ヴィヴィアナ・ドロスト、初めて騎士競技に参加したあとすぐに称号を獲得し、“微光”のヴィヴィアナとなった、そして三年後初めてメジャーリーグに参加したのち、大騎士に封じられて“燭騎士”となった。
素質に関して言えば、彼女は史上最も若い大騎士十人のうちの一人、実力を言えば、今でもなお腕を上げ続けているわ、侮れない相手よ。
……マーガレット、ちゃんと聞いてるの?
……ああ、少し懐かしく思ってな。
昔、おばさんとお姉ちゃんも……メジャーリーグを迎えたんだよね?
あの時のことか……フフ。
試合が終わったあと姿を消したと思えば、部屋に籠って次の相手の研究に没頭してたり、こっそりムリナールに剣を教わろうとした人がいたものね……
マーガレットが初めて勝利した時、みんなと一緒にここで祝賀パーティを開こうとって決めたのに、肝心の本人がそれを忘れていたこともあったわ。
彼女を見つけたと思えば、負傷した身体を引きずりながら、裏庭でアーツを試していたのよ……
ずっと聞きたかったんだけど、痛くないわけ?
……私のアーツは痛みを和らげることができるんだ、だから……
けどそれだと根本的な治療になってないじゃない、そんなものを頼りにしてちゃ現代医療が何の役に立つっていうの?
ふふ……そうだな。
素晴らしい技術を持った医師を多く知った、彼らの常人では施せない技術のおかげで、他者を救うことがようやく現実味を帯びてきた。
……ロドスアイランド製薬だっけ?それともあの二人のサルカズさん?
どっちもだ。あの人たちはみな苦難と戦ってきた人たちなんだ。
そういえば、シャイニングさんとナイチンゲールさん、二人ともロドスの人たちと合流しに行ったんだよね?
今頃どうしてるんだろ……
大騎士領にいようとも、彼女たちなら己の力を発揮して感染者を助けているはずだ、私は彼女たちを信じている。
……だが私がしようとしていることはロドスと無関係だ。この責任を彼女たちに負わせるわけにはいかない。
だから私はロドスを離れたんだ。
お姉ちゃん……たまには自分のことも大切にしてあげてよ。
それあなたが言えるセリフじゃないわよ、無茶に関しちゃ、マリアだってひどいもんなんだから。
……あはは……
まあ――とりあえずだけど。
これからどうするの?今のあなたからすれば、もう訓練しても大して意味ないと思うけど……
それでも何年ぶりに大騎士と対峙する試合よ、適度に身体を動かして、ベストの状態に持って行きましょうか?
頼む、ゾフィア。
わかったわ。
マリア、あなたもよ。
え、えぇ?隣で見てるだけでよかったはずじゃないの?
見てるだけですって?じゃあなんのために装備を着させたわけ?前回の結果はあなただって見てたでしょ?また私一人で耀騎士の相手をさせるつもり?
うぅ……
ゾフィア、本人がイヤだと言ってるんだから……
あなたもこの子を甘やかすんじゃない!
……わかった。
ほ、本当にお姉ちゃんを相手にしなきゃならないの?そんなの一回も……
マーガレットが競技に参加した頃、あなたはまだ子供だったわね、今もそうだけど。
マリア。
は、はい!
耀騎士に見せてやりましょう、独立騎士のマリア・ニアールは、どうやって左腕騎士に勝ったのかを。
……わかった!
お姉ちゃん……よろしくね!
……
……いいだろう。
マリアの目を見て、耀騎士は突如とある人の言葉を思い返した。
彼女は……騎士への道を諦めたのですか?
私のせいで、諦めさせてしまったか?
はい、はい……来週の会議の予定はすでに確認しております、はい、必ず出席致します。
請け負った仕事は必ずやっておきますので、はい、本当に申し訳ありません、いえ……耀騎士は関係ありません、私は今も会社の一員ですので、自分の仕事は自分で全う致します。
……もう私の身分は関係ありませんので、ご冗談はよしてください、仕事とは関係ない事情なんですから……
ありがとうございます、では、来週の会議ではよろしくお願い致します。
(携帯が切れる)
……
今は一人ぼっちってか、ん?
耀騎士とその妹だが、全然実家に帰っていないのか?
トーラン。言ったはずだ、勝手に入ってくるなと。
お前は今無冑盟に狙われているんだぞ、私まで巻き込まないでくれ。
これは失敬、だが安心しな、あの神出鬼没なビッグキラーたちがお出ましにならない限り、普通の下っ端たちじゃ俺に追いつけるはずもない。
相手をするってんなら敵わないかもしれねぇ、なんせこの都市はあいつらのシマだからな。けど俺を捕まえるってんなら、手間かかると思うぜ。
大層ご立派だなとでも褒められたいのか?
