二十二年前
3:09p.m. 天気/晴れ
サルゴン中部、イバテー地区、荒野辺境
あの……あとどのくらい歩けばいいんですか?
疲れたのなら、休んだって構わない。
……
無理する必要はない。
前回の襲撃で車両は破壊されて、かれこれ7時間と14分経過している、君の年齢と体格からして、ここまで歩けただけでも大したものだ。
……大丈夫です。
……進みましょう、急いでここから脱出するために……
ここはどこですか……?
目的地から一番近い町だ。実際私たちはもうすでにその集落の区域に入っている、幾つものトラック設備によって形成された荒野で移動する市場の町だ。
同時にここはサルゴンの無人区域が最も重なってる地区の一つでもある、密入国者や、バウンティーハンターとトランスポーターたちに外界へ通ずる道を用意してくれている。
……どうしてミノスに行かなかったんです?
あの傭兵たちより、あなたがどれほど信用できるかがわかりません……あなたたちになんの違いがあるんですか?
違いは君がまだ生きているところにある。
……どうせもう決まってるんでしょ、これからどうするんですか?
信用できる人を見つける、闇市の手を借りてイバテーを脱出するつもりだ。
そのあとはどこに行くんです?リターニアですか?ボリバルですか?
……私が答える前に、君も知っておいてくれ、如何なる選択も逃避の一つの方法にすぎんと。
君は生きていけないし、行くあてもどこにもない、逃げることもできない。
過去の生活を打ち砕く覚悟はもうできてるか?本当そう意識できているか、突如とやってきた様々な事件で思考が麻痺しているんじゃないだろうな?
……毎回上から目線で言わないでください……
怒りが君の目を覚ましてくれるというのならそれでいい。
私はさらに北へ進む、とても遠く、君がクルビアとサルゴンのすべてから切り離せるほど遠くへ行く。
しかしまあ、君はすでによくやってくれた。
……嫌味ですか?
君がもし今ほど若くなければ、君は取った個人的な感情を含んだ様々な不成熟な行いは確かに私から嫌味を言われるほどのものだったさ。
行こう、日が暮れる前に、私たちを闇市に入れさせてくれる人を探さねばならない。
それって誰ですか?
……まだわからない。
フッ、あなたにもわからないことはあったんですね?
否定はしない、だがじきにその人たちは見つかるさ。
“沁礁之地”の意味とその由縁さえ知れば、市場と人の群れに散在する遺民を見つけることは容易い。その人たちは同郷の者を助けてくれる――私たちもその人たちの同胞だと、その人たちを信じさせられればな。
……あなたが持ってるそれって……サルゴンの金貨?
そんな数枚の金貨で何ができるんだ……
じきにわかるさ。
……
(サルゴン語)くたばりやがれ、クルビア人が……!
えッ、敵――!?
(遠吠え)
ぐあああッ――あ゙あ゙あ゙――このバケモノッ――どっから湧いてきやがった――!
(力を込める)
ぐはッ……チクショウ……なんで……斬れねぇんだ……
なに?何か起こった――あっ、ば、バケモノ!バケモノがひ、人を襲ってるッ!
周りの人が集まってきている……!ねぇ、何なんですか、この人は誰なんですか?
……ヴィーヴル地区の賞金稼ぎだ、獲物を追うテリトリーがまだ拡大していたか。
急げ、ついてこい。
えっ、ちょま――
こんな遠くまで逃げておいて、そこにいる誰もが殺し屋だったとしたら、逃げてきた意味が――
だから急いでるんだ。
……ぼくが言いたいのは、あなたは何も解決できていないんですよ、ケルシー顧問ッ!
……
……ぼくたちの恰好目立ってませんか?
(サルゴン語)干し野菜一つにしては高すぎない?
(サルゴン語)うちの手編み絨毯は有名だよ――え、質がダメで有名?そんなバカな!
(サルゴン語)貢物の陶磁器、本物だよ!王族から頂いた中古品の――六十?あんた、六万を六十でだって?いいだろう!
人が多い……ここが市場ですか?
……?なんで急に止まって……ん?
……占い?こんな迷信の類の……
ほう……珍しいお客人だ……余所から来た者はこのイシンも久しぶりに見るわい……
運命の片隅を覗きにきたのかい、それと砂塵に舞う一粒の砂を探しにきたのかい?
さっきの騒動、お前たちが関わっていたな?
このイシンには分かるぞ、そそっかしい旅人の足取り、纏いつく様々な厄介事……これ以上サルゴンに迷惑を被ってほしくないね……
旅人たちはサルゴン人ではないね、ふむ、しかし君たちは複雑な使命を背負っているじゃないか……
何を一人でブツブツと……こんな人に構ってる暇はありませんよ、ケルシー、彼らに追いつかれてしまいます!
(サルゴン語)このペテン師、まだここに居たのね!?さっさとどっか行って!
