
……ドクター様?

レストランからお戻りになられてから、ずっと眉をひそめておりますよ?

もしお疲れでしたら、私が――

・君はあの晩餐会をどう見る?
・君はマルキェヴィッチはどういう人だと思う?

ではロドスの計画について、実現性はあると思うか?

……

それは一先ず置いといて……あなたは私を信用してくださってますか?

連合会の浸透はよくある組織的な浸透ではないのです……金銭と確実に変化が起こる社会の前では、連合会がなにもしなくとも、騎士は資本へと吸い寄せられてしまいます。

監察会がロドスを手厚くもてなしてるのは紛れもなく耀騎士と関係があるからです。だとしても、あなたのような繊細な人が、もし監察会を疎かにしたら、痛い目に遭いますよ。

・忠告感謝する。
・そんなことは知っている。

では、君の意見を聞かせてくれないか?/それで君の意見はどうだ?

……錆銅騎士が……また、復帰した?

はい……騎士協会が映像とほか騎士の証言に基づき、国民院にあの感染者はアーツの過剰使用によって病状が悪化しただけに過ぎなかったと証明しました。

死因も“鉱石病”に過ぎなかったため、錆銅騎士には直接的な責任はないと、それで……

……それが本当だとしたら……私たちはまたすぐに……

先に下がっていなさい。

はい。
(企業職員が立ち去る)

……
(回想)

……
(回想終了)

……国民院の判事へ……個人として電話をしないと。
コールが二回鳴る。
マルキェヴィッチは突如と自分の童年時代を思い出した、父の書斎の机には、黄銅色の電話が置いてあった。

……代弁者様ですね、考えはつきましたか?

チェルニーさんが証拠を掴んでいなければ、それでいいんですよね?

もちろんでございます……しかし先にお伝え致しますが、もしこの件が暴露されれば、あなたも私もその責任を負わなければなりません。

ですので、彼を殺すことが、最善かと。

約束します。

私が確実に……チェルニーさんの口を塞いでみせます。

具体的な手段は、聞かないでください。

わかりました……ではその誠意を示して頂きたいと思います。

明日にもこちらでオルマー・イングラの件に着手致します、七日以内に、こちらに誠意ある回答を頂ければですが……

そうすればオルマー・イングラも騎士競技から姿を消します。

……誠意。

はい。少なくとも、こちらにチェルニーさんが“二度と確実に裏切らない”ということを証明して頂かないと。
マルキェヴィッチは、その黄銅色の電話を憶えていた。
当時はまだそれほど電話が普及していなかったため、電線は酒場を、旅行会社と音を立てる工事現場に線を張り巡らせていた。
電話が鳴れば、喜怒哀楽はひっそりと降り立つ。
それがカジミエーシュでの生活……現代での生活なのだ。

……一つだけお分かりかと思いますが……

今あなたは代弁者を脅していることになります。

……

お互い承知してるかと思います、私はただ危機的状況下で命令を受けただけ、それに理事会の後ろ盾を持ってるわけではもない。

しかし、それがあなたの指示通りに従うということにはなりません。

無冑盟の指揮権は……かつてチェルニーさんが握っていました、とすれば今は……

……

……誤解しないで頂きたい、私はなにもあなたの権力を挑発してるわけではございません。
権力。

ただ、今後の順調な協力関係を確実にして頂きたく、お伝えした次第でございます。

しかしそこまでおっしゃるのでしたら、こちらも脅すような言い方をするべきではありませんでした。大変失礼致しました。

そちらが保証して頂けるのでしたら結構です。所詮オルマー・イングラとて腐敗した貴族、私たちが彼を憐れむ道理などありません、そうですよね?

……その通り。

では、お話は以上です。

――!マルキェヴィッチ様、お待ちくだ――
(マルキェヴィッチが電話を切る)

……

…………

……今笑ったな。

……!マギーさん、いつの間に……

あなたがそんな顔するのは初めて見たよ、マルキェヴィッチ。

何の用でしょうか?

もちろん、無冑盟への命令が正式に下されたことについてだ、あなたも私も少なからずこの一件と関わっているからな。しかし……

……いや、なんでもない。仕事に戻ろう。

……はい、マギーさん。
(マルキェヴィッチが立ち去る)

……

権力とはいつ時でも甘美な味がするものだ、そうだろ、マルキェヴィッチ。
(ロイの足音)

……夜の街はやっぱり散歩するのにはいいね。

仕事じゃなければだけど。

ご報告、モニーク様が班を引き連れて指定のポイントまで到達しました。

今回の任務のターゲットは明確です、今この地区に潜んでいる感染者たちは、およそ百人程度かと。

おう、殺せるだけ殺しな、上から言われたんだ、歩合制だってな。

いつものように、こちら側の人間への手出しは無用だ。

はい。

おい、おいったら!ほかのヤツらが無冑盟を見かけたって聞いたぞ!

