4:23p.m. 天気/晴れのち曇り
マクマーティンブラザーズフライドポテト専門店、二階

まだ返事がないの?

はい。昨日からずっとロンデニウムから返事がありません。

もう二十数時間は過ぎてる、あっちはきっと私の電報を受け取ってるはずだわ。

もしかして暗号化回線に問題でも?

どうでしょうね長官。正直に言うと、卒業して以来、俺はモナハン町に派遣されてもう十年になりますけど、この秘密通信回線を作動させる情報なんて数えるほどしかありませんよ。

去年の年末にこちらの班長に報告してましたが、俺の子供が何人生まれたこと以外に聞くことはないのかって言われました、ないなら定例報告ももうしなくていいって。

へぇ、だからこのフライドポテト屋さんを開いたんだべか。

いいアイデアですよね?誰かさんが俺のコードネームをコックなんかにしたからですよ。当時から思ってましたよ、よそ者が俺たちの連絡所を探そうにも、せいぜい隣の本屋が疑われるだけだって。

んー!しかもこのポテト美味しいー!

でしょ?はは、好きなだけ食べてください。

モナハン町のジャガイモは質がいいですからね、現地に住んでる人からも人気があるんですよ、自分の本業を忘れていなきゃ、今頃五六軒はオープンしてましたよ。

はぁ、とにかく、昨日中尉たちが暗号を使ってここに来た時は、てっきり訓練受けてた時の夢をまた見てたんじゃないかと思ってましたよ。

……どうやらこの回線はもう破棄されてたようね。

あるいは、何者かが情報をキャッチしたけど、返事を寄越したくないとか。

隊長、それって何者かが意図的にウチらの情報を遮断させようとしてるってことですか?

どうだろうね。

これから言うメッセージはやっぱりそのまま送っちゃいましょう――そうだ、トライアングルが発見したことのほかに、私とハミルトン大佐との対話内容も加えといて。

大佐は一部住民へ対する執行措置は度が過ぎてるわ。やむを得ない状況下でも、私の小隊にはできるだけ多くの行動権を握っててほしい。

じゃあ……駐軍トランスポーターを使う必要はないってことですね?

はぁ、隊長、これだけは言いたくなかったけど、今のウチらは人手があんまり足りていませんよ。

あなたの口からそれが出るとは思いもしなかったわ、でも安心して、誰もそこまでは考えてないから。

ただ……私たちが来る前に予想してたより、この都市の状況がはるかに複雑だったってだけよ。

コック、あなたはモナハン町で長年住んできたけど、ここの人たちをどう思う?

至って普通ですよ。俺の目の前にタラト人を立たせても、ほかの場所から来たヴィクトリア人となんか区別があるとは思えません。

もっと正直に言うと、平穏な暮らしさえできていれば、揉め事をわざわざ起こそうと考えてる連中なんていると思いますか?

理想を口に掲げてるヤツらは大勢いますけど、本当に心に掲げてるヤツはどこに行こうがめったにいませんよ。大半の人はどうやって腹を満たそうか、腹を満たせたあとは金のことしか考えてませんよ。

そうですよ!隊長、ウチもダミアン・バリーとゴースト部隊を繋げるには無理があります。

ウチから見れば、彼もあの街にいた住民たちもみんな普通の人間でした、捕まった時には怯えながら許しを乞いて、親しい人が死んだら一緒に集まって泣き崩れてたんですよ。

訓練を受けた兵士にはちっとも見えませんでした。

あなたたちが言ってるそれが一番心配よ――ハミルトン大佐が言ってたこともすべてがわざと物騒に誇張されてたわけではない。

一般人が武器を持った時、その人たちが自分から望んでようがいまいが、私たちはヴィクトリアにおける未曾有の災難と直面することになるわ。

こんにちはシアーシャ!奇遇だね、ちょうど新聞社に行って会おうと思ってたの。

……

あら、シアーシャ、どうしたの?もしかしてさっきまで泣いてた?

