7:11a.m. 天気/曇り
ロドス駐モナハン町事務所
(扉のノック音)
皆さんおはようございます!今日はいい天気ですね、ね、オリバーさん?
お前だったか、朝っぱらからここに来るヤツなんてお前ぐらいしかいないよ。でもよ、今日は曇りだぜ、どこがいい天気なんだよ?
雨さえ降らなければ、いい天気じゃないですか。ここはモナハン町ですよ。それに、晴れないとは限らないじゃないですか?
わかったわかった、お前には敵わねぇな。おいシュレッダー、ソワソワするなって、今日はジェニーが来ただけだ、お客人が来てねぇよ。
もうオリバーさんったら。ほらシュレッダーさんも、こっち来ましょうよ。
今日はバノフィーパイを持ってきましたよ、それとスコーンも。先週父がお茶っ葉を送ってくれたので、それも持ってきちゃいました。オリバーさん、ミルクは置いてますか?
……ここの置いてあるヤツは全部腐ってる。こいつはまったく、買い出しになんかいかないからな。
あれはお前の番だったろ?俺の記憶違いとでも言いたいのか?
フレッド!ウィル!お前らからも言ってくれよ!
はいはい、そんな小事でケンカしないでくださいね。ほら、ジャジャーン。新鮮なミルクとチーズですよ、朝市を通った時に買ったんです、先に渡しておきますね。
ふふ、前からミルクティーを作ってみたかったんですよね、オリバーさんも喜ぶんじゃないかって。
はぁ、やっぱジェニーちゃんは気遣いができて偉いよ。ウィル、お前も少しは学べよ、少なくとも隣にいるシュレッダーとかいうコードネームを付けてるヤツみたいにはなるな。
このスコーン美味しいですね……そうだ、ウィローさん、毎日ボクたちに朝ご飯を届けてくれてますけど、軍から怒られたりしないんですか?
……ヴィクトリアの軍規は、確か割と厳しいはずだろ。
あ……それなら、大丈夫す。私は儀仗兵ですので、重要な活動や徴兵宣伝とかない限り、お呼ばれされませんよ、長官も普段なら私のことを思い出したりしないので。
だからといって、何もやることがないわけじゃありませんよ。
毎朝起きたら最初は、この旗を棚から下ろしてるんです。
パン生地が発酵するまでとかコーヒーができるまでの間、丁寧に丁寧に旗の皺をアイロンで伸ばしてるんです。
スコーンが出来上がったら、身体についちゃった麦粉を落したりもします。髪が自然に乾くまでにも時間がかかりますので、それまで旗を修繕して、新品みたいにピカピカにしてるんです。
オリバーさん、そんな急がないでください――まだ熱いですよ。
円満な朝を迎えて、一つ一つ物事を誠実にこなしていく、そうすれば自分もみんなも嬉しい気持ちでいられる――それが私の人生における信条なんです。
今日のパイのお味はどうですか、シュレッダーさん?おかわりはいかが?
……パーフェクトだ、昔とまったく変わらない。
ホントですか?私もちょっと味見を……少し砂糖を多めに入れちゃいましたね。明日から気を付けますね。
もうこの人たちと一緒にウィローさんはサボってるなんて言えた口じゃなくなりましたよ、ウィローさん。
――ジェニーでいいですよ。みんなからそう呼ばれていますので。
わかりました、えっと……ジェニーさん。今じゃこの人たちにボクの朝のスケジュールがジェニーさんぐらいに変更されないかヒヤヒヤしてるところですよ。
そんな大したことしてませんよ。私は皆さんと違って、ここにいる人たちにしてやれることなんて限られてますから。あっ……ポットのお湯がそろそろですね、それと飲む前に少し混ぜてくだ――
(ガラスが割れる音)
キャァァッ!
お前またボール飛ばしやがったな、クレイグ!
……
拾ってくる。
やべぇよ……家の中に飛んで行っちまった。
万が一あの人たちに当たったら、マジやばいって!この前だってカロール姉ちゃんが……
シッ、シーッ……誰か出てきた、逃げるぞ!
(ジェニーの足音)
ボールを投げたのは誰?
あっ……
うっ……
あなたなの、ボクくん?
おいクレイグ……はやく逃げろ!ボールなんかもういいから……
ダメ……このボールは父さんが残してくれたものだから……
そんな人見知りだとお友だちになれないよ。ほら、手出して。
……
ボクを……殴るの?
なんで殴らなきゃならないの?
