
スカジが意識を失った現地の住民たちに目をくれながら、地面に置いていた箱を引っ提げた。


……こ、こんにちは。

ん?まだ一人いたの。

ま、待って……私は彼らとは違う。あなたが悪い人じゃないのも分かるから。

私の話が通じるのね。

あなたはバンコを追いかけてここに来たのよね。

う、ううぅ……フエゴ、フエゴの……

この子が逃げるから、追いかけただけ。

私たちに悪意はないのね。

この子が私のものを返してくれればね。

え?

ば、バンコ……何を盗んだの?

キラキラ……キラキラしてる……硬い……痛い……うううぅ……

それは食べちゃダメだよ!は、はやくペッしなさい!

ごめんなさい、バンコは見たことないものがあると取っちゃう癖があるの。取っちゃいけないものが彼には分からないの。

(ネックレスを受け取る)

うわ、よだれまみれ……手を汚しちゃってごめんなさい。

取り戻せたから気にしないわ。

見ない顔ね。外から来たの?

ほかのイベリアの町から来たわ。

ほかの場所から来た人なんて珍しいね。

それにその衣装……変ね。こんな布生地見たことないわ。外の人たちはみんなこんな服を着てるの?

こんな装いをするのは吟遊詩人だけよ。

ぎんゆう……しじん?プランチャたちにもそんなこと言ってたけど、それって何なの。

私みたいにあちこち行って、たまにその地に留まって、ハープを弾いて、歌を歌う人のことよ。

じゃあその箱はなに、何が入ってるの?

サックス。

さっくすって何?

楽器よ。

本当に吟遊詩人なの?

ええ。

(ボソボソ)

じゃああなたは何しに来たの?歌を歌いに来たの?

人を探しに来たの。

その人って誰?同じ吟遊詩人なの?

そうよ。私の仲間であり、僚友なの。

その人も塩風町に来ているの?

そうよ。見かけてないかしら?

その人がどんな見た目してるのかすら教えてくれてないじゃない……まあいいわ!さっきも言ってたけど、私一度もあなたみたいな人を見たことがないの。

ほかの人にも尋ねたいわ。案内してくれる?

案内?私……あのトラップを仕掛けた人なのよ。とっくに知ってるのかと思ってた。

気にしないわ。

私を責めないの?少なくとも……私も懲らしめるのかと思ってたわ。

行きましょ。時間が惜しいわ。

わかった……


……

きゃ!

きゅ、急に立ち止まってどうしたの……箱にぶつかっちゃった、いたた。

言いい忘れてたわ。この箱に入ってる中身だけど、あなたの役に立たないわよ。

私の人探しを手伝ってくれたら、これ以外であなたの欲しいものなら、何だったあげるわ。

いやそんな、ただちょっと気になってただけだよ……そんなに分かりやすかった?

あなたが仕掛けたトラップ同様分かりやすかったわ。

へぇ……詩人さん、腕利きだけじゃなくて、察しもいいんだね。

九十八……

九十九……

……

あなたたちって、どうやって尋ねればいいの?

え?あなたは普段外でどうやって尋ねてるの?

(ドンっと背負ってる箱を下ろす)

これで尋ねてる。

え?さ……サックスで?楽器で人に尋ねてるの?

……ええ。

ブーブー、ブォン、パフ。

……結構変な音色を奏でるんだね。

効率はいいわ。普通ならすぐにあっちから聞いてくる。

それでも喋らないのがいたら、曲を変えて、もう一回吹けばいい。

じゃあここだと通用しないと思うなぁ。

かもね。

(箱を撫でる)

でなければ、さっきの二人も、もう口を割いてるかもしれない。

プランチャたちのこと?あの二人もきっと楽器のことは知らないと思うよ。ここの人たちって、普段自分のやることしかやらないの、あんまり他人のことも気にしないし。

それにみんな、えっと、口数が少なくてね。知ってても、あんまり答えてくれないよ。

あなたは私に話しかけてきたじゃない。

……まあ私は他と比べてちょっと違くて、変だから。

あなたは彼らより流暢に話をしてるわ。

そうなの?それは嬉しいわ。これもペトラお婆さんのおかげね。

そうだ、まだほかの人を尋ねたいのなら、ペトラお婆さんのところまで案内してあげるよ。彼女はここ一番の年長者だから、知ってることも多いと思うよ。

じゃあ頼むわ。

わかった、じゃあ詩人さん、こっち行こ。

こっち?

九十九、九十九……

九十九……

彼らのことが気になるの?放っておいても大丈夫だよ、みんなただ立ってるだけだから。道はちょっと狭いけど、彼らに触れちゃっても大丈夫だよ、特に反応することもないし、だよね、メサ?

