
2:18p.m. 天気/晴れ
イベリア北部、海沿いの荒んだ町
こちら目標地点に到着。
目標の建築物の外観が先行調査の報告にある描述との一致を確認。
続いて小隊が建築物に進入し、一次調査を行います。以後通信が途切れ途切れになる可能性があり、もし特殊事態が発生した際は、信号弾に注意してくださいまし。
アズリウス、オーバー。


ここに入口がありますわ。うーん、一番最初に作られた入口ではなさそうですわね。

縁っこの跡が粗っぽいですわね、鋭利な斧か何かで削られたようですわ。バウンティーハンターの仕業かしら?彼らの中にはここで“トレジャーハント”しに来る人もいると聞きますし。

おそらく彼らはイベリア人じゃないからではないでしょうか……

そうかもしれませんわね。なんせ、せっかく逃れられた人たちからすれば、ここの遺跡は“毒”そのものですもの。

ここに残った人たちは……教会か、審問会の人なのでしょうか。だとしたら仕方ないことですね。

彼らも対処すべきことが多いからですかね。それにきっとこんな場所は見たくないと思いますよ。

……小さい頃の私が自分の足を見たくないように、いくら力いっぱい蹴っても、走り出すことは叶わない――今のイベリアも、“壊れた部品”に構ってやれないんでしょうね。

グラウコスさんが自分を比喩に用いるだなんて、わたくしもこの場所への同情を禁じ得なくなりますわ。

むー、からかわないでください。


電磁パルスを展開完了。

では、上に向かいますか、それと下へ?

アズリウスさんに従います。

なら上に行きましょう。なぜかは知りませんが、上に行くべきだと直感が訴えてますの。ここはまるで……塔であるかのように。

塔?そんなに高いでしょうか?地上にある部分も三階ほどしかありませんよ。上に行ってどうするんですか。

そう言うのであれば、やっぱり下に行きましょ。

え?

あなたが気付かせてくれましたからね。それにこの下がどれだけ深くまであるのかまだ分かっていませんし。

なら下を潜りましょう。ついていきます、背中は任せてください。

あら、グラウコスさんがそう言ってくれるのなら、わたくしも安心ですわ。ただ、今日ぐらいは争いが起こってほしないですわね。


うーん、暗いですわね。

照明は完全に壊れてますね。

直せませんの?

数十年前にあったイベリアの技術ですからね。レイジアン工業の配線設計とは全然違いですので。数日間か時間をくれれば直せなくもないですけど……

なら放っておきましょう。修復なら、クロージャさんと後からくるエンジニアチームに任せましょ。

こんなカタコンベでずっと引き籠ってる必要なんてありませんですし。

カタコンベ?

例えですわ、それか事実かもしれませんしね。この建物からは陰鬱な匂いがしますもの。

捨てられて数十年、それに海に沈んでいたんですし、何かが埋まってもおかしくは……

シッ。

ん?

わたくしたちが声を発さなければ、もしかしたら幽霊の叫び声が聞こえるんじゃなくて?

ゆ、幽霊ですか……

もう、ただの脅しですわよ。だからちょっとはわたくしの服を掴む力を緩めてくださいまし、この服かなりお気に入りなんですのよ。

……あ。じゃあついでに源石ランプをつけましょう。
(源石ランプを点ける音)

これで少しは明るくなりましたわね。

うーむ……

この遺跡の技術を食い入るように見てますわね。

これは過去に海辺の都市でしかない技術ですから。今のイベリアじゃ、めったにお目にかかれませんので。

これは……何に使うのでしょうか?

遠望?信号中継?エネルギー生産?それとも……ただの観光用でしょうか?

