……
長官!
下がっていろ。ヤツはお前の相手ではない。
しかし……
下がっていろ。
了解しました!
スカジは目の前の人と十数メートルの間隔があり、お互い静止し睨み合っていた。
あなた、彼女より強いのね。
お前はこの町に踏み入るべきではない。
もう踏み入ってしまってるわ。
なら規則違反だ、代償は支払ってもらう。
そんなの知らないわ。
ここに残るつもりだな。
……あなたと戦いたくないのだけれど。
フン。邪悪なエーギル人め、きっと恐れおののいてるのですね!長官がいる限り、もう逃げられませんよ。
でも、もしどうしてもというのなら――
(エーギル語)あなたたちを倒すわ。
一歩踏み出し、加速し、突撃した。
速い、さっき私と戦ってた時よりよっぽど速い!
あんな速さだと、彼女のスカートにすら攻撃を当てられない……一体まだ何かを隠しているというの!?
大審問官にぶつかる前に、スカジは距離を空けた。
彼女は波に打ち上げられた魚のように、空中に高く飛び上がり、そしてボロボロな屋根に落下していった。
大審問官はまるで影のようにスカジを捕らえていた。二人は身体をぶつけ合い、後退し、そして再び衝突する。元から満身創痍だった町がこれほどの衝撃を耐えられるはずもなく、街道上の建物が次々と崩れていった。
攻撃と回避がどんどん速くなっている、先生も同じだ。私じゃ到底追いつけない。
私って……こんなに差があったの!?
ダメだ、こんなんじゃダメだ。あれはエーギル人、エーギル人に負けるわけにはいきません。
でもあのエーギル人、なんだか、まだあの箱を武器として扱ってるような……何なんですかあの箱は!いくらなんでも頑丈すぎます!
でも、先生も拳銃を使っていない。もし使ってたら……一瞬でケリがつくはずですよね?この街もろとも、粉々になるはず。
それにしても……あれってエーギル人ですよね?彼女の見た目、あのバケモノとは全然違う……
彼女は……何かのアーツを使ってるのでしょうか?全然分からない。私たちのランプも……まったく彼女の力を抑えられていない。
――このエーギル人、秘密が多すぎる。
(爆発音)
街全体の振動が徐々に治まった。土埃と煙の中から、年長の審問官が再び姿を現した。
……
長官!やっぱり長官が勝ったんですね。私なら信じてましたよ、誰だろうとあなたには敵いませんからね。
あれ、あのエーギル人はどこへ?
逃げた。
え?そんな……まさか?
怪我をした、そう遠くへは逃げられん。
なら私が探して――
お前じゃ相手にらん。
お言葉ですが……だとしてもあのような人を海岸で野放しにするわけにはいきません!
向かった方向を見るに、彼女はきっと住民の集合住宅地に向かったんでしょう。おそらく人混みに紛れたと思います、住民の中には彼女を助ける人もいましたから。あとで私が一軒一軒探してきます。
それが正しいと思っているのなら、好きなようするといい。
わかりました――
……
長官、この町の異常事態は、彼女がもたらしたものなのでしょうか?
私はお前に状況を見てこいと言ったな。何を見たんだ?
この町の人々ですが、みんな異常な行動をとっていました。毎日眠気が覚めていないような様子で。彼らの行動は、目標を達成するための行為じゃありません。食事だって、満腹を得るための行為じゃありませんでした。
彼らはみんな海へ向かっていました、しかしみんな入水自殺とは思ってないようです。
住民たちを制止したのか?
はい。けど間違った行動なのは確かです。
我々が注目すべきは、結果だ。お前は自身の正す行為が正しい結果をもたらしてくれると思っているのであれば、続けるといい。
正しい結果ですか……
もし違ったのであれば、それ相応の選択をするんだ。
審問官よ――お前は自身の双眼、自身の剣を以て、このイベリア最大の脅威に目を光らせておけ。
はい、長官!
最大の脅威とは……あの岸に上げってきているバケモノたちのことですよね。
まさか、あの海に入ろうとした人たちは、バケモノと何か関係があるというのでしょうか?
