ノーシス様、ペルローチェ家外縁にある林地に沿って捜索したところ、行軍の痕跡は見当たりませんでした。
……引き続き捜索にあたれ。
承知しました。
(ヴァイスが駆け寄ってくる)
ノーシス、動きがありました。
グロがドクターの部隊から分かれ、分隊を連れて霊山を迂回し、関所を強行突破、列車駅を占拠しました!
なんだと!?
今グロの部隊が列車駅にいる人たちを追い払ってます、それと、コリンス村に向かってる部隊を発見しました。
ユカタンは今そこに監禁されている……もしかして救出が目的でしょうか?
それはありえない。効率が悪すぎる、きっと別の目的があるはずだ。
メンヒ、君から見てあのドクターの進行ルートは、どこに向かっていた?
……彼らは霊山にも、関所にも通るルートを向かっています。
ッ――まさか、ドクターの本当の目的は霊山を迂回して、ぼくたちの領地を進攻することなのでは……
そういう可能性は無きにしも非ずと君たちにも警告していたはずだ。
いや、私も油断していた、もっと関所に多くの兵力を配置するべきだった。
ドクター……
しかし、アークトスの行方がまだ判明していない、まだ彼らの目的を断定することはできないままだ……
……チッ、ヴァレスを駅に向かわせてグロの対処にあたらせろ、それからヴァイスはコリンス村へ行ってくれ。
麓にいる部隊の一部を関所封鎖のために連れていけ、関所を突破して我々の領地に侵入してくるドクターの部隊を阻止するんだ。
了解しました。
将軍、俺たちはもうこの列車駅を占領できています、なんでまた待機しなきゃならないんですか?
ドクターからはなるべく死者を出すなと言われただけで、ここをぶっ潰すなとは言われてませんよね?この列車駅はシルバーアッシュ家にとって象徴みたいなもんですよ。
焦るな、話は次の便が来てからだ――
チッ、本当に次の便まででいいんだろうな、ドクターが残してくれたメモを見てみないと……
ああ、次の便で間違いない。
(列車の汽笛)
ヒィッ、なにが起こったんだ!?
この列車駅はすでにこのペルローチェ家のグロが占領した、死にたくなければとっとと失せろ!
なぜペルローチェ家の人がこんなところに!?
しかもよりによってあの一番凶悪なグロだ!まさかペルローチェ家が攻めてきたのか!
ヒィィ――わしはまだ死にたくないぞ、逃げるんだよォ!
そうだ、逃げろ!さっさと逃げるがいい!
(エンシアとオーロラが姿を見せる)
……
えっと、グロ将軍、その、追い払ってくれてありがとうね。
フンッ、シルバーアッシュ家の娘に協力するなど、お前がドクターの助っ人だと彼から言われていなければ、協力なんぞするもんか。
本当に兄とグルじゃないんだろうな?
あたしはお兄ちゃんを止めに来たんだよ。
……お前のことは信用できんが、ドクターのことは信じる、あのSharpにも言われた、彼がもたらしてくれる勝利を信じろとな。
それだけだ、山に登るんだろ、さっさと行け。
お前たちが行った後も、俺たちはまだこの鉄道をま……なんだ、おお、そうだ、麻痺状態にするんだ、シルバーアッシュ家の援軍が早々に来られては困るからな。
うん、でもありがとうね、グロ将軍!
(エンシアが立ち去る)
……本当に訳の分からん一家だ。
まあいい、今は自分の任務に集中しなければ。
……フンッ、あの筋肉だるまはバカだけど、戦力としてはピカイチね。
駅のほうは彼に任せても問題はなさそうだわ。
これからは――あ痛ッ、お尻が……
スキウース様、駄獣から降りて少し休まれては如何ですか、あとは私たちに任せて頂ければ結構ですので。
フンッ、休んでる場合なわけないでしょ
私たちはグロのなんかよりもよっぽど重要な任務を受け持ってるのよ。
ユカタン救出以外にも、なるべくはやくコリンス村を占領しなくちゃならないんだから。
ドクターのほうが順調に進むように、こっちでなるべくシルバーアッシュ家の注意を惹きつけなきゃならないのよ。
しかし奥様、この人数で本当に持ちこたえられるんでしょうか、もしかしてあのドクターは私たちを貶めようとしているのでは?