もしかしたら人を監禁する場所かもしれませんわね。

……ありえますね。

一部の人は往日のイベリアを見ると、忘れ去られた技術と、灰を被った黄金を思い起こすのでしょう。

しかし、あの最も輝かしかった時代、あの黄金の都市の下には、多くの骨も埋まってることを思い出してほしいですわ。

ごめんなさい……

どうしてあなたが謝るんですの?わたくしの先祖をイベリアに連れて行ったエーギル人たちは、もうとっくに波に削られて骨すら残ってませんわよ。

だからと言ってわたくしは別にイベリアが、エーギル人が嫌いというわけではありませんわ。それに、自分のこともそれなりに嫌ってはいませんもの。ドクターと、あなたのおかげですのよ。

この技術を見ると……嫌な記憶を思い出しちゃうのですか?

わたくしが今関心を持ってるのはただこの建物がロドスの役に立つかどうかだけですわ。

それに、それを確認するためにわたくしたちはここに来たんじゃないですの、違いますか?

……そうですね。周囲を観察して、データを解析して、回収可能な部品を確定するために来ましたもんね。

うーん、ただ残念ながらどれもボロボロですね。ただ単に老朽化あるいは環境による腐蝕であっても、ここまで破壊されるはずもないんですけどね。

これなんか見てください、壊れた部品があっちまで……あ。

どうかしましたの?急にフランカ―なんか取り出して……

ゆ……幽霊です!

幽霊?……あの先にある通路の影のことですの?

動いてませんし、生き物にも見えませんわね。

服装を見るに……バウンティーハンターのようですわね。

なるほど、ここは入口からそう遠く離れてませんものね。もしかしたら彼がここの扉を開けた張本人なのかもしれませんわよ、ただ入った後にここで亡くなってしまったんでしょう。

あぁ、そうだったんですか。

お待ち。近づかないでくださいまし。

ん?

彼の死因がまだ分かっていませんわ。

危険があると?

一人のバウンティーハンターが、入口からこんなに近い場所で亡くなってますのよ。

だから彼を殺したのは、只者ではないはずですわ。

うーん……

もう少し下がりましょう。

匂ってきましたわ……海の匂いが。

海の匂い?海岸はここから遠くにあるはずですけど。

……

まさか……
アズリウスはグラウコスをその場で留まらせて、自分は前へ進んだ、死体から1メートルの距離まで近づいたところでしゃがみ込み、じっくり観察した。

なるほど。ここに海草がついてましたわ。

骨格はキレイなまま。バケモノに食い荒らされた形跡も、致命的な外傷の形跡も見当たらず。

(くんくん)

毒によって死んだ痕跡も見当たりませんわね。

死体の姿勢を見るに、おそらくこの方は海草に身体を囚われ、海水に溺れて溺死したんでしょう。

海水なんて見当たりませんよ、どこも乾燥してますし。

そこの壁に海水による腐食現象が残っておりますわ。

うーん……錆びた痕跡が二つありますね。

じゃあここは、二回海水に浸かっていたということですか?

一回目の浸水で、この建物を徹底的に壊された、この建物が以前はどんな働きをしていたとしても、今ではもうただの廃墟となってしまいましたわ。そして二回目に、海水が突然この位置まで押し寄せてきて、建物内部を水浸しにした。

そしてこの不運な方が、ちょうどそのタイミングにやってきて、儲けものだと思い、嬉しそうに壁にあるものを取り外していたんでしょう。

しかし海水が侵入してきた頃には、もう時すでに遅し、海草に手足を絡められ、藻掻いたはいいものの命を失ってしまった。

だからといって何もかもこの人の自己責任とは言い切れませんわね。クランタですし。

……可哀そう。彼らは海の力を何一つ知らなかったんでしょうね。

ドクターが言ってましたわ、海の研究は、ほとんどの陸地にある国家にいる極少数の海洋学者たちによって棚に仕舞われてますの、それに歓迎されてすらいませんわ。

まあ、それもそのはずですわ。誰しも目に見える上に、この手で征服できるモノにしか興味がありませんもの。

それか……かつてのイベリアを除いては、でしょうか。

それももう過去の出来事です。私だって海は見たことがありませんよ。

うーん……それになんでアズリウスさんがこんなに海の匂いに警戒してるのかすら分かっていませんもん。

あの噂を、聞いたことはあります?

