お疲れ様です、ミス・ドロスト……なにを読んでらっしゃるのですか?
流行りのない詩集です、マギーさん。
あぁ……あなたは昔からそういうのがお好きでしたね。
私が初めてあなたと出会った時のことをまだ憶えておりますよ、あの血と鉄が錆びた匂いに覆われた競技場でも、あなたはそんな本を持っていた、周りと比べて浮いておりましたよ。
そんな細かいことまで、はっきりと憶えているのですか……?
あっ……あはは、お恥ずかしながら、私はあなたのファンでもありますので。もしお時間がございましたら、サインを頂戴したいところです。
光栄です。
(ノック音)
マギーさん、失礼致します。
ご注文していたお酒です。
どうも、ほかのスタッフたちにもよろしく伝えといてください。
では祝杯と致しましょうか、ミス・ドロスト。
喜んで。
乾杯!
乾杯。
ぷはっ、実にいい酒ですな、値段は驚きですがガリアの秘蔵品です、今日みたいなめでたい日にぴったりだ……
それとあなたのような騎士もおられる。
恐れ入ります、私はただ運に巡り合っただけです。
その詩集……
私の故郷にいる無名な詩人のものです、彼の言葉が大好きなんですよ。
あぁ、リターニアの詩集ですか……『二つ月とキンセンカ』でしたかな?
リターニア語がお上手ですね。
あはは、外交学習で必須項目でしたので。キンセンカがお好きなのですか?今日のカジミエーシュではもう詩集を嗜む人はめっきり減ってしまいました。
……文字とは想像力の産物です、ここに書かれているものは想像力から生まれた符号にすぎません。
現代人からすれば、詩歌などというものは美を感じられない文字の迷宮、身勝手な感情の押し売りのように、芝居臭く感じられるのでしょう。
おそらくカジミエーシュの方々はすでにほかの消費に慣れてしまったのでしょうね、詩歌はそんな消費とは無縁なものですので、嗜まないのも普通です。
……ほかになにか言いたいことでもあるようですな?
詩歌について話してるだけですよ、マギーさん。
ほかにも私たちに話されたいことがあるんじゃないでしょうか、ミス・ドロスト?
うーん……なんでしょうか?
あぁ、お似合いですよその新しいメガネ、マギーさん。
はは……そ、そこにお気づきとは、予想外ですね、あはは……
オホン、しかし、言いたかったのはそれではないはず、先ほどネットと新聞媒体で噂が流れまして……
あぁ……ワイン沐浴のことですか?
はい、それであなたの名誉が毀損されるのでは……
ワインに浸かってお風呂に入る人など本当にいるのでしょうか?ネバネバするだけではなくて?
えっ?どうでしょう……私にもわかりません。
ふふ……でしたらそんなニュースを信じる人もいるはずがありましょうか?
信じる人は信じますよ、ミス・ドロスト……むしろ大勢は信じると思います。真相がどうであれば、あの人たちならきっとこの件を持ち上げてくるでしょうね。
あとで釈明すればよいのでは?
はぁ、ミス・ドロスト、あなたはいつも騎士以外のことを甘く見過ぎです……
こちらからすでにローズ新聞の本部に問いかけてみました、ゴシック担当の編集者による私的な行為だったとのこと。
発覚した頃にはすでに大きな反響を引き起こしてしまったので、様々な考慮のすえ撤回はしなかったとも……
それが彼らの仕事なのでしょう、責めるつもりはありませんよ。
ご寛容なのですね、しかしそれではこちらが納得いきません。
あなたは個人の収入をほとんどリターニアの貧困地域に寄付されてる、故郷のために学校を、移動プラットフォームを建てられている。
今更デマを打ち消したところで、狂喜を経た群衆が真実に目を向けるはずもありません。
傷つけることや相手を貶すことはとても容易なことです、あの連中はきっと今の噂やデマを握りしめて、次々と拡散していくでしょう。
しかし、真相を暴いたあと、相手を傷つけてきた連中がその相手のために無実を洗い流し、事実を明かしてくれたことなどするはずがあると思いますか?
人々にとってゴシップとは新鮮な刺激を与えることである一方、事実を明かすこととはつまらない行為にあたります、当然でしょうね。
はぁ、なぜあなたはそんな他人事に思っていられるのですか!
あなたのような清廉潔白な騎士こそ人々の模範になるべきなのです!あなたならよりよい名声を得られるはずなのに、なぜ――
マギーさん。
えっ……
感動しました。
あなたは優しくて……温かい人なのですね。
……
……連合会の代弁者として、騎士の皆様に外的要因の邪魔を受けさせないことをしたまでです、仕事ですから。
しかし、だとしてもどうかご自分の生活にもご配慮くださいませ。
あっ……そうだ。
決闘試合のスケジュール表はいつ発布されるのですか?
はぁ……なぜご自分の試合日程すら気に留めておられないのですか?