そうですよ、だって大奥様も……
お黙り。
よく聞きなさい、ラタトスはこの家をずっと背負ってきた、けど今はもう疲れちゃったの、だからこの任務を私に預けてくれた。
今の私たちはブラウンテイル家の存亡に関わる瀬戸際にいるのよ、しっかりやれたら、ブラウンテイル家には未来が残る、けどしくじったら、今度からシルバーアッシュに改名されるハメになるわ。
あのエンシオディスが何をしようが、このイェラグをどう変えようが知ったこっちゃないけど、私たちブラウンテイル家はいつだって他人の指図なんか受けたりはしない。
改名したい連中がいるのなら今ここで逃げるがいいわ、しかしこのブラウンテイルの名に誇りを持つ者は一人残らず私についてきなさい!
(こんな生き生きとしたスキウース様は初めて見たぞ……)
(スキウース様、もしかして演説に向いているのでは……?)
(きっと思ったことを口に出してるだけなんだろう、昔からそんな機会は与えてもらえなかったからな。)
ちょっとそこ、なにヒソヒソしてんの!
(大奥様は投降しようとしてたって聞いたが、スキウース様から諦めるような感じは見えないな……)
(俺たちが今ここで諦めちゃそれこそ笑い物にされてしまう。)
(そうだな、それに正直言って、大奥様が素直に投降するとは思えない……)
いい加減にしなさいよあなたたち!逃げたいのならとっとと逃げなさいよ!
いいえ!我らこの命が尽きるまで、ブラウンテイル家のために戦うと誓います!
フンッ、そうこなくっちゃね!
それじゃ、あとはあたしに任せてね。
本当に大丈夫かな……
大丈夫だって、これでもプロだからさ。
……絶対に気を付けてね。
いいニュースを待ってるから。
(オーロラが立ち去る)
ロドスに行って治療を受けてから訓練だけはずっとしてきたけど、こうしてきちんと山に登るのは久しぶりになるな~。
思わずワクワクしてきちゃった、へへ。
待っててね、お姉ちゃん、今行くから。
エンシアは自分がまだ幼かった頃を思い出した、いつもお姉ちゃんを登山に連れて行くのが好きだった。
お姉ちゃんは体力もしっかりあるのに、いつだって途中で帰ってしまう。
お姉ちゃんの一番好きなことは、暖炉の傍にあるソファーに縮こまって、あたしやお兄ちゃんに服を編んだり、ちょっと居眠りすることだったからしょうがないか。
たぶん登山はあんまり好きじゃなかったのかな。彼女はそう思った。
しかしその後、お姉ちゃんは巫女になったあと、山に引き籠もるようになった。
彼女はずっとある願いを抱いていたのだ、それはお姉ちゃんを山から救い出すことだった。
(エンシアがピックを崖に突き刺す)
(グロ達が鉄道を破壊する)
将軍、これでこの鉄道も使い物にはならないと思いますよ。
それは分からん、だが確かに使い物にはならんだろうな。
まあどうでもいい、ドクターからは他にもシルバーアッシュ家の領地内でドンパチ騒ぐようにと任務を与えられているんだ、騒げば騒ぐほどいいってな。
ここの任務が完了したのなら、ほかの場所に移って――
(ヴァレスが近寄ってくる)
……ん?
来るのが少し遅かったな、ヴァレス。
……グロ、ドクターは一体なにを企んでいるのですか?
古い馴染に免じて、俺も正直お前に伝えてやりたいんだが。
生憎ドクターがなにを企んでいるかは正直言って俺にもわからん、ははは!
だが、俺が今から騒ぎを引き起こす必要があることぐらいは分かる、エンシオディスを思い通りに勝たせないためにな。
グロ、あなたを困らせたくはありません。
それにペルローチェ家にいるどの優れた戦士たちをも。
抵抗は諦めてください、あなたたちに勝機はありません。
ヴァレス、辛い思いをしているのはわかるが、生憎俺は他人の慰め方がよくわからん。
それに、なにをやったところでお前の失ったものは戻ってこない。
だからやるならとことん付き合ってやる、お前の気が晴れるまでな。
……
ふぅ~、ここまで来て、ようやく第一段階突破ってところかな。
あっ……この道、確か巫女が試練を受けるための道だったはずだよね。
エンシアは憶えていた、巫女を選抜する前日の夜、お姉ちゃんはお兄ちゃんと大喧嘩をしていたと思う。
あの夜、お姉ちゃんは確か日が昇るまでずっと独りでソファーに座っていたよね。
もし年齢が足りていなかったら、お姉ちゃんの代わりに自分が巫女の選抜を受けてあげたとお姉ちゃんに言った時、ゴツンと頭を叩かれたことも彼女は憶えている。
あの時のお姉ちゃん、本当に思いっきり叩いたなぁ。
あれが最後に姉に叩かれることになるとは、あの時の彼女は知る由もなかった。
……
旦那様、雪が降り始めました。
いい機会だ。
きっとイェラガンドも我らに味方してくれているのだろう。
聖猟の山地を迂回するには多くの時間を費やしてしましたが、結果は良好と言えましょう。
麓の状況はどうなっている?
