(斬撃音)
キャッ!
マリア!
無理をするでない――
……いや、フォーゲルヴァルデ師匠……そっちだって手が……
こんなことは何度も経験しておるから、もう慣れておる。
(逐魘騎士が近寄ってくる)
……勝負はついた、私の怒りを辛うじて鎮められる実力はあったとはな、予想外だ……
末裔の血に免じて、お前の命は取らないでおこう。だが、私の向かう道からは消えてもらう。
……何が何でもマーガレットと戦いたいのじゃな、ん?
……違う、中断された決闘を続けるだけだ。
お前は一体なにを企んでおるのじゃ?
狂ったかのように……そこまで固執して、一体なにを探し求めておる?なにを得ようとしておるのじゃ?
お前にわかるはずもない……
そりゃ分からんさ。お前はその伝統とやらのために、目の前にある生活のすべてを諦めたからのう!そんなことをしても無意味じゃぞ!
私の生きる意味を、お前から授かる必要などあるものか?
お前がこれ以上狂っていくのを見たくないだけじゃ、“天途”とはごく少数の部族しか行わない成年の儀式なんじゃろ、若造のお前にはまだ早いんじゃ!
……!黙れ、いいからそこをどけ。
ならわしを倒してからにするんじゃな。
――後悔するんじゃないぞ、老いぼれ!
(斬撃音とマリアが攻撃を防ぐ音)
――!
マリア、なにをしておる!お前は怪我を受けて――
……あなたがそこまで動揺したのはこれが初めてですね、夢魘さん。
……
騎士の盾は、他者を守るためにある、そうお姉ちゃんから教わりました。
……私の信念はほかの人から譲り受けたものって言ってましたけど、その通りかもしれません。
けど明かりに照らされた道にすら怯えてしまえば、それこそ騎士としての意味はなくなってしまいます!
貴様が騎士を語るか、根も葉もないことを――
――生憎、今の私はもう騎士じゃなくなりましたので。私はただお姉ちゃんを守りたい――
あなたみたいな道理を弁えない人にお姉ちゃんの道を邪魔させるわけにはいきません!
(アーツ音)
……アーツ?それでなにが……ん?
マリアの頬に伝う血が光によって照らされる。
脆く、小さな存在にすぎない。そう、全力でかかれば、いとも容易く夢魘はこのペガサスを殺すことができる
彼はそう確信していた。
しかしなぜだ……この時、少女の頬に流れてる血が、まるで黄金のように見えたのはなぜだ?
……アーツの光で血を黄金色のように見せているのか?
しかし歴史に刻まれるべきペガサスは、なぜ如何ほどまでに脆弱なものになってしまったのだ……これは偶然か?
フォーゲルヴァルデ師匠、先に戻ってて……ここは私がやるから。
無茶を言うな、本当にヤツに殺さてしまうぞ――!
大丈夫。
私が彼を止める!
……
(逐魘騎士が立ち去る)
……あれ?どうして急に後ろを振り向いて……
……ペガサスよ。
今のお前は他者の信念に縋っているだけだ、本当にその信念を信じていなければ、決して強くはなれん。
そういうお前は、それを信じていない。
……
献身と、犠牲か。
お前は無意識のうちに……それに近い自己犠牲の美徳を備えている。悪くない教訓となった、ペガサス、それと末裔よ。
もしも……
……いや、なんでもない。
耀騎士に伝えておいてくれ、お前との決闘はまだ決着がついていない、今はしばらくの間お預けだ、と。
……
もしも?もしも、なんだ?
もしもお前と同じ環境で育ったら、私も同じような選択を選んでいたのだろうか?
いや、弱腰になるな、トォーラ。
弱腰になるな!
……耀騎士に、血騎士、あっという間に、メジャーリーグも白熱してきましたね。
ポイント累計から見れば、耀騎士は問題なく決勝に進出できますね。
……喜ばれていないようですが?
・連合会はニアールが優勝するまで大人しくしていればいい。
・感染者の一連の事件を経て、大衆がそれを受け入れられると思いますか?
