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【明日方舟】覆潮の下で SV-ST-2「僥倖なる離脱」

大審問官
大審問官

ケルシー医師。説明を。

スカジ
スカジ

……こんな簡単に終わるはずがないって思ってた。

ケルシー
ケルシー

イベリア人が当然知ってる事実より、貴殿ら審問会はあまりにも多くの秘密を抱えています。

大審問官
大審問官

ケルシー女史。イベリアで流言飛語は禁止されている。

ケルシー
ケルシー

審問官閣下、閣下がその秘密らをご存じだから言ったまでです。

ケルシー
ケルシー

アビサル教会はすでにイベリアに浸透し、イベリアの暗所で根を張っています。

ケルシー
ケルシー

貴殿らと海のかつての関係を利用し、イベリアの廃棄された土地はアビサル教会が陸地にその触手を伸ばす拠点と化しました。

ケルシー
ケルシー

彼らは貴殿らの経典を独自に解釈し、貴殿らの観点を歪ませ、今なお奥深くに潜伏しています、貴殿らと彼らは両者立てれば身が立たぬ状態にあるのです。

ケルシー
ケルシー

……だから助けてほしいとお声に掛けて頂きたいのです。これ以上国土と信仰の浅ましい紛争に頭を抱えていては、いずれ最後のチャンスすらも逃してしまいます。

怪訝な面持ちでケルシーと対峙するハンターたちと審問官。その時スカジはこう思った、おそらくケルシーは本当に彼ら側についているのかもしれない、と。

ケルシー
ケルシー

大審問官閣下、イベリア人はほかとは異なる存在です。

ケルシー
ケルシー

貴殿らが毎日目に入れる地平線はこの大地のほかの人々が目にしてるのとは違う。

ケルシー
ケルシー

貴殿らはご自分たちが日夜過ごしてる場所をなんと呼称していますか?――海辺です。

ケルシー
ケルシー

ほかの人々は陸地で生活してる、しかしイベリア人は海辺で生活している。

ケルシー
ケルシー

荒野や都市で暮らしていようが、大半の人々は、上を見上げれば空が目に入り、地平線を望めば果てしない大地と、連なる山脈しか目に入っておりません。

ケルシー
ケルシー

彼らは雲を超えたその上にあるすべて事象とは無関係です。

ケルシー
ケルシー

そのため、彼らが持ちゆるすべては“この大地”にしかありません。

ケルシー
ケルシー

彼らは自分たちの生活拠点を大地と呼んでいます、なぜなら彼らはこの世界には陸地以外に生き物は存在しないと考えているからです。

ケルシー
ケルシー

封鎖された都市、閉鎖的な村落、容易に命を落とす荒野、自分たちの目に入るもの以外、彼らは何も信用していないのです。

ケルシー
ケルシー

そして彼女たちを見ててください。彼女たち、アビサルのハンターを。エーギル人を。

ケルシー
ケルシー

この陸地よりさらに広大な海洋を。

ケルシー
ケルシー

イベリアはほかの国家とは異なります。

ケルシー
ケルシー

陸地にいる彼らは自分たちの航路と権力に心酔している、無限にある可能性を、本来ならできるはずの探索を、この地の辺境を彼らは疎かにし目を瞑っている。

ケルシー
ケルシー

それに比べて貴殿らの世界はより完璧に近しい。貴殿らは海のみならず、陸地すらも理解されている、イベリアはご自分たちが身を置いてる状況の最も基礎的な認知を備えているのです。

ケルシー
ケルシー

そのおかげで貴殿らははるか過去よりすでに大きくリードしてきた……

大審問官
大審問官

もう結構だ。

大審問官
大審問官

過去のことだ。都市の輝きは消え、今のイベリアには廃墟しか残されていない。

ケルシー
ケルシー

少々驚きました、閣下。てっきりこの話題は避けていたのかと。

大審問官
大審問官

お前は盲でもなく、ここに立っているだろ。なら見上げて見てみろ。

大審問官
大審問官

イベリアの海岸には、この塩風町のような都市がずらりと並んでいるんだ。

かつてのイベリアは輝かしかった、だが今ではこのような遺跡がどれほど存在していると思う?

