
グッ――グアア――

……
(ガラスの割れる音)

アッ――アアア――

……ご報告、凋落騎士が副作用で明らかな拒否反応を見せました。

いえ……ほかの騎士に類似した反応は見られません、この場にいる薬剤師はサルカズの過剰反応と推測していますが……

はい?しかし……それでは勿体ないのでは……

濃度は……もう通常のゲル修復液並みです、あれは鎧修復のための品物ですよ、これ以上注入すれば脳に不可逆的な損傷を……

……

はい、わかりました、こいつらはサルカズ、人間ではない……

はぁ、聞いただろ、さらに0.3%増量しろ……サルカズの限界を見極めるんだ。

……

お前たち、何者だ?

ガア……ガア……

……お前……夢魘……死……
若き夢魘は長くため息をつき、空を眺めた、見慣れた黒夜は街灯によって追い払われていた。
これが文明が興った象徴だというのか?カジミエーシュはネオンライトで黒夜を征服しているというのか?
彼は突如と悲しみを覚えた。
(マリアがバーに入ってくる)

みんな!

マリア!

大丈夫なのね……本当によかった!

えっ、ちょっ、ゾフィアお姉ちゃん?き、急に泣かないでよ……

無事でよかったよ、マリア。

もしお前になにか起ったら、ニアールの爺さんに顔向けできんわい。

今でも顔向けできないけどな。

あはは……二人ともまだまだ先長いんだから、そんなこと言わないでよ、オホン。

あの……ゾフィアお姉ちゃん?そろそろ手放してもらえない……?

……

……ええ。

姉妹が再開した場面に水を差すのは忍びないが……マーガレットはここにいないようだな?

……えっ、あなたいつの間に……

あんたが泣きながら抱き着いた頃からいたさ。

えっ……それより誰?

あっ、この人はさっき私を助けて――

お……!お、お前は……

人違いだよ、老騎士さん。

……

それで、マーガレットはどこだい?

こんな大事件が起こってるのに、俺たちの大雑把な耀騎士はまだ試合をしてるのかい?

……お……お姉ちゃんに伝えるべきかどうかはわからないけど……

ほう。

無冑盟はこのまま手を引くとは思えない……きっとまた襲ってくる、みんなが危険に陥っちゃう!

でも……でもお姉ちゃんに伝えたら……それこそあいつらの思うつぼだと思う……

この大騎士領にいれば、あんたらに逃げ場はないし、あいつらもいずれやってくるだろうな。

もう昔とは違うんだ、今と一秒後の未来を比較しても、商業連合会はブクブクとその規模を膨れ上がらせる。

……あなたの安全のためよ、マリア、お姉さんに知らせましょう。

お姉ちゃんに知らせたら、解決でもしてくれるの?

お姉ちゃんがメジャーリーグを諦めたら、あいつらは本当に手を引くの?
この街で頑張ってきた騎士たちには、本当に活路が残されてるの?

……!

(わ、私なにを考えて……)

……悩むことは悪いことじゃない、どっかの誰かさんみたいにならなければいい。

まあ、マーガレットがいないのであれば、お先に失礼させてもらうよ、こっちにはまだ用事があるんでな。

待ちなさい、あなた一体――

ゾフィア。

行かせてやれ、なにも聞く必要はない、大丈夫だ。

……そう。

けど、マリアを助けてくれたことには感謝するわ、もしあなたの力になれることがあれば……私たちに言ってちょうだい。

おう……そうだ、剣の出し方がズレてたぞ、マリア、バランスも悪い、スピードも遅かった。

きっと心が揺らいでたんだろう、だが生憎俺は乙女心についてよくわからないもんなんでな。

心の揺らぎ……ですか?

騎士の戦いは競技場で行うようなもんじゃない。

借りてきた夢が、逃げることはないのさ。

贖罪師だったか。マジで?名前からしてすごそうなんだが。

確認したければ、クロガネたち本人に聞け。

……じゃあいいや、確か彼もサルカズだったよな、しかも伝説の傭兵的な?

カズデルのサルカズ、耀騎士、それと例のロドス……面白くなってきたねぇ。

面白くなってきたが、邪魔でもある。

理事会と相手しなきゃならない一方で、騎士協会とも相手しなきゃならない、おまけにこつこつと感染者の処理にもあたらなきゃならない、まったく、いつになったらこんな忙しい日々が終わるのやら。

……すぐさ。

……そうだな、すぐに終わる。

しっかしクロガネの旦那たちは未だに顔を出そうとしない、ってことは、最後の汚れ仕事も全部俺たちがやらなきゃならないのか?