うっ……

あの災いの噂を。

そういうのは……口に出しちゃいけないんです。イベリアでは禁じられていますから。

あなた方はそれを語りたがりませんわね。

習慣ですからね、変えようにも難しいです。ロドスにいても、私たちはあまり話したがりませんから……故郷のことは。それに私たちは、あの事件に対して、みんなそれぞれ違う印象を抱いているんです。

たまにですけど、ウィーディさんと話したりしますよ。私たちは同じくイベリアで育ったエーギル人ですけど、彼女の目に映るイベリアは、私の目に映るものとは全然違っていました。

そんなの、みんな普通ですわよ。討論を禁じられた以上、その同一の事件の記憶は、皆さんがそれぞれ自分の目で見て思った観点の破片でしかないですもの。

彼らは……その砕けた観点を繋ぎ合わせようとする機会をあえて自ら遮断しようとしておりますし。

ぅ、今ここには私たち二人しかいませんよね。なら言ってもいいはずなんですけど、でも……私にはできません。なぜか知りませんが喉が塞がって言い出せないんです。

言い出したらその瞬間、この通路に映ってる影が私に襲ってくるような感じがするんです。

……源石ランプによる投影だってことは重々分かってますけど。

投影……ぴったりな比喩ですわね。彼らは巧みに人々の視線を誘導しているんですのよ、人々に影を恐れさせるために、背後にある大きな真実から目を背けさせるために。

寒気がします……汗はかいてませんけど。

自分がここに立って、アズリウスさんとこうして話ができるなんて、昔だったら想像すらつきませんでした。

誰だってそうだと思いますわよ?

おそらく、きっとこの真っ暗で封鎖された建物がわたくしたちを守ってるのでしょう。

ここには死体もある、通路もどこまで続いてるのか分からない。けどここは広く開放された場所よりも……ずっと安心する。

この壁がわたくしたちに現状を抑える錯覚を与えてくれていますし。

そうですね。少なくともほかの誰かに見られてるわけではありませんもんね。

果たしてそうでしょうか。

もう脅かさないでくださいよ……

はいはい、もうやめますわ。災害に話を戻しましょ。実際には、あれは審問会が引き起こしたことではありませんの。

審問会がどうとかは省いて、あれは岸に上がったエーギル人たちが決定したことですのよ。

え?

最初は、おそらくは一種の自己防衛の仕組みだったんじゃないかしら。

自己……防衛?

エーギル人たちはなぜ陸に上がったか分かりますか?

分か……りません。私たちはみんな本来陸にいたと思ってますから。たくさんのイベリア人はそうは思ってないみたいですけど。

実を言うとわたくしもそれほど詳しくはありませんの。

うーん……でもアズリウスさんは私たちよりたくさんそういうの知ってますよね。

滑稽かもしれませんけど、エーギル人の脳からそういう歴史が徐々に消えていくにつれ、逆にわたくしたちはそれを徐々に思い出せるようになってるんじゃないでしょうか。

わたくしの先祖は百数年前にエーギル人たちによって連れて行かれましたわ。当時彼らが欲しがっていたのは、紛れもなくわたくしたちが当初から持ち合わせていた“毒”の力ですの。

それは……どうしてですか?

彼らは立て続けに摘出し、繰り返し実験を行ってきましたわ。彼らは私たちが持つ陸地の奥底にある毒素は果たして兵器転用できるのかどうかが知りたかったんでしょう……

彼らは何を相手にしていたんですか?

