ハミルトン大佐。
また会ったな、スキャマンダー中尉。
まったく驚かれないんですね。
驚く?
そうだな、君と初対面した時から、私は微塵も驚きはしなかったさ――君は必ずこのクズどもの傍に立つ、君があの貴族儀礼の科目で安っぽい同情心を学んでからな。
……まさか私たちの後をついて来たのですか!?
合理的な取り締まりと言って頂きたい。
どうであれ、感謝しているよ。もし君たちの案内がなければ、こちらもこの蛆虫どもを一網打尽にできるチャンスを得られなかったのでな。
諸君らは普段から随分と奥深くに隠れているようだな?
それより気になるのが、諸君らがこんな集会を開くほど大胆になったのはなぜなのか、もしや前にあった取るに足らない数回の奇襲で、モナハン町は諸君らの手の内に入ったとでも思い込んでいるのか?
お、オホン……将校さん、これはきっとなにかの誤解だ。
ボトン男爵、それは違う、我々の間にはなんら誤解もない。諸君らが水面下でなにを企んでいるかなどこちらは何から何まで把握しているのでな。
今日ここに集まったのはせいぜい私の友人たちだけだ、なんなら私の名誉にかけて保証を――
少しは黙って頂きたい、男爵閣下。諸君らが先祖から受け継いできた名誉など私からすれば一文の価値すらない。
な、なんてことを言うの!
諸君ら貴族の名声を侮蔑してはいないさ。ただヴィクトリアが与えし地位と富を享受しながら、裏でドブにいる反逆者どもと携わってるのはどこのどいつだと言ってるのが分からないか?
それで侮蔑してないなんてよく言えたものね!
いい加減無駄話にも飽きてきた。クズは外のクズらしく、火花のもとですすり泣きながら自分が犯した過ちに悔い改めていればいい。
大佐の言葉通り、窓の外では泣き声が伝わってきて、ガラスにチカチカと火花が映った。
(隊長、外を見てください!ここだけじゃありません、タラト人の市街地区が丸ごと包囲されました。)
(あの人は本気です、武力で一般市民を脅しています。)
(以前そこの街に行ったことがあるんですが、ほとんど老人と子供しかいませんでしたよ!)
(あの過激な手段を見るに、どうやらほかの情報も握ってるようね。大佐は私たちにゴースト部隊の情報を隠してる可能性があるわ。)
(トライアングルからは何も来てないんですか?)
(午後からずっと連絡が来てないわ。)
(まずいですね、もしかしてなにかあったのでしょうか?)
(心配してもしょうがない、それよりも、今は目の前にいる軍を止めることが先決よ。)
(少なくともここで足止めを食らうわけにはいきませんね……)
そこのヴィーヴル、壁を破壊して脱走するなんてことは考えるなよ。こちらの尋問が終わるまで、誰一人この部屋から出ることは許さん。
……チッ、バレてたか!
出てこい!いるのは分かってるんだ、動くんじゃないぞ、大人しくそこに膝をつけ!
キャッ!
住宅にまだ人はいるか?言え!
い、いません……
本当に匿ってないんだな?ならチェックしておこう。いいか、少しでも動くものなら、すぐその頭に穴を開けてやるからな。
ひッ……
(ジェニーが駆け寄ってくる)
なにをしてるの!?
誰だ、急に現れやがって、しかも俺のボウガンの前に立ち塞ぎやがったな?頭をぶち抜かれたいのか!
ん、待て、お前には見覚えがあるぞ。アダムズ隊にいる儀仗兵だな?ニューイヤーのイベントの時に見たことがある。そっちの隊は行動命令を受けていないはずだ、ここでなにをしている?
こ、ここで……
この近くでほかの任務にあたってる。
ならいい、各々自分のやることをやるだけだ。邪魔をしないでくれ。
えっと……
(あのバグパイプって人が言ってた、私も一歩踏み出せば、局面を変えられるんだって。)
(それって本当に……?でも今は、動かなきゃ……)
この人たちを……そんな粗暴に扱うなんて、なにかしでかしたの?
それを俺に聞くか?ここに張本人がいるだろ?
うぅ……
なにを泣いてるんだ?暴徒を匿い、ヤツらに食事を与え、内通してきたのはお前たちだろうが?
証拠はあるの?
証拠だぁ?なんの証拠をご所望だ?九番隊と十三番隊のまだ冷めきってない死体の傷口なら満足してくれるか?
おっかないアーツで死んだヤツもいれば、俺たちが持ってるのとまったく同じ制式弓矢やサーベルで死んだヤツもいる、それと首に農業用機械でできた痕跡を残したヤツもな。
俺たちの頭がコンバインに刈られる麦のように斬り落とされ、身体がロードローラーに挽かれた地面のように潰れた惨状を……お前は見たことあるのかよ?
