……“苦難と闇を畏れるべからず”。
優秀な苗たちを、こんな毒にまみれた土壌の中でしか育ててあげられないなんて……
私たちは過ちを犯してしまったらしいわね、ニアール……
……総帥。
結局のところ商業連合会は私たちの目的を察知できなかった。
当然ではあるけど……彼らはきっと、あなたたちがここに来たのは機を窺って自分たちを打ちのめし、監察会に権力を握らせる行いの一環だと思ってるのでしょう。
もちろん、それが目的ではあるわ。ゼロ号地はすでに監察会が掌握した、連合会はそのツケを払わされたんですもの。
けど私たちがマーガレットのためにどこまでしてやれるか、商人どもには分からないでしょうね。
“苦難と闇を畏れるべからず”はニアール家の家訓。
しかし今は、三十名近いシルバーランス騎士団団員たちの盾と、槍と剣に刻まれている。
あの戦争で、希望すら見えなかった戦役で、真っ黒な泥沼のさなか、セシル・ニアールは囚われた騎士を全員救い出すと誓いを立てた。
補給もなく、通信もなく、敵師団の砲兵と機動部隊が彼らを探し回っているにも関わらず。
ニアールに賛同し救援に参加したのは、わずか七名の騎士だけだった。出発する前、彼らは全員自分の盾にその家訓を刻み込んでいったわ。
……七名の騎士が向かったあと、その人数は四十一人まで増やして帰ってきた。
けど、最初の七名の騎士のうち、帰ってきたのは私とセシルだけだったわ。
……しかし総帥とあのお方は三十数名もの同胞を救出してくださったではありませんか。
それに全員の盾も……持って帰ってきてくださいました。
“苦難と闇を畏れるべからず”。あの夜を境に、救出した四十一人全員が、その一文を忘れまいと己に刻み込んでいった。剣に、甲冑に、アーツロッドに、盾に。
そして、私たちは東へ攻めていった。
……騎士団本部と合流した時、生存者はまたもや七名だった。
もはや天の思し召しね。
しかし三千もいた敵軍を滅ぼし、四十六面にそれぞれ一族の家紋が刻まれていた騎士の盾は一つ残らず、すべてカジミエーシュへと戻ってきたではありませんか。
黄金平原の黎明、あの戦役は征戦騎士であれば誰だって耳にしてきました、総帥。
今一度あなたに最上の敬意を表します!
……無冑盟はニアールの子供たちに傷をつけようとしてるみたいね?
ふふ、彼らの実力は如何ほどなのかしら?
(爆発音)
――ば、爆発です!二人のアーツを纏わせた剣撃が交わり、大きな爆発を引き起こしました!
土煙の中から先に現れたのは――血騎士です、血騎士が押された!斧の持ち手を――利き手じゃないほうの手に変えました!衝撃波で腕が痺れてしまったのでしょうか!?
そしてもう一方――耀騎士はその奇妙な槍を地面に刺して支えにしています!今の交戦で、身なりを保った血騎士のほうに軍配が上がったと言えるでしょう――
フンッ――!
――血騎士がまた突っ込んでいきました!はたして耀騎士は体勢を立て直せるのでしょうか!?
(武器と武器がぶつかりあう)
――!
なんだと……!
残念だが、一歩遅かったな。
(戦闘音)
その動き、試合で培ったものではないな。
流浪の月日の中で他者を守って来た動きだな?相手に攻められてる時、避けることや反撃ではなく、真っ先に防ぐことを考えるようにしているのか。
他者を守ることは騎士の義務だ、他者のために命を投げ捨ててこそ意味はある。
“他者のために命を投げ捨てる”、か。
お前は生死を軽々しく口にするような人ではないはずだ、どれ、お前の生死に対する分量がいかほどか見せてもらおう!
(戦闘音)
目まぐるしいほどの近接戦――!耀騎士に突撃を阻止された後に繰り広げられたのは、果てしない接近戦――いや、接近戦って言葉で片付けられるような戦いではございません!
――二人の足元に突如と巨大な血の池が!血騎士が仕掛けたトラップです!
(ミノス語)血は我が身に帰し、穢れを払わん。
血液がまるで粘っこい糸のように連なり、マーガレットの四肢に纏わりつく。
ペガサスの身に流れる血はその同胞の呼応に応えるように、瞬く間に痛みを引き起こした。
――させん!
(マーガレットが血騎士に斬りかかる)
――!アーツで共鳴を断ち切った……?
(斬撃音)
――ぐふっ!
なんということでしょう!!アーツで耀騎士をコントロールしようとしていた血騎士でしたが、耀騎士が放った予想外の剣撃を食らってしまい、そのまま地面に膝をついてしまいまいた!