……服汚したから。
あぁ、これは自分で汚しちゃっただけ。気にしないで。
お姉さんと同じあの人たちは、汚したのがどっちだろうがお構いなしだった。
いつもあいつらにぶたれてきた。手じゃなくて、足で蹴ってくるけど。それに大声で叫んで、消えろって言ってくるんだ。
はぁ。
じゃあその人たちはあなたのお友だちとは呼べないわね。
ボクくんはこの近くに住んでるの?見覚えがあるわ。あなたのお母さんって毎朝十七区付近の路地でリンゴを売ってる人?
とっても美味しかったよあのリンゴ。シャキシャキしてないけど、すごく甘かった、パンに塗るジャムとしては最適だね。
こうしよっか。お姉さんがボールをこの窓に置いておくから。あとで取ってくれるかな?
あら?
(ジェニーがグレイグに駆け寄る)
ちょっと待って、私手にお茶がついてたから、あなたの髪にもついちゃった。拭いてあげるね。
うん……
私はジェニー。あなたの名前は?
ボクは……
クレイグ!お前の母ちゃんが探してるぞ。は、はやく行こうぜ!
なんか外が賑やかだったな?
子供たちがボールを遊んでいたんです。
あのチビたちか、毎日朝っぱらから街中を走り回ってるんだよ。この前ここのガラスが割れてたのも、どうせあいつの仕業だろうな。
あはは……まあ子供ですから。私も小さい頃よくお隣さんの鉢植えを壊しちゃって、それでよく父にこっぴどく叱られてました。
……あの子を手で触れてたか?
さっきですか?はい、はやく髪を拭いてあげないと、ベタベタになっちゃうので。
あの子は父親を亡くしてるんだ。半年前に。可哀そうにも、鉱石病でな。
だからみんな、それのせいで、あの子に触れたがらないんだ。
そう……
労働者は、金がない。あの異鉄副産物加工工場とアンリカンは、提携を結んでいる。だが予防薬は、十分な数を用意できていない。
君が躊躇うのも、正しい。あの子の居住区、そこにいる五分の一の家庭は、感染者を出してるんだから。
そこにいる人たちはまだ比較的お互い助け合ってる。あの兵隊さえいなければな……
おいシュレッダー!余計なことを言うな。
……いいんです、事実ですから。聞いたことがあります……私の同期がその鉱石病患者を……いいえ、患者だけじゃない、彼らはそこの住民たちを誤解してるんです。
けど……私は違う。だってみんなヴィクトリア人じゃないですか?彼らの生活がひどいものなのも、り、理解しています。けど私は彼らも笑顔でいてほしいんです。
だから……私だけでもあの子たちをもっと優しく接してあげたほうがいいんじゃないですか?
……あまり無理はするな。
みんな苦い顔しちゃってどうしたんですか?ジェニーさん、トランプ持ってきました。お茶しながらポーカーしようって言ってましたよね?
ええ。そうですね、せっかく太陽が顔を覗かせようとしてるんですもの、こんないい天気を無駄にしちゃいけませんね。
皆さんは座っててください、お茶を入れてきますね、まだまだ残ってますから。
もしかしてまたボクの勝ちですか?
調子に乗るにゃまだはやいよ、お前今日の夜当番な。
えぇ?なんでまたボクなんですか!
分からないのか?賭けてんだよ!勝ったヤツはな、掃除、ファイルの整理、みんなの分の午後ティーも買ってもらわなくちゃな……
……下りてもいいですか?
オリバーさん、冗談キツすぎてウィルさんが泣きそうですよ。
ポーカーの楽しみ方なんてこんなもんだろ?はははは!
少しアドバイスなんだが――今度カードをチェンジする時、背後に気を付けたほうがいいよ。
なっ――!?誰だ?
(足音)
ついでに言うと、いい茶だ。
……ど、どうもこんにちは!えっとどちら様で?
(いきなり部屋に現れたのに、誰も気づかなかったなんて……)
みんなからOutcastと呼ばれているよ、ヴィーヴルのビューティーさん。
申し訳ない、断りもなくお茶を味見させてもらった。遠路はるばるかけつけて来たことに、免じてくれないかな。
えっと……
あ……ど、どうぞお構いなく。もし朝食もまだでしたら、私が焼いたパイはいかがですか?ちょっと甘すぎるかもしれませんが……
もちろん頂くよ。古い付き合いならみんな知ってるんだ、私が大の甘党だとね――特に可愛らしく見事に焼きあがったヴィクトリアのデザートなら言わずもがなだ。
あはは……ミス・Outcast、お褒め頂き光栄です。
――Outcastでいい。ミスと呼ぶ必要も、つける必要もないさ。
――!