おえッ……
吐き気がするってんならお前は正しい。俺はこの目で見たんだ、首を失くしたヤツのことを見た時は、半日も吐きまくったよ。
なんで……なんで私たちの同胞にそんな仕打ちを……惨すぎるわ!
ハッ、その通り、こいつらは人間じゃない。
今ならこいつらが死んで当然ってことを理解してくれたか?
……
なにをボーっとしてんだ?
だから……この人たちはみんな悪者だと言うの?この人たちが……タラト人だから?
うっ……ヒッ……私はなにもしておりません、兵士さん……
……彼女泣いてるじゃない。
彼女の夫は鉱石病で亡くなった、子供もまだ十何歳なのに……こんな無力な人が、本当に犯人だと思う?
なんでまだ分かってないんだ!こいつらは同類なんだ、分かるか?たとえこの女とそのガキがなにも犯してなかろうが、同じなんだよ。
……
もしあなたたちの目の前の人が、タラト人じゃなくて、ほかのヴィクトリア国民だったら……
それでもあなたはその人たちを暴徒と見なすの?
……
もし……もしもの話よ、もし最初から、差別的な法律はなく、タラト人もほかの人たちと同じようにお金を稼げて、同じように医療を受けれたのなら……
今までもこれからも、衝突は起きなかったと思わない!?
もういい、儀仗兵、そんなに質問があるのなら好きにしろ。答えなんかありゃしなんだ、誰もお前に答えなんか寄越してくれないさ。この住宅はおおかた調べ尽くした、次の家に向かわせてもらう。
おい!俺は行くつったが、立っていいとは言ってねぇぞ!
うっ……ひぐッ……逮捕しないでください、クレイグにはまだ私が必要なんです……
ピーピー泣き喚きやがってうるせぇヤツだな!ずっと子供が心配だってほざきやがって、俺から少しでも情けを乞うつもりだな?
……見逃してやって。
はぁ、お前なぁ、もういい、こっちは忙しいんだ、一人に固執してる暇はない。
だがな、今はそうしてそいつらを庇ってやってるが、いつか振り向いた瞬間に頭を吹き飛ばされないよう気を付けるんだな。
それと忘れるな、お前とこいつらは同じ人間じゃないんだ。こいつらの目つきを見たことがあるか?そいつらから見れば、お前がどう思いを示そうが、終始こちら側の人間に映ってるんだよ。
……もう行って、お願いだから。
チッ、こっちは警告したからな。
(ヴィクトリア兵が去っていく)
ふぅ……もう大丈夫よ!
(首を振るう)
シアーシャと話した後、ずっとソワソワしてた、だから我慢しないで来た道を戻ってきて正解だったよ。
一歩踏み出したら……本当に変えられたんだね。
さあ、部屋まで肩を貸すわ。今晩は……ううん、明日も家から出ないほうがいいよ。外には暴徒、それと……えっと、とにかく、これから危なくなるから外出は控えててね。
そうだ、子供はどこにいるの?……クレイグくんだっけ?彼は家にいないの?
クレイグ……は……うぅっ……
もしかして軍に連れて行かれたの!?
わ……分からないわ……
探さないと。
ヒール!
大佐、さきほど外の廊下でこいつを捕らえました、窓から脱走しようとしていたところです。
ごめんなさい、ごめんなさい……
当ててやろう、こいつは諸君らのうちの誰かの付添人で、また内通しようとしていたのだろう?
それは……(冷や汗を拭く)
弁護士を呼んで来い!私は市長と何人もの議員と知り合いなんだ……そこをどきなさい、君たちに我々を捕らえる権限などないのだ……!
どうやら予想は当たったようだな、諸君らには全員容疑がかかっている。
誰でもいい、諸君らの仲間がどこに潜んでいるか教えてもらおうか。
ではこうしよう、三つまで数える――
(斬撃音)
ぎゃあああ!こ、殺さないでくれッ!
(悲鳴)
そんな……なんでそんな残酷なことをわざわざ見せつけてくるの?
そんなことをしてはいけません!
そうなのか?スキャマンダー中尉、君の部下に伝えてくれ、私はこんなことをしちゃいけないのか?
隊長……!
……緊急時戒厳法令よ。ロンデニウムから直接命令が下らない限り、ハミルトン大佐はモナハン町駐留軍の最高指揮官として、全都市に戒厳令を敷く権限があるわ。
そんなの知っています!でももし本当にあんなことをしていたら、あの闇に潜んでる部隊に宣戦布告してるようなものです!
