チェルノボーグから目覚めて、どのくらい経った?
瞬く間に、一度の人生を跨いだようだった。
憶えている、瞬いた時に見えたあの光を、呼び声を。
……ごめんなさい……
また嫌な思いをさせてしまったわね。
少女の手のぬくもりを。
……
ドクター……
……手を!
私の手に掴まってください!!
憶えている、眠れる場所から出て、見えてきた無残に破壊された世界を。
憶えている、無数の敵がその中に潜み、虎視眈々とこちらを狙っていることを。
ふん、逃げるか……
逃げられると思ってるのか?
追え、ヤツらを引き裂くんだ。
憶えているさ、敵が次々と押し寄せてきた時、天災が起こったことを。
天災よりも恐ろしい敵のことも。
お前たちに私が一番好む結末を与えてやろう。
――滅びだ。
みんな多くの犠牲を強いられ、重い代償を支払われた。
それぞれの名前を、それぞれの顔を、どれもしっかりと憶えている。
だとしても、ロドスを知るための時間はそれほど残されてはいなかった。
チェルノボーグの暴動は始まりにすぎない、ロドスはすぐさま龍門に向かわなければならなかった。
龍門がレユニオンによる無差別攻撃の次なる標的になるかもしれなかったからだ。
龍門総督ウェイ・イェンウの信頼を得るために、ロドスはスラム街に赴き調査を行った。
憶えている、そこかしこで感染の苦しみを目にした。
その苦しみの中で、すでに染み込んでしまった、抗いを誓ったレユニオンの姿を。
憶えている、ただただ巻き込まれたあの少女が、レユニオンの本当の目標だったことを。
優しかったあの彼女が、最後に武器を手にして同胞を救うことを選んだことを。
彼女自身、救いを得られなかったことを。
人はいつだって予想を裏切る。
感染者なら尚更だ。
力は人を狂わせ、欲は人を堕落させる。
ガンのように、少しずつ善い物事を蝕んでいく。
……
それを残したいのなら、好きにしろ。
だがいずれ、お前の部屋はその仮面でひしめくことになるだろうがな。
誰だってコイツらが選択したあとのツケを背負わなければならないんだ。それが感染者かどうかなど、関係はない。
一方その頃、偵察小隊がチェルノボーグの区域内で、集結したレユニオンを発見したことを憶えている。
逃げたか。
いい反応をしてるね。ボクたちが手を出す前に、逃げ出すとは。
地区ブロックを解除し、エンジンを事前に温め、あらゆる移動手段を利用し尽くしたか――
でもそれでどこに逃げられるっていうのかな?
危機に陥った小隊を救助する最中、氷のような少女を初めて見たことを憶えている。
憶えている、あれもレユニオンの罠だった。
憶えている、近衛局が外縁部にいるレユニオンの残兵を追いかけていた時のことを。
敵が内部から進攻してきて、近衛局を中心に、龍門を襲撃したことを。
――こっちはもう安全だ。
だが……
……
……レユニオンがすでに近衛局の重要施設を一部占拠し、スラム街と外縁部の通路をこじ開けようとしている。
憶えている、若き督察が自分の力で近衛局を奪還し、龍門で暴動を起こしてる敵を殲滅すると誓ったことを。
憶えている、彼女も挫折を味わった、だがそれでも挫けなかったことを。
確かに私は変わったのかもしれない。時間が経つにつれ、私の龍門への不満は徐々に薄れていき、私を信頼してくれる人たちが徐々に増えてきた。
お前も今じゃただのホシグマ督察ではない。私の友人であり、私のパートナーだ、ホシグマ。
お前の盾は、ずっと私を庇ってくれた。だからたまには私にもお前の盾をやらせてくれ、ホシグマ。
ヒュー。そんな恥ずかしいセリフを言っちゃって少しは恥じたらどうです?
だがどうであろうと、私たちは近衛局だ、暴徒でも、犯罪者でもない。
近衛局を奪還することは、尊厳や正義からきたものではない。
私たちは龍門近衛局だ、私たちのモノを私たちの手で取り戻す、それだけだ。
龍門に憂いを抱かせるな。いいか!遵守し、職に尽くし、確固たれ!
時間だ、では近衛局内のレユニオンを一人残らず殲滅するぞ!
勇猛果敢な彼女が、率先して敵陣に突っ込んでいったことを憶えている。
お巡りさん、君がどういう人かはわかってるよ。ボクのアーツは感染者にしか効かない。
だからどうした。
君は彼らから駒として扱われてあと、いつか捨てられるんだよ?