そりゃとんでもない、騎士の旦那からお褒めの言葉を授かることなんざ、俺みたいな下民が、負えるわけないだろ?
……私はもう騎士ではない。
耀騎士が称号を取り戻した今でもか?
……恥知らずめ。
何の用だ?
大騎士領に来たのはなにもあんたのためだけじゃない、騎士の旦那……まあ正直に言って、もしあんたが俺たちに力を貸してくれるのなら、それはそれは嬉しいんだがな。
残念だが、そのことならすでに結果は出ている。
俺が命懸けでニアール姉妹を守ってやったのにも関わらずにか?
……そうだ。
……そうかい。
あんたは本当に変わっちまったようだな、ムリナール。だがこれだけは言わせてくれ……
今日カヴァレルエルキの辺境を行ったんだが、あそこの区画は本来別の都市だったはずだよな?
俺たちがまだ若かった頃、一緒に大騎士領に戻った場面を覚えているか?
難民と貧乏人が都市の外で延々と続く帳を建て、夜に燃える篝火が住処を失った人たちの顔を照らしていた。
感染者、強盗、農民、労働者、あるいは行き場を失った騎士貴族。あれは悲劇を煮詰めたようなモンだった。
泣き声と怒鳴り声が混ざり合う傍、強奪され殺された人もいた、安らかに眠れるように、ただただ身をもぞもぞと動かしていただけだってのに。
……
ハッ……やっぱりまだ憶えていたか、あんたはただ……ずっと怒りが収まらず、失望してしまっただけなんだろ。
お前に決めつけられる筋合いはない。
今晩無冑盟は感染者たちの住処を洗い出すつもりだ。座標はこのメモに書いてある。
感染者の騎士が……私となんの関係がある?
ふむ、感染者を扱う方法なんざカジミエーシュはいくらでも持ってる、まあそいつらを剣闘士みたく死ぬまで殺し合いをさせるってんなら、ウルサスよりかはマシだけどな。
――だが都市建設によって感染しちまった労働者、天災を避けられずに感染した農民、それと騎士になろうと藻掻いている人たちはどうだ?
あいつらはきっとあんたの目の前で惨たらしく死んでいくだろうな、感染者の遭遇は直接世論と耀騎士への評価に響く、そしていずれ、あんたが大事にしてきたものもそのうちに含まれちまうだろうよ。
……脅しのつもりか。
ではお前はどうなんだ?
……俺なら“適当に”手助けするさ。本当に必要が出た時は、少しだけ命を賭けてやるつもりだぜ。
レッドパイン騎士団は俺たちの大事な潜在的な仲間だ、そいつらを引き入れたい。フッ、感染者ではあるが、彼女たちだって“騎士様”なんだぜ、違うか?
話は以上だ……最後に一つだけ言っておく、ムリナール。
もうじき大事件が起こる、もう我関せずは通用しないぞ。
みんな揃った?
……いつの間にこんな大勢集まったんだ?
圧制されてる騎士の数だけ、ここにいますから。
不公平な扱いを受けたあとに抗おうとしてる人が自分だけだとは思わないください、シェブチック。
……
……“合成樹脂騎士”のシェブチック、お前ら連合会のペットにはなんの感情もないが、嬉しく思うよ、お前の目にも抗う意志が宿っているようだからな。
……誰だって宿してる、波に流されるがままではいたくないっていう意志を。
ハッ、流されるままならまだマシだ、その大波は明らかにアタシらを暗いゴミ溜めに捨てようとしてんだ、それなら好き勝手させるわけにはいかねぇ!
……計画はとってもシンプル。
三年前、前回のメジャーリーグの開催直前、四大都市がもうすぐ連結するって時に、中枢区画の動力ボイラーがテロリストによって麻痺させられた。
連結させるために、各都市区画は自分たちの動力源をシャットダウンした、こうした状況下で中枢区画が電力を失えば、各都市区画も独自の電力源へ強制的に切り替えなければないってことを意味するからね、都市のエンジンも含めてだけど。
そんなことになったら、都市同士の衝突を防ぐため、大騎士領はバラバラにさせられてしまうことになる。
それが四大都市の大遮断。
そう。
けど今回、アタシたちはメジャーリーグの期間中、大騎士領にありとあらゆる競技場の光を消さなければならない。
……何度聞いも疑っちまうんだが、俺たちだけで本当にできるのか?