血騎士が今回のメジャー戦で膝をついたのはこれが初めてです!観客席からもその巨大な衝撃波が伝わってきます!連覇がかかったチャンピオンは一体どんな攻撃を受けたのでしょうか!?
……あなたはそう易々と膝をつく人ではないはずだ、まさか……
……
血騎士は静かに立ち上がり、頭を目掛けて、再度斧を大きく振りかぶった。
(薙ぎ払い――だがスキがでかい!)
……!
突如と襲ってきた激痛が全身を走り、血騎士の斧は思わず狙いが寸分逸れてしまった。
なっ――
……なんだ……なぜ力がこんなにも……
……
この痛みはとてもよく知っている、だが初めて受けるような感覚でもあった。
火傷でも、切り傷でも、凍傷でもない、試合で受けたどんな傷の痛みにも似つかなかった。
この痛みは、彼の身体の奥深くからやってきたもの。
病による痛みだ。
もう、限界に達したのだ。
……さきほどの一撃で、よくぞ私に傷を負わせた。
では、これはどうだ?
光を照り返す血だまりが、朧気な球体を造り上げた。
思考する間もなかった、マーガレットはあのアーツを斬らねばならない。
彼女の背後に光が浮かび上がる。
一切の苦難を断ち切らんとするばかりの、まるで実体ある光へと輝きを増していった。
いけー!血騎士!
そいつに近づくな!アーツでやっつけるんだ!マーガレット!
モテモテだね、騎士ってのは。
……全員配置に就け。
モニークさんよ、もし俺たちも最初から無冑盟じゃなくて、騎士になれたのなら、いい暮らしを過ごせてたのかな?
……
プラチナのほうはどう?
……さすがに可哀そうにすら思えてきたよ、あいつのこと。
……
……
……
……その、なんだ。
無冑盟、人数はそれだけしかいないのか?
笑いたきゃ笑えばいい、どうせ兜を被ってるんだし、笑ってても分かりゃしないよ。
“銀槍のペガサス”、フン、この数の無冑盟でも満足しないってわけ?
……
こっちはプラチナ一人と、無冑盟構成員が三十人、そっちはたったの七人。
アンタら七人でかかっても私たちだけじゃ敵わないとでも思ってるの?
いいや……
三人でかかれば十分だ。
……
……
あ、あれは光の槍――しかし、血騎士に一撃で打ち砕かれて――斧に血が纏っていますが、耀騎士に避けられて――違う、あれは陽動です!耀騎士のあの槍は――えっと……
……もう……もう今ある状況をどう言葉で現わせればいいのかわからなくなってきました!こんな熾烈な戦いは見たことがありません!おそらく映像でも捉えきることは非常に困難になるかと――
……羨ましいですか?タイタスさん?
……
血騎士……強敵ですね。
あんな勢いある感染者は滅多に見ません……てっきり……
……てっきりこんな街ではあんな強靭な精神を生み出せないと思っていた、ですか?
……ニアールさんはいつも言っていました、カジミエーシュは栄誉を忘れてしまったと。
私も同じような感覚です、この街は見掛け倒しで、浅はかで、自分ですら想像もつかないような商売と消費にまみれていましたから。
……しかし……
この街で生きてる人々や、精一杯生きようとしてる人々は……みんな信念に駆り出されていた、ですよね。
ニアールさんの言った通りですね。あの栄光は、あの美徳の数々は、まだ完全には忘れ去られていませんでした。
お姉ちゃーん――!
ん?あれは……
お姉ちゃーん――!頑張ってー!!
今回のこれは今までの決闘と訳が違うぞ、応援にしてはちと普通すぎないか?
気持ちがこもってりゃなんだっていいんだよ、どうせこの観客人数だ、マーガレットも聞こえていないだろうよ。
なら無冑盟に気を配っておこう、監察会から招待された席とはいえ……どこに無冑盟が潜んでいるかわかったもんじゃないからのう。
マーガレットぉ――!ぶちのめしなさいー!
お姉ちゃーん――!
観客たちの声援というのは元から自分に聞かせるためにあるものだ。
マーガレットの耳に届いていなくとも、自分を応援してくれている人たちがいることさえ知っていれば、倒れはしないさ。
あちらにいる方はもしかして……
ニアールさんの……マーガレットさんの妹で、マリアと言います。
マーガレットさんも言ってました、いずれきっと対面するって、そうですよね?
光は輝きを増していき、それを照り返す血はますます暗く混濁していく。
二人は一言も発さず、ただただ剣を交えていた。
……
……えーっと……
(おい、審判員はまだ点数を数えているのか?え、もう終わった?そ、そうか……)
(武器と武器がぶつかりあう)
耀騎士!
――!
(斬撃音)
ガハッ――!
見事……!真正面からこの一撃を防いたのは、お前が初めてだ!