……

待ちな。

少しは手加減したらどうだ?

……

……ヤツらは私に敗れた、であれば私にはヤツらを好きにする権利があるはずだ。

そいつらとて俺の同族なんだ。同族がカジミエーシュでそんな惨めな目に遭う場面は見たくねぇ、そいつらは俺に任せな。

……同族か……フッ。

薄汚いヤツらめ、我が天途の戦利品にも満たない。

教訓として、それぞれの片腕を斬り落とすといい。さっさと連れて行け、目障りだ。

やけにすんなり話が進むな?てっきり手合わせするのかと思ったぜ。

……

ちょいちょいちょい、武器を下ろしてくれ、わかった、今の発言は撤回する。

耀騎士と燭騎士の対決後、メディアやインターネットではすごい盛り上がりを見せています。

近頃大騎士領で発生した数々の感染者暴力事件も加味して、街中には不安の声も上がっています――

また、近日中にゼロ号地責任者と商業連合会代弁者が記者会見を開く予定です。

……

……とりあえず、状況はこういった感じです、ドクター様、アーミヤ様。

ここしばらくの間……ゼロ号地も安全とは言えなくなります。以前市内で発生した暴乱も今では感染者が引き起こした事件として扱い始めたものですので。

……状況は複雑極まりないです。ただそれだけのせいで感染者を治療する機会を失いたくはありません。

ここ数日、どうかロドスの皆様におかれましてはできるだけ室内で待機して頂きたいと思っております、本当に申し訳ございません。

ドクター……あのニュースのことですが……

残念ながら、ほぼ事実です。

感染者騎士たちは確かに騒動を引き起こしています、特に耀騎士が燭騎士に勝利したあと……

当日の夜に発生した暴力事件だけでも十一件は起こっております。

・噂とは恐ろしいものだ、だがメディアは誰よりもそれに精通している。
・……
・きっと捏造に違いない。

……理事会の重要人物も襲われたって言われていますよね?

うわぁ……デモまで発生してるんですか?

あの騎士たちに影響が及ばなければいいんですが……昨日受診に来たお姉さんが言ってました、試合に勝ったら弟と妹におもちゃを買ってあげたいって。

では、ニアールさんにも……

感染者はカジミエーシュから出て行け!大騎士領に感染者はいらない!

感染者収容地区は鉱石病の培養皿だ!

……一体なにが起こってるんだ?会議でちょっと出かけてみたと思ったら、あちこちが騒がしいな?

知らないのか?感染者収容治療センターがすぐ向こう側の都市区画にあるだろ?

今は抗議だけで収まってるが、午後の時なんかもっとすごかったぞ、すごいでかい横断幕まで掲げてたんだ。

……なにか用か?

……耀騎士……なぜあの感染者連中が堂々と騒いでるか分かってるのか?

あいつらは街中で暴力沙汰を引き起こした……無関係な市民まで巻き込んだんだぞ、なぜそんなことをする度胸がついたと思う?

お前がそいつらの度胸に火を点けたからだ!お前と血騎士のような感染者騎士がな!お前があいつらに抗う力を与えたんだ!

……

……お前が……お前が悪いヤツじゃないのは分かるさ、チャンピン。昔の俺もお前のファンだったしな。

だがお前がメジャーリーグに参加する限り、ほかの感染者たちに勘違いさせるんだ。

自分たちは……今を変えられるという勘違いをな。

そこをしっかり理解しておくんだな、耀騎士……自分を後悔させるんじゃないぞ。

……

……

…………
(シャイニングが近寄ってくる)

どうしました、ニアールさん?

その表情、ついさきほど勝利した騎士には見せませんね。

いや……

ニアールさん。

なにか思い悩むことがあるのなら、話したほうがいいですよ。

ああ……感染者についてのことだ。

……それについてですが、手がかりを少しだけ掴みました。アーミヤさんもこの件を把握しています、この一件は確実に誰かが後ろで操っているのでしょう。

しかし今のあなたは、ほかのことに気を逸らしてはなりません。

私を、ロドスを信じてやってください。

……ああ。

今はご自分の光を灯すことに集中してください、ニアールさん。

でも……でも無理は禁物です。あなたは強いですが、疲れは依然と溜まります。

たまには羽を伸ばすことも大事ですよ?