もし大騎士領がそう簡単に落とせるのなら、ウルサス人はとっくにカジミエーシュを更地にしてたと思うが……
それはお前たちの……“監察会のお友だち”と関係があるのか?
おかしい、あの監察会が四都市遮断という醜聞の再現を許すだと……?一体なにを企んでいるんだ?
ハッ、最大の醜聞は商人たちに跨られてることじゃねぇのか?
……具体的には?
明日夜、グレイナティが部隊を率いて大騎士領の動力中枢を襲撃する。
通常であれば、あそこの警備は厳戒だけど、今回ばかりは、監察会が隙を作ってくれる……アタシたちに“機に乗じさせる”隙をね。
監察会が俺たちに力を貸してくれるのは分かったが、なぜ自分たちでやろうとしないんだ?
あはは、監察会だって一枚岩じゃないからね。監察会だけじゃないよ、法の執行者たる国民院も、騎士協会も、なんなら商業連合会もね……
アタシたちだって今まで人の様々な思惑を何度も見てきたでしょ、彼らがそんな単純なわけある?
そこでユスティナ、カイちゃんと一緒に行ってもらうわ。
任務達成後、彼女たちの撤退を援護して、速やかに三キロ外にある連合会ビルまで駆けつけるのよ。シェブチックが指定のポイントで迎えてくれるから。
イヴォナだけど、無冑盟の相手をお願いするわね。
アハッ、そいつは喜んで引き受けるぜ!
無冑盟がすでにここを狙ってる以上、アタシたちも簡単に手出しできないわ。イヴォナはなるべく無冑盟から仕掛けてくるよう挑発して、そいつらの注意を惹きつけてね。
当然だけど、“クラス”が出てきた時には、大人しく逃げるんだよ。
了解だ。
今度の祝賀パーティで、あなたがいないなんて勘弁してくださいね、それだと独りで酒を飲むハメになってしまいます。
安心しろ、お前が潰れない限り、最後まで付き合ってやるよ。
最後に……職務を全うしてくれた数名の記者のおかげで、商業連合会へ潜入する通路を見つけたわ。
連合会ビルの貨物用エレベーターは地下にある、普通はトランスポーターと運搬作業員しか使わないけど――
――当然、貨物用エレベーターだからといって監視カメラはついてるよ、だからそう簡単には使えない。
けど前回の四都市遮断の際、電力が止まった時、エレベーター内に閉じ込められたトランスポーターがいたんだけど、自分で脱出してきたし、なんなら記者にインタビューされたこともあった――
だから通気口からエレベーターのシャフトに侵入して、上を目指す、そのまま四階の会議室まで一直線よ。
アタシたちの目標は最上階のサーバールーム。データを抜き取った後、アタシがどうにかしてすぐみんなの端末に送るから、そしたら資料を共有できるわ――
――それって自分が脱出できなくても構わないってことですか?
そんなことは許しません、ソーナ、あなたを失えば、この作戦が成功したとしても、やった意味すらも失ってしまいます。
君だけじゃない。
電力施設の襲撃、無冑盟との応戦、どれも安全な任務じゃない。
今更“安全”を口にするか?フン、もし無冑盟が本気で私たちを相手にしてくれば、その時はただのハンティングになるだけだ。
そして、獲物は必ずこちら側だ。覚悟していない連中は、今すぐ辞退するといい、あとで足手纏いになられては困るからな。
……俺たちには元から活路はないんだ、騎士様よ。
覚悟ならとっくにできてる、なぜなら俺たちにそんなことをする必要はないからだ。
アタシたちに必要なのはたったの二つだけ。
ゼロ号地の真相、連合会が勝手に建てた感染者の牢獄、そいつを世間に暴くこと。
そして無冑盟の“ネームリスト”、正直に言って、監察会すらその資料がどれだけ存在してるのか把握していないわ……最悪、その資料があのスパイ連中が作った偽情報だったって可能性もある。
だとしても、それを無事監察会へ渡せれば、アタシたちはようやく自分たちの身分を取り戻せる……もう他人の機嫌を見繕うおもちゃでいなくて済むわ。
監察会にゼロ号地と“無冑盟”を調査する合理的な動機を与えれば、商業連合会にとって一番の打撃になるはずよ。
……勝負はすべてこの作戦にかかっているわ。
……うん!みんないい目をしているね!
それじゃあ……なんか意見はありますか、トーラン・カッシュ?
ずっと盗み聞きしておいて、そろそろ顔を出したらどうです?イヴォナから聞いてますから、あなたに手を出すことはしませんよ。
……なに?