ケルシーは知っている、大審問官も当然だが知っている。しかし大審問官の顔は相変わらず鉄のように無表情で、目や眉毛からこれっぽっちの感情も露になることはなかった。

それに加えて、今の彼は仮面を被っている。

もし泣くのであれば、イベリア人とて号泣するだろう、もし笑うのであれば、イベリア人とて大声で笑うだろう。

しかし、感情豊かだったイベリア人は、目の前にいるこの男のようになってしまった。

表情も、感情もない。イベリアの黄金時代は彼らの静寂と化した命の中へと消えてしまったのだ。

大審問官
大審問官

あまりにも数が多すぎるのだ。

大審問官
大審問官

私たちだけでは支援しきれん。それに多くの都市はすでに凋落している。

大審問官
大審問官

大静寂のあと、イベリアは死んだのだ。

ケルシー
ケルシー

であればより多くの支援が必要です。

大審問官
大審問官

イベリアで何が起こったかを知る者などいない。知ってはいけないのだ。

ケルシー
ケルシー

イベリアはかつて滅亡に瀕していたからですか?

大審問官
大審問官

今でもそうだ、イベリアは二度も滅ぼされるわけにはいかん。

ケルシー
ケルシー

しかし貴殿らがいます。イベリアの民たちは依然と存在してるではありませんか。

ケルシー
ケルシー

私は信じておりますよ、イベリアの民たちはたとえ都市が一つも残らなかったとしても……

ケルシーは三人のアビサルハンターに目を向けた、その中の一人、スカジはちょうど騒ぎを聞きつけ建物から出てきた住民たちの元へ向かっていた、なにやら彼らと話をするようだ。

ケルシー
ケルシー

彼らもそう簡単には死にませんよ。

ケルシー
ケルシー

閣下、一言申し上げさせてください。

ケルシー
ケルシー

エーギル人は傲慢と偏見によって滅ぼされました、この土地はこれ以上深海の民たちと同じ轍を踏んではなりません。

ケルシー
ケルシー

もしイベリアもあの災難の余波で倒れてしまえば、海の真実とその恐ろしい脅威を知る者はいなくなってしまいます。

ケルシー
ケルシー

凍原で行われる百年に一度の狩猟のように、今の我々も一国の栄誉や恥辱ではなく、人類の領土を守護しているのです、たとえ相手が海中のバケモノでなくとも。

ケルシー
ケルシー

しかし、もしイベリアが今もこのように虫の息のままであれば……

ケルシーは大審問官の目を見つめた。しかし大審問官の表情は変わらなかった、拒絶も、許しもなかった。
しかしケルシーはそれでも話を続けた。

ケルシー
ケルシー

イベリアはいずれ必ず滅ぶでしょう。

ケルシー
ケルシー

今ならまだ貴殿らの故郷を、イベリアを再建できます。

大審問官
大審問官

そんなことはもう信じない。

ケルシー
ケルシー

私の目的は、貴殿を信じさせることではありません、閣下。ただ貴殿に知ってほしいのです。

ケルシー
ケルシー

この答えは、この決定は、貴殿が下さなくとも、今下さなくとも結構です。

大審問官
大審問官

――

大審問官
大審問官

だが塩風町の一件にはケジメをつけなければならん。

ハンターたちを見る大審問官。

大審問官
大審問官

ここにいる人で、誰か一人はここに残ってもらわねばならん。

スペクター
スペクター

ならわたくしが。

スカジ
スカジ

いや、私が。

グレイディーア
グレイディーア

ケルシー、話した通りに。私がいなくなったら、あなたが彼女たちを率いてちょうだい。

スカジ
スカジ

隊長……?

スカジ
スカジ

それってどういうこと?

ケルシー
ケルシー

……

ケルシー
ケルシー

大審問官閣下、私にもここに残る資格はありますでしょうか?

ケルシー
ケルシー

私が審問を代理致します。私が一連の経緯を整理致しましょう。あなたもご自分が必要としてる情報が得られると思いますが。

ケルシー
ケルシー

私ならイベリアの牢獄にも耐えられます。

大審問官
大審問官

――

大審問官
大審問官

そこまで言うのであれば。

グレイディーア
グレイディーア

ケルシーさん?

スカジ
スカジ

……先生?

大審問官
大審問官

つまりお前はこの者たちを国外に追放してやりたいと言うのだな?