……ジェニー。ううん、大丈夫、なんでもないわ。

ウソよ。目が腫れてるじゃない、それに顔色も真っ青よ、いつものあなたなら絶対そんなやつれた恰好で街に出歩いたりしないもの。なにかあったんでしょ?

誰かにイジメられたの?この前の兵士?私がまたなんとかしてあげるわ……きっとなにか方法があるはずよ。

違うの、ジェニー。一旦落ち着いて。あの人はもうつき纏ってきていないわ。

私……もうなんて言えばいいかわからないの。

ほら、深呼吸して――目の前にいるのは私、あなたの友人よ。今のあなたは安全だわ、私が保証する。

――

ジェニー……どうして?どうしてあなたはアイツらなの?

なにを言ってるのシアーシャ?わからないわ。

あなたを傷つけたくはない。あなたは私の一番の親友だったし……いい人だった。私もいい人だったよね?私の母さんも、父さんも、いとこの弟も……みんないい人だったよね?

いとこの弟って……バリー?ダミアン・バリーのこと?ごめんなさい、気付かなかった。

あなたのせいじゃないわ。私のせいでもない。私はただ平穏に暮らしたかっただけなのに。もう大事な人が死ぬところは見たくなんかない。

……泣いていいのよ、シアーシャ、傍にいてあげるから。家族が亡くなっても、仕事しなくちゃならないなんて、きっとすごいプレッシャーだったのね。肩貸してあげようか?少しは楽になるわよ。

平気、ありがとう、ジェニー、あなたに会えたからだいぶマシになったわ。今なら自分が何をすべきか分かるようになったから――

これあげる。

これは……住所?

人名リストもあげられるけどね。けどやめた、あなたをこれ以上危険に巻き込んでほしくないもの。

その住所だけで十分でしょう。それ……信頼できる人に渡してもいいのよ。あなたの士官長とか、もしくは別の長官にね、たとえばルイスおじさんとか。

ダミアンのことを探ってる人たちがいるのはわかってる、アイツらは私たちがなにを企んでいるのか知りたがってるからね。

企んでるって――シアーシャ、まさかあなたも……!?

さあね。信じる信じないかはあなた次第よ、最初から私の担当はただ情報を伝えるだけだった。本に挟んでる数枚の付箋を、モナハン夕刊新聞の広告欄に隠された暗号をね。

今までこれはずっとみんなの安全のためだと思ってた……私はあの人たちがどれだけ恐ろしいことを企んでいるか理解していなかった、さっき編集長の通信内容を聞くまではね……

まあいいわ、弁解も後悔もしてる場合じゃない、今大事なことはあの人たちを止めることよ。

わかった、伝えておく。これを誰に渡すかも見当がついたわ。ほかの人たちより、彼女ならあなたたちと公正に対応してくれるはず。シアーシャ、大丈夫、全部よくなるから。

うん、ジェニー、信じてるわ。

夜八時、憶えててね。この住所を――

第十区にある彫像の東側……左から数えて三番目の路地。ここに本屋さんがあって、本屋さんの入口にある鉢植え……黄色い薔薇……ここだ。

バグ……パイプ……へ――

(これを鉢植えの下に隠しておけばいいのかな?ちょうど緩くなったレンガもあるし、今朝聞いた話とまったく一緒だわ。)

(変わった手紙の受け取り方法ね。)

(ロンデニウムのお友だちさん、シアーシャと……私たち全員の力になってほしい。)

店長、玄関に誰か紙切れを捨てました、黄色い薔薇の下でです。

持ってきてくれ。

え、黄色い薔薇ってことは、ウチ宛て?もう来たんだ。

あなたがこの前言ってた手がかりの人?

はい。同じ軍の人です、けど安心してください隊長、彼女めちゃめちゃいい人ですから。

……ちゃんと人を見ていればいいんだけど。

大丈夫ですって!ウチ人を見る目はずっといいんですから。

紙にはなんて?