守備の兵力が思った以上に少数です、どうやらドクターたちはヤツらの注意の惹きつけるのに成功したのでしょう。
ワハハ、いい、いいぞ、さすがはドクターだ!
であれば、我らもこのペルローチェの名に泥を塗るわけにもいくまい。
戦士たちよ、ここまで来た以上、もう我らの痕跡を隠す必要はない。
シルバーアッシュ家の人間なら無視しておけばいい、私に続け、霊山に入り、巫女を救出するぞ!
はっ!
……こんな時に雪が降り始めるなんて。
イェラガンドも人を揶揄うのが好きみたいだね。
それとも、あたしは巫女の妹だから、あたしのことを試しているのかな?
まあいいや。
こんな吹雪じゃあたしは止められないっての!
さあ行くよ、エンシア、君はオーロラたちの前で大口叩いたんだからね、きっといけるよ!
(エンシアがピックを突き刺す)
ロドスにいる時、手紙をイェラグへ届けるのはとても困難なことだった。
なぜなら、通常はクーリエがロドスに戻ってこない限り、彼女は手紙を送れなかったからだ。
クーリエがロドスに戻ってくる度、彼女はいつも嬉しさ半分憂い半分だった。
嬉しいのは、クーリエが彼女のために姉の手紙を持ってきてくれるから。
憂いているのは、クーリエとヤーカがいつも彼女を子供扱いし、自分たちが心配してる顔をしていてもエンシアには分からないだろうと思われているからだ。
あたしだってシルバーアッシュ家の子供だ、両親が残した本を読んだこともあるし、両親がイェラグに抱く展望だって知ってる、ヒュパティア先生の授業でいい点数だって取ったことがあるんだから!
もちろん彼女だって分かっていた。
ただ納得がいかなった、どうしてもこうならなきゃダメだったのか?
もしどうしてもというのなら、なぜよりによって自分たちなのか?
ノーシス様、アークトス率いる部隊が突如と山の麓に出現、すでに防衛線が突破されています!
チッ……一体どこから湧いてきたんだ!
おそらく直接聖猟が行われる山地に入ったんでしょう、そのためこちらも彼らの跡を見つけられずにいたのではないかと……
麓の部隊では防げないのか?
兵力の半分を関所防衛のために割かれた上、突如の大雪も加わったせいか戦力が不足しております、しかも向こうはまったく戦いに固執しておりません、明らかに防衛線突破が目的かと思われます……
……
(エンシオディスが近寄ってくる)
嵌められたな、ノーシス。
……
お前の当初の判断は正しかった、彼らの目的は霊山と巫女のみだ、そのほかはどれも二次的なものにすぎない。
そんな冷やかしを言うためだけにここに戻ってきたのか?
いいや、ただ私が指揮を執っていても、同じように戸惑っていただろう。
お前がずっとカランド貿易に在籍していた頃の自分の風評と私と共に演じた半信半疑の芝居を利用したように。
ドクターもお前と私の彼への理解不足を利用していたのだ、向こうはただ策略に長けただけの人物だと私たちを思い込ませるためにな。
彼がイェラグに何らかの企むを抱いていないわけがないとお前が思っているように、私も彼の目的がただ巫女の救出だけであるとは思えない。
当然だが、向こうも私たちが本当にそう思っていると断定はできていないはずだ、つまり彼は賭けに出たんだ。
彼が関所付近で行動を起こせば、お前が彼をイェラグに対して策謀を持っていると予測する、という賭けにな。
向こうはきっとお前がその懸念を解消するため、兵を向かわせると判断したんだろう。
それで彼はその賭けに勝った。
エンシオディス、こんな時になっても敵の行動を評価するような君のその尊大さには本当に嫌気を差す。
これはゲームではないのだぞ、我々に失敗は許されないのだ。
私も失敗は好きじゃないさ、ノーシス。
すでにデーゲンブレヒャーを向かわせた。
アークトスを止めにか?
いいや……ドクターはなぜ霊山にも、関所にも通ずる道をわざわざ選んだかわかるか?