ケルシー
ケルシー

今のところは、そうです。今のところは。

ケルシー
ケルシー

君たちは――

ケルシー
ケルシー

ロドスに帰るといい。イベリアの北東の国境で、Miseryが迎えてくれるだろう。だが帰り道は水路を使わないように。

大審問官
大審問官

護送ルートは審問会が決める。

ケルシー
ケルシー

終点がそこであれば、いかなるルートもお受けします。

グレイディーア
グレイディーア

いつごろ戻ってくるの?私はそれほど待っていられないわよ。

大審問官
大審問官

彼女にその決定権はない。

グレイディーア
グレイディーア

勝手に結論を決めないででくださいませ、イベリアの鳥よ。いくら壁が堅牢だろうと私にとっては砂同然ですことよ。

ケルシー
ケルシー

グレイディーア、よせ。

グレイディーア
グレイディーア

このままあなたが取り押さえられるところをただ見てろと言うの?

ケルシー
ケルシー

そうだ。

ケルシー
ケルシー

安心してくれ、問題はないさ、グレイディーア。

ケルシー
ケルシー

さあ行ってくれ、ハンターたち。きっとスペクターとたくさん語りたいことがあるだろう、意識がはっきりとしてる今の彼女ならきっと答えを出してくれるはずだ。彼女自身の答えをな。

スペクター
スペクター

ならあなたはわたくしに言いたいことはないのですか?せっかくのチャンスですのよ、あなたにとっても。

ケルシー
ケルシー

ふむ……

ケルシー
ケルシー

私のアドバイスは君のようなハンターには向かないと思うが。

スペクター
スペクター

わたくしがせっかちだからですか?

ケルシー
ケルシー

いや、君のほうが私より自分がどんな状態にあるかよく分かってるはずだ。

ケルシー
ケルシー

とにかく、君の今の状態がいつまで維持できるかは私にも分からん……君はもうなんとも思ってないようではあるが。

スペクター
スペクター

どうしてそれが分かるのですか?

ケルシー
ケルシー

予想さ。なぜなら今の君は機嫌がいいからな。今の君にとって目が覚めてることと何が正しくて何が過ちなのかはそれほど重要ではないのだろう、スペクター。なぜなら今の状態は、君にとってまだマシだという部類だからだろう。

スペクター
スペクター

言われずともそうです。わたくしたちが何もかも好調だった頃なんてありましたか?

スペクター
スペクター

今もしまた眠ってしまったらどうしようと考えるには、あまりにも興醒めじゃないですか。わたくしの目標はあなたより低いのですよ、あまりにも酷い生き方じゃなければそれでいいのです。

ケルシー
ケルシー

それもそうか。

スペクター
スペクター

それに、あまりあのアビサル教会が言ってた言葉を借りたくはないのですけれど、あれもわたくしです、どうして自分を嫌いにならなければいけないのでしょうか?

スペクター
スペクター

わたくしかどうかを判別したければわたくしと会ったことがある人たちに任せて頭を悩ませればいいですわ。彼らを悩ませるのがわたくしの責任ですからね。

スペクター
スペクター

以前の君はそんな性格をしてたのか?

スペクター
スペクター

まあそうですわね、ケルシーさん。

スペクター
スペクター

それにようやくわたくしの隣に旧友がいてくれましたの、もうこちらがいくら話すにしても彼らに何を話せばいいのかわからないカナヅチじゃなくなりましたから。知っての通り、彼らは海藻すら見たことがないんですのよ……

ケルシー
ケルシー

君が彼らに教えてやればいいじゃないか。

ケルシー
ケルシー

今ならそこに帰ってもいいんだぞ、そこには君の新しい友人がたくさんいるはずだ。

ケルシー
ケルシー

未来も、君の僚友も君が必要だ。もちろん私も君たちが必要だ。

ケルシー
ケルシー

私たちは君が必要なんだ。

ケルシー
ケルシー

それに――

ケルシーは何か言った。
そしてスペクターが微笑んだ。

スペクター
スペクター

なら早めに帰ってきてくださいな!

