

ぐすっ、ううう……

お嬢ちゃん、ほら見て、空が明るくなってきたよ、もうそろそろ着くはずだ、だからもう泣かないで。

うう……

大丈夫だ、お兄さんがついているから安全だ、だから心配しらないよ。

はぁ……ほらほらもう泣かないで、庭園が見えてきたよ、もうすぐだ。

ガァ!

イヤアアア――!

な、なぜここにもいるんだ!こいつらは太陽を恐れているのではないのか!?

ほら、お嬢ちゃん……私の頭に乗って、しっかり掴まってるんだよ!
(ウユウが女の子をおぶって走る足音)

ガァ!

おじさん!もっとはやく逃げて!

痛いッ、髪の毛を掴まないでくれ!眼鏡も、眼鏡も落ちそうだ!

ガァ!グギャア!


……ウーさん、結構足速いね。

英雄様、何かおっしゃいましたか?

ん?あぁ、なんでもないよ、君たちも早く邸内に隠れに行くんだよ、外の警備は私に任せてくれればいいから。

うーん……

あの小っちゃいタイプの墨魎、すばしっこさなら普通のオリジムシよりちょっと早い程度なのに……なんかフラフラしてる?

本当に烏有に追いつけてない……?そんなことある?


ガ……ガァ……ガァア……

これはどうだ!ヘイッ!ハッ!ヤッ!
(物を割る音)

はっはぁ!これで渡れないだろ!
(ウユウが走り去る足音)

グガァ!?
(女の子がウユウの頭を叩く音)

おじさん!もっと速く逃げてよ!

こういうのはずっとやってみたかったんだよね、映画のムービースターたちはみんな、町で追っかけまわされてた時はこうして道に障害物を作って逃げてたんだよ!

いいから、はやく!はやく逃げてってば!

頭をポカポカ殴らないでくれ!私は駄獣じゃないだ!

ガゥ――!

回り込んできた!?もう太陽は真上にあるんだぞ、こいつらは光を恐れているんじゃないのか?

た、助けてェ!

チッ!仕方ない、お嬢ちゃん、先に逃げるんだ、私が――

ガァ!
(墨魎が墨に帰る音)

ガッ!?
(墨魎が墨に帰る音)

ガ……グギャァ……

……クルース殿か!恩人様や、手が空いているんだったら、もっと早く助けてほしかったよ、それより、ど、どこにいるんだい?

ここだよ。

うわぁ……!お、お姉さんどっから出てきたの?

はは!さすがは非凡なる狙撃の名手だ、神出鬼没で静かに素早く、実に――

お姉ちゃん!おじさんを助けてくれてありがとう!

えーっと。

はやくお家に戻ろうね、お母さんがずっと探してたよ。

うん!

恩人様、今からでもラヴァ殿や嵯峨殿のところに行って助太刀したほうがよいのでは?ここは私が死守するよ、必ず周囲の安全を保証しよう。

……ラヴァちゃんに戻って加勢するってさっき誓ったんじゃないの?

お、恩人様、もしや地獄耳を持っておられるのでは……

そんなことないよ。

それよりその扇子、ずっと持ってるよね?

えっ、ああそれはもちろんだとも、この扇子は私の一番のお気に入りでね、それに我が恩師から受け賜ったものなんだ、手放すわけにはいかないさ!

それに、ふふ、手に扇子を持っていると、知的に見えるだろ。

ふ~ん……

さっきの墨魎だけど、どうしてここにいても平気だったの?ここって一応昼の領域だよね?

私も知りたいよ、こっちはもう追いかけっこでクタクタだ。

うーん……まあとにかく、とりあえずラヴァちゃんと合流しよっか。


……静かになったな。

ここは黎明がほんの少ししか見えない夜の領域のはずなのに、なぜバケモノたちはここに突っ込んでこなかったんだ?

拙僧も怪訝に思っておった、今までこんな静かな時はあったっだろうか?

静かなのはいいことじゃないですか?

うむ!それも確かに、これでようやく拙僧も一息つける!

よっこらせ!

気を付けてくさいね、商品が潰れてしまいますので。

……

嵯峨、さっき夕娥って言ってたよな……それってあれか?

もちろん「夕娥奔月」というお伽話に登場する夕娥でござるよ、いやぁ、あの夕娥の瞳、今でも忘れられぬ――

……???

嵯峨さん、もう少しゆっくり話して。ラヴァさんがどんどんチンプンカンプンな顔になってきていますよ。

おお、失敬失敬、気が焦っておった。さっきの墨魎との攻防で、ラヴァ殿もきっとお疲れであろう?であればここで茶でも一服し、語り合いましょうぞ?

いいですね、じゃあお二人にお茶を入れてきますね。

そうだ、先に一つお聞きしたいのだが、黎殿はここを出る方法については知らぬか?

いいえ。

それは知らぬという意味か?

(軽く頭を横に振るう)
黎は顔を上げ、門外と、その道のさらに向こうを眺めた。
声を上げることなどできなかったのだ――
――天上人を驚かせてしまうと憂いでいたために。


……