いや……きっと関係はあるはずですね。
先生も言ってました、異常は往々にして単一の現象ではない。この恐ろしい異常には、必ず何か関連性があると。
問題を解決する前に――まずはその問題の在処を見定めるんだ。
わ、分かってますよ!
――きっと裏で隠れながら企みを考えているエーギル人に違いありません!
ヤツらは岸に潜みながら、私たちの法律の隙間にかいくぐり、私たちの都市の血肉を腐らせ、私たちの同胞の志を動揺させ、私たちの国の根幹を蝕もうとしています。
ヤツらの陰謀がことを為す前に、この町が絶望の深淵へ引きずり込まれる前に――
私たちで必ず、ヤツらを見つけ出し、抹消します!
(アニータが駆け寄ってくる足音)
詩人さん……詩人さん?ここにいるの?
……
ずいぶん探したよ。審問官もきっとここは見つからないだろうね、なんせ部屋が多すぎる、夜になると、それこそ一苦労だよ。
分かるよ……私たちを避けてるんでしょ。あなたは私たちが住んでる場所からできるだけ遠くへ離れたいんでしょ。
ここを見つけ出すのにはホント骨が折れたよ……ふぅ……ここって海岸からすごく近いのね。
これは波の音かな?こんなに大きかったんだ。それに……呼吸の音も聞こえる。
詩人さん、ここで何をしてるの?呼吸の音がいつもと全然違うよ。
あなたたちに危険が迫っているわ。
それってどういう……あれ、それ、怪我してるの?
血が流れてる。逃げるわよ!
(審問官が駆け寄ってくる足音)
逃げる?させませんよ。
審問官!?まさかずっと私をついてきて……ぜ、全然分からなかった。
一般人にまんまと見つかるような私じゃありませんのでね。オホン、もちろん、あなたを尾行しなくとも、ここを見つけられますけどね!
またあなた。
なんです、怖気づきましたか?
さっきのは、オホン、認めましょう、私の落ち度で、危うくあなたを取り逃がすところでした。
しかし、エーギル人、今度こそあなたを捕らえますよ!
で、でも、彼女は怪我を――
ん?あなたは私を妨害して、その危険なエーギル人を守ろうとするつもりですか、市民?だったら、あなたも彼女と同罪になりますよ!
わ、私は……
あなたはほかの人とは違いますね。少なくとも、恐れている目をしています。
今のところ、あなたはまだ過ちを犯していませんよ。さっさとどきなさい!私もあなたに剣を向けたくないんです。
まだよ――
何がまだなんですか?あなた……私を舐めてます?私じゃあなたを捕まえられないと?
ふん、まあ私は確かに長官ではありませんからね。けどこっちもすでに準備はしてきたんです。
私は全力で、あなたを対処します!
剣が鞘から出る前に、スカジは審問官の腕を掴み――自身の背後へと引っ張っていった。
なっ、どういうつもりですか?
声を出さないで。
放してください、この生臭いエーギル人め、私の手を抑えれば剣は使えないと思わないでください、こっちにはまだ拳銃が――
うるさい、アレに見つかる。
むごご……もう一本の手も……抑えられて……
ねぇ、聞こえるかな、何か音がするよ?
聞こえるわ……粘っこい何かが地面を這ってるような……それにたくさんいる……外にいるらしいね。
これって……何なんだろ?私たち人間が出した音じゃなさそう、今まで聞いたこともないし……
近づいてくる。
数が、増えてる。
原因はなんだ、ここの人たちか、それとも彼女たちか?
(斬撃音)
十匹――
(斬撃音)
二十匹。
――まだまだ増えている、そして進んでいる。何かがヤツらを海岸へ上がらせ、町に誘い込んでいるんだ。
そして来ている方向には――
教会か。
(斬撃音)
ふむ、彼らも興奮しておるな。
……本当にこんなモノを愛でるつもりですか?
