
ロドス本艦
とある辺鄙な隅


異物の除去、傷口の癒着、血痕の清掃。

私にできることと言えば、これぐらいです。

より精密な治療が必要でしたら、医療部の専門医師のところに行かれたほうがよいかと。

……これだけで十分だ。

感謝する。

どちらへ行かれるのですか?

私の行くべきところに帰るだけだ。

行くべきところ……

もしや……独りぼっちでいるところのことでしょうか?

あ、あなたはチームの方たちと一緒にお祝いしに行かないのですか?今回の任務はとても重要なものと聞いております、みんな喜んでおりましたよ、あなたも一緒に……

必要ない。

祝いの席に私は必要ない。正午の太陽の下に陰影があってはならないからな。

君のほうこそ祝賀会に参加されてはどうか。

その……私は……

好きなようにしてくれたまえ。

……では私はここで失礼する。

――お待ちなさい!
(駆け寄ってくる足音)

やっと見つけました、オペレーター・ファントム!

ウィスパーレイン医師、さきほどまで彼の傷口の手当てをしていたのですか?

あ……はい……

あなたはまだ正式に編入された医療部の医師ではありませんが、それでも一つ言わせてください。

『ロドスにおける負傷者管理及び治療の規則』上に書かれた規則に基づき、全負傷者は必ずロドスの医療部で登録を行う必要があります。

そうやって勝手にオペレーターの治療を行えば、たとえどんな小さな負傷だったとしても、万が一オペレーター・ファントムがあなたの不完全な治療によって何か発症や傷口が悪化すれば、医療部の迷惑にもなってしまうんですよ。

申し訳ありません……

ミス・ウィスパーレインに治療を要求したのは私だ。

彼女に非はない。

私はただ彼女に事実を言っただけです。

それとあなた、オペレーター・ファントム、あなたのほうこそ問題大ありです!

負傷したのになぜ医療部に報告しに来ないんですか?

……

もしあなたと同じ外勤任務に参加されたアズリウスさんが治療の最中に私に報告しなかったら、その傷を次の戦闘まで持ち越すつもりでしたよね?

それはロドスに対しても、あなた自身に対しても無責任です。

この点に関してよくよく自覚を持ってください。

……

私が間違っていた。

すまない。

まあ、今回はそれでよしとしましょう。

では、今からあなたの身体状況を全面的に確認する診療を行います、構いませんよね。

……

そんな顔をしないでください、待って、口を開けないで、声も出さないで、アーツを使って逃げようだなんて考えないでくださいよね!

もう騙されませんよ、ちょっとでも違和感を察知したら即刻この警報ボタンを押してやりますから!

壁にそんなボタンが付いていたのですか……

落ち着いてください、なにもあなたをメインホール経由で医療部に連れて行くつもりはありませんから。

アズリウスさんから聞きましたよ、あなたっては人が大勢いる場所が好きじゃないんですよね。

だから設備も何も全部こっちに持ってきました。

メディカル情報の収集と整理をしたあと、ウィスパーレイン医師と一緒に傷口の処理を行います。

構いませんよね、ウィスパーレイン医師。

もちろんです。

では始めてもいいですよね、オペレーター・ファントム?

……

(溜息)

(黙って頷く)

よし、ではすぐに診療を始めます。

もし可能であれば、傷口の位置と大まかな容態を教えてくれますか?

……

黙っちゃってどうしたんですか?

(つむんだ口を指す)

おそらく、さっきフォリニックさんが口を開けるな、と言ったからじゃないでしょうか。

(ジト目)

じゃあ話してください、もう大丈夫ですから

……クロスボウの矢が肩を貫き、鋭い刃が掌を滑り、両足が寒氷によって束縛された。

肩は刺し傷、刃物による手部の切り傷、低温……

右足は大丈夫そうです、でも左足はまだ完全には回復されていないようです。

わかりました、一つずつ進めていきましょう。

では肩の刺し傷から診てみましょう。

さきほど傷口の癒着を行いました、おそらく大きな問題はないと思います。

うーん……ただの金属製の矢だったらいいんですが。

デブリードマンは済ませましたか?