(サルゴン語)あんたはアタシらのシマを汚してるのよ、その薄っぺらい口を閉じてちょうだい、誰もあんたの妄言なんか聞いちゃいないのよ!
(サルゴン語)おお、もちろん、もちろんだとも、落ち着かれよ……すぐに去るさ。
(サルゴン語)お前の主は元気か?彼はわしの助言を受け入れてくれたか?あの面倒な二つの取引から身を抜け出せたか?
(サルゴン語)主?ボスはあんたなんかと話しすらしたことないわよ、何をブツブツと、あんたみたいな怪しいヤツでもボスに助言できるってんなら、いっそのこと目安箱でも設置したほうがマシよ。
(サルゴン語)無駄口叩いてないで、さっさとどっか行け!
(殴打音)
ああッ!
……
……大丈夫ですか?
……いたた……今のは痛かった……気にするな、イシンはもう慣れておる……
イシンでは彼らを救えぬ、彼の目を覚まさせぬ……イシンは彼らが滅んでいくのを、ただ見ることしかできぬ……
すまない、見苦しいところを見せてしまったね、この通り、わしは追い出されてしまった、この哀れなイシンを受け入れてくれる場所がないというのなら、イシンがどこへ行けばいいというのだ。
(サルゴン語)少々お待ちを。
(サルゴン語)とんでもない、どうかお気になさらず……
(サルゴン語)なんでもいいけど、はやくそいつを追い出さないと、こっちが困るのよ、はやくそいつを追い出しちゃって!
(サルゴン語)彼女の言う通りだ、彼女の主はここの主人でもある、彼女の怒りを買うわけにはいかぬ。イシンを行かせておくれ、心優しき人よ、イシンを彼の冷たき家へと帰らせておくれ。
(怪しげな占い師が走り去る足音)
なんであの年老いたペテン師に構うんですか?
彼が“年老いてる”というところはわかるのだな。
どういう意味ですか……
だが君は彼がどれほど“老いてる”かは想像すらできないだろうな。
日は落ちた、旅人よ、そなたたちは焦燥に駆られている上、そこかしこから危機に遭遇している、なぜこのイシンの傍に留まるのだ?
(サルゴン語)長き時を経て、最も偉大なるパーディシャでさえも砂の海へと沈みゆく。かの偉業は崩れ落ち、民は四方へと散らばった。
(サルゴン語)そなたの恰好を見るにサルゴン人ではないな、それにそれはとある叙事詩の冒頭であったか?イシンはもう老いた、詩の魅力などとっくに忘れてしまったわい……
(サルゴン語)しかし彼の者のしもべたちは依然と責務を全うし、無人の砂漠を守っていた、高殿が再び建ち、文明が新たに生まれるその時まで。新たなパーディシャがサルゴンの意志を抱いてここへやってきたその時、かの意思により町は再建される。
(サルゴン語)ふむ、そのようなことはどの国でも起こっていることだ……
(サルゴン語)天災、疾病、戦争、偉大なる町を滅ぼす方法などいくらでもある……そして意気揚々とした統治者が入れ替わる、その繰り返しだ。
(この人たちは一体何を話しているんだ……サルゴン語の発音って……こんな感じだったっけ?)
(サルゴン語)150年前、イバテーの名を持たなかったこの黄砂の中で、輝かしい町が建っていたことは、憶えていますか?
(サルゴン語)憶えておる……もちろんこのイシン、憶えておるとも。風の中で消えて行った……町のことだな。
(サルゴン語)当時あの古きパーディシャはこの砂しかない地にサルゴンには属さない名を与えました。
……
…………沁礁か……
(サルゴン語)今はその名前しか伝え残されていません、オアシスすらも見たことがない住民たちの間で細々と語り継がれています。
(サルゴン語)そして、あなたがそこの番人ですね?
……
わしは何をすればいいのかな?
サルゴンを離れたい、音もなく。
ああ……分かるぞ、ではそなたはどの者たちの目をかいくぐりたいのかな?
パーディシャですら私たちの跡を見つけられないほどに。
そなたの名は?
ケルシーとお呼びください。
ケルシー……ケルシー嬢……今朝がた、わしが朝日を眺めていた時、突如よ夢へ落ちたことがあった、夢はわしにこう伝えた、わしらと古の秘密を共有してくれている貴賓がまもなく到来すると……
おはやいご到着だったな、価格は金貨一枚だ、尊敬すべきお嬢さんよ。
然るべき報酬です。
(それだけでいいのか……?)
いや……まだそれを受け取る時ではない、どうかまだ取っておいてくれ、お嬢さん。
それは――二十二年後に――支払っておくれ、どうかこの約束をお忘れなきよう、この約束はこの金貨よりもさらに価値があるからな。
(サルゴン語)ここ百年来……あなた方はみな今のサルゴンで生活し、故郷の影を顧みていたのですね。
(サルゴン語)そうだな、だが今日は違う、お嬢さん。
(さらに変わったサルゴン語)そなたは自らこの門を押し開いたのだから。