お互い様だ、それより凄まじいパワーだな……
血騎士が斧を掲げる。
斧に纏わりついていた血のアーツが消え、強固なミノスの斧は砂塵のように砕いてしまった。
一方耀騎士の槍も半分に折れてしまっている、ヒビが入り今にも砕けそうな槍先が血騎士の兜に穴を開け、彼の毅然とした目を露にした。
……お姉ちゃんの槍が折れた……!?あんなに強度を上げたのに……!
とんでもないパワーの持ち主ね……でも血騎士も武器を失ったわよ!
今は二人とも……武器を持たない状態になったわ……
……
……奇妙な感覚だ……
騎士競技に愉悦を感じるのは、これが初めてだ。
……そうか。
故郷の景色が突如と私の脳裏をよぎった、青い湖畔を囲った白い建物の数々が。
道にはジャスミンの花が添えられた青い垣根が、どこまでも連なっている。
血の錆びた匂い。
血のぬくもり。
血の意志。
ミノスは美しいところなのだな、血騎士。
……多くの騎士たちが、富と名声のために戦ってきた。
だが私たちは、感染者は、生きるために戦ってきた。
勝てる限り、一日を多く過ごせる、ゴミ処理所でコソコソと暮らすような日々は、辛いものだ。
お前はどうなんだ、耀騎士?
お前は私が想像するよりもはるかに強い……一体どんな物事を経てきた?
……
あっ――もしかしてニアールさんこっちを見ましたか?
みたいですね。
ニアールさん――頑張ってください!
・(手を振る)
・(拍手する)
・頑張れ――!
……お姉ちゃーん!頑張って――!
マーガレット!負けちゃダメよ!負けたら容赦しないんだから――!
……ははは、せっかくこんな痛快な決闘ができるんだからそれぐらい許してやれ。
そうだぞ、あんなマーガレットは久ぶりに見た。こっちもウズウズしぱなっしだ、なあフォーゲル。
(ニコニコ)……
……惨劇を見てきた。
天災で崩れていく都市、無数の一般人を虐殺し、その死体を燃やし見せしめにしてきた感染者たち。
バウンティハンターの玩具扱いされる貧しい人々、汚染されていない食料と水を買うために、我が子を売った両親たち。
カジミエーシュが想像もしなかった苦難と闇をたくさん見てきた。だが……そんな苦難の中でも前へ進もうとしている人たちも見てきた。
私は決して孤独ではないさ、血騎士。
……ではお前はそれらを見てきたにも関わらず、カジミエーシュに舞い戻り、矮小な理想を掴もうとしているのか?
……そうだ。
……
なら、お前はもう矮小な存在とは呼べんな。
決着をつける時だ、耀騎士。
……来るがいい、勝敗を先延ばしにする考えは無用だ、思考は勝者にのみ与えられる権利だからだ!
血騎士ディカイオポリス、あなたは偉大な騎士だ。
……カジミエーシュは光栄に思うはずだ、私とお前がこうして相対したことに。
マーガレット・ニアール、“苦難と闇を畏れるべからず”!
(ミノス語)今日を境に、もはや閑暇に耽る必要なし!
(斬撃音)
それで、血騎士が勝って俺たちの仕事が減るのか……それとも耀騎士が勝ってまた忙しくなるのかのどっちなんだ?
……あんた、傍にこんな人はいないかい?
街中のでかいモニターで試合中継を見るような都会っ子はさ。
……
……眩しいものだ。
マーガレットの光はあの時よりもさらに輝きを増している、彼女の損失は銀槍にとっては痛手だった。
だがあの様子を見るに……彼女も抗う者だったようだな。
……三番隊と四番隊は出口で待機。
五番隊は会場に入って、ロドスを監視。六番隊はマリア一行の監視。
……ニアール家からはいつも驚かされるような人が現れてきたわ。
そうでしょ、ムリナール?
……
……
……もう……どっちが勝ってもよくなってきた。
(細やかなピーピーと鳴る音)
……あれが、騎士同士の対決。
……血騎士と耀騎士……二人とも光り輝いているわ。
でも、アタシたちの戦いはそこじゃないし、そこにはアタシたちが求めてるものは存在しない。
二人はアタシたちのために道を切り拓いてくれた……ならアタシたちも最後まで抗い続けなくちゃ。
武器を失った両者は、各々アーツを形に固め、最後の交戦へと突入しました!
長い長い争いでした!光が消えたあと、先に倒れるのは一体どちらなのでしょうか!?