このまま順調に行けば、次のお相手は灰須騎士、そして……耀騎士になります。
……
……驚かれましたか?
もちろんです。耀騎士、マーガレット・ニアール……この名前は何度も耳にしてきました、本当に美しく、強く、そして優美な響きですね。
連合会のほうはあなたの勝利を望んでおられます。
はい……しかし……
“燭”と“耀”の対比です、私に勝算はあるのでしょうか?
そうおっしゃらないでください、今の騎士称号は概ね拡散性に考慮してるだけのものになっておりまして、実力とは関係ありません、ミス・ドロスト。
あなたは強い。
ヨーシッ――わしの勝ちじゃ!
チクショ!イカサマだ!
ははっ、いつになってもフォーゲルは勝者~♪コーヴァルは敗者~♪
お前“スタート”って言った直後にわざとゲップしただろ!?
その椅子を振り回すのはやめろ、コーヴァル、もう脆いんだ、ほかのにしてくれ。
敗北者じゃな~♪コーヴァル~♪
……今度はなにやってるの?
腕相撲だ、そういう君はなにを持ってるんだ?
さっき買ったばかりの薬よ……
ふむ、ムリナール宛てか?
……いくら言っても聞かないでしょうけどね。彼が言われた通り薬を換えるとも思えないし……
性格はまったく違うけど、あの姉妹と似ているところだってあるのよ、彼には。
聞いたぞ、マーガレットと真剣勝負をしたらしいな、勝ったのはマーガレットだが。
ああでもしないとムリナールの目は覚めないだろうからな……
チェッ、わしはあの小僧が寝ぼけてるとは思えんがな、目なら覚めとるわい、さっぱりとな、だからあんな性格になったんじゃ。
ムリナールは……
……いえ、なんでもないわ。
(マリアが駆け寄ってくる)
みんなー!あっ、ゾフィアお姉さんもいたんだ。
マリア?一人で来てどうしたの?
さっき騎士協会がお姉ちゃんを探しに来てたから、一人で来ちゃった……
お姉ちゃんみたいな一度は追放されたのに、また身分を取り戻した例は少ないからね、色んな法律関係の書類の審査が必要なんだってさ……
変じゃな、当時は必死にマーガレットを貶めようとしてた連中なのに、なぜこうもあっさり彼女を認めたんじゃ?
絶対怪しいと思うが?
この前からずっとそれについて考えてきたんだから、あなたたち二人はもう少し人聞きのいい話でもしてくれないかしら?
こっちも心配してるじゃろうが……
いいじゃないか、いざとなったらわしらで一緒にカジミエーシュを去ればいい、あそこのなんだ……ドロスってところに行ってみようじゃないか。
……ロドスね。
マリア、叔父さんは……?
あっ……叔父さんならまだ仕事してると思うよ、そろそろ終わる頃かな……?
あの小僧は耀騎士にこっぴどく懲らしめられたんじゃろ?
ハッ、最初からそうしとけばよかったんじゃ、ニアールの爺さんがまだいれば、あの小僧も今みたいに堕落しては――
……
マリア?
叔父さんはあの勝負に負けたから、お姉ちゃんも試合に戻れたんだよ。今の叔父さんならもうとやかく言ってこないと思う。
ほう、あのムリナールが負けを認めたとな……?
で、でも二人が決闘してた時、叔父さんは最後までアーツを使ってこなかったんだ……
……なんじゃと?あのムリナールが手加減したのか?
全力を出したら、失敗した時に言い訳ができなくなるからじゃろ?
……手加減とか、負けを認めることとか、するわけないでしょ、ああいう性格よ?
彼は……彼はマーガレットを、耀騎士を蔑んでいるんだわ。
だからアーツを使うまでもなかった、それだけよ。
“灰豪”のグレイナティ、ソーナを見なかった?
そこにいますよ……っていうかなぜ私の時だけ称号を付けて呼ぶんですか?
……イヤなら変える
もしイヤなら……でも、私のあなたへの印象がそんな感じだったから。
……まあいいです。
ソーナ!
なに――?
来てください、みんな揃いました!
よいしょっと――
(ソーナが寄ってくる)
はいはーい、怪我はもう平気なの?
問題はありません……なんですかそれは?ぬいぐるみ?
あはは、アタシだって女の子だからね、可愛いものを好きになっちゃダメ?
……ソーナ。
はいはい、わかりました、今は冗談言ってる場合じゃなかったね。
“工業事故”がますます頻繁に起こってきてるわ、アイツらが感染者を駆逐しながら、感染者とスラム街に恐怖をまき散らしてるんだもんね。
無冑盟が正体を見せました、であれば感染者たちがこれ以上隠れてても仕方がありません。
シェブチックからも面白い情報を教えてくれましたし、急いで――
――ソーナ?
ん?
心ここにあらずって感じですが。
……もしいつか……自由を取り戻したら……
……その時なったら、あなたはどうしたい?
その時になったあと考えても遅くはありません、その時一緒に考えましょう。
今日はどうしたんですか……急に感傷的になって?
