ケルシー医師。説明を。
……こんな簡単に終わるはずがないって思ってた。
イベリア人が当然知ってる事実より、貴殿ら審問会はあまりにも多くの秘密を抱えています。
ケルシー女史。イベリアで流言飛語は禁止されている。
審問官閣下、閣下がその秘密らをご存じだから言ったまでです。
アビサル教会はすでにイベリアに浸透し、イベリアの暗所で根を張っています。
貴殿らと海のかつての関係を利用し、イベリアの廃棄された土地はアビサル教会が陸地にその触手を伸ばす拠点と化しました。
彼らは貴殿らの経典を独自に解釈し、貴殿らの観点を歪ませ、今なお奥深くに潜伏しています、貴殿らと彼らは両者立てれば身が立たぬ状態にあるのです。
……だから助けてほしいとお声に掛けて頂きたいのです。これ以上国土と信仰の浅ましい紛争に頭を抱えていては、いずれ最後のチャンスすらも逃してしまいます。
怪訝な面持ちでケルシーと対峙するハンターたちと審問官。その時スカジはこう思った、おそらくケルシーは本当に彼ら側についているのかもしれない、と。
大審問官閣下、イベリア人はほかとは異なる存在です。
貴殿らが毎日目に入れる地平線はこの大地のほかの人々が目にしてるのとは違う。
貴殿らはご自分たちが日夜過ごしてる場所をなんと呼称していますか?――海辺です。
ほかの人々は陸地で生活してる、しかしイベリア人は海辺で生活している。
荒野や都市で暮らしていようが、大半の人々は、上を見上げれば空が目に入り、地平線を望めば果てしない大地と、連なる山脈しか目に入っておりません。
彼らは雲を超えたその上にあるすべて事象とは無関係です。
そのため、彼らが持ちゆるすべては“この大地”にしかありません。
彼らは自分たちの生活拠点を大地と呼んでいます、なぜなら彼らはこの世界には陸地以外に生き物は存在しないと考えているからです。
封鎖された都市、閉鎖的な村落、容易に命を落とす荒野、自分たちの目に入るもの以外、彼らは何も信用していないのです。
そして彼女たちを見ててください。彼女たち、アビサルのハンターを。エーギル人を。
この陸地よりさらに広大な海洋を。
イベリアはほかの国家とは異なります。
陸地にいる彼らは自分たちの航路と権力に心酔している、無限にある可能性を、本来ならできるはずの探索を、この地の辺境を彼らは疎かにし目を瞑っている。
それに比べて貴殿らの世界はより完璧に近しい。貴殿らは海のみならず、陸地すらも理解されている、イベリアはご自分たちが身を置いてる状況の最も基礎的な認知を備えているのです。
そのおかげで貴殿らははるか過去よりすでに大きくリードしてきた……
もう結構だ。
過去のことだ。都市の輝きは消え、今のイベリアには廃墟しか残されていない。
少々驚きました、閣下。てっきりこの話題は避けていたのかと。
お前は盲でもなく、ここに立っているだろ。なら見上げて見てみろ。
イベリアの海岸には、この塩風町のような都市がずらりと並んでいるんだ。
かつてのイベリアは輝かしかった、だが今ではこのような遺跡がどれほど存在していると思う?
ケルシーは知っている、大審問官も当然だが知っている。しかし大審問官の顔は相変わらず鉄のように無表情で、目や眉毛からこれっぽっちの感情も露になることはなかった。
それに加えて、今の彼は仮面を被っている。
もし泣くのであれば、イベリア人とて号泣するだろう、もし笑うのであれば、イベリア人とて大声で笑うだろう。
しかし、感情豊かだったイベリア人は、目の前にいるこの男のようになってしまった。
表情も、感情もない。イベリアの黄金時代は彼らの静寂と化した命の中へと消えてしまったのだ。
あまりにも数が多すぎるのだ。
私たちだけでは支援しきれん。それに多くの都市はすでに凋落している。
大静寂のあと、イベリアは死んだのだ。
であればより多くの支援が必要です。
イベリアで何が起こったかを知る者などいない。知ってはいけないのだ。
イベリアはかつて滅亡に瀕していたからですか?
