(雪を踏みしめて歩く音)

……

旦那様、そろそろお水でも飲まれてはいかがですか。

昨日からまったく食事どころか水すら口にしておりません、この道を行ったあとには狩りにも参加されなくてはなりませんので、それではお身体が……

必要ない。

しかし――

これは私が決めたことだ。

二度も言わせないでもらいたい、マッターホルン。

……

そこまでにしましょう、ヤーカ兄貴。

ああなったら絶対に曲げない性格なのは兄貴だって知ってるじゃないですか、なのになぜ?

……もしかすればお飲みになってくれるかもしれないだろ。

旦那様は……あまりにも危険を冒し過ぎだ。

危険とチャンスは常に隣り合わせなんです、ずっとそうしてきたじゃないですか?

ぼくたちはただ旦那様に従っていればいいんですよ。

……

ふぅ……

寒いですね。雪も段々強くなってませんか?

おっそいわね。

アタシら両家を待たせるなんて、いいご身分だわ。

ヤツは自分の足でここに向かってきている、よい行いだ。

アンタが彼を誉めるなんて珍しいわね?確か聞いた話によると、彼はここまで来る最中、やたらめったら称賛されてたらしいわね。

でもねアークトス、気を付けたほうがいいわよ、数日もしたらアンタみたいな敬虔なイェラガンドの信徒がまたエンシオディスに変わっちゃうかもしれないから。

冷やかしなら遠慮してもらいたいな、ラタトス。

確かに私はエンシオディスなんぞを信用しちゃおらんが、ヤツが正しいことをしたのなら、私もその正しさを認めてやる。

もしそんなことを言うためだけに私をここに呼びつけたのなら、失礼させてもらうぞ。

アタシだってそんな暇じゃないのよ、アークトス。

ただ警告してあげたってだけ。

警告?このアークトスがお前に警告してもらう必要などどこにある。

ないとでも思ってるわけ?

アークトス、ここで言い合ったってお互いにメリットなんてないわよ。共通の敵がいる今、堅い盟友関係にあるのはアタシら両家なんだから。

……

私がいい争いをするような人間に見えるか、ラタトス。

お前やエンシオディスみたいな回りくどいやり方は好かん、私が見ているのはその人の行いだけだ。

行いしか見ないねぇ、ならちょうどいい。

そういうのなら二日前に起こった爆発の件について話してみましょうか。

なんだ、まさかあれはブラウンテイル家がやったとでも言いたいのか?フンッ、デタラメを言うな、あんなド派手なことをするようなお前ではない。

それとも、首謀者が誰なのかわかったのか?

……知ってるって言ったら?

――それは本当か?

イェラガンドに誓って。

アークトス、アタシらの援軍が一体誰なのか、アンタにわかるかしら?

メンヒ、メンヒ!

まったく、どこをほっつき歩いてるのよ……!?

奥様、お探しですか?

そんなの聞かなくても分かるでしょ!?

いつもならサッと現れるくせに、肝心な時に限ってほっつき歩くんだから!今回の狩りはちゃんと準備しなきゃダメって言ったでしょ……まあいいわ、それで準備はどう?

正直に言うけどね、メンヒ、あなたは私の部下で一番戦士として頼りにしてるんだから。

今回私がブラウンテイル家に華を添えられるかどうか、ラタトスのクソ女にギャフンと言わせてやれるかどうかは、全部あなたの行動次第なんだからね!

……

奥様、お言葉ですが……

言いたいことがあればはっきり言いなさい、モゴモゴしてないで!

はい。

私が思うに、もし奥様が本気で今回の儀式でいいパフォーマンスを見せたいと、ラタトス様に刮目させたいと思っておられるのなら、狩猟に着目するだけでは、おそらく足りないかと思います。

そんなの知ってるわよ……けどそれ以外にないじゃない?

ラタトスはいつだって先手先手を考えているわ、ちっとも私にチャンスを譲らずにね。フンッ、確かにアイツは私よりちょっと頭がいい、それは認めてやるわ。

けど私だってやれる……ただの穀潰しじゃないって証明してやりたいのよ!

だから今回はなんであれ私を担ぎ上げなさい、いいわねメンヒ!

私たちであのクソ女の高慢な態度をへし折ってやりましょう、絶対私のすごさを思い知らせてやるんだから!

……

……奥様がブラウンテイル家に強い思いを抱かれてるのは重々承知しております。

ですので、なおさら狩猟だけを重きに置いてはなりません。

じゃあ教えてちょうだい、私たちはほかに何ができるの?

もし私を信用して頂けるのでしたら――

なにバカなこと言ってるの、私があなたを信じないで誰を信じればいいのよ?