あ、あなたでしたか!思い出した……おいウィル!は、はやく机を片付けろ――
……あと二日後に到着すると思ってましたよ。この前の連絡では、まだ辺境に入ったばかりだと。
仕方がない、十年ぶりのヴィクトリアなんだ。狭苦しくなった場所もあれば、私みたいに相変わらず古いままの場所があったのでね。
ペニンシュラ町で車を拾った時に道を間違えなければ、昨日の時点で会えたはずなんだ。
お、オホン、すいません、モナハン町は地味な場所でして、俺たちの事務所もエリートオペレーターがよく来てくれるような場所じゃないんですよ。
昔俺がミノス付近の外勤でStormeyeさんを見かけてから――もう二年経つぐらいなんで。
エリートオペレーター?なんだかすごそうな名前ですね。
――ロドスオペレーターの違う部署程度のものさ。それに、今の私はほぼただの事務員みたいなものだからね、今回モナハン町に来たのも資料を幾つかもらいにきただけだ。
なにをご謙遜を。
資料ですと、財務帳簿ですか、それともここ半年間の入出荷の在庫明細でしょうか……(ウィルに目配りする)
まあ待て。
私みたいなやつれた哀れな人がすぐ仕事に投入されるほど、急いでるわけではない。せっかくの出張だ、少しはサボってもバチは当たらないだろ?
あはは……そうですね。
君たちの細やかな楽しみの邪魔になっていなければいいのだが。
Outcastはついでとばかりカードを一枚手にした。薄いカードは彼女の指先で三回ほど回転したあと、忽然と姿を消した。
わあ!カードがどこかへ消えちゃいましたよ?
まだここにあるよ。
また出てきた!それってなんかの空間アーツなんですか?
ただの小細工さ。いつも暗い顔をした同僚から教わったんだ、みんなの注意を私の指先に集めたい時、こうしたほうが有効的なんでね。
少しは肩の力が抜けたかな?さあ座ってくれ、オリバー、シュレッダー、ウィル、それと隅っこに立ってるそちらの若い方も――確かフレッドだったね。
手に持ってるその資料ファイルを置いて、私たちと一緒にせっかくのお暇を楽しもうじゃないか。
ほ……本当にいいんですか?
それともこのやつれ顔の異邦人がここで十分間つまらないマジックを見せたほうがいいのかな?
オホン、みんな座ってくれ。
君たちはそのままでいてくれ。
私は、このミルクが入った美味しそうな紅茶とパイを頂くとしよう。
あ、ここにまだたくさんスコーンが残ってますよ、もし量が足りないのでしたら……
ありがとう。
おお、この見事なデザートで私の空っぽだった胃袋が久しぶりに満足したよ。舌がもっと刺激的な味を求めるようにもなってしまった。
こちらのビューティーさん――
あ、えっとジェニーです、ジェニー・ウィロー。
名前も可愛らしいものだ、まさか酒が飲めない年じゃないだろうね?
とっくに成年ですよ、ミス……Outcast。なんせ軍に務めてますので。
ほう?灰被りなヴィクトリアの軍服より君の輝かしいブロンドヘアーのほうが上回ってるよ。オリバー、君たちはラッキーだったね、いくら憂鬱とした日でも、部屋には太陽がいるのだから。
あはは……そうですね、ジェニーちゃんはいつもたくさんの喜びを運んできてくれているんで。
もう、オリバーさんったら、いつもこっそり軍営を抜け出してきた私を受け入れてくれてる皆さんのおかげですよ。
君たちの仲がいい関係を見ると、少しばかり驚きが隠せないよ――
ジェニー、ヴィクトリア兵の誰もが君みたいに愛おしければ、今頃この大地に伝わってる恐ろしい噂も半減するだろうに。
ありがとうございます、もし間違ってなければ、褒めてくれてるんですよね……
ここにくる途中、少し不愉快なものを見てしまったんだ。だが、私がここで君たちと出会えた喜びになんら差し支えもないさ。
こちらこそ……お会いできてうれしいです!
では、私たちの出会いに乾杯しても?
今回はちょっと慌ただしくてね、普通のジンしか持ってこれなかったよ、私の好みでレモン汁を多めに入れてしまったから、君たちからすれば酸っぱいかもしれないが――
……今は就業時間なんで、飲めません。
お前ちょっとは空気読めよ!
いいんだ、私が疎かった。同じロドスのオペレーターとして、自分だけを例外扱いしてはダメだね、やはりお茶にしよう。
(トランプのシャッフル音)
それじゃあ――次は誰が手札をオープンするんだい?
……ぼ、ボクです。
――
サンクタの祝福はいかがかな?