二十二年前
8:05p.m. 天気/曇り
サルゴン中部、イバテー地区、沁礁町周辺
……廃棄された庭園。ここがあなた方の家なのか?
数年前、ある商人がこの豪華絢爛な庭園を建てたんだが、ある行商旅に出かけた時、消息不明となったんだ。天災か人災かは、誰も知らん。
だが少なくともこの庭園はわしらみたいな帰る場所の者どもの寄り辺となってくれておる。
……イシンが新入りを二人連れてきたぞ。
だが恰好が貧乏人には見えんな……
警戒しておいたほうがいいな……みんな部屋に戻ろう、イシンの秘密など追究していいようなもんじゃない。
(人々が去っていく足音)
……ここの庭園は何と呼ばれている?
(サルゴン語)“眠れるサルゴン”、流浪者はみなここをそう呼んでおる……
我らの故郷と同じようにな、お嬢さん。我らは大地で最も贅沢な死体の上に安眠しておるのだよ。
日が明けるまでしばし待たれよ、日が明けなければここを出ることも、沁礁の中枢にも行けんからな。
礁石が取り巻く地ということか。
そうだ……砂海のど真ん中にある。
パーディシャも王族たちもより資源が豊富な地区を選び都市を再建した、あそこは忘れられた旧市街、無法の地であるということか。
しかし過去にその都市で暮らした人たちやその末裔たちからすれば、そこは切り捨てられない土地のはずだ。
そなたはそこで違法労働者やトランスポーターを雇うといい、彼らが身分を偽造してくれる、サルゴンを脱出する手助けになるだろう。
しかし……そなたが向かおうとするところはあまりにも遠い、このイシンでさえも無事に辿りつけられる保証はできんぞ。
エリオットはどうしてる?
眠っておる、ここは安全だからな。わしが想像する以上にそなたはあの子を気にかけておるのだな、そなたの慈悲の象徴と言えよう。
……そんなことを彼に聞かれたら、きっと怒るだろうな。
ふむ、イシンにも見える……あの子が抱いている怒りを。
サルゴンは頻繁に内乱や衝突が発生している、あなたはああいった類の人をそれなりに見てきたと思っていたが。
勇猛果敢な復讐者は世間が思ってるほど多くはない、あの者たちのほとんどは憎しみに溺れ、怒りの炎の中で理性を失っておるのだよ。
私は彼の命を救えた、しかし彼しか救えなかった。
そうだな……イシンにも分かる、あの子の運命はほかの場所で……そなたが持つその金貨と深い関係にある。
なぜ二十二年後なんだ?
アーツで“予言”を出すことはできぬ、凡人が時間を弄るなんてもってのほか――時間は運命の母だ、それにイシンはただ時間と賭け事をするのが好きなだけだ。
それはつまり……ん、どうした?
(快くない嘶き)
ああ……なんて美しい生き物か。
イシンには見える、そなたたちが互いを寄る辺にして生きているのが見える、見えるぞ……それはそなたの仲間なのだな。
そなたたちは共に長い時を歩んできたのだな。
……行け、Mon3tr、彼らに会ってあげよう。
ほう……交流もできるのか……互いに心を通じ合わせているのだな。
イシンも感じる……そなたがその生き物に寄せる信頼を、それがそなたの唯一の仲間であるかのように。
しかし……そなたが歩んできた果てしない時間の旅路……そなたはその美しい生き物としか歩んでこなかったのか?
お嬢さんや、そなたの栄誉はなんとも孤独なものなのか?
……私の責務は孤独によって影響が及ぼされることはない。
追っ手が来たようだ、私が対処しよう。あなたがここで待っててくれ、エリオットを頼む。
(ケルシーが去る足音)
もちろんだとも、隠れる方法などいくらでもある、イシンはあまりにも隠れすぎたからな。
(エリオットの足音)
ケルシーはどこに行ったんですか?
敵が襲ってきたんだ、だから彼女と彼女が信頼する相棒が対処してくれている。
あの変な生き物のことですか……
……なぜ遠くを眺めているんですか?彼女が心配だから?