今でもそうだ、イベリアは二度も滅ぼされるわけにはいかん。
しかし貴殿らがいます。イベリアの民たちは依然と存在してるではありませんか。
私は信じておりますよ、イベリアの民たちはたとえ都市が一つも残らなかったとしても……
ケルシーは三人のアビサルハンターに目を向けた、その中の一人、スカジはちょうど騒ぎを聞きつけ建物から出てきた住民たちの元へ向かっていた、なにやら彼らと話をするようだ。
彼らもそう簡単には死にませんよ。
閣下、一言申し上げさせてください。
エーギル人は傲慢と偏見によって滅ぼされました、この土地はこれ以上深海の民たちと同じ轍を踏んではなりません。
もしイベリアもあの災難の余波で倒れてしまえば、海の真実とその恐ろしい脅威を知る者はいなくなってしまいます。
凍原で行われる百年に一度の狩猟のように、今の我々も一国の栄誉や恥辱ではなく、人類の領土を守護しているのです、たとえ相手が海中のバケモノでなくとも。
しかし、もしイベリアが今もこのように虫の息のままであれば……
ケルシーは大審問官の目を見つめた。しかし大審問官の表情は変わらなかった、拒絶も、許しもなかった。
しかしケルシーはそれでも話を続けた。
イベリアはいずれ必ず滅ぶでしょう。
今ならまだ貴殿らの故郷を、イベリアを再建できます。
そんなことはもう信じない。
私の目的は、貴殿を信じさせることではありません、閣下。ただ貴殿に知ってほしいのです。
この答えは、この決定は、貴殿が下さなくとも、今下さなくとも結構です。
――
だが塩風町の一件にはケジメをつけなければならん。
ハンターたちを見る大審問官。
ここにいる人で、誰か一人はここに残ってもらわねばならん。
ならわたくしが。
いや、私が。
ケルシー、話した通りに。私がいなくなったら、あなたが彼女たちを率いてちょうだい。
隊長……?
それってどういうこと?
……
大審問官閣下、私にもここに残る資格はありますでしょうか?
私が審問を代理致します。私が一連の経緯を整理致しましょう。あなたもご自分が必要としてる情報が得られると思いますが。
私ならイベリアの牢獄にも耐えられます。
――
そこまで言うのであれば。
ケルシーさん?
……先生?
つまりお前はこの者たちを国外に追放してやりたいと言うのだな?
今のところは、そうです。今のところは。
君たちは――
ロドスに帰るといい。イベリアの北東の国境で、Miseryが迎えてくれるだろう。だが帰り道は水路を使わないように。
護送ルートは審問会が決める。
終点がそこであれば、いかなるルートもお受けします。
いつごろ戻ってくるの?私はそれほど待っていられないわよ。
彼女にその決定権はない。
勝手に結論を決めないででくださいませ、イベリアの鳥よ。いくら壁が堅牢だろうと私にとっては砂同然ですことよ。
グレイディーア、よせ。
このままあなたが取り押さえられるところをただ見てろと言うの?
そうだ。
安心してくれ、問題はないさ、グレイディーア。
さあ行ってくれ、ハンターたち。きっとスペクターとたくさん語りたいことがあるだろう、意識がはっきりとしてる今の彼女ならきっと答えを出してくれるはずだ。彼女自身の答えをな。
ならあなたはわたくしに言いたいことはないのですか?せっかくのチャンスですのよ、あなたにとっても。
ふむ……
私のアドバイスは君のようなハンターには向かないと思うが。
わたくしがせっかちだからですか?
いや、君のほうが私より自分がどんな状態にあるかよく分かってるはずだ。
とにかく、君の今の状態がいつまで維持できるかは私にも分からん……君はもうなんとも思ってないようではあるが。
どうしてそれが分かるのですか?