……

……

えぇ?ジャンプして――頭上を飛び越えた?ど、どうやったらそんなことができるの?全然下の人に触れなかったし。

外の人たちってみんなそんな感じなの?すごーい!


ついたよ!

ペトラお婆さん!ペ――ト――ラ――お婆さん!
(女性住民が駆け寄る足音)


大声を出さないでおくれ、あたしの鼓膜を破裂させたいのかい?

えへへ、お婆さん、今日も元気だね!相変わらず――えっと、日向ぼっこしてるの?

日向ぼっこね……フッ、ここに太陽なんかあると思うかい。何年も待ち続けてきたのに、太陽なんて一度も現れたことないよ。

アニータ、あんたはまた何をしてるんだい?いっつもあちこち走り回って、まるで大事でも起きたようじゃないかい。

……こんな場所に、大事なんてあるもんかい?

ペトラお婆さん、私は別に用はないよ、ただあなたに会いたい人がいるわ。

――あれ、詩人さんは?
スカジは町の向こう側を眺めていた。
そこに人影は一人もいない、少なくともそう見える。

……
(女性住民が寄ってくる足音)

急にここに来てどうしたの?

誰かが見てる。

そう?どこにいるの?私には見えないけど。

うまく身を隠しているわ。でも、まだまだね。

なんでそんなに警戒しているの?吟遊詩人なんでしょ?歌を歌ってる時とか、みんなに見られるのは慣れてるはずなんじゃないの?

……そうね。

なら行こ!今日のペトラお婆さんは機嫌がいいから、何か聞いたら分かるかもしれないわよ。

街の片隅で、老女は一本の柱の周りをぐるぐると回っていた。
身はよろけていて、足取りもふらついていた。

天の赤き霞よ、我が紅の装束に映えらん……愛しい人よ、あたしを青き海へと連れて行っておくれ……

ペトラお婆さん、何をしてるの?

アニータ、ああ、悪い子のアニータ!あたしがダンスを踊ってるのが見えないのかい?

女子がダンスを踊ってる時は、誰だろうと邪魔しちゃいけないのよ。あんたも一緒にどうだい、アニータ?

わ……私は分からないからいいや。

ゆっくり踊ってね、めまいを起こしちゃったら大変だから。

お黙り!あたしがめまいを起こすわけあるかい?一気に十数ターンを回ることだってできるのよ、そしたら町中から拍手が起こるわ!

あたしは……ゴホゴホッ……

少し休んだほうがいいよ。吟遊詩人さんがあなたを訪ねてきたのよ、あなたに聞きたいことがあるって。

吟遊詩人?ここ数十年一度も吟遊詩人なんか見たことない。

この日差し……日差しが長すぎるわ。どうして夜はまだ来ないのよ。日が暮れたら、酒場でハープを弾く人が現れるわ……あんたもそこに行って弾くのかしら?

あたしたちは広場でダンスを踊る、そう、ここで……ああ、まだまだターンを回れるわ。

あたしは赤いスカートを持ってるんだけど、お嬢ちゃん、あたしに言わせれば、あたしのスカートはあんたのなんかよりもよっぽどキレイだよ。

たくさんの男たちがあたしと踊りたがっていたわ。彼らの中で、あたしはマヌエルが一番好きだった、若い頃なんかとてもハンサムだったのよ。

はいはい、ペトラお婆さん、それもう何回も聞いたよ。

もう一度聞いておくが、誰があたしを尋ねてきたって?

あたしを探してると言うのはあんたかい、その赤いスカート、綺麗だねぇ。

赤色の……いや、いやだ……赤色はいやだ。

海だ!海は生きているんだ!

ヤバッ、また始まっちゃった……

……突如湧き上がってきたんだ。みんな死んだ!普通に……みんな普通に暮らしてただけのいい人だったのに。生き残った連中は食い物にもありつけなくなった。

マヌエル……マヌエルはあたしを連れて行ってくれるって言った。でも後で彼は後悔した。出て行った連中はみんな帰ってこなかった、みんな外で死んだって言ったんだ。

それももう聞いたよ。

そしたら彼はあたしを守ると言ってくれた。あたしに約束もしてくれたんだ――あたしを守ってくれるって!でも彼はあたしを騙してたんだ――

彼はあたしが隠していた食い物を全部騙し取ろうと――ゴホゴホッ、あたしはいいよと彼に嘘を言った、母が残してくれた銀の花瓶を拾って――ゴホゴホッゴホゴホッ――

赤色……あたしの好きな赤色の……いや、いやだ……

ペトラお婆さん、ペトラお婆さんってば!もういいよ、それを話し出すと、いっつも息絶え絶えになっちゃうんだから。

今日私が連れてきたこの人は、別のことを聞きたいんだって。

何を?誰が?