大胆な計画だな、感染者と騎士諸君、ごきげんよう。
バウンティハンターだと?おい焔尾、こんな部外者まで参加するなんて聞いていないぞ……
バウンティハンターはお嫌いか?まあお生憎、こっちも騎士は嫌いなもんでね――
……
ただ騎士の旦那たちなら時と場合をしっかり理解してくれてるはずだ、とくにあんたみたいな、家族のためなら高価な身分すら惜しまないような騎士ならな、正直感服したぜ。
だから思ったんだ、あんたらは外部の力を必要としてるんじゃないかって――俺を信用してないのは構わないさ――ただ例えばだが、連合会ビルの見取り図とか欲しがってるんじゃないかな。
どこでそれを手に入れた?
手に入れる方法は多くはないが、お嬢さん、ただ人間の情に訴えかえれば簡単さ。
アタシたちに加わりたいのなら構いませんけど、ただし、うーん、面接って思ってくれればいいですよ、あなたの理由を教えてもらえませんか。
理由かい?
あー……ここにいても連合会のビルは見えるもんなんだな、大騎士領のどんな裏路地でも目に入っちまう。
そいつが倒れるところが見たいのさ。それだけだ。
……それはどうして?
あんたは……重税を課せられ天災に迫られる村々を見たことがあるか?
俺は見たことがある。そこの人たちが奪い合い、逃げ惑う様を、死に行く様をな。
色んなところを見てきた。
……かなり知見が豊富でいらっしゃるようですね……
ハッ、アタシを見るなよ、アタシは最初から結構いいヤツだとは思ってたぜ、な?
(ピーピーと鳴る音)
……私は構わない。
あなたに従います。
……
じゃあ、あなたの加入を歓迎します、トーランさん。
ドクター!
・アーミヤ、お疲れ様。
・(頷く)……
・今日もこんな遅くまで残業してたのか?
あっ……はい、大丈夫です。医療オペレーターの皆さんもきちんと仕事してくれてますので。
感染者騎士……カジミエーシュでは特例な存在だとは思ってましたが、まさかこんなに数がいたなんて。
彼らの身体には野獣による傷痕すら残っていました……そういう理由もあるからなのか、普通の病院は負傷した感染者を受け入れてくれません。
でも……
ん?
いえ……ただ、どこか違和感を覚えるんです。
単独の都市区画で感染者の医療施設を建設するのは理解できますが、治療を受けにくるのが、どれも“騎士”しかいないので……
もし感染者騎士だけを治療するのであれば、こんな大事にする必要はないはずです。
つまり……感染者騎士の数は多いですけど……この移動プラットフォーム一個分を費やすには、少なすぎると思いませんか?
ほかの箇所……スタッフから進入禁止って言われた場所では、一体なにをしているのでしょうか?
それを考えるのが私の仕事だ。
グラベルさんになにか知らないか聞いてみるよ。
君はとりあえずしっかり休んだほうがいい。
……はい!
けどあまり無理はしないでくださいね、ドクター、ニアールさんがいたおかげで、監察会の騎士さんたちからよくもてなして頂いていますが、それでもここはカジミエーシュの中心です……
そうだ、グラベルさんは?ずっとお傍にいるはずでは?
グラベルさんには連合会企業に関する資料をお願いしたんだ。
できれば、代弁者と一回提携関連の相談がしたくてね。
あっ……ドクターがそう要求しているのでしたら……
ドクター、あの商人とお付き合いする際は、くれぐれも気を付けてくださいね。
ここに来て騎士たちから色んな噂を聞いてきましたので……
あっ、そうだ、ニアールさんについても話されていましたよ!治療にきた感染者騎士の中にはニアールさんのファンという方がすっごく大勢いました!
“耀騎士”がカジミエーシュで有名なのは以前から知ってましたが、まさかあそこまでだったとは……
ニアールさんのご姉妹も騎士競技に参加できるお年になったと聞いています、ということは私より年上なんでしょうか……機会があれば、ぜひお会いしてみたいですね。
(ドアのノック音)
アーミヤさん、ちょっといいですか!あ、ドクターもいらしてたんですね!
あっ、ハイビスカスさん、どうされましたか?
あー……ちょっと言いにくいんですが……えっと。
今日来られた騎士たちなんですが、なんか“悪魔の治療だ”とか“カズデルからきた闇医者”とか言ってまして……
私たち……そんな宣伝文句謳ってないですよね?仮に言うんだとしたら、「カズデルからきたヘルスケアマスター」のほうがいいと思いますよ!