・ニアールさん最大の挑戦は今始まったばかりです。
……そうですね。
しかし、連合会がなにを企んでいても、監察会とドクター様なら、きっとニアールさんのために困難を乗り越えてくれると信じております。
ただ、一連の問題は本当に連合会だけの問題なのでしょうか……あの者たちが得意としてるのは自ら手を下すことではなく、種を蒔いて……芽が出るまでじっと耐え続けることですから。
……抗議の声ならたくさん上がると思います。
ウフッ……けど血騎士の時も、同じような感じでしたよ?
ただ血騎士がトロフィーを掲げて、歓声と札束が大衆の目を遮ってから、みんなそんなことはきれいさっぱり忘れてしまいました。
記憶というのはとてもあっという間なものなんです、ドクター様、誰が勝とうが、その人が“感染者”を代表して声を上げれば、たちまち世論の熱も冷めていきます。
カジミエーシュはどんなチャンピオンでも歓迎しますからね。
それは……血騎士のことでしょうか?いや、あなたがそんな浅はかなことを言うはずがありませんね……
……ただどうであれば、あなたとニアールさんなら困難を乗り越えられると私は信じておりますよ。
アーミヤと医療オペレーターたちは大丈夫ですか?
ええ、今日もせっせと感染者騎士たちのために検査と医療に励んでいました。
ロドスの仕事っぷりはさすがですね、なぜ大騎士長様がそこまであなた方を信頼してるのかが分かってきました。
しかし……ずっとあなたのお傍にいるのですから、少しは私のことにも関心を寄せて頂けませんでしょうか?
少々悲しくなってしまいます。
確かに力を貸してくれたグラベルさんにも感謝しないといけませんね。
感謝ですか……具体的にはなにに対して感謝してくれるのですか?
・ずっと傍で守ってくれていることに対して。
・貴重な情報を無理してまで提供してくれたことに対して。
・えーっと、暇な時に色々お喋りしてくれたこととか?
私の責務ですから。命令を受けた以上、この身が滅びようとも、必ず守って差し上げます。
……大騎士長様から伝えていいと言われたことを伝えただけです。
ドクター様の感謝をそのまま受け入れるのもやぶさかではありませんが、本当にロドスを助けたいと考えられてるのは、大騎士長様ですので。
あら……ドクター様からすれば、私たちの交流はただ暇つぶしのためのお喋りだったのですか?
うふふ、もしそうでしたら、私は別にこのままずっとお喋りしても構いませんよ。
では、どうやってその感謝を示してくれるのですか?
・私の外出ついでとしてグラベルさんにショッピングできるぐらいの休暇を作ってあげるとか?
・なにか趣味とかはあります?ロドスには色んな面白い人がいますよ。
・なんでもいいですよ。
ウフッ……いいですね、実は昔からモデルとかやってみたかったんです。
いっつも鎧ばっかりで、私だって仮にも女の子なんですよ?いい加減イヤになっちゃいます。
趣味ですか?
あまり考えたことありませんね……カジミエーシュにいる普通の女の子はどういう趣味を持ってるんでしょうか?美食?お化粧?あっ……騎士の話題でしたら結構です。
ただ……服飾なら少し興味があります、いつも鎧ばかりじゃ、いい加減味気ないですからね。
征戦騎士が私服を着れる時間はめったにないものなので。
ドクター様……今なにをおっしゃったか理解されていますか?“なんでも”とは、私からすれば拷問を受けてる時に一番言っちゃいけない言葉なんですよ?
ほとんどの人は面倒臭さから相手に選択肢を渡すのでしょう……けど、それで相手が予想外な行動に出ることも考慮しないといけませんよ。
ではドクター様……少し後ろに座ってくれますか?
えっ、はい。
目は閉じてくださいね?ドクター様の目を傷つけたくはありませんので……
それでは……
(斬撃音とガラスが割れる音)
ドクター様、絶対に目を開けちゃいけませんよ。
もし無冑盟の姿を見てしまえば、カジミエーシュから無事に逃れようという考えは捨ててくださいね?
……
・あなた一人に危険を負わせるわけにはいきません。
・……
・こっちも少なくとも何が起こったか把握しておきたいんですけど?
