二十二年前
3:09p.m. 天気/晴れ
サルゴン中部、イバテー地区
顧問。
ターゲットの回収を確認した、ほかの小隊が手を組んでこちらを潰しにかかる前に、ここを離脱する。
……
……了解しました。
(無線音)
こちら行動隊、上級行動顧問が“サンドソルジャー”小隊の生存者及び目標物を回収した。
…
…ラジャー。
顧問、偵察隊がルートの安全を確保しました。
(無線音)
では、出発しよう。
……
……
……
そのぉ、エリオットさん、そちらの箱を渡してほしいのですが。
……!
少年は手中のケースを抱きしめた。
……顧問?
好きにさせておけ。
お言葉ですが、目標物の損傷あるいは欠落がないかを確認するべきです、それに「たとえどんな状況でも」、我々の手元に掌握しておく必要もあります。
彼が逃げるとでも思うか?
いえ、それは確かにそうですが……わかりました……命令に従います。
……ふむ。
(エンジン音)
ん、なんで止まったんだ?
故障したみたいだってよ。
……
どうしたどうした?術師を呼んで、検査してもらえ。
燃料がなくなったんじゃないだろうな……拠点を発つ前に誰か検査しなかったのか?責任者は誰だ?
ハンマー小隊のJ5が車両検査の担当だったぞ、だがあいつらは全員偵察隊に行っちまった、どうする?あいつらに連絡でも入れるか?
……エリオット。
はい?
そのケースを守れ、あと伏せろ。
……え?
(爆発音)
何かが爆発したぞ――うわッ!
(クロスボウで射る音)
偵察隊か!?おい、聞こえるか?そっちの術師にアーツを止めさせろ!俺たちだ、俺たちだよ!
(爆発音)
Mon3tr。
そ、その手にあるそれって――
(嬉しそうに身体を震わせる)
いや、焦るな。
この子を守ってやれ。
(返事)
ひっ――
一体、一体何が起こってるんですか!あの人たちはあなたたちの仲間じゃないんですか!?助けにきたんじゃないんですか!?
用心しろ、Mon3tr。
あ――
(不服)
(爆発音)
クソッ!分散行動はフリだったんだ……!!
(爆発音と射撃音)
河刃小隊に告ぐ、河刃小隊全隊員に告ぐ!
(爆発音と射撃音)
偵察隊がこちらの身分を明確した状況下でこちらを襲撃した、契約内容の――全条項を違反した!術師チームは準備しろ、狙撃手たちは方角を確認、反撃準備だ!
報告は以上だ!ハンマー小隊が裏切った、反撃用意、撃てッ!!
……
こんな荒野で徒歩で武装車隊から離脱するのは、あまり賢明な選択とは言えんな。
ここに留まろう、それが最も安全な策だ。
くっ……
……これもあなたのプランなのですか?
いや、戦争はクルビアに多くのメリットをもたらしてくれる、だがそのメリットがほかの者の手に落ちることはクルビアの誰だろうと望んでいない。利益の分割は大小問わず、全員を満足させるのは困難だ。
彼らの上級行動顧問として、私は幾度も忠告しておいたんだがな。
「裏切り」の可能性も含むすべてを。
……今、外でまた争いが起こっています……
なのにあなたは、ここに座ってるだけで、何もしないのですか?
言っておくが、エリオット、君もここで座っている、しかも私の保護を受けながらな。
……
いや……守ってくれてるのはこのケースです、あいつらはそれでぼくたちを攻撃できないんです、ぼくがあなたを守ってるんですよ、“顧問”。
(不満げに遠方を眺める)
返す言葉もないな。確かに彼らはサルゴンの大半を覆うジャングルを荒野にしてしまうかもしれないアーツ技術のプロトタイプを破壊できるはずもない。
たとえこれが……一種の新たなエネルギーエンジンとして偽装されたとしてもか。
……な、何を言って……
(爆発音)
顧問!もうこれ以上はもちません、直ちに撤退、ルート変更を!
その生存者を連れて俺たちについて来てください!俺たちがお二方の安全を保証しますので!
……わかった。
……何人撤退できた?
二十人にも達しません、損害が激しすぎます。
……
もう一度繰り返しますよ、隊長、数十人もの兄弟が死んだんです。
まさかオペレーション中に公然と裏切りやがって、※クルビアスラング※!企業側が必ず人を遣わせてあいつらを皆殺しにしてくれるますよ!