予想さ。なぜなら今の君は機嫌がいいからな。今の君にとって目が覚めてることと何が正しくて何が過ちなのかはそれほど重要ではないのだろう、スペクター。なぜなら今の状態は、君にとってまだマシだという部類だからだろう。
言われずともそうです。わたくしたちが何もかも好調だった頃なんてありましたか?
今もしまた眠ってしまったらどうしようと考えるには、あまりにも興醒めじゃないですか。わたくしの目標はあなたより低いのですよ、あまりにも酷い生き方じゃなければそれでいいのです。
それもそうか。
それに、あまりあのアビサル教会が言ってた言葉を借りたくはないのですけれど、あれもわたくしです、どうして自分を嫌いにならなければいけないのでしょうか?
わたくしかどうかを判別したければわたくしと会ったことがある人たちに任せて頭を悩ませればいいですわ。彼らを悩ませるのがわたくしの責任ですからね。
以前の君はそんな性格をしてたのか?
まあそうですわね、ケルシーさん。
それにようやくわたくしの隣に旧友がいてくれましたの、もうこちらがいくら話すにしても彼らに何を話せばいいのかわからないカナヅチじゃなくなりましたから。知っての通り、彼らは海藻すら見たことがないんですのよ……
君が彼らに教えてやればいいじゃないか。
今ならそこに帰ってもいいんだぞ、そこには君の新しい友人がたくさんいるはずだ。
未来も、君の僚友も君が必要だ。もちろん私も君たちが必要だ。
私たちは君が必要なんだ。
それに――
ケルシーは何か言った。
そしてスペクターが微笑んだ。
なら早めに帰ってきてくださいな!
私が遅刻したことなんてあったか。
行きましょ、ハンターたち。あとのことは彼女に任せましょ。彼女ならやってのけるわ。
……
ちょっと待って、隊長、まだ彼女と話したいことがある。
ケルシー。
また勝手に出動してくれたな、スカジ。
だが、少なくとも今回はエンジニアオペレーターに連絡を入れてくれて、彼らがその箱を君に渡せた。そして彼らはすぐさま私に連絡を入れた。
前と比べれば十分マシになったよ。
まさか本当に助けに来てくれるなんて思いもしなかったわ……
言ったはずだ、私は「言ったことは必ず守る」。君がどんなことをしようがな。
さあ、ロドスに帰るといい。少しばかりの休暇を楽しんでこい。
ケルシーはスカジを一瞥した。
彼女は何も言わなかったが、笑っていた。
力が及ばず成し遂げられないことは必ず存在する、それはドクターとて同じだ。
我々が今用いられる技術力では君の感染症状を解決することはできない……それは君にとっても同じだ。
しかしスペクター、病を打ち消せないからといって病に打ち勝てないわけではない。
影を消すことは叶わないが、それと友になることは可能だ。
スカジ……
君たちの暗き運命に解決策は存在しない……だが君たちはソレと共に歩むことはできる。
そしておそらくソレと最後まで戦い続けられるのも君たちだけだ。
あ、詩人さんだ!また戻ってきてくれたんだね!
ええ。
あれ、さ……サックスはどうしたの?
……忘れたわ。
まあ、大丈夫だよ、きっとどっかに置いてきちゃったんでしょ。あとで一緒に探してあげるね。
それとあなたのハープだけど、昨日落してたよ。だから私が預かってあげたから。
それはあなたにあげるわ。
あげるって……あの時の約束?じゃあ、本当にお仲間さんが見つかったの?よかったじゃん、詩人さん、私も嬉しいよ!
ただ……疲れてるようだね、昨晩よりもっと疲れてるように見えるよ、どこか怪我でもしたの?
いや……平気よ。ただちょっと頭がクラクラするだけ。
なら良かった、ここにいないもんだから、何かあったんじゃないかって心配してたよ。
それとさっきドえらいことが起こったんだよ、あなたも見てたかな?地響きが何回もしたの、グラグラグラ、ゴロゴロゴロって――前にあるあの山がずっと揺れてて、そしたら急に崩れちゃったんだよ!