……わ、私からグラベルさんと代弁者さんに聞いてみますね、どうしてこんなことになったんでしょう……
はぁ、しかし、ちょっと有名になることも悪いことばかりじゃないですね、ここに滞在してしばらく経ちますけど、知ってる顔もたまに見かけるようになりました。
あんな頻繁に負傷してくるなんて、騎士競技も楽な仕事じゃないですね。
……
けど、この前受け持った重傷の感染者さんなんですけど、最近全然見かけませんね、ちゃんと怪我の具合がよくなってるといいんですけど……
銀灯騎士さんのことですか?
そうそうそう、基本的な治療を終えたあと、騎士協会の人に連れていかれたんですよ……どこに行っちゃったんでしょうね。
あっ、ほかの人たちが私を呼んでるみたいです、向かわないと、アーミヤさん、さっき伝えたことですけど代わりに聞いてみてくださいね!
(ハイビスカスが立ち去る)
……ここにいる感染者の騎士たちは、みんなずっと疲弊した表情を浮かべています。
試合に勝っても、豪華な賞金を手にしても、元気が見られない方もいました。
ああいう人たちは何回も見てきました、すべてが殺戮で満たされ、少しの希望も転機も入る隙がなくなった、そんな日常を抱いてるように見えるんです……
感染者騎士競技は……感染者を慰めモノの商品として扱っています。
今なら、ニアールさんがしようとしてることを少しだけ分かった気がします……
(ドアのノック音)
あっ、どうぞお入りください。
(ドクター、いつもこんなに忙しくされているんですか?)
(代弁者マルキェヴィッチが近づいてくる)
ドクター様、前回おっしゃっていた面会ですが、すでに予定を取っておきました。
おや?もしかしてアーミヤ様とお話の最中だったでしょうか?
いえ大丈夫です、マルキェヴィッチさん。
ロドスと提携して頂いてる医療企業の何社かは御社の業務と技術方面にとても興味を示されております、当然ですが、単純に友好面から見ても、ぜひあなた方とディナーをご一緒したいと考えておりますよ。
しかし……失礼承知で申し上げたいのですが、アーミヤ様もご出席なされるのでしたら……なんせ感染者ですので、不必要な扱いを受ける可能性もございます。
……お構いなく、慣れておりますので。
……申し訳ありません。
そうだ、ドクター様、こちらが先ほど読みたいとおっしゃっていたビジネス雑誌になります……まさかカジミエーシュの経済にもこれほどご興味があるとは。
カジミエーシュで子会社でも設立ようとお考えですか?でもカジミエーシュには御社の“事務所”が置かれてると聞いておりますが。
――?
(ど、ドクター、事務所のことはまだ監察会へちゃんと教えてないはずですよね?まさか向こう側はもう……調べていたのでしょうか?)
・少し連合会について理解したくて
・確かにカジミエーシュの現状について知りたいと思っていました。
・ロドスをご評価して頂けるのですか?
素晴らしいお心がけです。
こんな私でさえ彼らを理解し始めたのはつい最近のことなんです、しかし本当に“連合会”のことを理解したいのであれば、“商業”から入門するのは間違いありませんね。
あはは、もし本当に大騎士領で会社を設立したいとお考えでしたら、ぜひ私へご連絡ください。ロドスのために最高の行政書士をご用意致しますよ。
本心を言いますと、ロドスの技術と企業文化には、とても……感銘を受けました。
これはお世辞ではありません、カジミエーシュ市民の九割は感染者に問題を抱いてると考えてるはずですが、ほとんどの場合、現状維持を望んでもいます。
暴力でこの問題を避けようとするより、“治療”のほうがよっぽど平和的ではありませんか、ええ、なんせ鉱石病は病の一種でありますからね、そう思いませんか?
しかし……
……
・なにか心当たりがあるようですね。
・どうされましたか?
……ついこの間、試合で感染者が亡くなられた事故が発生したんです。
この事故のことはともかく、世論の力は私たちの想像よりもはるかに巨大なものでした。
私は門外漢ではありますが、しかし、あなたならご理解して頂けるかと思います、感染者がアーツの過剰使用によって会場で死亡した際、どれだけ多大で管理不可能な被害を起こしてしまうのかということを――
――私の目から見ても、あれはもはや意図的な凌辱、不公平な対決でした、しかし実際、観客たちは矛先をすべて感染者へ向けていたんです。
それでこの一件が私たちの提携に影響が及ぶのではないかと心配なんです……ロドスの皆様。
……マルキェヴィッチさん。
感染者がそういう目に遭うのはこれが初めてではありませんし、これからも続いていきます。
カジミエーシュの外で、感染者が受けてきたことは、あなたが見た場面よりも遥かに惨たらしいものなんですよ。
私の最近のパートナーは代弁者を務める前、ローズ連合の出版部で編集長を務めていました。
これほどはっきりと“流言飛語の恐ろしさ”を認識したのは初めです、アーミヤ様、ドクター様。
おそらくですが近頃の世論のせいで皆様のお仕事にも影響が及んでくるかと思います、ですので私がなるべくほかスタッフと医療従事者をたしなめておきましょう。
……ありがとうございます、マルキェヴィッチさん。
いえ、私の務めでございますから。
それでこちらはまだ時間がありますので……ドクター様、以前ご予定を交わされておりましたよね?