処置済みです。

癒着状況から見るに毒や感染の可能性はないでしょうね。

よし、では次の部位です。

掌中心部の裂傷。

うん、かなりいい癒着具合ですね。

ただ、身体に外傷が二か所、傷口感染の可能性も大幅に上がってしまうかもしれませんので、あとで予防注射を打っておきますね、そうすれば感染する心配はなくなりますので。

最後に、左足の凍傷。

ああもう大丈夫ですから、このままジッとしててください、専門の検査器はここにありますから。

ちょっと痛いかもしれませんが、我慢してくださいね。

……
サンプル採取完了
分析を開始――

これでよし。

データが出たら、最終的な診断結果を出しますね。

ほかに調子が悪いところや負傷した部位はありますか?

(ん?)

(ミス・クリスティーンが何かを咥えて……)

――聞いてますか?

……ああ。いや、これだけだ。

わかりました。

オペレーター・ファントムの回復力ははやり突出していますね。

こちらの心配は杞憂だったかもしれません。

オペレーター・ファン――ファントムさんは確か特殊オペレーターでしたよね。

ほかの人からはそう呼ばれているな。

でもあなたが今言ってる傷のタイプ、先鋒や重装オペレーターに比較的よくみかけるタイプですよ。

……

あなたが今回受けた任務は何やらすごく困難なものだったとか。

「彼の支援があったおかげで、俺たちも生きて帰ることができた。」と、たくさんの方々が話してくれましたよ。

でも彼らのほとんどはあなたのコードネームどころか、あなたの姿さえ見たことがない、ただ戦場で影が一瞬通り過ぎて自分たちを助けてくれたとも言っていました。

私を記憶したところで彼らにはなんのメリットもない。

そういうのはもう聞き飽きました。なんで私が受け持つオペレーターはみんなこんな人たちばっかりなの。

まあとにかく、あることないことを気にしても無駄ですね。ここに在籍してるほとんどの人は頭が冴えてます、もしかしたらいつか私たちも袂を分かち、本当に分裂でもしたら取返しがつきませんから。

でもファントムさん、お節介かもしれませんが……それでも言わせてください、少なくとも今、彼らはただ自分たちの感謝の気持ちを伝えたいだけ、それだけなんですよ。

伝えたい時に伝えてあげないと、もう伝えるチャンスがなくなっちゃうかもしれませんから……

(小声)……私みたいな過ちは犯さないでくださいね、ずっと心の内に留めちゃダメですから。

……

アズリウスさんから聞きましたよ、自分を庇うために矢を受けたとか。

感謝してましたよ、でも全然本人が見つからないと嘆いてもいましたから、私があなたに渡すモノを幾つか預かってきましたよ。

このブローチ、彼女からあなたへのお礼の品だそうです、受け取ってください。

しかし……

受け取ってください。

……ありがとう。

あとでこちらから彼女に礼を言おう。
分析終了
分析報告を入力中

うーん……

あまり容態がよろしくないですね。

ファントムさん、ちょっと動いてもらってもいいですか?

(乗り気でない様子で動く)

はい、結構ですよ、座ってください。

たぶん急速冷凍アーツによって受けた凍傷のせいかな。

そんなにひどくはないですけど、それでもファントムさんの行動に影響を及ぼしちゃってますね。

大した傷ではない。

症状の断定は、医療医師の専門的な意見を参考にしてください、頼みますよ。

ここはしばらく安静にしておいておいたほうがいいです。

これだけはお伝えします。

ウィスパーレイン医師に同意ですね。

表面的に見ると凍傷ですが、実際はアーツによる凍傷ですからね。

あなたの感染状況ももとから楽観視できないものなので、ご自分の感染状況が悪化する一切の可能性は、我々とてなるべき避ける必要があります。

十分な休息、健康的な飲食、適切な回復運動、これらが今あなたには必要です。

もっとも、一番重要なのは、やはり定期的に医療部で治療を受けること。

医療部に行くのがイヤなのでしたら、こちらが回診に赴きますよ、他人との接触をなるべく減らせますし。

……

もしそれでいいのでしたら、こちらの申請書にサインをお願いします。

(再び溜息)