……
……
会場にいた騎士たちが声を枯らすほど送っていた声援は止んでいた。
彼らはゆっくりと立ち上がり、ただただこの試合の結果を待ち続けていた。
……ヤツはもう……
……
……血騎士はもう……限界ですね。
その時、大騎士領はまるで全土が静寂に陥ったようだった。
しかし会場外から響いてきた抑揚ある角笛の音が、その静寂を打ち破った。
天高く、穴だらけの雲に覆われた夜の帳へ。
……これは私からの敬意だ、カジミエーシュ。
英雄が立ち上がったのだ。
(戦闘音)
響き渡る剣撃。
会場に轟く剣撃。
武器同士がかち合うたび、火花は散り、剣先の軌道が人々の目を惹きつける。
誰が先に落ちるのか、誰が先に敗れるのか。
……くっ!
一歩、退く。
血のアーツを振り撒く英雄の身体は、すでに満身創痍だった。
……耀騎士。
お前はこのままカジミエーシュに残るつもりなのか?いつまでも……その灯台に火を灯し続けるのか?
故郷の土を踏んだあの時から――
――すでに覚悟ができていたさ、私は決して逃げはしない。
……ならいい。
では悔いを残さぬよう、かかってくるがいい。
……ああ。
(爆発音)
……本当に申し訳ありません、ドクター様。
この決闘は……無意味です。
…………!
……ち……血騎士に……礼だ。
……英雄に、最上の敬意を!
……騎士……あれが騎士。
血騎士は空を仰ぎ見る。
もはや寸分も動けなかった。
空。
移動都市が灯火のない夜をすでに忘れ去られていても、血騎士は未だに憶えていた。
夜は一度たりとも……都市に屈したことはないと。
……お前の勝ちだ、耀騎士。
(血の滴る音)
血が地面に滴り落ちる。
もはやアーツの形を保つ力は残されていなかったが、それでも血騎士は依然とそのいつでも砕けそうな武器を握っていた。
……
(血騎士が倒れる)
……!なにをしている……勝者が……敗者に肩を貸すなど……
ここに……ゴホッ、敗者などないさ、血騎士。
……
き、き、決まりましたァー!!
最後に立っていたのは――いや、血騎士は耀騎士に支えられてると言ったほうが正しいでしょう!あの血騎士が……なんとあの血騎士が人に支えられております!!
審判が今判定を審議しております、現時点で二人のポイントはほぼ互角――しかし、しかし血騎士が行動不能と判定されれば――
勝者は――
――カジミエーシュ第二十四回メジャーリーグ大会、その決勝戦の優勝者は――
――耀騎士!マーガレット・ニアールぅぅ!!!
(大歓声)
――行動開始だ
各隊は計画通りに待ち伏せし、別動隊は会場に侵入しろ、ターゲットはマリア・ニアールとゾフィア・ウィスラッシュだ。
人が混んでる今のうちに――
(斬撃音)
……まったく鼓膜が破けそうな歓声だな。
騎士たちのモテっぷりを見ちゃうと、羨ましく思っちまうね。
モテない騎士だっているさ。
それ、なんか意味ありげだね?
……騎士のお偉方はいつだってお高く留まってて嫌気がさす、違うかい?
お前たちバウンティハンターが普段暮らしてる中でどうやって騎士と出会えたのか、心底気になるよ。
ウルサス人が俺たちの町を吹っ飛ばしてくれたおかげで、仕方なく狩りを生業にするハンターになっちまったのさ。
あれは雨が降る夜だった、俺たちは野生の裂獣を追いかけてたんだが、夜が明けた頃、ある“騎士”に先を取られていた。
へえ、面白そうな話だな。
全身ピカピカの兄ちゃんだったよ、しかもわざと雨水で顔についてた血を洗ってたもんだから、気になってそいつに聞いたんだ、なんで騎士がこんなところにいるんだって。
そしたらなんて答えたと思う?
……なんて答えたんだ?
「私は一介の侠客だ、まだ騎士とは呼べん」って答えたんだ。そして今度は向こうが「お前たちは誰だ」って聞き返してきた。
……
(モニークが空から落ちてくる)
チッ。
おやおや、モニーク様、空から降りてきてどうしたんだい?お前の任務エリアはここから結構離れてたはずなんじゃ……
っていうか、傷を受けてるのか。
黙ってろ、ロイ、このまま任務を放り出すか、それとも私に手を貸すか、選べ。
……
これは一体どういう風の吹き回しだ、“侠客”がご登場するとは驚きだよ。
ラズライトのロイが身を起こそうとしていたその時、何者かの手が彼の肩に置かれた。
サルカズの手だった。
……
ハッ、“侠客”ね、あの時思ったよ、なかなかカッコつけるヤツだなって。
そんで俺はそいつにこう答えたんだ――
――「お前の目の前にいるのはカジミエーシュ最強のバウンティハンターだ」ってな。
耀騎士!耀騎士!耀騎士!
数か月前、この結果を予測できたメディアは存在したでしょうか!なんと今大会のチャンピオンの座についたのは、試合途中に乱入してきて競技に復帰したあの耀騎士マーガレット・ニアールです!