「タイパー街109番、今晩八時」――これだけです。

タイパー街?第十区と十一区の境目にあるな。そこなら知ってます、ボトン伯爵の敷地です。

どうやら今晩は重要なパーティがあるようね。バグパイプ、出発よ。

……ここにいましたか。

ああ。熱いお茶を啜り、新聞紙を捲る、年相応のことをしてるだけさ。

チッ、風が強くなったな。

見たい紙面は見つかりましたか?

(タラト語)明日を求めば、昨日と相まみえよ。

タラト語を話せるんですか!?

話すことはできないよ、さっき見たように、見様見真似で口ずさんだだけさ。

……さすがです。オリバーの言ってた通り、あなたはすごい人だ。

はは、人が初めて驚いてるところを見ると私も少し鼻を高くしてしまうよ、二三回も驚かれたらつまらなく思ってしまうけどね。

うちらの事務所にいる人、みんな基本的にタラト語は話せません。

君たちの出身を考えれば、妥当さ。

オリバーはロンデニウム北部の中流階級の家庭で育った、彼ら一族は大昔にガリアからやってきた、今も事務所の屋上に住み着き、毎年休みを取って妻と子供のもとへ帰っている。

フレッドはペニンシュラ町からやってきた学生だったかな、家にはほかにも何人かの兄弟と妹が一人いて、家族関係はすこぶる良好だ。

ウィルは地元の人間だ、彼ら一族は数十年前から付近の固定村からモナハン町に引っ越してきた、彼のタラトの血は祖母からのものだったはずだ。

……俺たちのプロファイルを見たんですか?

私は面倒臭がり屋でね、事前に予習する習慣はないんだ。

じゃあ……どうやって?

言葉さ。

名前、訛り、言葉遣い、口調、それと止め処の偏りなどなど――言葉には君が想像するよりも多くの情報が含まれているんだ。

サンクタの特殊な能力については耳にしたことがありますけど、それにしても……

あはは、大半は私の個人的な趣味趣向だよ。

話を戻そう、ほかの人にとって、言葉には特別な意味も含まれているんだ――でなければ、タラト人が古い紙屑の山を漁ってでも自分たちの言語を取り戻そうとはしないだろ?

そうですね。三から五年前まで、タラト語を話すタラト人はあんまり多くいませんでした。

君はどうなんだい?

……もう分かってると思いますが、俺はタラト人じゃありません。妻はタラト人でしたけど、生前二つぐらいしか言葉を教えてもらえませんでした。

しかし徐々に消えつつある言語が今じゃ新聞紙のそこら中にある。

それと、さっき窓の外で聞こえたんだが、誰かが子供たちにタラト語でお互いを呼び合うように教えていた。

……言われるまで気づきませんでした。

言葉という紐というのは多くのモノと比べて固く結ばれている、血縁のように時間の流れとともに薄くなることもなく、利益のようにいつ時でも天秤に計れるわけでもない。

どうやら、誰かがその紐を利用して、すでに散り散りになった群れを再び集結させようとしてるようだ。しかしそうすれば、すでにある集合体は不安定になる。

ヴィクトリアは目の前で起ころうとしてるそれを野放しにはしないだろう。引っ張る力が強ければ強いほど、弾ける力も予想を超える。

私が何しにここに来たかは、みんな分かってるでしょ?

……ぶっちゃけ言いますと、あんまり。ただ、資料と取るためにわざわざエリートオペレーターにご足労をかける必要はないことぐらいなら分かります。

紙面にあるデータよりもその目で見たほうがはやい、であるのなら、資料を取りに来たというのはあくまで建前だ。

すまないがもう一度教えてくれ、この半年以内、我々と提携を中止した現地企業は何軒だ?