もしそちらにもお時間がございましたら、ぜひカジミエーシュを案内させてください。
・ではアーミヤも同行できますか?
・私以外にも、カジミエーシュの風采を見たがってる人もいますが。
……もちろんでございます、手続きと証明さえ頂ければ、アーミヤ様のような感染者でも自由に行動できます。
い、いえ、私なら医療オペレーターの皆さんと一緒に――
適度な休息も大事なことですよ、アーミヤ様。それに、さきほど受診に来られた患者が本日で最後でしたので。
……そうなんですか?
では、十分後、下の階でお会いしましょう。
……近頃マルキェヴィッチがロドスと接近し過ぎているな、これはまずい。
理事会はロドスをターゲットに入れてはいない……つまり、クロガネたちはロドスを別の目で見ているということだ。
あのお三方は普通の商人たちと違って先のことを見据えているからな、カジミエーシュにどれぐらい居座ってると思ってるんだ?
それがどうした、結局は商業連合会の駒じゃないか。
先を見据えてるってことは自分にとって不利なルールに勝つことばかりに拘るなって意味でもある、だからそれを利用して、加わることも学んだほうがいいぞ。
まあもちろん、若い連中や栄誉に拘ってる騎士たちからすれば、そんなよく聞く論調には賛同しないはずだ、だがそれこそが社会の真理でもある。
そんなこと言ってるけど、あの企業従業者となんの違いがあるんだ?
違いは……俺たちのほうが強いってとこかな。
都合よすぎでしょ。
はは、仕事の話に戻ろう、理事会が感染者の処分命令にゴーサインを出した。
……急だな?
そりゃあ感染者騎士が暴動を起こすって情報を上の人間に伝えたのは俺からな。
そういう意識を前もってそいつらに持たせるために伝えたんだ、「大騎士領は間もなく感染者による襲撃に遭遇する」って意識を。
それで俺たちもようやく動けるだろ。
じゃあこれからは……
感染者を適当に処理する。
チェッ、結局前と同じじゃないか。
やるべきことはやらなきゃダメだろ、もし上手くやらなかったら、首が吹っ飛ぶのは俺たちのほうなんだからよ。
カジミエーシュに英雄なんてヤツはいない、今目の前にある繁華街を見てみろよ、無駄な力を費やしてまでこの街に抗おうとしてるヤツがいると思うか?
カジミエーシュのチャンピオンたちは、この時代で未だに人々の心を躍らす存在でいるわね、ふふ、おかしな話だわ。
……
私は老いたって、そう思ってるのかしら?
そんなこと断じてございません。
……マダム、こちらの資料は監察会の機密情報なんですが、本当にロドスに渡しても……
私は別にまだボケてなどいないわよ。
そういう意味ではなくて。
……セノミー。
はい。
聞いた話だけど……あなたはまだ実家の大旦那様に真名を献上していないらしいわね。
私たちはただ“あなたの名前を手中に収めてる”だけで、まだあなたの忠誠を得ていないということかしら……
……大騎士長様、私は奴隷としてカジミエーシュへ売られてきました。
大旦那様に拾って頂いたことは、とても感謝しております、しかし私のような人間が、真名を献上する行為となんの関係がございましょうか。
……そう。
ロドスと接触してしばらく経つけど、どうだった?
自分はすでにロドスからある程度の信頼を……得られていると思います。
そういうことじゃなくてね、セノミー、私が気にしてるのは、ロドスはあなたの信頼を得たの?
……それは……
征戦騎士は軍人よ。あなたは自分の身分を守り続け、今日までカジミエーシュで奮闘してきた。
でもセノミー、あなたはまだ若い、一つの考えに縛られる必要はないのよ?
私たちが若者たちへ与えられるのは薪だけなの、それに火を点けるのは、あなたたちにしかできないわ。
……
ロドスはあまり好きになれなかったのかしら?
