打倒連合会!打倒貴族!オルマー・イングラに死刑を!
打倒連合会!打倒貴族!オルマー・イングラに死刑を!
……
……私たちの間で怒りが広がっている。
理解はできる、でも……
……怒りか、そんな感情なんて私たちならもうとっくに慣れたよ。
それでも怒りは人の視野を狭くさせる、それで何度も痛い目を見たわ。
ハッ、冷静でいるなんざアタシの風格じゃねぇ。
あなたは冷静に前へ突き進んでいけばいいよ。
……わかった、なら面倒事はお前らに任せる、ケンカなら、アタシに任せろ。
アタシももう我慢の限界なんだぜ、ソーナ。
わかってるよ。
シェブチックとカイちゃんが戻ってくるまで、必ずあの時の参考人を見つけないといけないわ……記者でもいい、目撃者でも、多ければ多いほどね。
……四都市の大遮断。
リターニアからきた過激分子の破壊工作によって発生した事故は、メジャーリーグの進行を破壊するためって対外的に報道してた。
都市がそんな脆弱なわけないでしょ、十中八九同士討ちによる事故でしょうね。
ともあれ、あの騒動はカヴァレルエルキの……この“偉大なる都市”の腐敗した一面を、世間に見せしめたのは間違いないわ。
……
私ならともかく、あなたはそれなりに有名な騎士ですよね、そんな大ぴらに歩いて、周りにバレたりしないのですか?
……メジャーリーグの期間中、私みたいな小物を気にするヤツなんかどこにいる?
なぜ私の同伴者がよりによってお前なんだ?てっきりあの狙撃手かと思っていたぞ、彼女のほうがこういうことはお似合いだろ。
ユスティナのことですか、実を言うと私より彼女のほうが目立つんですよ、なにより、彼女はリスク承知であなたを救出した人でもありますからね。
危険要素同士をわざわざくっつけさせる必要などありません、あなたたちが互いに弓矢を扱う騎士なんですから、仮に街中で襲撃されたら、相手しづらいじゃないですか。
上手く言ってるようだが、本当は私を監視したいだけなんだろ?
……フン。
騎士貴族が、たとえ無冑盟に狙われたとしても、感染者との隔たりを捨てるわけがない。私が本当にあなたに対して警戒心を解くと思っていましたか?
当たり前だ。私は感染したくない、家族に移すのもゴメンだ、それがどうした?
信用していないのはお前だけじゃないぞ、灰豪騎士。
そうですか、なら逃げるには今がちょうどいい機会ですよ、合成樹脂騎士
ただ前提として――
――黙れ、青二才が。
……
私はお前たち弱者と一緒に仲良くしにきたわけではない、お前たちの望みなんざ知ったことか、それにお前たちの間で本当に信頼しきってるとも言いきれん――
――私はただあの度胸だけはあるクソ野郎を探しにきただけだ、無冑盟は私や、私の家族を易々と見逃すはずがない、なら先にこちらから仕留めてやる。
私がここにいるのは、妻と息子のためだけだ、本音だぞ、お前たちがやっているおままごとにこれっぽっちも関わるつもりはない。
図になるなよ、感染者、この都市には“自分たちの敵”と“自分たちの味方”しかいないとでも思ってるのか?典型的な被害妄想だな……
教えてやろう、ここカジミエーシュで、この社会において、ほとんど人たちは、「お前たちとなんの関係もないんだ」。
……ここら辺はとても静かですね。
ここは連合会のビルの下だからな、もっと下層にある構造区画は、移動都市のエンジニアとメンテナンス師しか入れない、ここまでのようだ。
フッ。
……
安心しろ、そう警戒するな、ここら一帯に監視カメラはついていない。
それで無冑盟はいないという保証ができるんですか?
面白い話をしてやろう、無冑盟は公の場で――特に社会のエリートたちが集ってるような場所で殺しを行ったりはしない。
そうすれば監察会に弱みを握られてしまうからな、それがヤツらの限界だ、私たちはそんな限界を巧みに利用しなければな。
正直に言うが、ここカジミエーシュに一体どれだけの騎士がいると思う?ヤツらは所詮身分識別カードなどでしか身元を確認できないんだ……偽装なら簡単にできる。
……ではあなたの家族はどうなるんですか?