あはは、なんでもないよ、行こっか。
レッドパイン騎士団の新メンバーのもとへ。
……ここ、ほとんど感染者しかいないな。
国民院に狙われるんじゃないか?
……国民院に狙われるだけならまだマシさ、いざとなりゃ金を多めに払えばいい、法律問題を解決したければ金が一番の方法だからな。
しかしこのままでは……無冑盟も黙っちゃいないだろうな。
無冑盟?そんなもの本当に存在するのか?
そいつらを都市伝説扱いしないほうがおすすめだぞ。
ん、あっちから来てるのって、彼女たちが例のレッドパイン騎士団か……
はぁ、なんだよ、まだ子供じゃないか。
しかし……若者にしかできないことも、あるというわけだな。
“フレイムテイル”のソーナ。
“アッシュロック”のグレイナティ。
“ファートゥース”のユスティナ。
(大きなガチャガチャ音)
あれ?あとクランタが一人いないようだが……
……こんな若い連中の計画に加入して、俺たちは本当に生き残れるのか?生き残れたとしてもその後はどうする?来月は?来年は?
感染者はよくこんなことを言うんだ、事の成否はその人の努力にかかってる、ってな。
俺たちは鉱石病を貰った、天命に従う人なら大勢いる……俺たちの命はもうすでに風前の灯火だ、それにいつだって危険に晒されている。
けどな……感染者が二日目になったらすぐ死ぬなんてことはない、俺たちにこんなにたくさんの二日目が残されてるのなら、全力で立ち向かおうじゃないか。
……人が減った。
そんな小細工だけじゃ、すべての感染者を救うことなんてできないよ、ソーナ。
……わかってるよ、だから急いで突破口を探してるんでしょ。
ふん……感染者数人が騎士になったあとの特権と財力だけを頼りに、この街でなにができると言うんだ。
お前たちが感染者のために慈善活動をしてやってる金、無意味な隠蔽、都市の排水溝でコソコソと住んでる棚屋。
それらすべてはこの街がお前たちに賜ったものだ、だからお前たちに突破口なんてものはない。
あはは、ずいぶんと耳が痛いことを言ってくれますね、合成樹脂騎士様。
……ではあなたの家族はどうなんですか、シェブチック?騎士貴族たちはあなたのためにあの企業家の機嫌を必死に見繕ってくれましたか?
商業連合会から狙われたあなたも、私たちと大差ありませんよ。いい加減目を覚ましてください。
……フッ……そうだな、お互いここに捨てられたゴミ同士だ、確かに区別などない。
グレイナティだったか?騎士貴族など、従者団を設立した時点でおしまいだったんだ。
まだ自分の家族に幻想を抱いてるとは言わないでくれよ、リスの小娘。
……
(彼があなたとケンカをおっぱじめるとでも思った?)
……想像してたよりも冷静なのですね、あなたは。
フッ、知ってるか、俺は今でもここから出て行ったやりたい気分だ、お前たちがいつ鉱石病を周りにまき散らすか分かったもんじゃないからな――
だがお前たちが簡単には死なないことに免じて、私もしばらくはほかのことに目を瞑ってやろう――
無冑盟のことね。
……連合会の薄汚い牙め、いずれ後悔させてやる。
話を戻すが、お前たちはそこまで無冑盟と敵対しようとしてるんだ……さぞかし切り札があるんだろうな?
……ゼロ号地。
もしくは、大騎士領感染者集中治療部門、多くの企業が合同運営してる感染者収容区……
お前たち感染者はそこの常連客なんだろ?つまりどういうことだ?無冑盟はそこに秘密でも隠しているのか?
――待ってください、シェブチック。
手段ならもちろん持ち合わせています……けどその手段をむざむざと教えるわけにはいきません。
もしそうなら、感染者、私をあんな病院に放っておいて、無冑盟に拷問されるがままにしておくべきだったな――助け出すのではなく。
それとそんな風に私へ喋りかけてくるな、私たちはただ共通の敵がいたからここに集ってるだけだ、その身の程で、私と話ができると思ってるのか?アッシュロック?
それとも、お前に助け出された私は、お前に感激の涙でも流さなければいけないのか?
傲慢な貴族め――
あ――はいはい、ここでおっぱじめるのは別に構わないよ、無冑盟と殺りあうよりはまだマシだからね――
――アタシたちはもう何年もこういうことをしてきたから……政府関連のコネを持ってるの。
カジミエーシュで一番商業連合会を憎んでるヤツが、その日すら過ごせない貧乏人と感染者以外……誰がいると思う?
……フッ。
私がイカレてるのか、はたまたカジミエーシュがイカレてるのか……まさか感染者たちが、監察会と取引をして、連合会を攻めようとしてるとか言わないでくれよ?
あはは……
あなたの今の境遇と、騎士たちを見ればわかるでしょ、シェブチック。
――みんなとっくにイカレてるわよ。