いえ……ただ……
もしああやって感染者を救ってきたことが“正義”だというのであれば、このカジミエーシュが、監察会が今までやってきたことは、なんて呼べばいいのでしょうか?
それは自分で確かめるといいわ、あなたの道はまだまだ長いんだから。
無冑盟がすでに動き始めているわ、おそらくだけど、彼らはメジャーリーグが白熱する前に、感染者の脅威を排除しようとしているのでしょうね。
――あの人たちは本当に市内で殺戮を行いつもりなのですか?
感染者たちは確かに連合会ビルを襲撃するつもりでいるわ、その大義名分を得てる以上、今回は厄介なことになるわ。
……
……マーガレット・ニアール、彼女のお爺様にそっくりね。
……彼女もきっとこの件に関わってくるでしょう。
彼女は例外なの。感染者にしろ、無冑盟にしろ、この者たちは自分たちで定めたルールの外に潜んでいる、それによって残酷な争いをもたらしてきているわ。
耀騎士は……いうなればその障壁へ、騎士競技と言う名の魔窟へ首を突っ込んでいったようなもの。
ニアール家に愚かな騎士は存在しない、彼女自身も理解してるはずよ、自分の行いはなんの役にも立たないって。
だから……監察会は彼女にチャンスを与えた。商人たちのメンツを潰すチャンスを、騎士たちに自分を証明するためのチャンスをね。
監察会は、全力で耀騎士の優勝取得を支援するわ。
ようこそ!ようこそいらっしゃいました!カジミエーシュ国立競技場へ、本日のメジャーリーグ会場へようこそ!
私は皆様の古い相棒であるビッグマウスモーブ、皆様のためにこの注目を集める試合のMCを務めることができて非常に光栄に思います!
いや~、ここまで熱く盛り上がった会場の空気は初めてです、ここで一つ皆様にぜひ知って頂きたいことがあります、それは試合が開始する前から、今大会一の注目人数を集めることとなりました!
それと同時に!試合が行われる期間、この場にいる観客の中からランダムで十名抽選致しまして、その幸運な十名様には、関連の記念グッズを一つ贈呈致します!
では前説はここまでにしておいて、一番大きな拍手でお迎えしましょう、古い一族から誕生したレジェンド、史上最年少のチャンピオン、耀騎士!マーガレット・ニアールぅ!!
(大歓声)
……
耀騎士マーガレット・ニアール、天女の姿で再びここ競技場へと戻られた彼女は、ほんの数週間で、メジャーリーグの参加資格を勝ち取りました――
それだけではありません!本日の試合は今回のメジャーリーグにおいて初となる大騎士と大騎士同士の対決となります!大騎士たちが有する“一文字称号”が、どのような姿を表しているのか、言うまでもないでしょう!
マーガレット・ニアール、耀騎士ニアール!彼女が本日対峙する相手は、リターニアからやってきた優婉閑雅なる光!
最も人気がある騎士として幾多もその名が挙げられ、個人栄誉章を十八個も授与された大騎士――
それだけではございません、初回の参戦において寒髑騎士を破ったことで最大なダークホースへと成り上がりました!さらには前回のメジャーリーグの決闘試合で準優勝をも収められた!全国第二位の人気を持つと言っても過言ではないでしょう!
(大歓声)
ダークホース?ダークホースってどういう意味だ?黒騎士のことを指してるのか?
ようはすげー人ってことだよ!
彼女の名は――おっと、熱烈な観客がすでに彼女の名前を叫んでおられますね――ではお迎えしましょう、燭騎士!ヴィヴィアナ・ドロスト!
(大歓声)
……ごきげんよう、耀騎士。
ごきげんよう。
熱烈な歓声が徐々に薄れてきたかのようだった、その時、二人の騎士は互いに首を頷いた。
燭騎士がゆっくりと手を上げる。
光と熱が、彼女の称号に呼応して交互に織り成すのだった。
……耀騎士、あなたはご自分の身分に誇りを感じておりますか?
……もちろんだ。
それは騎士としてですか?それとも感染者として?
マーガレット・ニアールとしてだ。
ふふ……ありきたりな回答ですね。
……ご存じですか、実は私リターニアのとある大貴族の私生児だったんです。
……
塔の上で暮らしていたものですから、地面にある街の活気づいた声を聞いたことがなかったんです……
売店の掛け声や、路面を行き交う車両の音も聞いたことがありませんでした、毎晩毎晩、私はただ暗闇に包まれるばかり、四方八方から。
……けど、母が……こっそり私のためにロウソクを持ってきてくれていたんです。
ロウソク……か?