失踪した妻と息子を除いて、ほかの連中は全員大騎士領の外まで送られた。
無冑盟の活動範囲が大騎士領以内に留まるとは考えにくいですが。
……わかっている。
もう一度機会をくれるのであれば、私もカッとならなかったはずだ、少なくとも私の息子が成人になって、自分で自分の面倒を見れるようになるまではな。
だが今更後悔しても無駄だ、ここまで来た以上、感染者、もうあれこれ押し付けるのはやめようじゃないか。
……うーん……参ったな、どこのスーパーもレストランも閉店してる、なんでよりによってこんな時間に会議なんか……
はぁ……朝まで原稿を直しておけば、明日の原稿審査会であんまり怒られずに済むだろうな――
――ん?
ごめんくださーい、一日中お仕事してさぞお疲れなんじゃないですか?記者さん?
き、騎士?一体どこから……!?
まあまあそう強張らずに、記者さん。
サンドイッチでもどうですか?
は、はぁ!?
いや~、結構お疲れのようなんで。
今すぐここから出てってください、さもないと警察呼びますよ!あなたが騎士だからといって、ここをどこだと……
……あれ?
電話回線ならもう切っちゃいましたよ。
それに、あなたのお隣さんも今日どちらも外出してますし、今、修理技師に偽装したアタシの仲間たちが、ちょうどこのマンションのエレベーターとロビーを弄ってると思うんです。
い、一体なにが目的なんですか?金ならありませよ、それにあなたたちが欲しがってる情報なんかも……
まあまあ落ち着いて、まるでアタシが強盗みたいじゃないですか……
あなた、数年前にあった“四都市の大遮断”に関する記事があったじゃないですか、あれ書いたのはあなたですよね?
え……え?
……あんな大事件なら、全国どこのメディアも記事に上げるんですから、私だって書いたことありますよ……
で、でも、私はただの編集者だったんです……あの時はまだ『明灯新聞』のところで働いてて、今はもう買収されましたけど……
うん、それは知ってる、だからいくつか質問に答えてほしいんですよ、そしたらアタシらも消えますから、いいですか?
ちょーっと状況を整理したいだけなんです。ついでに晩御飯だって持ってきましたよ。
(えっ……ホントにサンドイッチを持ってる?)
あなたはどこにでもいそうな目立たない清掃員にインタビューして、記事に「地震かと思ったから、急いで輸送通路から出てきたんだ」って書いてましたよね。
写真を見るに、あの場所は商業連合会のビルですよね?大遮断の期間中、電力施設は完全に麻痺してたけど、連合会のビルだけには独立した電力源が備え付けられていた……
当時あなたが見たその詳細を……教えてくれませんかね?
ご報告、“ラズライト”のモニーク様。
こちら幾つかのターゲットの追跡結果です、手分けしてなにかを探してるようでした……クランタ“野鬣”のイヴォナ・クルカフスカヤはその付近で感染者の護衛にあてっています。
……あいつら、感染者居住区を創ったのか。
なのに自分たちの力だけで、自分たちの暴力だけを頼りに居住区を危険から守っている?
ここ最近の騎士って、どいつもこいつもバカばっかりだな。
はい。こちらはヤツらが接触した人物リスト……それと部分的ではありますが通話記録になります……
ヤツらはとても狡猾です、無線通信をわざと避けていました、これらの情報はどれも偽物かと。
……問題ない、ヤツらは“四都市の大遮断”を調べているんだ。
えっ……一体それをどこで……
もし次もこんな複雑な判断を出すものなら、死ぬか、あるいは仕事を失うことになるぞ、少しは学習しろ。
は、はい!ではご指示を!