ケルシー
ケルシー

私が遅刻したことなんてあったか。

グレイディーア
グレイディーア

行きましょ、ハンターたち。あとのことは彼女に任せましょ。彼女ならやってのけるわ。

スカジ
スカジ

……

スカジ
スカジ

ちょっと待って、隊長、まだ彼女と話したいことがある。

スカジ
スカジ

ケルシー。

ケルシー
ケルシー

また勝手に出動してくれたな、スカジ。

ケルシー
ケルシー

だが、少なくとも今回はエンジニアオペレーターに連絡を入れてくれて、彼らがその箱を君に渡せた。そして彼らはすぐさま私に連絡を入れた。

ケルシー
ケルシー

前と比べれば十分マシになったよ。

スカジ
スカジ

まさか本当に助けに来てくれるなんて思いもしなかったわ……

ケルシー
ケルシー

言ったはずだ、私は「言ったことは必ず守る」。君がどんなことをしようがな。

ケルシー
ケルシー

さあ、ロドスに帰るといい。少しばかりの休暇を楽しんでこい。

ケルシーはスカジを一瞥した。
彼女は何も言わなかったが、笑っていた。

ケルシー
ケルシー

力が及ばず成し遂げられないことは必ず存在する、それはドクターとて同じだ。

ケルシー
ケルシー

我々が今用いられる技術力では君の感染症状を解決することはできない……それは君にとっても同じだ。

ケルシー
ケルシー

しかしスペクター、病を打ち消せないからといって病に打ち勝てないわけではない。

ケルシー
ケルシー

影を消すことは叶わないが、それと友になることは可能だ。

ケルシー
ケルシー

スカジ……

ケルシー
ケルシー

君たちの暗き運命に解決策は存在しない……だが君たちはソレと共に歩むことはできる。

ケルシー
ケルシー

そしておそらくソレと最後まで戦い続けられるのも君たちだけだ。

アニータ
アニータ

あ、詩人さんだ!また戻ってきてくれたんだね!

スカジ
スカジ

ええ。

アニータ
アニータ

あれ、さ……サックスはどうしたの?

スカジ
スカジ

……忘れたわ。

アニータ
アニータ

まあ、大丈夫だよ、きっとどっかに置いてきちゃったんでしょ。あとで一緒に探してあげるね。

アニータ
アニータ

それとあなたのハープだけど、昨日落してたよ。だから私が預かってあげたから。

スカジ
スカジ

それはあなたにあげるわ。

アニータ
アニータ

あげるって……あの時の約束?じゃあ、本当にお仲間さんが見つかったの?よかったじゃん、詩人さん、私も嬉しいよ!

アニータ
アニータ

ただ……疲れてるようだね、昨晩よりもっと疲れてるように見えるよ、どこか怪我でもしたの?

スカジ
スカジ

いや……平気よ。ただちょっと頭がクラクラするだけ。

アニータ
アニータ

なら良かった、ここにいないもんだから、何かあったんじゃないかって心配してたよ。

アニータ
アニータ

それとさっきドえらいことが起こったんだよ、あなたも見てたかな?地響きが何回もしたの、グラグラグラ、ゴロゴロゴロって――前にあるあの山がずっと揺れてて、そしたら急に崩れちゃったんだよ!

アニータ
アニータ

てっきり私たちの家も崩れるんじゃないかって思っていたよ。

スカジ
スカジ

みんな無事だった?

アニータ
アニータ

無事だよ。唯一残念なのが、食べ物が全部家の中に置きっぱなしだったから、もう全部台無しになっちゃった。はぁ、またしばらく飢えを凌ぐことになっちゃうよ。

アニータ
アニータ

それに幸い審問官さんが来てくれたんだ、みんな家から出ろとか、海と教会には近づくなとも警告してくれたんだよ。

スカジ
スカジ

あなたたちを助けてくれたのね。

アニータ
アニータ

そうなんだよ。本当にいい人だよ、ずっと私たちを守ってくれてたんだもん。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

オホン。

スカジ
スカジ

どうしたの、喉でも痛めた?

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

ゴホッゴホッ――痛めてないです!はぁ、もういいです。チッ、まさか長官に捕まえられていないだなんて、ツいてましたね、エーギル人。

スカジ
スカジ

私を待っていたのね。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

また戻ってくるとは思ってましたからね……それに話したいこともありますし。

スカジ
スカジ

まだ諦めてないの?