それは……どうだろうな。もしハンマー小隊が最初からその意図があったのなら、企業の手がサルゴンに届かないかもしれん……
おそらく連中はどこかの王族と取引をしたんだろう、あるいは、最初から……
……
おい……顧問とあの子供はどこだ?
あちらにいます。
少し……二人と話をさせてくれ。
……顧問。
サルゴンに入る前に、忠告はしたはずだが。
……
軍はサルゴンで火を点け、そして戦争がもたらす富を掻っ攫おうとしている。
工場も、採掘場も、軍需貿易も、クルビアはいつ如何なる時でもこの古の国を蚕食している、より強大な国家になるために。
そのため軍はある手段を取った、“サンドソルジャー”小隊の誕生を促して、彼らに科学研究員を連れてサルゴンまでやってこさせた……「技術支援」を行わせるためにな。
――しかし管理局はそんなことを許しません。
正確に言うと、酒タバコ類アーツユニットおよび源石製品管理局とその背後に潜んでいる何かが許さないだ。
一部の人の目にサルゴンは落ちぶれて腐敗した国家にように映るかもしれない、だがこの国の古くからある強大さは未だに空を覆い尽くす黄砂を帝国の睥睨下に臣服せしめ、砂漠と化すほどの力を有している。
私から言わせれば、管理局の観点は正しい。
クルビアの極一部の人の富と力は彼らをより狭隘にさせる、サルゴンを勝手気ままに貪ろうとしてもなんら対価を支払わずに済むと思い込ませている。
いかなるパーディシャの挙動もあのクルビアの企業家が証券取引所で取引している数字に影響を及ぼすことができるというのに、彼らはサルゴンの強大な力に見向きもしない。
策を決める者が無知であっても構わない、判断を誤っても彼らの核心的な利益に傷をつけることはないからな、しかし君たちは自分が一体何をしているのかをしっかりと見極める必要がある。
せめて、君は知っておくべきだ、これは君たちの存亡と切っても切れない関係にあることぐらいを。
……パーディシャ、サルゴン帝国の中心で王族たちをコントロールしている大総督たち、彼らは……企業と何か関係があるのでしょうか?
企業側は何を思っているのかが知りたいと、そうだな?
軍のとある上層部がブライアン生命科学研究所の筆頭株主を囲んだ、非公式のやり方でこの品物をサルゴンに輸出して、その上層部ととある王族との取引を成立さえようとしている。
しかし彼らが本当に欲しているのは、この粗造で乱暴なやり方でイバテーの内紛を引き起こすことだ。確実に得られる利益のためにな。
しかし管理局は、一旦風と砂に隠れた古の帝国の中心で火蓋が切られたら、彼らの「金稼ぎ」のためのすべてが灰となって消えてしまうと考えている。
つまり、管理局はその軍上層部のサルゴンでの越境行為を制止させるために、俺たちに目標物を回収させたと。その点はわかります、しかし――
しかし軍側だってバカではない、軍が企業内に放ったスパイが――君も誰だが予想はつくと思うが――ハンマー小隊を買収した、図案を確実にサルゴン内に留まらせて、その王族が戦争を引き起こすために。
……まさかそんな!?
私を除く行動顧問たちは、みな企業内で発生したこの一連の動きを黙認している。
業務総監督もどちら側につくつもりもないらしい、双方の掣肘を好きにさせれば、むしろより多くのグレーな収入を得られるからな。
……
ここに子供の用はないぞ。
ぼくは別に――
エリオット・グラバー、若干13歳で飛び級卒業して、現地の科学院の源石技術学科に入る。
三年後、この若き天才はソーン教授に気に入られ、助手として育てられる。
後にエリオットは“サンドソルジャー”の一員となった、しかしこのソルジャーのコードネームを冠した科学研究チームはサルゴンで何が彼らを待ち構えているか知らないままここに飛ばされた。
彼らは何も知られずに砂嵐の中で斃れた、私たちは誰一人とてこの最後の生存者の真実を知る機会を奪うべきではない。
……そうですか、わかりました、俺は構いません。
どこまで話ましたっけ?ああ、そうだった、クルビアで管理局と軍が企業に圧力をかけ、そしてサルゴンで、王族たちがもみくちゃになってるところまででしたっけ……
……フフ、俺たちは最初から裏切られ、知らぬうちにこの争いに自ら足を突っ込んでいたとは……
なんでこんなことを……俺たちをゴミみたいに砂漠に捨てちまったら、誰がそいつらの思い通りに物事を進めてくれるっていうんだ……?