(不愉快な溜息)……野鬣騎士が単独行動してるのに、なんで指示を求めてくるかな……
も、申し訳ありません、今すぐ包囲するよう指令を――
それでもしメディアと監察会にバレたら、お前たちの命で償えられるのか?
い……いえ……
もういい。私が行く。
いえ、そんなあなたが行かれなくとも!
上から正式に命令が下すまで、派手な行動は慎まなければいけない。
感染者騎士を一人始末するのは難しいことじゃない、だがまったく音もなく始末するとして、お前たちにできるのか?
それは……
わかったら口を閉じとけ、ついでにロイの野郎を連れ戻してこい。夢魘なら適当に誰かに監視させておけばいい、なんでそんなことで“ラズライト”を煩わせるんだ?
まったく……
ターゲットを確認。野鬣騎士の、イヴォナ・クルカフスカヤ。
日時、天候、今の心情……別に正式な任務でもないんだし、こんな細かく記載しなくてもいいか。
うーん、なら感染者もあまり処分しなくていいか、万が一感染でもしたらまずいし。
とりあえず……
……ん、なんかいい匂いがするな。
花?こんなとこに花なんか植えてあったか?
(軽快なピーピーと鳴る音)
……なんだと!ジャスティスナイト号、お前そんなこともできるのか!
(慌ただしいピーピーと鳴る音)
(矢の射る音と水が注がれる音)
シュッ。
ゴム矢が射出され、ジャスティスナイト号は傍にあったペットボトルを撃ち倒し、水が目の前にある鉢へ注がれた。
(力強いピーピーと鳴る音)
……ジャスティスナイト号!お前すげーな!これも自分で学習したのか!
(力強いピーピーと鳴る音)
(矢の射る音と物が割れる音)
――なんだ!?
うわっ、気を付けろ!壁が崩れるぞ!
(斬撃音)
(慌ただしいピーピーと鳴る音)
そんなのはいいから!はやく逃げるぞ!
(慌ただしいピーピーと鳴る音)
チッ――
(こちらの位置を確認できないから、すぐさま逃げ出したか、いい直感だ。)
(だが……もう遅い。)
さようなら。
……本当にこのまま戻っていいのか?ていうか、無冑盟は許可なく連合会のビルに入ってはいけなかったんじゃなかったか?
はぁ、もちろんダメだ、普通ならな。
だが“ラズライト”の命令を無視するわけにはいかないだろ……はぁ、昔傭兵してた頃はこんな面倒臭いことなんかなかったってのに。
モニーク様を一人感染者居住区に残して……危なくないか?
ハッ、モニークの心配してんのか?俺たちが?“ラズライト”を?
いや……“ラズライト”だって生きた人間だろ、それに結構若く見えるし……
はぁ……お前ラズライトが本気になったところ見たことないだろ?ならあとで覚悟しておいたほうがいいぞ。
知ってるか?“プラチナ”に必要なのはチームを率いる指導力、複雑な作戦の中で全体の状況を把握できる人じゃなきゃ務まらねぇ。
“ラズライト”に関しちゃ……噂じゃ過去のラズライトは、一人だろうが二人だろうが……どっちも“カジミエーシュにいるどんなターゲットでも抹殺できる”ことを基準に選ばれてるらしい。
えっ……大袈裟すぎないか?どんなターゲットでもだって?それって征戦騎士も含めてか?
それに関しちゃ俺にもわからないさ……ホントかウソかは知らないが、一部の征戦騎士の団長も――
やあ、なんの話をしてるんだい、そんなに盛り上がっちゃって?
えっと……
ろ、ロイ様!
知ってるか?無冑盟が堂々とビルの中を歩いてちゃ、疑われるんだぜ?
おかしな話だが、無冑盟が許可なく勝手に連合会のビルを出入りできない理由がなんなのか……知ってる?
(悪寒)ち、違います……そういうことでは……
……ロイ様、誤解です、モニーク様から伝言があるんです。じゃなきゃ、俺たちだってここに――
あははは、なにをそんなビクビクしてるんだ?俺がお前らを食っちまうとでも?