な、なんだって……ウソだろ、ここはカヴァレルエルキの中心街だぞ!ここで殺人を犯すってか!?

……少なすぎる。

どうした、お前たちの言う通り、野鬣は無冑盟の気を惹きつけているだろ?

それでも、数が少なすぎる。

もしかして見逃した……?

……

最悪の事態に備えておけ、遠牙。

無冑盟を舐めないほうがいい。

は、はやく逃げろ!

落ち着け、どうしたんだ?

あ、あ、青色の弓だ……

は、はぁ!?ふざけたことを言ってる場合か!?

は、はやくほかの連中にも知らせるんだ、バラバラに逃げろ、ゴミ捨て場に逃げたっていい!

あの一般の感染者には絶対に抵抗するなとも伝えるんだ、いいか絶対だぞ――

だ、だ、誰か今すぐレッドパイン騎士団に連絡できるヤツはいないか……急いでくれ……

……ふんふんふん……ふんふん……

ご報告、感染者を三名発見。

ふんふんふん……ふんふん……

そうだ、理事会からの報酬の件って言ったっけ?

違法感染者一人につき金貨三百枚、感染者騎士ならその倍だ。

逃げるな!

……クソ!見つけられちまった!

……感染者一人でメジャーリーグのチケット一枚相当で、感染者騎士なら高い車の半分ぐらいの値段ってとこか。

そんじゃ。

報酬カタログにないような特殊な人物は、どう処理すりゃいいんだろうね。

はい?

ハンドサインの訓練は何種類受けたことがあるんだ?

あー、確か三種類ほど……

うーん、まあいっか、この話は忘れてくれ、もし俺の……そうだなぁ……指を鳴らすサインにしよう。

俺が指を鳴らすサインを見たら、すぐ動くようにしろ、迷わずにな。

了解しました。

よし、そんじゃ俺はちょっと挨拶に行ってくるよ。
ラズライトのロイが歩を進む、街頭がチカチカと点滅する。
レンガブロックが先まで続き、街道にはまったく人影がいない。
冷めた街中にベンチがあった。
そのベンチにはまた冷めた人が座っていた。

……

……
(ロイがベンチに座る)

こんばんは、いい夜ですね、そう思わない?

……

新聞を読んでる最中だったんですか?今日の夕刊は全文耀騎士のことを書いてましたもんね。

そういえばここら辺まったく人を見ませんね、物寂しいこった、最近色々騒ぎが起こってるって聞いたんですが……

……

オホン。

ここに一人ぼっちでなにしてるんですか?

……

……

ロイか……仕事終わりに、ここで少し休憩してるだけだ。

おや、退勤したばかりでしたか、こんな時間まで?お勤めご苦労様。

しかし……またなんでこんな場所で?

ここら辺は感染者、違法移民か闇市の商売人しかいないはずですが。

待ち合わせしてるだけだ。

なんだ、私が誰を待ってるのかすら聞くつもりか?

いやいや、そんな野暮なことはしませんよ。

待ち合わせ……うん、待ち合わせね。もしかしてべっぴんさんとか?はは、なんちゃって……

俺たちは公務を任されてる身なんでね。

……

あなたとその待ってる人にも、避難してもらたいんですよ。

……勝手にしろ、私にも用事があるんだ。

自分がなにを言ってるか理解してるかい、ムリナール。

私がガリア語で話してるとでも?

……そう言うなって、お前がここにいちゃ、俺の部下たちが緊張してミスを犯しちまうかもしれないんだ。

……

はぁ。

……ムリナール、知ってるか……もし今ここで俺がお前を殺すとしたら……どれだけ時間がかかると思う?
ロイがゆっくりと手を上げる。
暗い場所で、無冑盟の刺客たちが構える。
錯覚かもしれないが、その隠れ上手の達人たちは、誰もが見透かされてると感じていた。
ムリナール・ニアール。
彼らは祈り始めた、どうかロイから指示が出ないことを――
(何者かの足音)

――!

……
剣を持った白い角のサルカズ。

……

…………ハッ。

なんだ……やっぱりべっぴんさんじゃないか。
遅れましたか?

いいや。
シャイニングがベンチに座る

……

……

……

……

……

……

……

……なんだ、なにをジロジロと見ている?

そろそろ仕事に戻れ、ロイ。

……

…………ああ……
ロイとサルカズの視線が交わさったその時。
彼は考えていた。
どうすればあまり情けなく、ここからズラかれるのかを。

はは、そういえばさっき考えを変えたよ。ほら、どうやらこの後雨が降るらしいんだが、生憎傘を忘れちまった。

しかし……

ニアール家は感染者を庇うつもりである、そう解釈しても構わないかい?