企業側は例のブツが誰の手に渡るかなど微塵も気にしていない。君たちのどちらが生き残って任務を達成しても、彼らは同じように報酬を得られるからな。
正確に言うと、たとえ双方ともここで死に絶えても、彼らのポケットに入る一枚のコインだろうと影響が及ぶことはない。
なぜなら虎視眈々と睨んでくる王族とパーディシャたちは君たちの残りの仕事を解決してくれるからだ、彼らが自然と混乱をもたらしてくれる。
君たちが巨額の報酬に引き寄せられサルゴンに踏み入った時点で、君たちの退路は断たれたというわけだ。
……
……本当に申し訳ありません、顧問。
あなたは俺たちに警告を鳴らしてくれた、それに俺たちのオペレーションにも少なからず力を貸してくれた、俺は議会の机でウソばかりを吐き出しながら葉巻を吸ってる連中なんかよりよっぽどあなたを尊敬してます。
しかしだとしても……俺たちにもまだ道は残されているかもしれません。今、武器を持てば、顧問、まだ尊厳ある争いになると俺は思ってますよ
まさか彼女を殺すつもりなんですか……!
違うとでも言わせたいのか、実際これが俺たちの本職だからな。
理性を保て、傭兵。君が業務総監督から別の秘密命令を受けたことは知っている、だが君も分かるはずだ、今その命令に従ったとても活路は見いだせはしない。
そうですね、あなたはいつも俺に知らないものなどないといった印象をくれました……
企業は俺たちを売った、管理局も俺たちを捨て駒にした、王族も、パーディシャもクルビア軍部も俺たちを抹殺してブツを奪おうと企んでいる――
――だが俺たちは傭兵だ、こんなもん日常茶飯事ですよ、金さえもらえれば、俺は何だっていいんだ。
それは残念だ。
俺はこの一連の出来事の中で一番取るに足らない一員です、だが利益が管理局から出ようと軍部から出ようと――もう何だっていいや、頭がクラクラする――
企業側ももうこれ以上あなたをその席に座らせたくないと思ってるかもしれませんよ、顧問。
向こうからしたらこれはいいチャンスなんですよ、一人の上級顧問を音沙汰もなくサルゴンで消すいいチャンスなんです。何者かが俺に大金を渡してくれたんです、フッ、もしかしたらハンマーの連中を買収したのと同じヤツかもな。
だがもうそんなことはどうでもいい、最後に一つ聞いておきたいです……あなたが……あなたがこんなに力を貸してくれたのは、一体何のためなんですか?
……クルビアも、サルゴンも、そしておそらくヴィクトリアも、数えきれない勢力がこの事件に首を突っ込んでいる、そしてそれが目先のことしか見ていない結果だったとしても、彼らの数々の権謀術数はどれも同じ終着点を指している。
――戦争か。
戦争がもたらすのは滅びだけだ。
私はただそのすべてを阻止しようとしているだけだ、孤軍奮闘だったとしてもな。
……
俺は……俺はあなたを信じていいのかがわからないんだ……業務総監督の命令を遂行して、あなたを殺せば、もしかしたら企業がもう一度俺たちを接収してくれるかもしれない……
今頃洞窟内で隠れることを余儀なくされた十六人の傭兵と、若い科学者の助手一人と、傭兵企業の行動顧問の一人が、共に数百万もの命の行方を討論していると考えているヤツなどいるものか?
最後に忠告しておこう、たとえ君が業務総監督の意向に沿ったとしても、邪魔者の行動顧問をサルゴンで消したとしても、君が無事家に帰れる保証はない。
この黄砂に潜んでいる殺し屋の誰一人もが君が“サンドソルジャー”の最後の遺産を持ち出したと思っている……そして彼らなら必ず王族の予定を壊したクルビア人を殲滅するほうの選択をするだろうな。
俺は――
君は私を殺したあと、エリオットを交渉の材料にしようと考えているかもしれないが、それで平和的な交渉を得られるとでも思っているのか?