会場はすでに観客たちの割れんばかりの歓声でいっぱいです!本日の賞金プールもすでに想像もつかない域に達しております!
伝説を背負った耀騎士は、すでに企業が保有する資産に匹敵するほどの財を勝ち取りました、これは断じて誇張ではありません!!
そして今日――商業連合会から、みなさんに重大なニュースがございます!
この場にいるみなさん、テレビの前にいるみなさん!昨日に騎士協会が確認し、明日発表されるとのことですが、今この場を借りてみなさんにこのニュースを事前に発表致します!
ご存じの通り、耀騎士は六年前に “感染状況を隠蔽した”罪状で騎士協会によってカジミエーシュから追放されてしまいました!しかし今日、耀騎士はついにその無念を晴らせるのです!
一連の事件はすべて不法な輩が仕掛けた陰謀だったのでございます!彼らは騎士協会に賄賂を贈り、強行的に耀騎士を追放へ追いやったのです!
そう!ここで騎士協会を、国民院及び商業連合会に代表して、このビッグマウスのモーブがみなさんに慎んで申し上げましょう――
――耀騎士への一切の糾弾は撤回ッ!私たちのチャンピオンは、感染者ではなかったのですッ!
……!ドクター!
・……予想はしていた。
・ニアールにも気を付けろと言った。
・あれもニアールの意志だ。
……まさか……ドクターはわざと……?
……「もし本心を偽り、世間に真実を隠せば、栄誉を謳う資格はない。」
ニアールさんがロドスを去る前に、彼女はすでにドクターからこういった可能性を耳に入れておりました。
連合会がこの一手に出なくとも、遅かれ早かれニアールさんはロドスにこの事実を証明してもらおうとも考えておりました。
それもすべて――待ってください。
……
こんな時に限って打ち明かすとは……くそったれ、連合会は感染者の内乱を唆すつもりだ……!
こりゃまずいぞ。感染者じゃない耀騎士が、感染者の英雄である血騎士を破った――
……そんな……あれじゃまるでお姉ちゃんが……みんなを騙してたみたいに。
ど、どういうこと?マーガレットは感染してたんじゃないの?
……
当時ニアールの旦那は血気盛んなマーガレットを守るため、あえてあの子を追放したんだ。
あれって……お爺ちゃんがやったことなの?
マーガレット本人にも知らせてないことだ、あの子は本当に自分は試合中に感染したんだと思い込んで、そのウソを受け入れた。
だが鉱石病はバレやすい、こんなにも年月が経っていれば、本人もとっくに真相に気づいているさ。
……お姉ちゃん……
(今だ、やれ!)
させません!
(アーツ音)
う、うわぁ――!俺のナイフがなんかに飛ばされちまった――!?
あの野郎――俺が仕留める!
――無冑盟!?マリア、気を付けてッ!
え?
ゾフィアがマリアを庇う。
無冑盟の刺客が高らかに手に持つナイフを掲げる。
……卑劣な。
――!?
(シャイニングがナイフを防ぐ)
……!け、剣の柄で防いだ?
チクショ――!
(シャイニングが攻撃を防ぐ)
ここで手を出せば無関係な人も巻き込んでしまいますよ。
どうかお静かに願いします。
ここはわしに任せろ!
(老騎士が無冑盟構成員を殴り、無冑盟構成員が倒れる)
ぐほっ!
あ、ありがとうございます、シャイニングさん……
おい、どういうことだ!耀騎士は感染者じゃないのか!?
そんな……冗談じゃねぇ……あいつも感染者のために戦ってくれていたと思ってたのに……なのに……
まさか、耀騎士は俺たち全員を騙していたのか?
……
……してやられたな。
……カジミエーシュを去って暫くもしないうちに気付いていたさ。
鉱石病は呪いみたいなものだ。なのに私の身体には……なんの痕跡も現れなかった。
それからわかったんだ、お爺様は血気盛んだった当時の私を守るために、あえて私をカジミエーシュから追い出したんだと。
商業連合会にとって“耀騎士”は頭を抱える難題だったからな、そう易々と手を引くはずもない。
……ゴホッゴホッ……ゴホッ……
肩を貸そう。
……すまない。
……もしあなたの病状が軽ければ、負けていたのは私のほうだったよ。
今更そんなことを言っても意味はない……私は鉱石病を言い訳にここまで戦ってきたとでも言いたいのか?
……いいや。
……感染者からの信頼を失うことになるぞ。
ヤツらだってバカじゃない、ヤツらはいずれお前を引きずり下ろし、不義の汚名を被せるだとう。
あなたもそうしようと考えてるのか?
私か?フッ……
感染者が感染者のために戦うことと、一般人が感染者のために戦うことのどちらがより誉ある行いだとお前は思うのだ?