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

なっ……そんな臨戦態勢の表情をしないでください!剣は置いてるんです、どうやって抜けっていうんですか!

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

つ、つまりですね、以前までしつこいぐらい追い掛け回してたことについて、謝りたいです。

スカジ
スカジ

ん?

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

私を……あんな間違いを犯しても謝らない人と思わないでください。私は審問官ですけど……審問官が過ちを犯せば、より一層反省しなければなりません。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

あなたがこの町に入った時から、あなたを察知していました。あなたがエーギル人だってことも分かっていました。恰好がどうであれ。雰囲気が全然違ってましたからね。

スカジ
スカジ

……

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

あの時の私は……とても憤慨していたんです。それに興奮をしていました。やっと私が求めてた問いの答えが見つかったんだって思っていましたので。だから邪悪なる侵入者を、厄災をもたらしてくる元凶を――

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

あなたを捕らえれば、あなたに打ち勝てば……私は過ちを正せる、この問いを解決できると思っていました。今思えばなんて単純だったんでしょうね。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

けどあなたにはまったく歯が立たなかった。それにたとえあなたに打ち勝てても、一体何が変わるのでしょうかね?

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

この町を、イベリアを脅威に晒してるのは、一人二人のエーギル人じゃないっていうのに。

スカジ
スカジ

……随分人が変わったわね。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

……あなたのおかげです。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

今の私はもう過去のように物事を考えられません。ここで起こった出来事で私は困惑してしまった、自分は何をどう判断しればいいのか分からなくなってしまったんです。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

それでも私は審問官です。イベリアの脅威を排除し、秩序を守るのが私の責務ですから。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

――あなたは確かに脅威です、けど敵と言えるのでしょうか?

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

それにここにいる人たちは、私が守るべき対象なのでしょうか、それとも抹消すべき存在なのでしょうか?

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

それを理解できていなければ、私はこの剣を振るう意味すら分からなかったでしょう。私もいずれ進むべき方向を見失って、ここにいる人たちと同様に、その場に留まってしまっていたでしょうね。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

でも――あなたが来た、あなたとここにいる住民たちが、私に意味を見せてくれました。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

ここの人たちは……残念ながら私だけでは救えません。変な話、私はその点を理解して初めて、彼らを守ろうと決心がつきました。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

少なくともあの時、そして今、私は何が正しくて、また何が過ちなのかが分かった気がします。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

それにあなたは、いいことをしましたよ。あなたはここを守ったのですから……今のところはですけど。それでも私よりはよくやってます。

スカジ
スカジ

……

スカジ
スカジ

あなたもよくやったわ。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

え?

スカジ
スカジ

私もあなたと同じようにいいことをしたから。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

私と同じようにって……まったく、人の慰め方が変装と同じくらいひどいもんですね。

スカジ
スカジ

慰めてほしかったの?

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

何を言ってるんですか……いいです。そんなこと。必要ありません。

スカジ
スカジ

そう。私もよ。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

……

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

それじゃあ、あなたも答えは、見つかったのですか?

スカジ
スカジ

見つかったけど、必要なくなったわ

スカジ
スカジ

たくさん聞いたわ。でも答えを知ったあと、冷静になったら、大したものでもなかったって気が付いた。あなたが言ってたように、私も自分がどこに向かえばいいか分かった気がする。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

へぇ、じゃあ、お互いもう用意はできてるようですね。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

じゃあ私はもう行きます。あなたもここを去るのでしょう、未だに自由の身でいるということは、きっと長官と何かしらの取引をしたってことなのでしょう。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

では……さようなら。

審問官エイレーネ
審問官エイレーネ

お互い同じ答えを求め続けている限り、いずれどこかでまた会えるかもしれませんね。

(エイレーネが去っていく足音)

アニータ
アニータ

あれ、審問官さんもう行っちゃったの?残念、私が今作ってるものを見せてあげたかったのに。

スカジ
スカジ

……これは?

アニータ
アニータ

詩人さんが教えてくれた海藻酒だよ!えっと、出来が悪かったかな?もっと摺りつぶしたほうがよかった?