分かりませんわ。わたくしだって見たことありませんのよ?ただわたくしたちの先祖の描述によれば、あれは巨大で、陸地には存在しない恐ろしい生き物だとか……

海から来るバケモノですか……

わたくしに言えるのは、可能性は大というだけですわ。

聞くべきなのかどうか考えたこともありましたわ。ドクターに、ケルシー先生に、はたまた……直接彼女たちに、と。

ある時、廊下でスカジさんに会ったんです。その瞬間、わたくしの心の奥底に潜んでいた疑問が浮上してきたんですの。

彼女は何も言わないと思いますよ……

そうですわね、彼女も確かに教えてくれないでしょうね。けど結局、わたくし聞けず終いでしたわ。

……わたくしは自分に真実を覗き見る勇気があるかどうかは分かりませんわ。

岸に上がったエーギル人だってそうだと思います、彼らは数百年もの歳月をかけてあの恐怖を忘れようとしていますもの。だからこそ、彼らは安心して陸地に根を張り、ゆっくりと自分をイベリアの一部として生きることができるのですから。

せっかく手に入れた新生活を捨ててまで、また永遠に止めることのない争いに身を投じようとする人などどこにいるのです?それにあの災害がいつどこで再び来るのかすら分からないのですのよ、もし本当に来たら、今までしてきた抗いもすべて無駄になってしまいじゃないですの。

たとえわたくしであっても、ドクターにたくさんのことを教わったあとのわたくしであっても、新しい人生を持ちたいと思っておりますわ。

じゃあ……戻ったほうがいいのでしょうか?

今ならまだ間に合いますよ。

そうかもしれませんわね。

……なのにまだ前に進もうとしてるじゃないですか。

あら、本当ですわね。まさかまだ前に進んでいるとは。

今思えば、今までの間、わたくしは自分の毒の能力を使わないでおこうとしませんでしたわ。

もしかすると、わたくしはずっとわたくしの先祖を奴隷扱いしたエーギル人の幽霊から逃れられていないのかもしれませんわね。無意識の奥深くで今でも信じ続けておりますわ、私の毒はいずれ待ちわびている敵と相まみえるんだと。


何階下りましたか?

……忘れましたわ。

私もです。

想像よりも深……えっと、高い塔ですわね。閉鎖された空間で私たちの感覚が狂ってしまったじゃないかしら。

あ、なんか幻覚も見え始めてきました。

何が見えましたの?

(瞬き)

前に光が見えます。

……

それに、ゆっくり上に向かっています。

!

(声を抑えながら)ランプを消して!
暗闇の中、青白い光が近くで揺れ動いている。
あの光は自分たちのランプが映した反射光ではないとアズリウスは確信していた。あれは幻、それとも現実?どっちの状況がより危険なのだろうか?

(ゆっくり接近していきますわよ。気づかれないように。)

(敵ですか?)

(とりあえず構えておいたほうがいいですわ。)

(いつでもフランカ―の用意はできています。)

(よし。もうすぐ接触ですわ。すぐそこに曲がり角がありますわね。私の合図に注意して。三回ノックしますわ、三回ノックしたら、一気に――)
(クロスボウの射る音)
クロスボウの矢が静寂を貫いた。
その朦朧とした白い光に命中した。いや、命中してはいなかった。射貫こうとした瞬間、少しだけ角度がズレたのだ。
問題ありませんわ。誰にも気づかれないうちに、矢は発射された瞬間すぐさま二つに分かれた。一つは前に、一つは後ろに、白い光を捕らえながら。
そして次の瞬間、白い光が膨張した。

フランカ―、バッテリーフルチャージ!


ちょ、ちょっと待って!

マイクロ波増幅――


敵意はありません!

ん?

ゴホッ、ゴホッゴホッ……いたた、背中をぶつけちゃった……すごい衝撃波……

二度目は勘弁してくださいよね……

命乞いがしたければ、先にアーツを止めて頂けませんか、名の知らぬ術師さん。

え、アーツってこの光のことですか?ち、違います、誤解です、これは光を使って足元を照らしてるだけですから……

さっきも、無意識に防御しただけです。信じてください、本当にあなたたちを攻撃する意思はありませんから!

どうりで……暖かくて、明るいと思ってました、光を浴びても身体に不調は起きていません。

グラウコスさん、まだ警戒を解いちゃダメですわよ。

こちらの方のアーツはそれなりの威力があると思います。それに、少々特殊なんじゃないかと。

うーん……そうなんですか?