……
ご理解して頂けてるのであれば……幸いです。モニーク様が感染者居住区で行動を起こしましたので、それであなたに知らせろと。
感染者、ほう。
そうか、わかった、ご苦労さん。
じゃあさっさとここを出たほうがいいぞ、どこもかしこも消毒の匂いだ、あー、下の階のコーヒーは結構美味しいから、出る前にテイクアウトしてみるといいよ。
それじゃあまたね、お二人さん、そっちもお仕事頑張れよ~。
(ロイが立ち去る)
……ふぅ。
……
……おえ……ゴホゴホ……おえええ……
トイレならあっちだ……ったく、だから覚悟しとけって言っただろ。
俺は傭兵をやってたからまだマシだったが、ほかの移ってきた連中の大半は苦い思いをするんだ、我慢しな。
おえ……はぁ、はぁ……俺まだ生きてる?
生きてるよ、これで分かっただろ、俺たちはあいつらの仕事に関わっちゃいけねぇんだ……
モニーク様も手を滑らせることはしないだろうよ。
(矢の射る音と弾く音)
――!?
(また矢を外した?どういうことだ?)
(だがこの威力――それとも居場所を突き止めてないのか――敵はアタシをおちょくってんのか!?)
チクショ――
逃げることしかできねぇのかよアタシは!?
外した……チッ。
……お前……
まあまあ、お嬢さん、そう睨まないでくれよ、こっちはちょっと聞きたいことがあるだけなんだ……
……
お邪魔だったか?答えたくなかったら、すぐ消えるよ。
……なんだ?
おっ、こりゃどうも、実は人を探していてな――
――“ラズライト”のモニーク、もちろんこれは通り名だが、あんた聞いたことないか?
……それは奇遇だな、私も人を探しているんだ。
ほう?いや実を言うと、ここに来てまだ間もないんだ、だから名の知れたヤツなんざまったくわからなくてね。
気にするな、私が探してるあいつも名の通ったバウンティハンターだ、きっと一目でわかる。
ほう、そいつの名前を教えてくれるか?
“公会の頭”、トーラン・カッシュだ。
殺人罪十三件、強奪罪八件、治安妨害罪二十三件、違法源石取引罪六件……それと謀反罪を一件起こしてるヤツだ。
あと、一番重要なことだが、そいつは私の仕事の邪魔をした……それも二度も。
私は自分の仕事を邪魔してくるヤツが嫌いだ。大嫌いなんだ。
うーん……なんかそいつのこと誤解してないか?
本来ならみんなバウンティハンターの勢力には目を瞑ってきてやった……だがだからといってハンターが組織を組むことも、ましてやあんな規模になることは許されないんだ。
そう言うなって、“ファイヤーラン”と“イエロースモーク”の二人が突如と失踪、あんだけデカい地盤に空席ができちまったら、組織を組まなきゃ、仕事もやりにくいだろ。
(携帯のバイブ音)
……
どうぞ、電話っていつも一番忙しい時にかけてくるもんだよな?
(モニークが電話に出る)
私だ。今仕事中。
……わかった。
どうやらもう行っちまうようだな、残念だよ。
モニークの嬢ちゃんによろしく伝えといてくれ。
こっちもだ、トーランによろしく伝えといてくれ。
こう伝えてくれ――
――お前のそのペラペラとよく喋る上っ面には、ヘドが出るってな。
(モニークが立ち去る)
……お互い命拾いしたな、クランタ。
あいつは俺の足に追いつけないかもしれんが、俺はあいつには敵わねぇ。
お前……一体ナニモンだ?
改めて自己紹介させてくれ、トーラン・カッシュ、バウンティハンターだ。
誠意を見せるために、本名を教えてやったぞ。この名前は親父が付けてくれたもんだ、酒の飲み過ぎでおっ死んじまう前にな、ホントだぜ。
……バウンティハンター、さっきのヤツは無冑盟の……
無冑盟のラズライトだ、そいつを追っかけようなんて考えるなよ、そしたらせっかく残してくれた命が台無しだ。
しっかし、あのラズライトがここにいるってことは、俺はここにきて正解だったってことだな。
……お宝ならここにはねぇぞ、ここにはひっそりと暮らす感染者と帰る場所を失くした貧乏人しかいねぇんだから。
そんなここで何をお求めだ?バウンティハンター?