――いや、あなたの言う通りです、俺にはさっきまで俺の仲間を殺した連中と“取引”なんてできる自信はない、ましてや俺はそんな「時と場合を重んじれる」ような人間じゃないですからね。
わかった、あなたは俺を説得した、顧問。クロスボウを下ろすから、あなたもその……えっと、そのペットを仕舞ってくれませんね。
(威嚇するような唸り声)
もし継続して同行するのであれば、俺たちは無事クルビアまで行けるって保証をしてくれませんか?
生憎だがその逆だ、私が君たちと同行すれば、君たちの危険リスクを徒に増やしてしまうだけだ。
だが少なくとも、君たちに道を見出してやることはできる、君たちをミノスまで密入国させる道をな。
これが現時点で一番安全な道だ。
「一番安全な道」って、あなたは俺たちと一緒に行かないんですか?
私の目的地は別のところにあるのでね。
じゃあそれって、わざわざ俺たちのためにその道を用意してくれたってことですか?
誤解しないでくれ、これはまだ生きてここを離脱できる者のために用意した道にすぎない、その生者が誰だろう構わない。
なんか救済っぽい意味合いに聞こえますね、ん?
少々傲慢のように聞こえる言葉ではあるが、そちらがまだ不安に思うのであれば、取引だと考えてもらえればいい。
……そうか、わかりました、前回はあなたを信じられなかった、結果自分に身を滅ぼす災いをもたらすハメになった、だが今回ばかりはおつむを働かせないとな……
取引をしましょう、顧問。あなた方二人の命で、俺とここに残った仲間たちの命を買いたい。
16対2か、得をしたな。
確かに、得をしてるな。ハッ、もしかしたらあなたはこの日すらも予想できていたんじゃないですか?
……あの、ぼくたちはこれからどこへ?
ぼくたちは……ぼ……ぼくは……
イバテー地区に闇市がある、現地の武器商人と源石製品の裏商人たちがそこを「沁礁(しんしょう)闇市」と呼んでいる。
闇市に行けば、そこにいる密入国者が手を貸してくれるはずだ。
……
どうした?
ぼくは……ぼくは……
ぼくは……先生の遺体を……あんな粗末に……
ぼくは……ぼくは……あの血、あの叫び……うっ……おえっ……
うえッ、ゴホッゴホッゴホッ――
……顧問は行ってしまわれたか。
これからどうするんです?
顧問から道の地図を貰った、各市町村の名前だけでなく、使用可能なトランスポーターの中継地も記されている、この地図だけでどれくらいの値が付くと思う?
……あの顧問、一体何者なんですか?
俺が知りたいぜ!だが今は、彼女が俺たちの命を繋いでくれている。
標識やロゴはすべて取り外せ、このクルビア車両ももう使えん、徒歩で一番近い町まで歩いていくぞ、おおよそ30kmほどだ、そこで新しい車を借りて、ここを出る。
……それで逃げちゃっていいんですかね?
お前が何を考えているかは分かってる……だが俺たちはまだ復讐の準備ができていない。暫くのあいだ息を潜め、そして戻ったあとに俺たちとあの会社の裏切者との間にある問題を――
(足音)
――誰だッ!?
……ほう。
“サンドソルジャー”を逃がしたとは……予想外なことだ。
――敵襲ゥ―ッ!狙撃手、射撃よう――
(斬撃音)
三人ほど生かしておけ、呪術師に拷問の準備をさせろ。
残った連中は全員始末しろ。
……
落ち着いたか?
研究員を含めて、“サンドソルジャー”小隊がティカロントを出たときは少なくとも数百人規模はあった。
君はさきほどまで虐殺の渦中にいた。難しいかもしれないが、なるべくはやく元の状態まで回復してくれ。
……あなたは一体……何がしたいんですか?
君が抱えているプロトタイプアーツの図案を回収すること。想定通りであれば、源石結晶体のサンプルも中に入っているはずだ。
くッ……!
だがそれだけでは戦争が勃発する過程を延長することしかできない、しかし、十分な時間を引き伸ばせば、私のクルビアにいる同僚の何人かがこの事件を変えるには事足りる。
君はその箱の中身の用途をまったく理解できていない。
ダメです……!ふざけないでくださいッ!これは研究所が心血を注いだ……!