じゅ、銃を向けないで!それと、話し合いましょう、クロスボウを私の喉からどけてくれませんか……ほんの少しだけでいいので……

も……もう息がしづらいです……うう……

どけてもいいですわよ。

ただあなたもそのアーツロッドを地面に捨ててくださいまし。もし良からぬことをしようと考えてるのなら……あなたが動く前にわたくしの矢で仕留めて差し上げますわ、ご安心を。

分かりました……
少女は大人しくアーツロッドを地面に捨て、光もすぐに消えた。

もうランプを点けてもいいですわよ。

うん。


それあなたたちの光だったんですか……

わたくしたちはあなたのターゲットだったんですの?

いえ、そういう意味ではなくて。

私はこの下に滞在しています。ここは私以外ほかの人はいません。光が見えたので、もしかしたら誰かが入ってきたんじゃないかと思って、挨拶をしようと、上に上がって来たんです……

ここに滞在してると言ってましたけど、あなたは誰なのですか?

あ、自己紹介し忘れてた……えっと、アリアです。

ではアリアさん、あなたはイベリア人ですか?

そうですよ。分かりやすかったですか?

聞いてみただけですわ。あなたが口を割らなくとも、クルビア、ヴィクトリアと当て続ければ、いずれは当たりますから。

なんか知りませんけど寒気が……

アリアさんはイベリア人で、術師、それに光を操るアーツが使える。審問会と関わりが?

審問会?いやいや、そんなことないです、あんな偉い方たちなんて見たこともありませんよ。

じゃあここで何をしていますの?

(尋問みたいになってないですか?私たちはここに来て様子を見に来ただけじゃないですか。)

(こうしたほうが一番効率がいいんですのよ。それに彼女、口籠る様子もないようですし。)

うーん……ここで何をしてるか、ですか?

実は私もよく分からなくて……

あら?アリアさん、もしかして記憶の障害をお持ちなのですか?

ではないんです。なぜここに来たとか、ここに数日間いたこととかも、全部覚えています。

二日前、現地の方に聞きまわっていました、近くでお金を稼げる機会はないかって。仕事が必要なんです……でないとお腹を空かしちゃいますから。

私が持ってた最後の少ないお金を全部その人に渡したら、教えてくれたんです、ここで一攫千金をするといいって。

(どうやらこの人は詐欺師に会ったようですね……)

……

おそらくその人はあなたをバウンティーハンターと間違えたんでしょう。

以前ここら一帯にはバウンティーハンターが多く訪れてきていましたから。アーツロッドも持ってますし、それに……えっと、かなりいいご身分にも見えますしね。その人たちはきっとあなたを刺激欲しさに冒険したがてるいいとこのお嬢様と思ってたんでしょう。

え……そうだったんですか?まさか私の意図が誤解されていただなんて……

(誤解とも言い切れませんね……なんせ騙しやすそうな見た目してますし。)

(ニコッ)

そ、そんなに笑える話でしょうか?

いえいえ。ただわたくしの友人は少々人見知りなところはありますが、これでもかなりあなたのことを心配してらっしゃるのよ。

オホン……

そうなんですか?あ……ありがとうございます!でも大丈夫です、ただちょっと道に迷っただけですから、灯台を見かけたものですから、そこで少し休憩しようと思ってだけでして……

今なんと?

み、道に迷って……

それじゃなくて、この建物は灯台とおっしゃいました?

ええ。灯台ならイベリアじゃ珍しくもありません、あなたたちは見たことがないのですか?

(首を振る)

うーん……珍しくないと言っても海辺にしかありませんからね。半年間外を歩き回ったけど、海から遠い町だと確かに灯台はないですね。

アリアさんは海辺で育ったんですか?

はい。ここからそれほど遠くないところにある町で育ちました、名前は聞いたことないと思いますが。

そこは……今はどうなってますか?

普通……ですかね?