スカジ
スカジ

……

スカジ
スカジ

これは摺りつぶし過ぎね。

アニータ
アニータ

えええ?じゃあもう一回試してみるよ、大丈夫、食べ物はなくなっちゃったけど、海藻は結構残ってるから、足りないならチメネアおじさんのとこから貰ってくればいいし。

スカジ
スカジ

あなたならきっと作れるわ。

アニータ
アニータ

出来上がったら……はぁ、出来上がっても、詩人さんはもうここにはいないんでしょ?ここに来たのも、それを私に伝えるためなんでしょ?もう行くって。

スペクター
スペクター

ええ、ここを去るわ。

アニータ
アニータ

(無意識に海藻を叩く)

アニータ
アニータ

そうだよね、あなたは吟遊詩人だもん。あちこち行って、たまに足を止める。

アニータ
アニータ

またここに来てくれる?私……それにペトラお婆さんも、セニーザも、みんなまたあなたの歌を聞きたがってるよ。

スカジ
スカジ

……

スカジ
スカジ

いずれね。

スカジ
スカジ

その時は私の仲間も、連れてくるわ。

アニータ
アニータ

ホントに!?やったぁ!

アニータ
アニータ

じゃあ約束だよ、はやめにまた来てね!ずっと待ってるから。

男性住民A
男性住民

フエゴ

アニータ
アニータ

あ、ここにいるよ!じゃあ詩人さん、私呼ばれたから、もう行くね!

アニータ
アニータ

約束、忘れないでね!

スカジ
スカジ

……

スカジ
スカジ

あれは……缶詰。

スカジ
スカジ

赤い貝殻。

スカジ
スカジ

……

スカジ
スカジ

アニータ!

スカジの呼び声に応え、女の子は足を止め、振り向き、スカジに笑顔を向けた。

アニータ
アニータ

なに!

スカジ
スカジ

次会った時、もし外で会ったら、必ずあなたに歌を歌ってあげるわ。

アニータ
アニータ

ありがと!じゃあ、あなたのハープも宝箱に入れて保管しておかなくっちゃね。

アニータ
アニータ

バイバイ、詩人さん!

スカジ
スカジ

――

スカジ
スカジ

さようなら。

グレイディーア
グレイディーア

クソ。

グレイディーア
グレイディーア

……クソッ!

グレイディーアは鏡に映る自分の顔を優しく撫でた。

グレイディーア
グレイディーア

見て見なさいな。結局醜いバケモノに成り下がってるじゃない。

グレイディーア
グレイディーア

あなたは海溝の底で死ぬべきだったのよ。これがあなたが求めていたものっていうの?本当にほかの方たちと一緒にそこで死ぬべきだったわ。今じゃここでコソコソと隠れて、呼吸することにすら怯えて、ヤツらに歌声が聞こえないように黙りこくっている。

グレイディーア
グレイディーア

陸の舟にあるトイレで自分の生い立ちに……潮の流れに乗り損ねたと嘆いている。自分が畜生になり果てるのをただただ待つしか能がないだなんて。

グレイディーア
グレイディーア

見てみなさい。これがあなたよ。

グレイディーア
グレイディーア

早い……早すぎるわ。

グレイディーア
グレイディーア

船……船を見つけなければ。

海嗣はスカジから答えを得ようとした……バケモノたちは自分たちを殺した元凶から真実を得ようとしていた。

ということはつまり、ハンターたちにも機会があると言うことだ、たった一度きりの機会が――

「ヤツらの神は神託を下さなかった。」

波がうねる前に、あのバケモノたちがヤツらの血脈を呼び覚ます前に、私たちが海を絞め殺して沈黙させねばならない。そうすればヤツの嗣子たちに知られることはなくなる。

私たちでヤツらの源を滅ぼす。

チャンスは一度っきり。たとえそれが災いをもたらそうと……そうすればエーギルは再び息を吹き返すのだから。

私はもうエーギルが聞こえなくなっている。フッ、今の私は神託が聞こえていないあのバケモノ連中と似てるんじゃないかしら?

しかし私たちの責務が依然とこの身にある。アビサルハンターは必ずほかの者よりイベリアの秘密を得なければならない。

――一夜にして消失したイベリアの無敵艦隊、その最後一隻の艦を。

グレイディーアは鏡に映る自分から目を逸らした。

私には責任がある。必ずエーギルを守らねばならない責任が。

黄金の船を奪い、鍵を手に入れ、宝物庫の扉を開き、火山を解き放つために。

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