……そうか、アークトスが率いる部隊こそが囮だったんだ。
最初からあのドクターが率いてる部隊こそが、餌であると同時に、主力だったのだな。
どうりであんなに進みが遅かったわけか、彼は待っていたんだ。
その通りだ、それに私の考えが間違っていなければ、今、彼も動き始めた頃だろう。
もし彼とアークトスが合流してしまえば、それこそ厄介になるぞ。
エンシアも本当はわかっていた。
自分の願いは叶わないことを。
姉を山から救い出せないことを。
兄と姉の関係は改善できないことを。
彼女は分かっていたのだ、自分の兄が何をしようとしているのかを。
兄と姉の間にある溝が徐々に大きくなっていってることも。
しかしそんな彼女には何ができたのだろうか?
彼女は泣くことが嫌いだ、他人に悩みを打ち明けることも、諦めることも。
ただ手に持ってるピッケルを頭上の岩に突き刺した時、あるいは山頂で風景を俯瞰した時のみ、彼女はその悩みを一時的に忘れることしかできなかった。
雪が彼女の顔に打ち付け、次々と跡を残していく、そのどれもがまるで涙の跡のようだった。
ドクター、アークトス様のほうが行動を開始しました。
関所方面からもシルバーアッシュ家の増援の情報が届いております。
……
(デーゲンブレヒャーとイェティが姿を現す)
……やはり来てしまったのだな?
ロドスの、そこまでだ。
……
ん?
お前のコードネームは憶えている、確かSharpだったな。
ドクターが同じようなフードを何着も持ってきてくれて助かった。
なるほど、つまりこの大部隊も、主力かどうかは定かではないということ――だな?
正確に言えば、この作戦は単純にお前対策のために打たれたものだ。
お前みたいな単純に力だけでほぼすべての策略を凌駕しちまうような人間がいたら、ドクターも慎重にならざるを得ん。
私はエンシオディスではないゆえ、敵から賛美や尊重を投げられたところで私にとって一文の価値にもならん。
ただ私にとって、敵はすべて地面にひれ伏していればいい。
なら、ここにいる部隊は丸ごと全部お前のためにあるようなもんだ、少しは喜んでもいいだぜ。
お前たちの中で私の相手になれるのはせいぜいお前だけだろ。
そう言ってデーゲンブレヒャーは、目の前にあるその現実にため息をつき、首を横に振った。
一方Sharpは目の前にいる女性を見て、ふと自分の友人、同じくエリートオペレーターであるStormeyeを思い出した。
もしStormeyeがこの場にいて、この相手を見たら、きっと喜んでいたに違いない。
しかし今の彼にとって、この部隊に紛れるにしても、目の前のデーゲンブレヒャーを相手するにしても、どちらも任務の一部にすぎない。
生憎だが、俺もそんな敵に褒められて喜ぶようなタイプじゃないんだ。
私は栄誉は嫌いだ、だがお前は栄誉というものに微塵も興味を抱いていないようだな。
ここに私怨なんざ存在しない、あるのは仕事だけだ。
仕事だけ?
プロは仕事に私情を挟まないのさ、じゃないとそいつはアマチュアだ。
俺の戦闘スタイルにド派手な部分はない、仕事を完遂する能力の一部に過ぎないからな。
はははは、その態度、気に入ったぞ。
私もかつて自身の武芸や信念に栄誉なんぞを感じてる連中には嫌悪感を抱いていたもんでな。
それに、そういう連中に限ってどいつもこいつも私に敗れていった。
お前の昔話なら俺も耳にしたことはあるぜ、黒騎士。
アーツが使えないリターニア人、お前の剣に前ではあらゆるプライドも驕りもその価値を失っちまうってな。
そういえばその剣はどうした?
こんな牧歌的な場所であのような得物を振り回しては周りを驚かしてしまうだろ、だから武器は換えた。
まあ実際、何を使おうが変わらんがな。
デーゲンブレヒャーは手に持っている剣を適当に一振りした。その際、吹雪はまるで真っ二つに切断されたかのようだった。
俺には勝利を約束してもらってるんだ。
Sharpは少しだけ身をかがめ、手を腰に差していた制式ナイフの柄に置いた。
彼からは知ってる匂いがする、そうデーゲンブレヒャーは思った。
彼女がまだカジミエーシュにいた頃、ああいった匂いは極少数の人からしか匂ってこない。
戦場の匂いだ。
(Sharpが走りデーゲンブレヒャーに斬りかかる)