その言葉、そのまま返してやろう。
ロドスが駆けつけた時、まさに勝負が決しようとしていたことを憶えている。
――!
自分の血を撒いて、血で火を点けたのか?
ハッ、私が術師にでも見えるわけ?あんなそこら中に火をまき散らす連中なんて、よくて自意識過剰な門外漢にすぎないよ。
残念だけど、これ戦闘技巧なのよね。さあ姿を見せなさい射手たち、もう隠れる場所なんてないよ!
近衛局を奪還し、全面的な反撃の号令が響いたことを憶えている。
ロドスと近衛局で二面作戦を遂行し、レユニオンが次々と敗退していくところを憶えている。
……あなた一人だけなの?
……
振り向かないで。それ以上動くと、撃つよ!
憶えている、龍門戦の最後、ロドスは会いたくないあの敵と再び対面しなければならないことを。
そうだ。お前たちは今……ここで私と戦う。
どちらか一方が死ぬまでだ。
もしお前たちが私を打ち勝ち、運よく生き延びれたのなら――
よく憶えている、みんなわかっていた、私たちはみんな同じ理想を抱いていたんだ。
だから、誰も半歩たりとも引くわけにはいかなかった。
私はロドスに加わろう。お前たちの考えと共に、感染者共通の敵に抗おう。
これは私が背負うべき責任であるからな。
戦いが終わったあの時、彼女はすでにロドスの一員となった。
しかし、レユニオンが龍門で敗れたことはタルラの第一手にすぎなかった。
チェルノボーグの中枢区画は野外の砂嵐を利用し、龍門へと迫って来たのだ。
憶えている、移動都市を利用した直接攻撃こそが、タルラの真の目的だったのだ。
その時、チェンは決心し、独りで立ち去ることを選んだ。
ロドスも近衛局との協力を放棄し、独りで立ち向かうことを選んだ。
襲い掛かるチェルノボーグの中枢区画に乗り込み、レユニオンの侵攻を阻止する。
各車両運転手、速度を維持せよ!マッピングした通り、砂嵐を利用して登城道具が使える距離まで中枢区画に接近するんだ!急げ!
堅く守られた中枢区画に再び戻り、そこで敵を見たことを憶えている。
……
久しぶりだな、アーミヤ、ケルシー先生。
全力を尽くして。
くッ……あぁッ……!
難関を突破した。
アレは前へ進もうとしているが、あの軟弱な翼では自身の身体を支えることすらできなかった。
有れの喉から声が溢れ出る、嗚咽のように、恐怖の川となって。
非自然性の生物は、そのほとんどが美学から生まれてきている。
だが、外見に惑わされるな、アレがいくら美しくても、このすべての惨劇の元凶であることに変わりはない。
……
歌っているんだな。
強敵に打ち勝った。
ウェンディゴの動きは、緩やかに止まっていった。
何かが彼の兜からぽたりと滴り落ちた。
……
一分が経った。
この永遠にも思える一分間、移動都市の動力機関が轟々と立てる音以外、何も聞こえなかった。
誰だって自分の内側と向き合わなければならない。
彼らは猜疑を跨ぎ、もう迷えることはないのかもしれない。
チェンは幾度となく逃げてきた。
だが逃げ続けることはしなかった。
彼らは憎しみを野放しにしても、心が揺らぐことはないだろう。
中心に立つ少女たちは、塔の頂で最後の勝敗を決する運命にあった。
龍門攻防戦は、そうしてピリオドが打たれた。
勝者も、敗者もいなかった。
みなそれぞれの願いをかなえるために、それぞれ異なる道を歩んでいたのだ。
ドクター……
話したくないのですか?
……分かっています。これまであまりにも多くのことが起こりました。
でも、ドクターがここにいてくれれば、私は……とても嬉しいです。
私たち一人ではできないことがあります。
ロドスは……たとえ前にどんな暗い靄がかかっていようと、ロドスは進み続けます。
それに、この大地にまだどれだけ冷たい物語が残っていようと……
……ドクターの心は温かいって私は信じてますから。
お帰りなさい、ドクター。
レユニオンと対抗した戦いはどれだろうと思い出せる。
けどあなたは一番思い出すべきことを未だに思い出せていない。
過去の出来事も、ロドスでの出来事も。
あなたが本当に為せることも。
分かっている、未来は、まだまだ歩み続けなければ。
そして、これはただの始まりに過ぎないということも