てっきり私たちの家も崩れるんじゃないかって思っていたよ。
みんな無事だった?
無事だよ。唯一残念なのが、食べ物が全部家の中に置きっぱなしだったから、もう全部台無しになっちゃった。はぁ、またしばらく飢えを凌ぐことになっちゃうよ。
それに幸い審問官さんが来てくれたんだ、みんな家から出ろとか、海と教会には近づくなとも警告してくれたんだよ。
あなたたちを助けてくれたのね。
そうなんだよ。本当にいい人だよ、ずっと私たちを守ってくれてたんだもん。
オホン。
どうしたの、喉でも痛めた?
ゴホッゴホッ――痛めてないです!はぁ、もういいです。チッ、まさか長官に捕まえられていないだなんて、ツいてましたね、エーギル人。
私を待っていたのね。
また戻ってくるとは思ってましたからね……それに話したいこともありますし。
まだ諦めてないの?
なっ……そんな臨戦態勢の表情をしないでください!剣は置いてるんです、どうやって抜けっていうんですか!
つ、つまりですね、以前までしつこいぐらい追い掛け回してたことについて、謝りたいです。
ん?
私を……あんな間違いを犯しても謝らない人と思わないでください。私は審問官ですけど……審問官が過ちを犯せば、より一層反省しなければなりません。
あなたがこの町に入った時から、あなたを察知していました。あなたがエーギル人だってことも分かっていました。恰好がどうであれ。雰囲気が全然違ってましたからね。
……
あの時の私は……とても憤慨していたんです。それに興奮をしていました。やっと私が求めてた問いの答えが見つかったんだって思っていましたので。だから邪悪なる侵入者を、厄災をもたらしてくる元凶を――
あなたを捕らえれば、あなたに打ち勝てば……私は過ちを正せる、この問いを解決できると思っていました。今思えばなんて単純だったんでしょうね。
けどあなたにはまったく歯が立たなかった。それにたとえあなたに打ち勝てても、一体何が変わるのでしょうかね?
この町を、イベリアを脅威に晒してるのは、一人二人のエーギル人じゃないっていうのに。
……随分人が変わったわね。
……あなたのおかげです。
今の私はもう過去のように物事を考えられません。ここで起こった出来事で私は困惑してしまった、自分は何をどう判断しればいいのか分からなくなってしまったんです。
それでも私は審問官です。イベリアの脅威を排除し、秩序を守るのが私の責務ですから。
――あなたは確かに脅威です、けど敵と言えるのでしょうか?
それにここにいる人たちは、私が守るべき対象なのでしょうか、それとも抹消すべき存在なのでしょうか?
それを理解できていなければ、私はこの剣を振るう意味すら分からなかったでしょう。私もいずれ進むべき方向を見失って、ここにいる人たちと同様に、その場に留まってしまっていたでしょうね。
でも――あなたが来た、あなたとここにいる住民たちが、私に意味を見せてくれました。
ここの人たちは……残念ながら私だけでは救えません。変な話、私はその点を理解して初めて、彼らを守ろうと決心がつきました。
少なくともあの時、そして今、私は何が正しくて、また何が過ちなのかが分かった気がします。
それにあなたは、いいことをしましたよ。あなたはここを守ったのですから……今のところはですけど。それでも私よりはよくやってます。
……
あなたもよくやったわ。
え?
私もあなたと同じようにいいことをしたから。
私と同じようにって……まったく、人の慰め方が変装と同じくらいひどいもんですね。
慰めてほしかったの?
何を言ってるんですか……いいです。そんなこと。必要ありません。
そう。私もよ。
……
それじゃあ、あなたも答えは、見つかったのですか?