……抗う意志さ。
情報提供者から聞いた話なんだかが……あんたらはここですげーことをしでかすつもりらしいな。
けどまずは誤解しないでくれよ、あんたらの中に裏切者はいないし、ましてや俺に適当に教えてくれた口の緩い人もいない……
だが都市が進む際はいつだって全員を巻き込んじまう、あんただってこの大騎士領には“いいヤツ”と“悪者”しかいないとは思えないだろ、違うか?
……アタシはソーナじゃねぇから、そんなことは考えもしねぇよ。
だがお前はさっきアタシの命を救ってくれた、だからソーナに顔を見せてやってもいいぜ。
それは助かる。
(緩やかなピーピーと鳴る音)
お?なんだ?なんだこりゃ?出前の配達車か?
配達車じゃねぇ!こいつはアタシの自慢のペットだ!口に気を付けやがれ!
……フッ、騎士たちもますます面白くなってきたもんだ。
……なんでトーラン・カッシュが気に食わないか急に分かった気がする。
そりゃどうして?
お前に似てるから。
オホン……それ遠回しに俺のこと貶してるよな?
だからなに?じゃあなんで私を止めたの?
最近苦労してるじゃないか、だからたまに羽を伸ばしたほうがいいだろ?
帰る。
ちょっ、待ってくれって、お前最近ますますワーカホリックみたいになってるぞ……
耀騎士のメジャーリーグもそろそろ開幕なんだしさ、プラチナだけに任せても不安なんだ。
今年の監察会もなんか不気味なほど静かだしさ。いつもならとっくに理事会といがみ合ってる頃だろ、書類とか会議とかで。
だからお前はサボってたわけ?
全部サボってたわけじゃないよ、“上のお三方”からしばらくは適当にやり過ごしておけってさ。
は?
もうちょい詳しく言うと、感染者は俺たちのためにチャンスを作ってくれてる。
クロガネたちもそのスキに最後の関係者を排除して、それを感染者たちに責任転嫁するつもりだ。
だから今俺たちがやるべきことは感染者の妨害じゃなく、必要な時があれば、むしろそいつらを裏で手助けしなきゃならないってわけ。
これは大っぴらにできない一件だ、だから感染者にちょっかいを出すお前を泳がせてたってわけ、芝居をやるなら徹底的にやらないとな。
……ホントコロコロとよく変わる仕事だな。
俺たちは理事会から金を受け取ってるからな、理事会に従わなきゃ。
……もちろん、今しばらくだけど。
……フン。
夢魘の件はどうなった?
心配すんな、古式ゆかしい伝統を重んじてるバカなだけだったよ。
このあと一文字称号の大騎士をそいつの対戦相手にあてがう、“夢魘出現”の話題がいい感じに盛り上がったら、あとは捨てときゃいい。
これが“騎士”ってもんだ。現代社会に生きる夢魘の遺児は、さぞかし苦痛だろうな。
……
……バトバヤル、私の後をついてきて何の用だ。
いい加減その老人を気取った話し方はよせ、若い声をしておる、少なくともわしよりは年下じゃな。
お前はいつも……そんなフラフラしておるのか?
……
住む場所はないのか?まさか称号を持つ競技騎士でも、カヴァレルエルキで流浪人にならなきゃならんのか?
……
……私は都市が嫌いだ。
歩いていれば目を覚ましてやれる、クランタは草原をよく駆け巡るものだからな。
ここは草原なんかじゃないぞ。
本来はそうだった。
……だから歩き回ってるのか?
……
どのくらいじゃ?
……十数年、それか数年、もう憶えてない。
……あー……でもカヴァレルエルキには車で来たはずじゃろ?
……
徒歩でカジミエーシュを横断してきたんか!?