(斬撃音)
……オマエ、普通の征戦騎士じゃないな?
暗殺は無冑盟だけの専売特許じゃないからね。
動くな、じゃないと喉を掻っ切る。
命を投げ出しても、ドクターを守らないといけないから、無理な相談ね。
ただの国外企業だろ……なぜオマエみたいな騎士がそこまで命を張るんだ――ん?
腕にあるそのバーコード……買われてきた奴隷か、なら尚更なぜただのよそ者にそこまで忠誠心を捧げる?
残念だけど、今ドクターを守るのが私の本心なの。
(戦闘音)
……なるほど、監察会がオマエみたいな粘着女をロドスに付けさせたのは、最初からロドスの手を借りてゼロ号地を調べるためだったんだな?
利用してるような言い方で私たちの関係を語らないでちょうだい。
・そうだ、仮に言うのであれば“相互利用だ”。
・……win-winってヤツだ。
・お互い気持ちよくできれば、それでいいだろ?
……オマエが、ロドスの“ドクター”だな、傍に小さいコータスの少女もいたはずだが……
子供には手を出したくないから、オマエ一人だけにしてもいいか?
生憎、ロドスの指導者は私でなくそのコータスの少女だ。
それと、そのコータスの少女をあまり舐めないほうがいい。
ドクター様、先に逃げてください、ここは私が防ぎます、アーミヤを連れてはやく監察会へ――
……言っとくけど、こっちは一人で来たわけじゃないから。
無冑盟はすでにここを包囲しているから……逃げられると思うなよ。
……問題ありません、ドクター様、私が――
――ドクター様?
護衛の前に立つって、それどういう意味?自分の命でほかの人を守ろうってわけ?
感動的だね……ただこっちだって任務があるんだ。
常務理事長からの任務か?
……なに?
もし間違ってなかったら、君は直接理事会から命令を受けていないはずだ。
なんのことだかさっぱり。
・ミェシェンコ工業か?
・サンブッシュ製薬会社か?
・それともクラウド医薬会社か?
ロドスがその者たちの脅威になってるのは当然分かる。
・だがたかだか国外の企業が、真相を知ったところでなにができる?
・その者たちなら、きっとロドスを表舞台から消し去る力があるはずだ。
・その者たちが本当に恐れているのは、同じテーブルを囲んで自分たちを狙っている飢えた獣だ。
・その者たちは、自分自身に恐れているんだ。
……だからなに?
・私を殺すことなど造作もない、と思っているだろ?
・なぜそんなに急ごうとしている?もしかしてその仕事ってフレックスタイム制?
なら少し座って休もうじゃないか。
……自分がなにを言ってるのか分かってる?
その征戦騎士が邪魔に入っても、オマエを殺すことなんか――
いいや、君にはできない。
・昨日、代弁者がロドスの各方面との契約に目を通した。
・マルキェヴィッチさんにはとても助けられたよ。
・今ロドスが“法律上”どの位置にあるのか分かるか?
・今のロドスは連合会の臨時的な加盟組織だ。
・私たちに手を出すことは、連合会に手を出すことを意味する。
・ただ、この機会を逃したくないと思ってる人もいるはずだ。
……
・君たちならもちろん“法律”を掻い潜ったことがあるのだろう。
・だが文明という事象のもとにある貪欲な殺し合いを避けることはできない。
(電話の音)
……!
電話……?
・どうぞ、確か……プラチナだったかな?
・君宛てだ。
・文明の声に傾けるといい、お嬢さん。
……
(プラチナが電話に出る)
……セントレアだな?
……!
驚くことはない、プラチナ。
ロドスの指導者に手を下さなくてよかったな。
撤収だ、命令に誤りがあった。慌てて成果を上げようとするあのバカどもが理事会を無視して無冑盟に命令を出しんだ……
ゼロ号地の“無用な感染者”の処置も停止だ。アイツらにはまだ価値が……創造の価値がある、ロドスがそれを教えてくれた。
以上だ。
……
……アンタ……全部計算の内だったってわけ?