見つかったけど、必要なくなったわ
たくさん聞いたわ。でも答えを知ったあと、冷静になったら、大したものでもなかったって気が付いた。あなたが言ってたように、私も自分がどこに向かえばいいか分かった気がする。
へぇ、じゃあ、お互いもう用意はできてるようですね。
じゃあ私はもう行きます。あなたもここを去るのでしょう、未だに自由の身でいるということは、きっと長官と何かしらの取引をしたってことなのでしょう。
では……さようなら。
お互い同じ答えを求め続けている限り、いずれどこかでまた会えるかもしれませんね。
(エイレーネが去っていく足音)
あれ、審問官さんもう行っちゃったの?残念、私が今作ってるものを見せてあげたかったのに。
……これは?
詩人さんが教えてくれた海藻酒だよ!えっと、出来が悪かったかな?もっと摺りつぶしたほうがよかった?
……
これは摺りつぶし過ぎね。
えええ?じゃあもう一回試してみるよ、大丈夫、食べ物はなくなっちゃったけど、海藻は結構残ってるから、足りないならチメネアおじさんのとこから貰ってくればいいし。
あなたならきっと作れるわ。
出来上がったら……はぁ、出来上がっても、詩人さんはもうここにはいないんでしょ?ここに来たのも、それを私に伝えるためなんでしょ?もう行くって。
ええ、ここを去るわ。
(無意識に海藻を叩く)
そうだよね、あなたは吟遊詩人だもん。あちこち行って、たまに足を止める。
またここに来てくれる?私……それにペトラお婆さんも、セニーザも、みんなまたあなたの歌を聞きたがってるよ。
……
いずれね。
その時は私の仲間も、連れてくるわ。
ホントに!?やったぁ!
じゃあ約束だよ、はやめにまた来てね!ずっと待ってるから。
フエゴ
あ、ここにいるよ!じゃあ詩人さん、私呼ばれたから、もう行くね!
約束、忘れないでね!
……
あれは……缶詰。
赤い貝殻。
……
アニータ!
スカジの呼び声に応え、女の子は足を止め、振り向き、スカジに笑顔を向けた。
なに!
次会った時、もし外で会ったら、必ずあなたに歌を歌ってあげるわ。
ありがと!じゃあ、あなたのハープも宝箱に入れて保管しておかなくっちゃね。
バイバイ、詩人さん!
――
さようなら。
クソ。
……クソッ!
グレイディーアは鏡に映る自分の顔を優しく撫でた。
見て見なさいな。結局醜いバケモノに成り下がってるじゃない。
あなたは海溝の底で死ぬべきだったのよ。これがあなたが求めていたものっていうの?本当にほかの方たちと一緒にそこで死ぬべきだったわ。今じゃここでコソコソと隠れて、呼吸することにすら怯えて、ヤツらに歌声が聞こえないように黙りこくっている。
陸の舟にあるトイレで自分の生い立ちに……潮の流れに乗り損ねたと嘆いている。自分が畜生になり果てるのをただただ待つしか能がないだなんて。
見てみなさい。これがあなたよ。
早い……早すぎるわ。
船……船を見つけなければ。
海嗣はスカジから答えを得ようとした……バケモノたちは自分たちを殺した元凶から真実を得ようとしていた。
ということはつまり、ハンターたちにも機会があると言うことだ、たった一度きりの機会が――
「ヤツらの神は神託を下さなかった。」
波がうねる前に、あのバケモノたちがヤツらの血脈を呼び覚ます前に、私たちが海を絞め殺して沈黙させねばならない。そうすればヤツの嗣子たちに知られることはなくなる。
私たちでヤツらの源を滅ぼす。
チャンスは一度っきり。たとえそれが災いをもたらそうと……そうすればエーギルは再び息を吹き返すのだから。
私はもうエーギルが聞こえなくなっている。フッ、今の私は神託が聞こえていないあのバケモノ連中と似てるんじゃないかしら?
しかし私たちの責務が依然とこの身にある。アビサルハンターは必ずほかの者よりイベリアの秘密を得なければならない。
――一夜にして消失したイベリアの無敵艦隊、その最後一隻の艦を。
グレイディーアは鏡に映る自分から目を逸らした。
私には責任がある。必ずエーギルを守らねばならない責任が。
黄金の船を奪い、鍵を手に入れ、宝物庫の扉を開き、火山を解き放つために。