好きにしろ。

……あの……

マーガレットがまた勝ったらしい。

お前からも彼女を止めるべきだった。

……申し訳ありません。

けど彼女がそうしたいと思っているのなら、私は彼女を支持します……彼女の支柱になるつもりです。

……お前が?サルカズ一人でなにが……

……

感染者のことだが、すでにロドスへ伝えた。

ご助力して頂きありがとうございます……無冑盟は、強敵ですから。

もし彼がここ付近に隠れている感染者を躊躇なく殺そうとするつもりでいたら、おそらく私たちだけでは止めようがありませんでした。

……私はここに座っていただけだ。

なにもしていない。

……もしマーガレットがこれまでどうしていたか知りたいのでしたら、私の知ってる限りのことならすべてお伝えします。

もちろん、ご自分から彼女に聞くのがベストですが……

……興味ない。

彼女の目を見れば、自ずとわかった。

彼女の両親、ましてや過去の私でさえ、誰もがあの輝かしい時代を抱いていた。

……やはり……あなたは彼女の家族ですね。

……もう知るべきことも知っただろ、であれば、私はもうこれ以上手を挟むことはしない。

マーガレットに、それとその……“ロドス”に伝えるといい。大騎士領の輝かしい外見の内側が、どれだけ腐っているのかを。

だがもっと確実なことを言うのであれば、早急に大騎士領を、カジミエーシュを去ったほうがいい。

なるべくこの時代から去るんだ、それこそが誰にとっても数少ない正しい選択肢であるからな。
(ムリナールが立ち去る)

……複雑なお方。

……

お前……こっちに来るな!

クソったれ、お前も無冑盟か?こっちに――

い、いや、お前サルカズか!?一体何モンだ?

こちらに敵意はありません、無冑盟ならすでにここを離れました。

な、なにを言ってやがるんだ……

……さっき、さっきこのサルカズが無冑盟の前に立ちはだかったんだ……

誰だいあんた?なんで無冑盟なんかに歯向かったんだ……?

……私は感染者の医師です。

サルカズが、感染者の医師を名乗るだと?そんなこと……

……怪しすぎる……だが怪しすぎてむしろウソのようにも思えない……

わかった……それでなんの用だ?

カジミエーシュは感染者に医療を提供しているのでしょう……でしたら、なぜあなたたちはまだここに隠れているのですか?こんな都市の隙間に……

……お前カジミエーシュ人じゃないな?

いや、ほとんどのカジミエーシュ人も知らないだろうな……ちょっと待った、お前今自分は感染者の医師だって……

お、お前もしかしてゼロ号地から来たのか……!?

医療企業から来ました、あなたたちが言うゼロ号地とは……感染者の収容地区のことでしょうか?

監察会が出資して建てた感染者騎士の治療と検査を行うための収容治療センター……
シャイニングはそれ以上言わなかった。
彼女は目の前にいる感染者の目から疑惑と、自分への不信任と、恐怖と、それと微かな期待が見て取れた。

……本当に……カジミエーシュ人じゃないんだな、それもそうか、あいつらはサルカズを毛嫌いしている、あっ、すまない、だが事実なんだ。

……お前はその会社で感染者を治してるのか?

はい。

なら変だとは思わないのか……?

あんな巨大な移動プラットフォームが、ほとんど感染者騎士の牢獄になってることを……お前も知ってると思うが、感染者騎士はそこで検査、治療を受けたあと、同時にそこで“生活”しなきゃならないんだ。

あんな状況が“生活”って言えればの話だけどな。

……

そうか、どうやらお前ら部外者はあんまこのことについて詳しくないんだな。

しかし仮に感染者全員をそこに収容しても……

スペースが足りない、だろ?

まだ金稼ぎできる感染者は、もう一度試合会場に戻ったり、また……労働に励んだりすることができる、なんでもありのな。

騎士になろうとしない連中は、奴隷みたいにブラックな仕事をさせられる……採掘業、運搬業、どれも危険な労働環境だ。

仮にケガでもしたら、そんな基本的な仕事は当然だが失っちまう……

……わかるか、よそ者さん、そんな感染者がゼロ号地に送られたらどうなると思う?

……!

お前たちはあそこを病院と思ってるし、騎士たちはあそこを監獄と思っている。だが、どれも違う。

そこに送られた感染者は、尊厳を洗い流され、価値をはぎ取られたあと、最後はまな板に置かれ、好きなように捌かれちまう。

あそこは完璧なまでの屠殺場なんだよ、サルカズ。