いいや、イシンは心配しておらぬ、彼女の魂は強靭で果てしない、彼女はイシンに見せてくれた、死すらも彼女の旅を止めることはできぬとな。だからイシンは彼女を尊敬している、彼女に聞いてみたいんだ……
……何をですか?
100有余年……イシンは繰り返し同じ夢を見てきた。
黄砂にあるあの偉大なる都市を、移動する都市の夢を見ていた、そこから眺めた空はなんとも澄んでいたことか……
若きパーディシャがイシンの傍に立っておった、眼前には果てしなく空虚な土地が広がっておった。その若きパーディシャがわしに訴えかけるように何かを言っておったが……
……しかしイシンは聞こえなった。忘れてしまったのだ。このイシンは赦されぬ罪を犯してしまったのだ。
(また独り言が始まった……)
イシンはずっとその答えを求めてきた。イシンはずっとその栄誉を、その知識を知る者を待っておった。
あの都市と共にあったすべての者共は、みな夢に生きておる、忘れてしまった者はいれど、ほとんどの者は、依然と己の故郷を懐かしんでおるのだ……
……わしらはこの両手でパーディシャの導きにより都市を建てた、偉大なる都市を、天災がその都市を滅ぼそうと、あの都市が沁礁の地の始まりであることに変わりはない……
イバテーのサルゴン人は沁礁の町の如何なる断片をも忘れてはならぬというのに……しかし……しかしイシンは赦されぬ罪を犯した。イシンは忘れてしまったのだ。
あなたは待っているのですか……ほかの人がその夢の断片を教えてくれるのを?
朽ち果てた気配を放っていた占い師が顔をこちらに向いてきた、なんとも怪しげな顔をしており、露にした指には年齢不相応な模様が彫り込まれていた。
イシンは嬉しそうに笑った。
……
(咆哮)
……あの小隊のリーダー……お前だったのか、見覚えがあるぞ。
どうやって俺たちを見つけた、クルビア人?
……サルカズ、私はクルビア人ではない。
(サルカズのとある部族の言語)
――ッ?
なんだこれは……俺の心に働きかけている?
矢を撃て、そいつのアーツを阻止するんだ。
(矢で射る音とMon3trが矢を弾く音)
(遠吠え)
くっ……最高水準のヘビーアローでもあのバケモノをぶち抜けないのか?
やはり情報が足りなさ過ぎた、あいつは術師かもしれない、注意しろ。
……イバテーの王族に雇われているのか、サルカズ。
教える筋合いはない。
いや……イバテーの王族はヴィクトリアに個人的な恨みを抱いていたな。見間違いかもしれないが、さっき放たれた矢は確かにヴィクトリアの制式モデルだった。
どうやら君たちの真の雇い主……現任のパーディシャの手腕は私が想像する以上に巧みだったな。
辛抱強い統治者、余裕綽々と各勢力間の関係を挑発するか。まさか最初から、クルビアと現地の王族が企んでいた様々な計画は彼に筒抜けだったというのか?
ほう、パーディシャの存在を知ってるのだな、ならなぜサルゴンの地で勝手な振る舞いをする?お前らクルビア人が考えてることは理解に苦しむ、頭ん中に源石でも詰まってるのか?
パーディシャはあの箱を回収したいだけだ。箱を渡せ、そうすればお互い五体満足で済む。
まだそれを破壊してないんだろ、違うか?
あれは私のものではないからな。
ふん……往生際が悪い。
イバテー王族の勝手気ままな行動はすでにパーディシャの怒りを買っている、たとえどっちに雇われていようと、あのクルビア傭兵連中はとっくに戦闘能力をすべて失っている。
このつまらない争いもじきに終わる、それにパーディシャはそのすべてを終わらせる執行権を俺たちに委ねてくれたからな。
もしそうだとしたら、なぜ傲慢なサルゴンのパーディシャがここを平定するために自分の親衛隊を遣わすのではなく、わざわざ傭兵なんかを雇った?
……ここはクルビアの色んなことを巻き込んでいるからな、だがそんなことは今のお前と関係はない、さっさと決めろ、行動顧問。
今のお前が知るべきことは、この砂漠の中で、お前は孤立無援ということだ。
(軽く体を伸ばす)
……(あの生き物に警戒しろ、完全に得体の知れないやつだ、手強いぞ。)
(サルカズのとある部族の言語)
――!