いずれそれを理解してくれる人が現れるさ、だがこれからの世論がヤツらの偏った主張に火を点けるだろう……これから、辛い日々が待っているぞ。
どうやら今のニュースで少なくないショックを引き起こしてしまったようですね――おや、審判が判定の審議を終えたようです、これで耀騎士の勝利も確実なものになるでしょう――
今宵は、チャンピオンが誕生した夜です!二時間後、チャンピオンウォール展示会場で耀騎士マーガレット・ニアールの授与式が行われます――
そして明日、大会の閉会式が執り行われます!!閉会式もぜひぜひご参加くださいませ!
……ディカイオポリス。
なんだ?
……授与の場は、騎士の場だ。
……もしヤツらに少しは思い知らせてやりたければ、その式典に欠席すればいい……
いや、それでは逃げてることと変わりない、私があの時カジミエーシュから逃げたのと同じだ。
なにを……なにをするつもりだ?
共に行こう。
……
はは……ワハハハ……面白い。
なら、ご相伴に預かろう。
それでは、司会の方を――おーっと、お待ちください!なにかが起こったようです!
なんと耀騎士が司会を無視して……血騎士を支えながら、競技会場の出口へと向かってしまいました!
これはどういう意味なのでしょうか!?まさか耀騎士は、血騎士と共に優勝を分かち合うつもりなのでしょうか!?
クソが……自分は感染者じゃないって事実がバレたから、それでチャラにしようってつもりか!?
そうはさせねぇぞ!耀騎士!この感染者の裏切り者が!
――耀騎士への一切の糾弾は撤回ッ!私たちのチャンピオンは、感染者ではなかったのですッ!
……え?
耀騎士は……感染者じゃない!?
……
…………
おい、ユスティナ、お前大丈夫か……?
……ちょっと、驚いただけ。
これは商業連合会が仕向けたウソ?
……いいや。
一般人を感染者に貶めるのは難しくない、けど感染者を隠匿するのであれば、割に合わないわ。
……耀騎士は感染者じゃなかったんだね……
じゃあなんで……それでもアタシたちのために戦ってるのかしら?
モニーク様!耀騎士と血騎士が競技会場を離れました、どうします、止めますか?
……モニーク様?もしもし?
(爆発音)
――な、なんだ!?競技会場でなにかが起こったのか?
(爆発音)
チッ……なにが三人だけで十分だ、爪楊枝みたいに私の矢をバンバンへし折りやがって……
……あ、あいつ一撃で柱を断ち切りませんでしたか?もしかしてああいう脆い柱なんじゃ?
そんなわけないでしょ、先に撤退するよ、本隊と合流するんだ。
“銀槍のペガサス”の唯一の弱点があの鈍臭さだ、すばしっこく動くことはできない。
うおっ!?な、なにが起こったのでしょうか?壁が突然破壊されました!
(無冑盟だと!?ここにはまだ観客たちがいるんだぞ、なんで騒ぎに来やがった!?)
み、みなさん、どうか落ち着いてください!警備!警備員!観客たちを避難させてください――!
――お前たちニアール家の騎士って、どいつもこいつもピカピカし出すんじゃなかったのか?
……
言っておくが、ムリナール、余計な真似はするな。今のお前は騎士ですらないんだ、大騎士領に居続けたければ、商業連合会を敵に回さないほうがいい。
……十年だ。
え?
仕事に務めて十年、ほとんど私事で休みを取ったことはなかった。
言い換えれば、今、私は三か月分の有給が溜まっているということだ。
……
……チッ、ちょこまかと鬱陶しい、クソバウンティハンターが。
ははは、ムリナール・ニアールの休暇か、ブラックジョークにしか聞こえないね。
――それと、ロイ。
――ん?
光がラズライトの視界を横切る。
まるで林を撫でつける朝日のように、それは温かく、目立つようでもなく、湖にすら覆い隠されてしまうような光だった。
しかし次の瞬間、ラズライトの首にはすでにムリナールの剣が当てられていた。
……!
……ニアールの人間が騎士かどうかは、お前が言えたものではない。
……はは、じゃあ誰なら言えるんだ?
……カジミエーシュが私に栄誉を授ける資格などない。
……まだ動けるか?
なんとかな……お前は今やってることの意味を理解してるのか?
……“騎士”という称号を、ヤツらから奪い返しに行くだけだ。
あ、あれって血騎士と耀騎士じゃね!?
あのままチャンピオンウォールまで歩いて行くつもりなのかな?ねえ、はやく写真撮ろうよ!
……状況は?