一体どうやって……
一部の人間を丸め込み、ほかの人間への対処にあたらせる。
・難しいことじゃない。
・ほとんどの人にとって、自分の上司にアイデアを持ちかけるのはとても困難なことだからな。
だが本当に難しい点は、ほかの人に対処するため、どういう人を丸め込めばいいのかという点だ。
これについて、幸い私には話が通じる友人がいるのでね。
……ではゼロ号地はどうする?
感染者があれだけの暴動を引き起こしたさなか、二人の感染者騎士が好き放題暴れていては、不安要素が多すぎる。
もしその間に、ゼロ号地が感染者を処分してることがバレたら……
いいも悪いも起こりえますね……
その“良し悪し”を起こすわけにはいかん。どちらにしても、我々が求めているのは“すべてにおける掌握”だ。
……ほかの考えがあります。
万が一を防ぐため、すでに無冑盟を動かしておきました。
……このままアンタを見逃すってこと?
よそ者でありながら、すでに無冑盟の存在を知ってしまったアンタを……
……そんな優柔不断でいちゃ、みっともないわよ?プラチナ。
……
(アーミヤが扉を開けて入ってくる)
……ドクター!今日の物資輸送のことについてですが――
あれ?新しいお客様ですか?す、すみません……
……気にしないで、入っていいよ。
無冑盟と征戦騎士を一緒に座らせてお茶するなんて、ドクター様、本当に掴みどころのないお方ですね。
……あの、ドクター、ちょっと来てもらえますか、ここにサインが必要な書類がありまして。
(あれがロドスの指導者……じゃあもし今手を出せば……)
ただの想像だった。
間近にいたグラベルでさえも感じられないほどの殺気、当然、この殺気はただの想像にすぎない。
だとしても、プラチナは少し考え込み、そして、感謝したのだ。
最後まで任務を完遂させなかった自分に対して。
彼女は瞬時にあの小さなコータスから違う可能性を感じ取っていた。
ここで手を動かせば、自分は本当に無事に矢を取り出せるのだろうか?
それとも取り出す前に――
……?あの、どうかされましたか?
ううん、ごめんね。
さっき割ったガラスだけど、あとで弁償するから。じゃあ、今日はこれで帰らせてもらうよ。
ロドスの……ドクター、だったっけ?
覚えておくね。
(プラチナが立ち去る)
……ドクター、グラベルさん、さっきはなんかあったんですか?
……いいえ。
一緒にお茶してただけです。
……プラチナ様、お求めのものがこちらに。
よく探し出せたね……
はい。ロドスと監察会の通信チャンネルを発見したので、それを手がかりにこの情報を掴みました。
これがオペレーターニアールの、つまり耀騎士の本当の健診報告です。
……
えっ……?
……耀騎士は……感染者じゃない?
カジミエーシュメジャーリーグ会場へようこそ!いつものビッグマウスのモーブでございます!
逐魘騎士の過失のおかげもあり、今日この試合を見ることが叶いました!血騎士vs逐魘騎士の試合です!
比類なき恐怖と実力同士の対決!強大な血騎士と伝説の夢魘は一体どんな火花を散らしてくれるのでしょうか!?
先の試合中に、血騎士と逐魘騎士はすでに一触即発といった趣で対面を果たしました!そして今日ようやく!お二人はこの会場で正式な対面を果たします!
殺戮!そして熱い戦い!勝者のほうにしか輝かない栄光を掴み取れ!さあお二人の騎士の入場を――お迎えしましょう――!
(大歓声)
……
……
所属してる騎士団はなし、スポンサーもなし、なぜ各企業はこんなにも美味しい人材を見逃していたのでしょうか!?
彼のために騎士団を創立してくれる方はいませんか!きっと大儲け間違いなしです!
そしてその一方は、鮮血の王、カジミエーシュの赤いステムウェア、無情なる勝利の製造マシン、その名に恥じぬ騎士の頂!
血――騎士ィ!ディカイオポリスぅぅ!
(大歓声)
……また会ったな、夢魘。
まだ過去の影を追いかけているのか?