いや、違う、お前は本当に“止まった”ことがないと?一度も休まずに?
……バトバヤル、“天途”を知っているか?
……なっ……
あれはかつて……クランタにとって至高の名誉だった。
戦士は成年した時、クランタの誉を示すため、父母のもとで、誓言を言う。
彼らは自分の生まれた地から、遥か遠い試練の地へ向かうのだ。父母から授かった武器を一つのみ携えて、徒歩でな。
試練の地……?
試練の地は当事者で決められる。真なる勇気は自分たちで認めなければならないからな。
勇敢なる者が行く道は険しいが、臆病者は家の前にある林しか選ばない。
その儀式の判断基準は向かう先の距離がどれほど遠いかだけではない、獲物の首を携えてきた勇士もいれば、敵の耳を切り取って証拠にした勇士もいる、またなにも携えてこなかったが、金と香辛料を満載して戻って来た勇士もいた。
……先祖たちは終始その伝統を忘れることはなかった、あれは勇気の証明、無数の夢魘騎士は天途を歩み、彼らの旅路の起点としたからだ。
だから、お前も今……自分の成年儀式を独りで完遂しようとしているのか?
お前の両親は?
……物心を覚えた頃から、親はいなかった。
バトバヤル、私は恥じらいなど感じていないぞ、お前と、血族と、血がどれだけ遠くとも、こうして話をすれば幾分か私の心も安らぐ。
……少なくとも、人々には知ってほしいのだ、この曲がりくねった時代にも、過去の同胞たちは……まだ生きていると。
そうか……お前はずっと大騎士領を彷徨うつもりなのか?
……カヴァレルエルキ、旅の者から聞いたのだが、ここは騎士の国の中心、カジミエーシュの栄誉らしい。
だが今見渡せば、ここは敬われるべき栄光を踏みにじった、腐敗した城塞にすぎなかった……
かつて、同胞たちは天途のさなかで野獣や天災の試練を受けてきたが、私が対峙してきたのは、轟音を立てて、草原を踏みつぶしながら進む金属の塊でしかなかった……
(回想)
……
チャンピオン。
この者たちこそ今のカジミエーシュ騎士における頂、万人の注目を集める強者。
こんなうわべを語っても意味はない、今の騎士の姿を語るものなら愚かしく見えてしまう。
何度も勝利を重ねなければ、今のカジミエーシュがどんな姿をしてるか、理解できないものというのだな。
私の天途に相応しい。
であれば征服を行い、これをもって我が天命を証明せしめよう。
(回想終了)
カヴァレルエルキの騎士は、誰もが戦う理由をお持ちです。
おそらくカジミエーシュの外にいる多くの無知な人は、今の騎士競技は“伝統に反する”や“栄誉を捨てた”と批判するでしょう。
しかし我々はそうは思いません。時代は変わり、工業や金融業が発展する中、それでも人々には伝統的な討ち合いを信仰し、この現代社会で生死の決闘をしなければいけないと言うのでしょうか?
いいえ、商業連合会がそんなことをお認めになることはありませんよ。
……都市は林立し、エンジンが轟音を立てて駆動する。
今は日進月歩の時代、確かに十数年前とは大きく異なってきましたね、マギーさん。
……ミス・ドロスト。連合会からは必ずあなたに勝って頂きたいとのことです。
感染者騎士の騒動はますます苛烈になっていく一方です、そんな盛り上がりの際に耀騎士が躍進してしまったら、理事会は大恥をかくことになります。
理解はできますよ。
私は……はぁ、私はなにもあなたを困らせるつもりはありませんが、それでもまだ受け入れてくれないのですね?
けどご理解頂きたいです、それにあなたは別になにもしなくていいのですよ。
……マギーさん。
私は耀騎士と勝負がしたいのです、正々堂々と。
……
「なにもしなくていい」、この数年来、私はずっとそう言われ続けてきました。
マギーさん、なにもしないこと自体が一種の行いになり得るんです、ご理解頂けますか?