電灯ですとすぐにバレてしまいますからね、そうでしょ?貴族のお宅には装飾用のロウソクがたくさん置かれていたので、何個か減っても、バレることはありません。
そのロウソクの光を頼りに、読んでいたんです。詩や歌、小説、諸国の散文、どれも魔力で満ち溢れていましたね。
……あの頃は、本当にたくさんの本を読みました。
騎士を描いた……絵本も。
「波は退き、栄誉は命と共に消え去った。」
「森羅万象は皆盛者必衰、いずれは塵と化す。」
「熔炉が煙を吐くまで、天災が降り注ぐまで、家族も旧友もそれらを忘れるまで。」
「この大地の最後の騎士は、独り孤独に、まるで夜のような漆黒の波へと突き進んでいくのであった。」
……騎士のおとぎ話か?
人々の想像力を掻き立てるための、虚構でできた伝承話にすぎません、そうでしょう?
耀騎士、あなたは騎士になって、なにを成し遂げるつもりでいますか?
また騎士とはなにをすべきなのですか?
大騎士のお二人がなにやら試合開始前に話し合いをされているようです!途中で断つには惜しいぐらい良い雰囲気を醸し出していますね!
しかし試合は試合です、お二方、どうぞ位置についてください!
私は先述した通り私生児としてカジミエーシュへとやってきました、カジミエーシュへ“駆逐”されたと言ったほうが正しいでしょう。ただただ生きていくため、私は騎士になることを選んだのです。
本心を言いますと、試合を勝ち進み、人気を得られれば“騎士”になれることに気づいた時には、失望してしまいました。
それまでの間、なにも実感が湧かなかったんです。カジミエーシュで頑張って来た日々よりも、塔に潜んでいた頃のほうが充実していた感じがしました。
……けどあなたは違う。
私がカジミエーシュに来た頃には、耀騎士はすでに追放されていました……しかし騎士をしていれば、自ずとあなたに関する色んな噂が耳に入ってくるんです。
あなたは本当に好奇心を掻き立てられるお方ですね。今の騎士競技に反対されているのであれば、試合に参加される目的はなんですか、このチャンピオンを得て、なにを証明なさるおつもりなんですか?
……あの時は、確かにそう思っていた。
もしすべての人がすでに栄誉から目移りしてしまったのなら、彼らが一番注目する場所に私は向かっていこうと、そしてそこにいる全員に告げるんだ、騎士は未だに健在だと。
……あの時?
カジミエーシュを去った後、色んなところに行った、一度も迷わなかったわけではないが、しかし最後に、私は私自身の正義を、私自身の信念を選んだのだ。
……感染者を救うこと、ですか?
ああ、だがそれだけではない。
それがあなたが持つ騎士の定義ですか?
どうしても知りたいのであれば……昔の私が妹に言ってたことを言おう、今に至るまで、私は一度もこの考えを変えたことはない、とな。
「騎士とは、大地を照らす崇高なる存在」なのだと。
……燭騎士と耀騎士か。
まったく光が眩しくて直視できない試合だな、なあ、フォーゲル?
……
おい、ジジイ、最近心ここにあらずやすぎないか?どうした?実はあの夢魘はずっと離れ離れになっちまったお前の隠し子とかだったのか?
※カジミエーシュスラング※、なにふざけたことを言っとるんじゃ!?
……ねえ、マリアはまだ来ないの?
あの子が姉の試合を見逃すはずがない、きっと今向かってる最中なんだろう。
……
探してくるわ。
……大地を、照らす。
誰しもが大地を照らせるわけではありませんよ、耀騎士。ほとんどの人はただの小さな燭光、せめて自分の生活が向かう方向しか照らせません。
雨風が揺れ動くこの時代の中、耀騎士、ロウソクの光はとても矮小なものなのです、人々はすでに我すら失ってしまいました、しかし恐ろしいことに、その人たちはその自覚を持っていません。
そんなことは承知してるはずなのに、なぜあなたは――
自分に語り掛けているのか?ヴィヴィアナ?
……私の名前を呼んで頂けたんですね。
ヴィヴィアナこそがあなただ、燭騎士はあなたにとってただの呼称にすぎないからな。
人はその出自によって運命を決められるべきではない、ヴィヴィアナ、私から見れば、あなたも立派な騎士だ。
……うふふ。
(リターニア語)もしあなたの信念が本当に太陽の如く揺れ動くことがないのであれば、私のこの小さなロウソクの光で……
(リターニア語)刹那だろうとあなたの光を奪ってみせましょう。