言ってることは正しいわ。私たちはすでに戦争に身を置いてるようなものよ。
けどあの部隊のことについてウチらはまだほとんどなにも知らないままですよ。
己を知っても彼知らずの状態です。どうであれ、今急いで銃弾を撃ちだすタイミングではないと思います。
ほう、タイミング!ヤツらは我々に一方的な襲撃を仕掛けてきた時、一度もタイミングなんて計ったりしていなかったがな。
大佐、そちらが我が隊の提言を受け入れなくとも、こちらは大佐が取った行動に対して明確な非難を示す所存です。
君にまだ理性が残っていて助かるよ。
正直に言おう、私とてこんなことを好きにやってるわけではない。向こうがこちらに選択を迫ってこなければ、私も帝国の法を破るつもりなどなかった。
だがもう時間がないのだ。闇に潜む敵の足取りは徐々に迫ってきている。
君もそう言っていたではないか、スキャマンダー中尉?君たちもあの幽霊どもを日のもとに引きずり出すためここに来たのだろう!
もしこの機会を逃し、残りの陰謀を炙り出さなければ、明日にならずとも、我々はモナハン町を失うことになるのだ。
大佐、事態が緊急であればあるほど、我々がどんな選択を採ろうと結果は我々が予期したものと異なるものになってしまう可能性があります。
この場にいるほとんどの人は無関係者だと私は確信しております、ですので先に彼らを連行して、それから……
いいや、こちらにはもはや無意味な議論に時間を費やす暇などない。今、ここで、このクズどもに吐いてもらう、仲間をどこに匿っているのかをな!
ヒール、やれ!これ以上時間を――
……将校殿。
今度は※ヴィクトリアスラング※の誰だ?
連行するならどうか私を。私はボトン男爵の客人です、ほぼ意識を失いかけてるこちらの可哀そうな若者よりも私なら多くの情報を知ってますので。
サイモン!なぜそんなことをするんだ?
サイモン……サイモン・ウィリアムズ。例の詩人だな?
そうです、将校殿。
よろしい。元からお前に用があったんだ、立て続けにこのアホどもを煽動されては困るからな。
ミスター……
ご心配なく、レディ。こっちは将校殿に感謝したいぐらいです、たった今、詩にピリオドを付けることができましたから。
捕らえろ!
(ガラスの割れる音)
あれは……ボール?なんだか見覚えが……
ヒール!外で見張ってる連中に窓を割ったクズを探し出せと……
なに、なにかが変。
(起動音)
音……ボールから音がする!
なんですって!?
伏せてッ!!!
(爆発音)
……
な、何者だ?急に湧いてきたぞ!
(斬撃音)
あッ――!や、ヤツらだ!は、はやく大佐に報告しろ、四番隊が暴徒と遭遇、広場西側の路地で――
(爆発音とヴィクトリア兵が倒れる)
ここにいる隊は、殲滅しました。
リーダー、付近のタラト市街地はすでにこちら側が占領しました。
お前たちは……
(リーダーの足音)
……
……あ、あなたは!?俺たちがずっと待ち望んでいた……あのお方だ!
俺なんかに手を差し伸べてくださるなんて……俺……
……君はもう先ほどのように誰かによって虐げられることはない。
誰かに縋る必要もない。
今日から、君は自分の好きなようにこの大地を歩むといい。
ありがとう……ありがとうございます!俺がしてきたことは、やっぱり間違ってなかったんだ!
俺たちタラト人は……ついに自分たちの都市を持つことができて、堂々と町中を歩けて、誰からも不条理な扱いを受けずに済むようになるんだ!
そう、我々はその日のためにやってきた。
リーダー、あっちを見てください、あ、あれは俺たちがあなたのために点けた炎です!
パーティ会場か……
ミス・マンドレイクから頂いた情報によれば、駐留軍の上層部は今そこにいるとのことです。
しかし、あの規模の爆発でも、せいぜい駐留軍の士気を少し削ることしかできません、殲滅は現段階では不可能かと。
駐留軍を除いて、ほかには誰が?
我々に友好的な現地民たちです。その人たちは我々の内情を少しばかり把握してるようです、首領たちのご意向では、大局のために生かしておくなと。
……
それと、もしリーダーが手を動かさないのであれば、こちらがやるとのことです。
……私の炎のほうが……はやい。
向こうに伝えておいて、やり方は分かってる――
パーティ会場は私が掌握する。
ええ、リーダー――あなたの炎なら、必ず数百年も我々を縛り付けてきた軛を断ち切ってくれるでしょう!