それは……
今の私はたった一つの要求にすら応えてもらえないのでしょうか?マギーさん?
いえ……そこまでおっしゃるのなら……私から騎士協会とほかの代弁者にも話を通してみます。
しかし、なぜなのか教えてくれますか?あなたは耀騎士となんの関わりもないはず……それなのになぜそこまで譲らないのですか?
マギーさん、連合会はなぜ彼女ばかり拘るのでしょうか?
名門出身とはいえ、結局のところ彼女は一度追放された騎士ではありませんか。
連合会は……一体なにに固執しているのですか?
……それは今ここで話していい話題ではありませんよ、ミス・ドロスト。
しかし……わかりました、実はこの件の背後には、監察会と連合会のいがみ合いがあるのです。
実際、連合会にしても監察会にしても、誰が“チャンピオンになるか”などどうでもいいんです。
わかりますか?私は今こうしてあなたの要望に応えますが……私はあなたの考えを尊重しておりますよ、しかしそこまで固執してしまえば、あなたと連合会との関係にヒビが入ってしまいます。
騎士団のほうには私から説明しますので。
リターニアからいらしたお客人方もあなたが試合で負けるところなど見たくないと思いますが……
負ける?感染者のチャンピオンにですか?
彼らのやり方はよくわかっておりますよ。燭騎士のヴィヴィアナ・ドロストが、こうも人気なのは、私がリターニア人であるから。
リターニア人が、カジミエーシュの騎士競技で素晴らしい戦績を収めれば、彼らも鼻を高くできる。
黒騎士の時代から、彼らはそんな栄光に慣れてしまいました。そんな私は黒騎士の代替品でしかありません……
ただの虚栄心にすぎません。
虚栄なのはあちらとしておきましょう、しかし彼らのあなたへの支持は嘘偽りなどではありませんよ。連合会は貴族たちと貿易協定を結びたがっている、だからこそあなたの行いが重要なのです。
……マギーさん。
二人の騎士が武を競う場で相見え、公平な戦いを所望することは、そんなに受け入れがたいことなのでしょうか?
……いいえ。あなたの……言う通りです。
カジミエーシュと、リターニア。それぞれ私を育て私を生んでくれた故郷です。
幼少の頃の私は、自分が今いるこの地は、ロマンと栄誉が共存してる場所なんだと思っておりました。
私はただ……耀騎士みたいな“特別な存在”と、雌雄を決したいだけなんです。
せめてこの一戦、“キレイな勝ち方”など考えず、どうやって勝つかだけを考えたいんです。
……ダメですか?
……結果は変えられません。
連合会はどうにかして耀騎士を負かせます。そしてあなたに負けるのがその最適解です。
あなたは彼らを支持しているのですか?
事態がこれ以上悪化させないため……監察会にこれ以上口出しする機会を与えないというのなら、ええ、私はこの決断を支持します。
……
マギーさん。
……はい。
あなたには失望しました。
……申し訳ありません。
しかし……私はこれが最善の策だと思っております……
本当に申し訳ありません。
……今日の夜には騎士団の祝賀会があるので、後ほどそちらへ向かいます。
はい……お気を付けて。
マギーさん。
私はただこの時代で騎士の彩を見届けたいと思っただけなんです。本物の彩を。
詩のような彼女を。
それだけです。
ではまた。
(燭騎士が立ち去る)
……詩、か。
そうかもな、だがあなたが見ているその詩を……私は一度も理解できそうにありませんよ、ヴィヴィアナ。
(ドアのノック音)
……マギーさん?花束をご注文されましたか?警備員がキンセンカの花束を受け取りまして、あなたが注文したものだと。
……ああ。
そういえば確かそろそろ奥さんとの結婚記念日だったかな?
え、え?そうですけど、そんなことまで憶えてくださったんですか?
これは私からのお祝いだ。いつもご苦労、帰って家族と一緒に過ごすといい。
……!マギーさん!ありがとうございます!本当にありがとうございます!
さあ、もう仕事が終わってるのならはやめに帰りなさい。
家族との時間は大切にな。