必ず心身に深く刻みこみ、毎晩寝る前に三回繰り返し、目覚めたらまた三回繰り返して――

いや、そこまでしなくていい……

アタシらの任務は簡単だ、人を一人探している。

一か月前
ロドス本艦

えー、まあ、というわけだ、お前たちに妹を連れてきてもらいたい。

何がというわけだだよ!何にも話してねぇじゃねぇか!

なんだよ、ちゃんと事細かく話したじゃねぇか?

「佳節に逢う毎に倍親を思う」だけでわかるか!?

姉なら自然と妹を思うのは当然だろ、これでも説明が足りないっていうのか?普段お前の姉がお前をどう思ってるかなんて、自分が一番よくわかってるだろ?

その例えだと余計手伝いたくなくなることは一先ず置いといて――

――わかった、お前の家庭の事情が複雑だったとしよう、それでもロドスの現在の位置から大炎の奥地に向かうには、莫大な人力と物力が必要なんだぞ。

クロージャがそんな簡単に承認してくれるわけ――

ああ、それならもう承は取ってあるぞ。

……

承認だけじゃなく、クルースも連れてっていいって言ってたぞ。

いやなに、クルースも十中八九大炎の山水を楽しみたいんだろ、あそこは確かにいい、彼女も最近は硝煙瘴気まみれの中を潜り抜けてきたんだ、そろそろ休暇を取ってやらんとな。

お、お前どうやってクロージャから承認を――?

ははっ、そんな詐欺師を見るような目で見てくれるなよ、今回ばかりは全身全霊かけてロドスにお願いしたんだぞ。

はぁ……またエンジニア部門に迷惑をかけたのか?

あいつらに比類なき価値がする実験材料を与えたやったことが迷惑だというのなら、まあ……確かそうなるな。

人類じゃめったにそういうものは手に入れられないだろ、もし順調にいけば、今後ロドスは国家トップクラスの精鋭が身に着ける制式装備が手に入るかもしれねぇんだぞ……順調だったらな。

またなにを作ったんだ……?

聞かないでくれ、ちょっとした一時の余興だ。

私の長年会わずにいるかわいい妹、シー。その名を知るだけで十分だ、そん時になったら一目でわかるよ、そんじゃ頼んだぞ。

なんで自分で行かないんだ?

あいつはずっと私を避けてきたんだ、私が行くのは無粋ってもんだろ?

……わかった、お前実は大してやる気も……

おい。

ただまあクロージャの承認済ならしかたない……ったく……あとでちゃんとお礼をしてもらうからな。

それでこそ私のいい子ちゃんのラヴァだ……ついでにお前の制服も一通り改造してやったんだしな。

もういい……そんなのどうだっていい。

お前へのささやかなプレゼントだったんだぞ。

『エンシェントフォージ』で使った衣装だ、本当は好きなんだろ?

そ、そんなわけない――

最初の頃は半日も鏡の前でポーズキメまくってたじゃねぇか?

チッ……またこっちの同意も得ずに勝手に宿舎に入ったら、今度こそ放り出してやるからな。

わかった、わかったよ、その作戦服を着てもうしばらく経っただろ。まあまだナイフで空間を切り裂くことは叶わねぇが……

あ、あれはお前が後半で勝手に脚本を変えて加えた設定だろうが!

なんだまだできないのか?だがアタシがロドスに来てから、お前もだいぶ成長したんだろ?それにここ最近お前にアーツを教えてる人だって只者じゃねぇんだろ。

とにかく、クルース共々よろしく頼むわ。

万が一のためにも言っておくが、あいつは……シーは決して大人しいヤツなんかじゃねぇ。大げさかもしれんが非常に厄介なヤツだ、だから大目に見てやってくれ、そしたら今度のお前の麻雀は負け知らずだ。

はぁ……

……ニェン。

ずっとアタシらに何か隠してるだろ、そうだろ?

へぇ……そこまで考えが至ってるのなら、なんでわざわざ聞いてくるんだ?

うるさい。こっちも一切合切聞き出すことはしないさ、お前はアタシらとは違う、その点はアタシでもまだわかる。

そりゃそうだろ、私みたいなすごいヤツほかで見つけられると思ってんのかよ?それでだからどうしたよ?