(自分のコードネームをサイン)

はい、承りました。

では今から点滴を打ちますね。

新しいタイプの注射器ですから、あまり痛みは出ないと思います。

じゃあ手を出してください。

……

(注射器を打つ)

よし、では予防治療の前半戦はこれでおおかた終わりです。

私午後には会議がありますので、あとはお二人でごゆっくり。

一か月の休暇を有意義に過ごせますように、ファントムさん。

では。
(フォリニックが去っていく足音)

行っちゃいました。

ふぅ……やはりフォリニックさんとお話するにはまだ慣れません、いつも緊張してしまいます……

そちらは大丈夫でしたか?

問題はない。

にゃー。

ミス・クリスティーンか。

(ファントムにすりすり)

よしてくれ。

これからの休暇ですけど、ファントムさんもきちんと休養してください。

休暇?

考えもしなかったな。休暇か、一体何をすれば……

そうですねぇ、たとえば……映画鑑賞とか?

私でしたら、よく映画を見に行きますよ、その時の心情変化を記録しておきたいので。

映画を見てる時は、いつもよく自分が映画の中の人たちのように生活していたらなぁと想像しています、けど同時に、自分がスクリーン外で人物なんだって矛盾したことも考えてしまうんです……

……気を付けたほうがいい。

他者の生活を想像することは、あまりいいことではないぞ。

わかっていますが、けど、私はいつもこうしてリラックスしていますので

それに……こう言うと申し訳ないと言いますか、一部のオペレーターには、私が書いたそれらを読むのが好きな方々がいるらしくて……

自分ではよく書けてるとは思っていませんよ、ただ皆さんが喜んでいるのであれば、それも悪くはないかなと。

そうか……

にゃー――

ミス・クリスティーン?

くずぐったい、やめてくれ……ん?なんだこれは?

おそらく、そのメモをあなたに見せたいのではないかと。

……

「マルチメディアスタジオのスタッフを数名募集」――
……

「スタジオを全体的に緊迫感と抑圧された探検の雰囲気に設計してくれる方」

「スタジオ内の謎かけとトリックを設計してくれる方」

「お芝居ができる方であれば――」

「――なおよし。」
……

「企画及び運営の期間は一か月。期間中は賃金報酬と、一日三食付き。」

「ご興味があるオペレーター及び本艦に滞在してるオペレーターがございましたら人事部にて詳細をお伝え致します。」

マルチメディアスタジオ……

五感を刺激する没入型体験を謳う新型のアトラクションらしいですよ。

確か……ほとんどのスタジオはホラーとサスペンスをメインテーマに置いていました。

この前目にしたことがあるのですが、あの時のテーマはミノスの地下迷宮でしたよ。

私も一度は足を運んでみたいと思っています。

ただ以前にA1小隊のオペレーターが体験したあと私に言ってきたんです――

「すごい怖かった!」と。

でも、話してる時の彼女たちはなんだか楽しそうに見えました。

(恐怖から、喜びを感じている?)

(ふむ……驚かされるのが好きなのだろうか?)

あの時は行く度胸がありませんでしたが、今考えると、少々後悔しています……

今回ならもしくは、ウィーディさんにお願いして連れて行ってもらえれば嬉しい限りです。

ミス・クリスティーン、君はこれを私に見せたかったのか?

にゃ!

ふむ……

君の考えはおおかた理解したよ。

もう行かれるのですか?その、休暇の過ごし方は思いつきましたか?

少々な。

もし適度な恐怖が他者に快楽をもたらすのであれば。

私にも試す価値は……あると思う。