……七軒です。

先月の報告よりも三軒増えてるな。今日のヴィクトリアにおいて、風がどの方向に吹こうが、真っ先にそれを察知するのは常に大商人たちの財布ということか。

私はもう少し様子を見てくるよ――雨がこの町を沈める前にね。

隊長、午前中からずっと眉間に皺が寄ってますよ。

……私たちに残された時間は多くないからね。

今回のゴースト部隊における行動は、今までの事件とはまったく異なってるわ。

以前のヤツらなら隠密に、素早く行動していた。私たちが毎回追いついたと思っても、手がかりは綺麗さっぱり処理されていた。

でも今は……

えっと、つまり今は服を縫い終わったあと毛糸をそこら中に捨ててるってことですか?毛糸の間にはまだ関係性が見つかってませんよ。

……その手がかりは全部モナハン町で途切れてるわ。

隊長、分かりますよ、ウチも内心焦ってます。

今のこの町は、隙間なく蓋を被せた高圧鍋みたいなものです。住民も、駐留軍も、みーんなピリピリしてて、いつどこでも争いが起こってる状態です。

……みんな待ってるのよ、きっかけとなる雷が落ちてくるのをね。

けどもし本当に落っこちてきたら、この町は……いいえ、ヴィクトリアはどうなってしまうんだろうね?

(隊長……!)

(ん?)

(誰かに尾行されてます!)

(……そうね。西側の路地が見える?)

(分かりました。)

待ちなさい!

あれ、どういうこと?子供だ……しかもなんか見覚えがある?

くっ、痛った……

あ、ごめん!すぐ手離すね。てっきり路地に入ってきた連中が悪い連中だと思ってたから。

……ボール。

ボールを落しちゃったから、拾うために入ってきたの?

はやくお家に帰ってね、ここは危険だから。あちこち行ってると、お父さんとお母さんが心配するよ。
(クレイグが走り去る)

……

隊長、ただの子供でした。

…ただの子供?いや、それだけじゃないわ。

私たちの後をついてきた人は一人だけじゃなかった、しかもずっとつけて回ってたのに、私たちはまったく気づかなかったのよ、相手は相当尾行の手練れね。

さっき高い場所に隠れてて、ほかに不審な人物は見当たらなかった?

あ……強いて言うなら、近くの街道でなんかピカピカ光ってた輪っかをチラッと見たような……

……サンクタか。

ケーキを一つ、それとこのアップルパイ……あとクッキーも一袋ください。

……まったくツラい選択だよ、ワルファリンに甘いものは少しだけと禁止されるなんて……

すまないが、このデザートの中で、一番甘いのはどれかな?

……

まさか分からないのかい?いやそんなことはない、君はモナハン町でかなり長い時間過ごしてきたんだろ?そうだな、少なくとも三年は服役して――

……なに!?

そう焦るな、分かるんだ、そちらの追跡していた人もね。

どうせこれじゃ任務を続けられないんだ、私が買ったアップルパイはいかが?結構美味しいよ。

この怪しいサンクタめ、どっから湧いて出てきたんだ?なぜ俺たちの邪魔をする?

私かい?邪魔なんかしていないよ、ただの通行人さ。

……
(無線音)

十二班、ターゲットをロストした、だが彼女らが消えた方角を見るに、おそらくはタイパー街に行ったはずだ。

……ああ、わかった、すぐに向かう……

しらみつぶしに探し出すさ。
(無線の切れる音)

先に警告しておく、サンクタ、余計なことに手を挟むな。

警告?

似たような言葉は随分とかけられてきたけど、武器を突き刺してこないパターンは、やっぱりまだ慣れないものだね。

……お前の戯言に付き合ってる暇はない。お前たち、行くぞ。
(焦っている青年がその場を去る)

店長さん、大丈夫だ、もう行ったよ。

すまないが残ったこのデザートたちを詰めてくれないかな、同僚たちにもお裾分けしてあげたいんだ。

……そろそろ仕事に出かけている仲間たちを呼び戻したいからね。