だからお前に言ってやる、この依頼がどれだけ面倒だろうとアタシは手伝ってやるよ。

じゃないと、そん時にお前から渡される「報酬」が手抜きされたものになっちまうからな。

ほほう、ラヴァちゃんもようやく値段交渉を知るようになったか、そうかそうか、成長したな……よし!決めた!

……?

シーを連れて帰れたら、お前の言うことを一つだけ聞いてやってもいいぞ。なんでもいい。例えば……神兵を一体作ってくれとか?

今頭ん中に六種の武器構想があってな、あと一つで七つに揃うんだ、適当にその中の一つをお前に渡してもお前の名が歴史に刻まれるには十分な品物だ。

な、なんだよそれって……

とてつもなくスゲェもんだ。

それとも、古い故事でも知りたいんだったら……話してやらんでもないぞ。まあ本来なら多くの人に知られてはならないものなんだが、ただ――

それはいい。

えぇ――そんな冷たいこと言わないでくれよ。最近私のことウザいって思ってるんじゃないのか?お前らしくもねぇぞ?

そうだそうだ、これも持っていけ。


これは?

そうだな……護身符みたいなもんだ。なんせ私の妹だからな……


およよ……同僚の長年離ればなれになった肉親の妹を探していたとは、そして万里もの道を辿って異郷の地へと、恩人様のお二方、やはり義侠心が厚い!

感服!実に感服致した!

うーん……そんなに遠かったかな?

ないな。それよりもう灰斉山が見えるところまで来たな……でももう日が暮れそうだ、どうする?

私のことはお構いなく、急いでいないのでね、恩人様の都合に従うさ。

ニェンがくれた住所、「勾呉城外、灰斉山付近」しか書いてないぞ、ここ付近に別の集落はないか?

ない!ここ付近は、あそこの泥翁鎮だけだね。

もしかして山奥に住んでるとか……なんせニェンさんの妹だからね、可能性はあるよ。

……どんな印象を抱いてんだよ、言ってること全然遠慮がないぞ?

これより手がかりがないとなれば、お前の出番だな。

合点承知した!この地ならよく知ってるさ……そんな目で見ないでくれ、本当に知ってるとも!小さい頃は用があろうがなかろうがいつもここに来ていたんだぞ!

方法はあるのか?

ふむ、これに関してはお二方に説明致さねばならないね、ここ勾呉城周辺の村々では、探し人、茶館で遊説したい者、知ってる人知らない人なんでもござれだ。

半刻ほど時間をくだされば、必ずやその探しているお方――そう、恩人様が探している人を見つけて進ぜよう、何か特徴とかはあるかい?名はなんと言うんだい?身分とかは?

……名前はシー。

画家らしい。

(ウユウが駆け寄る足音)

恩人様、恩人様、見えてきたよ!
(クルースとラヴァの足音)

ま、まさか本当に山奥にあったとは……疲れたぁ……この山、見た感じより随分と高くないか?

予想外だったねぇ。

ふむ、こんな水も電気もない深い山奥の中で、自分で茅屋を建てたのか?恩人様、あなたのそのお友だちの妹君、真に雅な趣味をしているね。

……ぶっちゃけると、嫌な予感がし始めた。

にしてもここいい風景だね、画家なんだったら、気持ちわかる気がする。

ん……?ラヴァちゃん?なに探してるの?

ニェンがくれた「護身符」だ。今気づいたがあいつがこれを寄越したのはきっと邪なことを考えて渡したに違いない、絶対ロクなこと起こらないぞ。

じゃあ……捨てちゃったら?

クルース、実はお前が一番あいつに対して意見がデカいだろ?

恩人様、なんなら私が先に尋ねて、屋内に人がいるかどうか様子を伺おう、もしかしたら場所を間違えたかもしれないしね?

いや大丈夫だ、ただあいつの妹に会うときは無鉄砲な行動はしないように、心の準備をしておいたほうがいいな。

行こう。

(ドアをノックする音)

こんにちは、誰かいませんか?

……

こんにちはー?

散歩でもされたのかな?

山の中を?

水門の水垢や、積み重なった落ち葉を見てくれ、人が住んでいるようには到底見えない……ノックしてみたらどうだい?
(ドアをノックする音)

そうだな……こんにちは?誰かいませんか?
(ドアが開く音)