君が信じようがしまいが、私は無数の命で替えられた結果が、一介の理論科学者にとってどれほど重要なものか分かっている。
だが、その所謂「ハイテクノロジー源石エネルギーアーツ転換装置」がもし別の形式で応用されれば、甚大な被害を起こしてしまうことも理解している。
くっ……
それを理解している人は大勢いる。もちろん、君の先生も含めてだ。
……あなたは!あなたはぼくたちが悪いことをしてるのに先生は黙って見過ごしているとでも言いたいんですかッ!
よくもそんなことを――
……ここがサルゴンか!あぁ、情緒溢れる魅力的な国だ……見てくれ、荒れ果てたゴビの中心、移動都市に頼らずとも、尚も生気に溢れているとは!
そうですね、先生。
……ん?エリオット、君は相変わらずそそっかしいな、ほれ、頭の砂を払ってあげよう。
あ……あ、ありがとうございます、先生。
先生、今みたいに先生を追い求めてくる女性たちにもそれぐらい熱心でいられれば、家族から結婚を催促されることもないと思いますよ。
ははは。先生の痛いところを突かないでくれ。さもないと来月君の実験項目を倍にしちゃうぞ。
えっそれは……
……
先生?
あ、なんでない、ただちょっと、荒野の向こうにある山脈、そして山脈の向こうにあるジャングル、あそこもきっと生き生きとしていて、この荒野とはまったく異なる生気に溢れているんだろうなと思っただけさ。
あそこのジャングルは……こことはまったく異なる生活を送っている住民が存在するのだろうか?何を頼りに生きているのだろうか?生活水準はまたどんなものなんだろうな?
ジャングルですか?どうして急にそんなことを?
……
エリオット。私たちは自分たちの事業が今もなお源石技術の恩恵を受けられない人々をも幸せにできると信じている。
しかし時として、思い通りに行かない研究結果だって存在する、もしかすると私たちは初めから大きく外れた道を選んでいて、それを意識することができた時点ではもう、挽回の余地はなくなっているかもしれない。
うーん?
はは。もしもの話さ、仮に本当にそんな日がやってきたらのなら――
――私たちでそのすべてを阻止せねばならない。
――
ソーン……先生は……
ぼくは……う、ウソだ……先生はきっと騙されていたんだ……先生は……
ソーンの研究は最初から人によってコントロールされたものだった。
彼の手には幾度も資金が入り、新たなエネルギー市場に憧れを満ちた商人に偽装した、頃合いに達した拝金主義は、その人の疑いすらも揉み消す。
私は彼に何度も警告した。だが実験の成功と推進が彼の内にあった懸念を晴らしたのだろう。
――
この世に完璧な人などいないんだ、エリオット、だからといって君たちが捧げてきたすべては決して戦争と死の入口と化すことはない。私もそのためにここにやってきた、そして君の助けも必要だ。
ふむ。あと五分ほど思考を整理する時間をあげよう、その後に出発だ。
……え?
あなたについて行けって言うんですか?
さもなければ君はこの荒野で死ぬ以外ない。君は数学と源石応用分野で突出した天賦の才があることは認めよう、だが君はどの植物なら安全に水分を提供してくれることすら判別がつかないだろ。
真実を知ってる最後の若者が謂れもなく私の目の前で死ぬのはゴメンだからな。
ただもちろん、もし自分はすでに使命が尽きた、これ以上前に進む道理もないと思っているのであれば、君をサルゴンの田舎に匿ってあげよう。
……
……あなたは……あなたは一体何者なんですか?どうして何もかもそんな……淡泊に話を進められるんですか?
今はクルビアのウェスティン警備会社で上級行動顧問兼術師コーチを務めている……もし必要ならばもう一度繰り返そう。
私の名はケルシーだ。
ケルシー。ケルシー。
あぁ……この契約書を見てくれたまえ……
なんて美しいサインなのだろうか。
彼女はクルビアとサルゴンの間に立って斡旋した。王族と傭兵すらも彼女の掌で踊らされていた。
彼女は戦争を阻止するためだと言った、己を滅ぼさんとするサルゴンを阻止するために――フッ、なんて美しい願望なのだろうか。
これは決して彼女が最も思い描いていた方法ではない。彼女の人に知られてはならない深深遠なる計画がどれほど多くの人の運命を変えたことやら。
そして私たちは、彼女が渡ってきた道がどれほど長く、またどこへ通じているのかすらわからずじまいだった。