あんまり人口は多くないですけど、みんな仲良くやってますよ。私の先生が言ってました、私たちは運がいい、海がもたらした災いがしばらく私たちの故郷を見逃してくれたんだ、とか。

ふぅ……それならよかったです。

灯台を……除いては、ですけどね。あの日以来、私たちの町にある灯台はもう二度と明かりがつかなくなったんです。

あの日?

ええ、あの日です。数十年前、最も大きな災いが来た……あの日です。

ほんの一瞬で、イベリアにあるすべての海岸線が暗闇に包まれたんです。

それから……もう明るくなることはありませんでした。

アリアさん、灯台についてお詳しいのですね。

小さい頃から灯台の中で育ってきましたから。

……こんな灯台の中でですか?

誤解なきよう、私たちの町にある灯台はこれよりもずっと状態はマシです、損傷もそれほど被っておらず、ただ電球が点かなくなっただけですので。

機械のパーツ、管制システム、エネルギー供給網、オート演算コア、外壁の投影装置、アンテナ設備、どれも問題はありません。

先生に連れられて、毎日マニュアル通りシステムを全過程点検し、外壁も定期的に補修していましたので。

胸を張って言えますよ、老朽化はどうしても避けられませんけど、私たちの灯台の状態は何十年前と変わらず良好なんですから。

すごい……

灯台の話になると、アリアさんの目が輝いています……私がフランカ―を調整してる時と同じ目です。

あなたとあなたの先生は、灯台の管理人なのですか?

あれ、言ってませんでしたっけ?ごめんなさい、私の先生はまさしく名誉ある灯台の守り人なんですよ。

私は、まだその……灯台は正式な守り人が一人いれば十分なので、えっと、私はただの見習いです。

それに今の私は……うっ、外に出ちゃってます。見習いすら失格です、はぁ。

外に出てこんなに経ってるのに、まだメンテナンスの過程を細かく憶えているだなんて……

毎晩寝る前に一通り暗唱していますからね!

……

アリアさんはその仕事を愛しておりますのね。

先生が描いた絵の景色を見たいからですね。その絵は先生の先生が先生に描いてくれた絵なんです。

夜の海辺、一つの灯台とそれによって切り分かれて入り混じった航路。

遠くで掘削リグと海上要塞が火を吹き、近くでは大小様々な船が交差する、どんな陸地にある都市よりも賑やかで、どんな昼よりも明るい景色……

もし近づけたら、イベリアのエーギル人たちが大陸棚付近に建造した海底都市も見られますよ。

――

これらすべては、イベリアの海岸に聳え立っている数千もの灯台によって見守られているんです。

今は、私たちの元気の源は災いによって破壊し尽くされてしまいました。もう昔のように明かりを灯してくれる灯台はありません。

けど私も先生も今でも灯台を守っています。

毎晩、先生は明かりが点かないか試しているんです。電球がつかないのなら、私たちでまた新しい光源を作ればいい。

私たちの光は本物と違って、海域全体を照らすことはできず、小さな一か所しか照らせないのでしょう。

それでもたとえ海上に導きを必要とする船がいなかろうと――

私たちはそこにいますから。

……

たとえあなた方がどう守ろうと、海岸が永遠に静まり返ろうとも、ですか?

たとえそうであろうともです。


ここが頂上です。

二日前にすでに検査を終えました。かなり損傷が激しいです……もう何も残っちゃいませんよ。

残ってるモノはこれだけです。

これは……?

イベリア灯台のエネルギーコアです。最先端の技術であって、真っ先に破壊されたパーツでもあります。

もう使えないのですか?

一番最初にあった技術は……もう失われてしまいましたからね。先生も私もこれを修復することはできませんでした。完璧だったエネルギー供給システムを失えば、どんな方法だろうとこのコアの実力を完全に引き出すことはできません。

もしかしたら……うーん、もし差し支えなければですけど、ロドスに持って帰って、クロージャさんと一緒に研究してみたいです。

あ……確信があるわけではないんです……なんせ当時のイベリアの科学技術体系はあまりにも特殊すぎますから……このコアも、私には源石エネルギー技術を基礎に設計されたモノじゃないってことぐらいしか分かりません。

……これは源石エネルギーを利用していないのですか?