ラズライト二名とも連絡が途切れてしまいました……耀騎士と血騎士はゆっくりではありますがチャンピオンウォール展示会場へ向かっています……
……
……
……マルキェヴィッチさん、耀騎士と血騎士がチャンピオンウォール展示会場へ向かっております、このことに対して理事会がカンカンなようで……
無冑盟に阻止させてください、さもないと、後からあの二人はまた連合会に敵視されてしまいます。
……これもあの二人のためです。
承知いたしました、そうだ、ここにあなた宛ての手紙がございます、朝届きました。
手紙?
はい、送り主の欄には“あなたの友”と。
そこに置いておいてください、一先ず下がっていいですよ。
……?はい……
……ドクター様……申し訳ありませんが、私がしてやれるのもここまでです。
今の私にはあなたが宛ててきた手紙を読む度胸すらありません、お許しください。
手紙は、あなた方が無事大騎士領から去ったあとでしかお返しできないでしょう。
……
この道……こんなに長かったか?
あなたは負傷してる、だからゆっくり歩かざるを得ないんだ。
……
……おい!あっちを見ろ!
この街道を封鎖しろ!
……耀騎士、血騎士、今は無数の矢があなた方を狙っている、どうか……このまま引き返して頂けないだろうか?
連合会の指示に従って頂ければ、こちらもチャンピオン二人に手出しはしない。
……どうやら、我らの巡礼もここまでのようだな。
お前は先に行け、私はもう十分頭を下げてきた――だから思い知らせてやる――
(1本の矢が飛んでくる)
一本の矢が耀騎士たちと群れをなした無冑盟の間に刺さった。
……誰だ!?
(激昂したピーピーと鳴る音)
あれは――
どこ見てやがんだ、無冑盟のクズどもが。
(斬撃音)
――敵襲!感染者だ、撃て!!
(矢の射る音)
貴様らの矢がチャンピオンたちに届くことはない、無冑盟。
これでも食らえ!
――例の感染者たちだ!至急増援を――
(爆発音)
つ、通信機が破壊された――?
……ビンゴ。
……
……お前たち……
……これで会うのは二回目ですかね、チャンピオンのお二人?
時間があれば、すっごく二人からサインをもらいたいと思ってますけど――
今は先へ進んでください。傍から見ればこの街道を、この都市を渡り切るようにしか見えないけど――
――それでもこの行いが偉大であることに変わりはないわ。
……まーたレッドパイン騎士団か、征戦騎士はまだお出ましじゃないみたいだね。
そんな堂々と街中をのさぼってたら、どうぞ狙ってくださいって言ってるようなもんだ――
動くな。
……
……こいつらを行かせてやれ、プラチナ。
至急支援を求む!至急支援を求む!
……ロイ、時間を無駄にするな。
チッ……お前は隙を見て逃げろ、俺がこいつらを止める。
……気を付けろ。
(モニークが走り去る)
なーにコソコソ話してるんだ?
……
……あはは……こりゃ本当に……割に合わない仕事だなぁ。
全員配置に――
(無冑盟構成員が殴られ倒れる)
ソーナ!無冑盟がどんどん数を増やしています!このままだと、まずい状況に――
おい、てめぇら、ちょっとは手ェ貸してくれたらどうなんだ――!?
……
カァーッ、キモの小せぇ野郎だな!
イヴォナ!後ろ!
――
(盾がイヴォナへの攻撃を防ぐ)
……大丈夫!
マリア!
助太刀に来たよ――!
――マリア・ニアールだ!あいつらを――
……マリアへの手出しは許さないわ。
コーヴァル、準備はいいか!?
いつでもOKだ!
くそ、ジジイ連中まで――全員囲め!
なんだ?武器が振動して――
(ニコニコ)……なんでだろうね?
……今の耀騎士は連合会の顔を殴打してるようなものだ。
残りの無冑盟は全員ここにいるんだな?あの二人のサルカズ騎士は?
前回の夢魘暗殺を未遂に終えてから……姿を見せておりません……
……まあいい、お前たちはすぐ支援に向かえ、必ず耀騎士と血騎士を止めるんだ。
いいか、殺してでも――
(燭騎士が近寄ってくる)
マギーさん。
……!
燭騎士は燭光を携えていた。
美しい燭光だ。
彼女たちの邪魔を、しないで頂けますか?
七番隊、八番隊が到着した。
野次馬もどんどん増えている、仕方ない、おいお前たち、遠くから耀騎士と血騎士を狙撃する準備に――
足音が伝わってくる。
野次馬、騎士、無冑盟、戦っているレッドパイン騎士団、全員が動きを止めた。
まるで騒いでいた子供が、横切る鋼鉄の列車を見たかのように静まり返った。
……あれは……
――“銀槍のペガサス”だ!
……
無冑盟たちは無意識のうちに攻撃を止め、武器を下ろした。
呼吸も重くなり、まるで下手に動けば、殺されるような感覚に陥っていた。
……
……マーガレット。
その声……!ライムさんか?