……

……カジミエーシュは、我が家なんだ。

騎士になろうとするマリアを見て、ゾフィアとマーティンたちが自分たちの暮らしを持ち始めたことを見て……とても安心したんだ。

だが今、あなたたちは私の傍にいてくれる、それでよりいっそ安心できる。

……では私たちもニアールさんの家族になったのでしょうか?

そうかもしれないな、リズ。

冬に入るまでまだ時間はある、だがカジミエーシュの夜は冷えやすい。リズ、一先ずアーミヤのところに戻ってくれ。

……あなたがロドスを“離れて”から、皆さんとても心配していましたよ。

分かっているさ、だがそうであるが故に、みんなを私の事情に巻き込むわけにはいかない。

……私たちなら構わないと?

そちらが構わないのであれば。

おや、耀騎士が冗談を言うなんて珍しいですね。

……音楽?近くにある……バーからか?

以前ここはごくごく当たり前なオフィス街だった、確か、出版社もあったはずだ。

本来なら大騎士領は今のような規模ではなかったのだが……

この数十年もの間、メジャーリーグが開催されるたびに、大騎士領は三つの都市を“落札”して、合併を行ってきた。

それが四都市連合、カヴァレルエルキ。

……街は変わった、私も自分の故郷に……少しだけ、馴染が薄くなってしまった。

長い間帰ってきていないからですよ、ニアールさん。

それにあなたは戻ってすぐ騎士競技に……自分の理想にのめり込んでいきました。

あなたはまだここで新しく生活を送ってないだけです、本当の生活というものを……

いずれ送るかもしれないが、今ではない。

……お疲れなんでしょう、私にもわかります。

少しお散歩しましょうか?夜風に当たれば疲れも少しは消えると思います。

……そうしよう、ではリズ、手を。

ええ。

……燭騎士はどうでしたか?

カジミエーシュにまだ彼女のような騎士がいたことには、驚かされた。

彼女はとても強かった、だが彼女は迷いという弱点を抱いていた……全力の彼女と勝負ができなくて、残念に思う。

楽しそうですね……?

……過去の私はとても騎士競技を憎んでいた。いや、今この時でも、今あるカジミエーシュに悲しみを覚える。

だが私たちは……多くの物事を見てきた、そうだろ?
三人はゆっくりと夜のカジミエーシュの街を行く。
街と喧噪から遠ざかった先にあったこの小さな路地には、街の余熱をまだ少しだけ帯びていた。
その余熱は酒と歌声と、忙しなく行き交う人々残したパンの香りと化した。

やるべきことは変わらない。

……たとえ、私の運命が最後に不条理な冒険を迎えようとな。
――夜の風に舞う羽のように。
――夢いっぱい抱く旅人のように。
――騎士は旅路へと向かっていった。
――本物の愛を探し求めて。

……いい歌声。

きっと各地を歌い渡ってきたさすらいの歌い手なのでしょう。

カジミエーシュにもこんなロマンチックな場所があるのですか?

これが、人々の暮らしてきた証なのでしょう。
――ヤグルマギクが如く儚い運命のように。
――嵐の試練が待ち受ける。

……ふんふん……ふんふんふん……

……リズ、踊りたいのか?

えっ?私ですか?でも……

構わない、さあ手を。

……はい。

わっ……も、もう少しゆっくり目に、ニアールさん……

ああ。
青い鳥は温かな夜空へ飛んでいった。
ネオンライトがビルの隙間と、ゆったりとした時間の中を交錯する。
騎士はサルカズの手を携え、街灯の下で影を踏む。
まるでラテラーノの聖なる像のように。

……綺麗ですよ、リズ。

ほ、本当ですか?

いつか、本当に自分で踊れるようになれるかもな、リズ。

……ではそのいつかが来た時も、私たちの傍にいてくれますか?

もちろんだ。
騎士はステップを止め、提灯を掲げた女神の前で跪いた。

誓うよ、リズ。

……はい。

……待っています、ニアールさん。

向かう道の果てまで、自身の光が燃え尽きるその時がくるまで、ずっとあなたの傍にいてあげあます。

もしその時――

――

ニアールさん。

……

こんばんは、耀騎士……おや、それと美しいサルカズのレディも。

こうもはやく再会できるなんて、感激しちゃうね。