彼女だよ、外からやってきた吟遊詩人さん。

人探ししてるんでしょ、はやく聞いちゃいなよ!まだペトラお婆さんが答えられる今のうちにさ。

こんにちは――

あんたは誰だい?

吟遊詩人。人を探してるの。私と同じ感じで、外からやってきた人を。

外――外からやってきた人だと!ウソを言うな!

外からこんな場所に来る人なんているはずもない、彼らはとっくにあたしらを見捨てたんだ……

あたしの食い物を奪いに来たんだろ?あたしの食い物を、服を奪いに来たんだ、あたしの肉を、あたしの血を啜りに――

バケモノ!このバケモノめ!

(眉をひそめる)

お婆さん、ここにバケモノなんていないよ。彼女はただの吟遊詩人だってば。

赤いスカート……赤い……見つけた、歌声が……聞こえてきた……マヌエルがあたしを待っているんだ、行かねば、もう行かねば……

……愛しい人よ、我が赤き装束に映えらん……紅の装束……

はぁ。

ごめんね、今日のペトラお婆さんは調子が悪いそうなの、ここに連れてくるべきじゃなかったかもね。

先にお婆さんを部屋に連れて行くから、詩人さん、ちょっとだけ待っててね。

(女性住民が寄ってくる足音)

お待たせ詩人さん、まだあなたを見てる人を探してたの?
斜め向こう側に黒い影がいたがより暗い陰影の中へ隠れていった。

平気。

まだ表に出てない面倒事は、牙を出してない小さな獣みたいなもの。放っておくわ。

ペトラお婆さんどうしちゃったんだろ……

彼女はハープも、ダンスも知っていた。話し方からして外の人っぽかったわ。

そうなの?どうりで、彼女色んなことを話してくれるけど、聞いてもわかんない話ばっかりだったよ。

私をバケモノとも言っていたわ。

わざとそんなことを言ってるわけじゃないよ。お婆さんはよく目に見えないものが見えるの、まるでいつも夢を見ているようなのよ。

……みんなそうよ。

ちょっと気分がすぐれないから、探してる人のこと聞けなくなっちゃったね。

残念だわ。

詩人さん、焦らなくても大丈夫だよ。

私が住んでるところにはまだほかにも兄弟たちがいるから。あとで彼らのところに連れてってあげるよ。彼らが口を利いてくれるかは分からないけどね。話が通じない時とかしょっちゅうあるからさ。

兄弟?

うん、兄弟。あなたもイベリア人なんでしょ、そっちもこんな風に呼ばないの?

私のお母さんは私以外の子供がいなかったの、でもね、私にはほかにもたくさんの兄弟や姉妹がいるのよ。町のみんなは兄弟姉妹、法律でそう書かれているから。

……

まだそんなのを信じているのね。

でも実際そうでしょ?私の小さい頃とか、あとペトラお婆さんから聞いた話だと、昔のあの暗い日々で、私たちはみんな間違いを犯したの。

あの時はみんな自分のことしか考えてなくて、自分の家に引きこもって、全然人と話もしなかったよ。缶詰を掘り出して、それに、えっと、喧嘩をしょっちゅうしてたわ。

でもそれから状況がどんどん良くなっていったの。みんな一緒に住むようになって、たまに話を交わすようにもなった。みんな、えっと、喜びを分かち合うようになったのよ。

――「みな生き延びたい、だからお互いをより愛そう。愛ゆえに、我々は密接な関係にあり、強盗も、争いもしてはならない。」

「己を強くし、さらには一族をより強くする、そこからより良い生活を送れるようになる。」ってね。

耳に馴染む言葉ね。

そうなの?司教様が言ってたわ、外にいるみんなもこれを信じているって。

言い忘れたけど、これは全部司教様が私たちに教えてくれた言葉だからね!

毎回色んなことを教えてくれるんだ……ほとんど理解できないけど、でもさっき言ったことを除けば、みんなを兄弟として扱うこと、みんなに優しくすることだけは憶えているよ、いいことなんだし当然だよね?

司教が?

そうだよ。彼もあなたと同じ、外からやってきたんだよ。まあ大分昔のことになるけどね。

あの方が来てくれたからこそ、私たちの暮らしも良くなったの。あの方も私たちの兄弟みたいなものよ。

その人はいつも一人なの?

ほとんど一人でいることが多いかな。ああ、プランチャたちによれば、もう一人いるらしいよ。

それって誰?

見たことないから分からないかな。彼女もそんな顔を出すような人じゃないし。昔司教様が私たちに教えてくれたんだけど、その人は司教様の背後に立ってるんだって。だから私はチラッと見かけただけかな。

そう。

どうしたの……そんな焦っちゃって、どこか行きたいところでもあるの?

教会に行くわ。

教会への道は分かる?