……

ありがたいお言葉に感謝致します、スキウース様。ではこの件についてはどうぞ私にお任せください、私に考えがございます……ただ機を窺う必要もありますので、今のところまだ下手には動けませんが。

それとスキウース様におかれましては、順調にことを進めるためにも、どうかユカタン様にも口外しないようにお願い致します。

ユカタンにも言っちゃダメなの?

まあそうよね、あいつだっていっつも私を小娘みたいに扱って邪魔しにくるんだもの。それにラタトスにチクったりしてるし、知らないとでも思わないでよね……

なら全部あなたに任せるわ、メンヒ!絶対ガッカリさせないでよね!

もちろんでございます、どうかご安心くださいませ……

……必ずや、スキウース様に注目を浴びせて差し上げます。

「鈴の音はあのお方の最も澄みきった心、あのお方を愛する者であればみな等しく鈴の音に首を垂れ、敬虔なる民であればイェラガンドは尽くその者たちお目を注いでくださる。」

――時刻を知らせる鐘の音が今しがた鳴りました。

あと少しで遅れるところでしたね、エンシオディス様。

何卒お許しを。

真理へ通ずる道はいつだって険しいものでございます、きっとこれはイェラガンドからこのエンシオディスに与えられた試練なのでしょう。

トゥリカムからカランド霊山まで徒歩、確かに辛苦な道のりと言えますね。

しかし……あなたにはぜひとも正しい道を歩かれて頂きたいものです。

巫女様からそのような祝福の言葉を頂けたのなら、この先の道は自ずと明朗となりましょう。

今この時でも、私はイェラガンドの教えに従って歩んでおられますのでどうぞご心配なく。

……

本当に弁舌が達者なことですね、エンシオディス様。

恐縮でございます。

今回巫女様が自らお出迎えに来られて頂いて、誠に恐れ入ります。

エンシオディス様がわざわざ伝統たる巡礼を行われてるのなら、そちらのメンツに泥を塗るわけにはいかないので。

大長老は今どちらに?

大長老なら今祭祀の準備に取り掛かっています、そのため私がお迎えに上がりました。

今回の聖猟ですが、イェラガンドの意向に従い、私も皆様と共に赴き、儀式を全うするつもりです。

つまり……巫女様自らが狩場へ向かわれると?

……

どうしました?もしやエンシオディス様も私のこの行いは軽率なものとお思いですか?

……いえ、決してそのようなことは。

ただ感慨深く思っただけでございます――どうやら巫女様は徐々に御三家を統率する指導者としての自覚を持ち始められたのですね。イェラグにとって幸福なことです。

然るべきことをしただけです。

……

……

巫女様、エンシオディス様、聖猟がもう間もなく開始致しますので、お早めにご参列をば……

……確かにそろそろ時間ですね。

では私と共に参りましょう、エンシオディス様。

お先にどうぞ。

……

エンシオディス様。

なんでしょう?

あなたが歩まれている道の是が非だろうと、イェラグにはイェラグの向かうべき方角があります。

イェラガンドの民にとって代わって決断を下せる者は存在しませんよ。

……

……私も同じことを考えておりました。

是非や良し悪しは他人によって決められること。道筋が現れて今、私も足を退く道理はございません。私はただ……

――己の義務を果たしただけです。

イェラガンドの共に。

今代の巫女がここに宣誓する。

イェラグの秀でた戦士たちを率いて、山々に隠れるイェティらを引きずり出してこれを滅し、イェラグに安寧をもたらさん。

イェラガンドと共に。

このアークトス、ペルローチェ家の戦士たちを引き連れて、巫女様と共に山々に隠れるイェティを打ち滅ぼさん。

そして豊か極まる獲物をこの地へ持ち帰ろう。

イェラガンドと共に。

このラタトス、ブラウンテイル家の戦士たちを引き連れて、巫女様と共に山々に隠れるイェティを打ち滅ぼさん。

そして巧み極まる獲物をこの地へ持ち帰ろう。

イェラガンドと共に。

このエンシオディス、シルバーアッシュ家の戦士たちを引き連れて、巫女様と共に山々に隠れるイェティを打ち滅ぼさん。

そして獰猛極まる獲物をこの地へ持ち帰ろう。

信仰をイェラガンドに、繁栄はイェラグに。

……信仰をイェラガンドに、繁栄はイェラグに。

信仰をイェラガンドに、繁栄はイェラグに。

――信仰をイェラガンドに、繁栄はイェラグに!

では皆様、礼装の準備は整っておりますね。

参りましょう!