てめぇ――
――いや、違う、これはただのアーツじゃねぇ――
魔族の言葉か!?お前みたいなクルビア人がなぜ――
(サルゴン語)もうそれを口にするな!
(サルゴン語)ヴィクトリア語かサルゴン語で話せ、さもないと撃つぞ!
君たちはカズデルから来たのか?
……カズデルだと?
あんな子供騙しの伝説……お前のそのアーツがほかのサルカズとなんの関係があるのかは知らんが、明らかに今の状況と関係ないだろ。
正直になろうぜ、その箱を差し出してくれないか?パーディシャが欲しがってるのはあの技術だけだからよ。
あれはサルゴンを滅びに導く導火線になり得るものだ、パーディシャは科学者ではないのだろ、彼がその損害を理解できるはずもない。
あいつに理解など必要ない、無論俺たちもだ。
……君たちの故郷はサルゴンか、それともサルカズか?
……物心が付いた時から、俺はサルゴンで暮らしていた。
路地裏を逃げ惑い、息を潜めながら、一番汚いところで生活してきた。
武器を持つのは俺たちが飯にありつくための経路だ、簡単な話さ、俺たちは生まれつき感染者みたいなものだからな。
進まなければ死ぬ、闘志を絶やすべからずってな。
チッ――だから何だってんだ?
確固たる意志を持つサルカズのみ古の言葉の暗示から免れる、言葉の本質はサルカズ巫術の一種だ、君の意志の源はなんだ?使命か?それとも欲か?
……そうだな、確かにお前の暗示は効いてる、今でも撃つ命令すら下せず、我慢しながらお前とこうして話をしている。
私の目の前に映ってるのはただ必死に生き延びようとしているサルカズだけだ。その者が最も単純に思う方法で今を生きている。
(周囲を警戒している)
もういい、クルビア傭兵のお上はどいつもこいつも優柔不断なのか?
パーディシャはサルカズ人が自分の最も汚れた秘密を知られることをよしとしない。
君たちはこの争奪戦に参加したすべての小隊を迎え撃った、その中で傭兵部隊に偽装していない王族などいると思うか?
巨額な租税とサルカズの殺し屋数人の命、パーディシャはどちらを選ぶと思う?
そんなことは分かっている……なら今お前を見逃したら、俺たちはより多くの金が手に入るのか、それともすぐさま鉱石病を治してくれるとでもいうのかよ?
勘違いするなよ、俺たちはパーディシャに飼われた魔族なんだ。俺たちに選択肢なんかない。
なら私が君たちに選択肢を与えてやろう。
(サルカズのとある部族の言語)
くっ――俺たちに謀反を起こさせようとしているのか、ならその後はどうする、お前に忠誠でも誓えってのか――
――今まで生きてきて一度も目にしたことがない……カズデルなんかに忠誠を誓えっていうのか?
ふざけんじゃねぇ、術師が、サルカズの故郷だと?あそこはただの廃墟だ、この大地に“カズデル”が何か所あると思ってるんだ?お前みたいな知識人なら一番よく分かってるだろうが!
(術師たちを用意させろ、火力を集中してあのバケモノを片付ける、お前ら二人は、俺と一緒にあの女を仕留めるチャンスを作れ。)
残念だ、どうやら交渉決裂だな。
こんなもん交渉とは言えねぇ――へっ、俺たちを憐れんでいるのか?今包囲されてるのはお前のほうだってのが分からねぇのか!
確かに……お前は動揺させる手段をたくさん持っている、だが明日になる前、パーディシャにそれらしい理由を与えないと、俺たちはおしまいなんだ。
最初から言ってたように、俺たちに選択肢なんかないんだ。
撃て!
(矢で射る音とアーツ音と爆発音)
土煙の中にいるのは……あのバケモノ?
……まったくの無傷だと……?
“カズデル”からやってきた術師、お前は一体何なんだ?
――
君は他者の道具に成り下がる必要などなかったはずだ。
俺はただ生きていたいだけだ。
それにずっとそうだった、サルカズが前途ある夢なんか抱いちゃいけねぇんだ。
抜刀、全員突撃。