言葉遣いに気を付けろ。彼らは“こんなモノ”などではない。彼らはすでにこの海の一部、海の嗣子となったのだ、君なんかよりよっぽど純粋だよ
……
ああ……潮汐は至った。今晩は特別な夜になるぞ。
彼らはきっと匂いを嗅ぎつけたのだろう。同胞が加わった時、彼らはいつも躍起になり、焦り出す、あまつさえ海面に浮上して、陸に上がって迎え入れようとする。
まあいたって普通のことだ。我らはみな己の兄弟と姉妹たちを愛しておるからな。
本当にヤツらをご自身の兄弟と思っているのですか?
違うとでも言いたいのかい?必要があれば、私はあの陸で今も二足歩行せねばならない連中のことも兄弟と称するさ。
もし君が最も汚れた雑種の血が流れていなければ、いずれ君もその機会を得ただろうに。
ほう?それは誠に遺憾だこと。
(海水に触れる)
面白い。今夜は……彼らも予想外に元気なようだ。きっとたくさんの新旧の友人が訪れてきたからなのだろうな。
気にならないかい?上で一体何が起こってるのかを。
……うるさい。
本当にうるさい。寝つけられない。
頭に布団を被せよう。
何も聞こえない。
何も見えない。
……
うぅ……腹が減った……
腹が減った。
減った。
プランチャ……
(打撃音)
きゃ!
うわあああ――
来た。
な、何なんですかこれは!?黒い……花?それとも魚?なんで動いてるんですか?気持ち悪い、うえ……
まさか……いやでも、それじゃ辻褄が合いません!
窓を叩いてる!もしかして……入ろうとしているの!?
(打撃音)
は、入らせてはダメです!
戸締りをしっかりと――
無駄だよ、ここの窓は元から壊れてるんだから、ほら上を見て、あちこち隙間だらけ……
――なんか伸ばしてきた!
(窓が割れる音と斬撃音)
うわぁ、まだ動いてる!こんな小さい一塊にも関わらず、地面をビチビチと這いながら、私たちに向かってきている!?
こんなモノ……なんでこんなにしぶといんですか!
数が多すぎるよ……外にもまだたくさんいる。
(斬撃音)
斬っても斬っても終わりが見えません!
私のランプ……はダメみたいですね、ヤツらになんの効果もない。
……弾丸もあと一発しかないし。
し、審問官さん!?
動かないでください!銃を撃ちますので、そしたら二人は奥へ逃げてください。廃墟なら少なくともこんなボロ窓よりは頑丈かと思います。
でも手が震えて……
聖なる経文よ……私に力をお与えください。
こ、コイツらなんかもう怖くありませんよ!
すぐに外に出て、殺せるだけ殺します、たぶん少しは時間稼ぎになるかと思いますので、二人ははやく逃げてください……
……
あなた、この子を連れて奥に逃げて。
へ?何を言ってるんですか!あなたの目は節穴ですか?私じゃこんな数――対処しきれないんですよ!もうすぐコイツらが押し寄せてきます。屋内も屋外も大差ありませんよ!
よく聞いて、ドアや窓からはなるべく離れるのよ。
ちょっとは人の話を聞き――
私が行くわ。コイツらを引き離す。
なんですって!?
詩人さん、出ちゃダメだよ……
あなたはすごいよ、私が今まで見てきた誰よりも強い、でも今は怪我をしてるじゃない!それにあの変なヤツら、か、数が多すぎるよ!
審問官さんも、どうか行かないで……
一緒に隠れよ?わ、私ここに食器棚があるの知ってるんだ、しかもちゃんと閉められるよ、すぐ後ろの部屋にあるから、三人で頑張って詰めたら、たぶん……
私が行かないとダメなのよ。そうしないと、あなたたちを死なせてしまう。
ちょっと、エーギル人、英雄気取りならまだあなたの番じゃありませんよ!
よく聞いて。これはあなたたちとはなんの関係もないことなの。
だって――アレらの目当ては私だから。
スカジはドアを開けた。
久しぶりの匂いが潮風に運ばれて脳裏へと入り込んでいった、未だかつて陸には属さない生き物たちがぎっしりと街道を埋め尽くしていた。
生き物たちは上下に蠕動し、呼吸し、委縮した、腐敗と長命を模したその行いで、文明という岸が生き物たちの身躯によって陥落した。
……
……
!!!
スカジはまた一歩足を前に出した。