まさかもうそんな……
今も考えを変えるつもりはないんだな?
……軍は国家の一部だ。
軍が履行してるのは職務であって、正義ではないからな。
そうあなたに伝えたはずだ。
……確かに我々が感染者を担いで、街を横切ることはできない。
……
全部隊に告ぐ。
耀騎士と血騎士をチャンピオンウォール展示会場まで護送せよ。
道は一本だけ。
……あなたの傍には、たくさんの人や出来事が徐々に徐々に集っていったわね。
当時のあなたそっくりだわ。
――耀騎士の現在位置を報告しろ。
モニーク様!よかった、やっと連絡が繋が――
はやくしろ!
は、はい!およそあと10分でチャンピオンウォール展示会場まで着くかと――ただ二人は銀槍のペガサスに守られていて、こちらでは手出しできません――!
……私が彼女を狙い撃つ、一度きりのチャンスだ。
だがもし位置がバレたらおしまいだ……銀槍のペガサスは槍を投げただけで付近の建物を貫いてしまうからな。
お前たちは銀槍たちの注意を逸らせ。
はい!
……大騎士長様。
あら、アーミヤちゃん、さあこちらへ、カジミエーシュに来てしばらく経ちますけど、どうでしたか?
……はい。
ドクターのおかげで……色んな問題を解決できました。
もしロドスと連合会の斡旋がなかったら……ゼロ号地の事件もきっと平和的な方法で解決できなかったでしょう、私もあなたたちに感謝を申し上げます。
いえそんな、私たちは責務を全うしただけですから。
あなたがドクターですね?数軒の企業が突如監察会にゼロ号地関連の申請をしたおかげで、私たちもゼロ号地を調査する“チャンス”を得られました……
これもあなたのおかげですね?
・あなたのおかげでもあると思います。
・私はただ監察会がこちらに何を求めていたか予測しただけです。
・お互い心が通じ合ってたから成し遂げられたんじゃないでしょうか?
グラベルはきちんと役職をこなしていましたか?
……
あっ、もちろんです!
色々とすごく助けられました!
そう、ならグラベルもそろそろ鍛えに行ってもらわないといけませんね。
ただこの話はまた後にしましょう、お二人のサルカズさんは……シャイニングさんとナイチンゲールさん、でしたよね?
……なんでしょうか。
この展示会場でサルカズ人は滅多に見かけません……ですので耀騎士をお迎えに行ってください、今の彼女は助けが必要ですから。
さあ。
……見えてきたぞ。
燦爛とした展示会場だ。
……
ふふ……試合を終えたあと……勝者と敗者が一同にして表彰台に立つというのか?
……理事会の人間は、今頃さぞご立腹だろうな。
……そうかもな。
もし私が――
――気を付けろッ!
ラズライトの矢が夜の帳を引き裂いていく。
瞬く間に、マーガレットの頬を掠める距離まで飛んできた。
しかし――
マーガレットに触れたのは、温かな手だった。
……ニアールさん、肩を貸しましょうか?
……お前は……んっ……
治癒の気配が空気中に散漫する。
故郷と同じような青い色をした、羽を広げてるような羽獣がサルカズの肩に降りてきた。
シャイニングはある方向に顔を向け、微かに口を動かした。
……“四発目”、って言いたいのか?
なんておっかないヤツなんだ。
……サルカズ、お前と耀騎士は……どういう関係だ?
仲間です。
行きましょう、ニアールさん。
……ああ。
ようこそ、マーガレット、そしてディカイオポリス。
……大騎士長様……
珍しい……チャンピオンウォールに記者もフラッシュもないとは……
あの人たちに征戦騎士を押しのけてまで取材しに来る魂胆はないわ。
今晩だけ……このカジミエーシュのチャンピオンウォールは、騎士だけのものよ。
……皮肉ですね。
この展示会場は騎士競技が発展する以前から存在していたわ。ここは昔、英雄たちの遺物を保管するための博物館として機能していたけど……
それも遠い昔の話になったわ。
……
まだあの時と同じ考えのままなんでしょ。
はい。
……マーガレット、お前……
まあいいでしょう、当時あなたのお爺様を説得できなかったのと同じね……さあ、こちらへいらっしゃい、顔をよく見せてちょうだい。
セシルの孫娘もこんなに大きくなっちゃって……残念ね、彼はきっと……喜ぶはずだわ、こんなにもそっくりなんですもの。
……今あなたが為そうしていることは時代と相反することよ、マーガレット。
軍、貴族、競技のビッグスターであろうとせずに。
始まりはこれからよ、お若いの、数度の波を経て、あなたはようやく本当の大きな波と立ち向かうことになる。
そろそろ夜が明けるわね。