あなたたちの教会、そんな見分けがつかないような建物じゃないわ。

でも道はちょっと難しいよ。ここからずっと海辺まで行かないといけないからね。じゃあ、私が方向を案内してあげるよ。
女の子はスカジを連れて長い長い道を歩んだ。
教会の尖塔がすぐ目の前に見えるところまで、二人は海岸に近づいてきた、しかし実際はまだまだ遠い距離があった。

(スカジ達の足音)

立ち止まってどうしたの?

……

ついてきてる。

なに?何の話?

あのしつこい獣たちが。

おかしいなぁ、その獣だけど、動物のことを指してるんだよね?ここに生きてる動物なんていないよ、とっくに全部いなくなったからね!

気にしないで、進みましょ。

まあいいか、外から来たお客さんだし、お好きなように。
(スカジ達の足音)


見えた?あそこだよ。

でも私たちこの時期に教会には行かないよ。

入る方法ならあるわ。

そりゃ入れるよ、私たちもね。教会の門はいついかなる時でも信じる者ために開かれる、あの司教様が言ってたからね。でも……人を探しているんだよね?

司教様ならこの時期に教会にはいないよ。

いつここに来るの?

毎回同じ時期になると、あっちから私たちの目の前に現れてくれるんだ、そして親切に誰とでもお話を聞いてくれるの。

聞きたいことがあるんだったら、その時に彼を尋ねるといいよ。どんなことでもきっと答えてくれるはずだよ。

現れた当日から、二日目の太陽が昇る時まで、ずっと教会にいてくれるから。

そうだ、人探しも助けてくれるんだった!あの司教様なら、きっと私たちより知ってること多いはずだしね!

その時期っていつなの?

うーん、暫くの間司教様を見てないからなぁ。私は彼らと違って、あんまり日数とか数えないし。でもたぶんこの二日ぐらいじゃないかな?みんなの食べ物ももうすぐ尽きそうだしね。

そう。

変だなぁ、いっつも“そう”って言うけど、本心で答えてるようには聞こえないんだけどなぁ。

いやダメダメ、司教様も言ってた、人を疑っちゃダメだって。はぁ、みんないっつも私は考えすぎだって、そんなんじゃ良い暮らしのためにはならないって言ってくるしなぁ。

それも彼から言われたの?

あはは、司教様はそんなこと言わないよ、じゃないととっくに説教の途中で抜け出してるよ。

プランチャたちに言われたんだよ、みんなうるさいって言ってくるんだよ。私だって好きで考えてるわけじゃないし。ここにいる人たちはみんな、静かすぎるんだよ。

みーんな黙っちゃってる時とか、つまんないから、一人でベラベラ喋るしかないんだから仕方ないじゃない。

昔はペトラお婆さんしか話し相手はいなかったなぁ。でも今はあなたもいるから、私嬉しいよ。あ、もしかしてあなたもうるさいって思ってる?

……

私が来たところは、あなた以上に口が止まらない人がいるわ。

じゃあ、そこはきっといい場所なんだね。

……そうかもね。

あなたがいた場所って、みんなダンスが踊れるの?さっきペトラお婆さんが言ってたように、広場でダンスパーティーが開かれるの?

たまにはね。

じゃあなんであなたは踊らないの?ハープは持ってるのに。

ペトラお婆さんが言ってた。あなたたちって歌いながら踊るんじゃないの?

私のダンスは……あなたたちには見せられないわ。

どうして?

時も、場合も、目の前に人も、全部違うから。

あなたって変わってるね、私よりも変わってるよ。あなたのお家は一体どこにあるの?あなたが来た場所にいる人たちって、みんなあなたみたいに変なの?

(ハープを弾く)

私が来た場所は、家ではないわ。

私は自分の家すら見失ってしまった、お家はもうないの。

そんなの気にしなくていいよ。私もとっくに失くしてるよ、数年前にすごい風が吹いて、家が崩れちゃったから。お母さんは当時部屋にいたから、それで亡くなっちゃったんだけど。

……

でも大丈夫。みんな同じようなもんだから。家がなくなったのなら、人が住んでないところをまた探せばいいし。ここは部屋ならたくさんあるからね。

そうだ、ダンスはダメなんだったら、歌を聞かせてもいいかな?

私ほかの人の歌なんて一度も聞いたことがないの。

いつかね。

やったぁ!

あ、こんなに歩いたから、お腹空いちゃった。

あなたもお腹空いたんじゃない?お腹を空かせちゃうと、歌も歌えないでしょ?

食べ物を探しに行こっか。

そうね……

私が速く歩きすぎたせいかな?詩人さんはまだ道がわからないものね、忘れてたよ。

そうだ、私の名前はアニータ!これから私の名前を呼んでくれれば、もう置いて行ったりしないから。私を呼んでくれれば、いつでも足を止めて待ってあげるからね。