完全にではありません。このコアもほとんど源石でエネルギーを賄っています。ただ……基礎技術が異なるんです。ただ、このコアを稼働させるための最適のエネルギーは源石ではないのかもしれません。

あ!

ど、どうしたんですか?つまらない話だったのでしょうか……

あなたたちなら本当にこの灯台に再び明かりを灯してくれるのですか?

試してみる価値はあると思います。ただそれなりに時間はかかりますけど。

その……入りたいです。

はい?

あなたが言うロドスは、私みたいな人は必要ですか?できることはそれほど多くないですけど……それでも、頑張りますから。

えーっと……

ならまず、履歴書を用意しなくてはいけませんわね。

りれきしょってなんですか?その……

うっ……おかしいな、頭がクラクラする……

え?

言ったそばから倒れちゃいましたよ。どうしたんでしょうか?

(肩をすくめる)

あ……もしかしてあなたの毒にかかったんじゃ?

彼女みたいなフィディアもあなた同様、私の神経毒には免疫があると思い込んでいましたわ。

今の様子を見るに、おそらく遅れて発作が起こっただけなのでしょう。

(なんて言えばいいんでしょうか?特殊体質には見えませんし、もしかして……ただ鈍感なだけだったのかしら?)

(分析はあとにしてください、げ、解毒薬は……まさか用意してないとか言わないでくださいよ?私との任務同行ですよね……)

焦らないでくださいまし、ただの一時的な麻痺ですわ。

先に灯台を出ましょ。冷たい風に当たれば、彼女も意識を戻しますわ。


電磁パルスを解除。
(無線音)

やっと通信が繋がったよ。レディたち、危険な目には遭ってないよね?

ちょっとした予想外なことには遭いましたわ……

ゴホッゴホッ……

あら、目が覚めました?

ごめんなさい、うたた寝しちゃったみたいで……

予想より早く目が覚めましたわね。

――

警戒する必要はありませんわ。偵察任務も順調に完了しております。

なら、この第三者さんの声は誰の声なんだい?知らない若いお嬢さんの声に聞こえるけど……

任務地点で遭遇したアリアさんですわ、私たちに重要な情報を教えてくださいましたの。これから彼女はわたくしたちとロドスへ同行します、人事部に履歴書を送りますので。

そうだったのかい、ならボクから先に歓迎しよう!

ど、どうも……

そうだ、先に結論を。ここは――灯台でしたわ。

ん?灯台?聞き間違いじゃないよね?それだと情報提供者が言ってた“複雑さ”と相違があるようだけど。

(ボクはてっきり何かの重要施設かと思っていたよ……)

あの災いが起こる以前にイベリアが建造した建物ですわ。

……なるほどね。

内部構造の状態はそれなりに良好、ただ中にある関連技術の損傷が激しいので、回収できる数量はお察しですわ。

では後方で待機してるエンジニアチームに連絡を入れてくださいまし――

本建築物はロドスの新しい事務所としての利用価値がある、と。

……了解。

はぁ、本当にそれが新しい事務所にでもなったら、ボクはしょっちゅうそこに派遣されるハメになるよね?

あそこと距離が近いとかイヤだなぁ……

でも、仕方ないか。必要としてるのはボクたちだけじゃないんだし。情報提供者が言うには、南にある壊滅した町でまた難民が出てきたらしいよ。彼らはこれから厳しい道を辿る、せめて誰かの助けが必要だもんね。

そうですわね、なのでこの灯台も……もしかしたら有用な拠点になるかもしれませんわよ?

付近の感染者に医療サービスを提供するためにも、助けが必要な人に手を差し伸べるためにも、刻一刻と大地に迫ってきている潮を……観察するためにも、ですわ。

昔のように容易に光を照らしてくれなくとも……この灯台は今もなおこの海岸を見守ってくれますわよ。
