山で吹く風は、いつだって爽やかなものだ。
迎えた爽やかな朝は、いつだって曖昧な出来事を片付けるのに最適だ。
山間にある村々から飯炊きの煙が昇っていく、春雪は未だ散らず、幼きも老いも、相対して黙したまま。
そこに遠くから銅鑼の音が鳴くばかりであった。

待っていたぞ。

……こいつ……ライト、下手に動いちゃダメ。

お前のことは見たことがある、うむ、間違いない。

考えもしなかった、最初からここ尚蜀に潜伏していた者がレム・ビリトン人だったとはな。

なんのことかしら。

……フンッ。

ライト!

なッ――!?

ほほう、投げ縄とな?

よくその眠獣たちを躾けているな、もし普通の人なら、今頃縄に縛られて地面に倒れ込んでいるだろうよ。

(すぐ後ろにあるトラップに気づいただけでなく、ロープの上で安定して立っているなんて……この爺さん……)

心配するな、娘っ子をどうこうするつもりはない。

お前が今持っているその盃だが、それがどういう品物か分かっているのかい?

……興味ないし、どうでもいい。質問をいちいち返すバウンティハンターは、みんな新米だって相場は決まってるのよ。

なら自分を恨むんだな。

調子に乗るな!ニット!ドリル!
(ジェン総支配人が眠獣を倒す)

――

それがどういうモノか分かっていないのなら、大人しくそれをこちらに渡しなさい、むざむざ他人に利用されるもんじゃない。

なッ、よくもニットを――!もう容赦しないわよ!
(ブラックナイトが矢を放つ)

……矢じりのない矢か。

(て、手で掴み取った?この距離で!?ついこの前クロスボウの弦を交換したばっかなのに――!)

なるほど。

人を殺すつもりがないことに免じて、一回だけチャンスをやろう。

その盃をこちらに渡して、お前の後ろにいる人にこう伝えなさい、下手な真似はしないで慎めとな。

フンッ、私のバックにいる人を知ってるの?

知ってるかどうかは重要じゃない、私がここでお前を足止めできることを知ってもらえれば結構だ。

……そっちの言うことに従う筋合いなんてないんだけど?

だがお前に選択肢はない。

自分は逃げられるかもしれんが、お前が飼っているこの愛らしいペットたちの無残な姿は見たくないはずだ。

脅しのつもり?

お前はそれなりの腕前があるが、所詮は少しクロスボウが弄れる程度なのだろう。

わざわざ自ら痛い目に遭う必要はない、ジャバで暮らす際はきちんと人を見定める目を持ちなさい。

……そうね、向こうからなにも言われていなかったわ、あんたみたいなやり手が邪魔しに来るなんて。

私であれば、危険な任務を人に任せる際その人になにかも一任させるつもりはしないさ。

よそ者よ、たかが仕事だろ、なにゆえ自らの命を賭ける必要がある?

さあ盃を渡しなさい、鏢局の名にかけて約束しよう、渡してくれたら元の雇い主が渡す予定の金額の倍を出してやるぞ。

……ハッ、こっちはもとから損を覚悟して受けただけなのよ。

友だちの手伝いって言ったところかしら。

ほう、友だち。

お前みたいな荒野を彷徨う流賊も、友人のために助太刀するのだな。

私たちになんか文句があるような言い方ね。

……そんなことはないさ。

商売を長く続けていれば、お得意様は増えても、友人は減っていく一方だ。

なら大人しく商売しに戻ってくれないかしら。

そうだな、山での商売は一番稼げる。

だがここ三山十七峰で、足を休ませる茶館がない街などない、私はちょうどそういった茶館や旅館を経営してる者でな……もう分かるだろ?

……

それを理解してもらえると助かるんだがな、お嬢さん。

本当に私を眼中に置いていないって感じね。

真正面での戦いは私のスタイルじゃないけど、ここまで挑発されたらやむなし……そうでしょ、おチビたち。

(レムビリトン語)この爺さんに思い知らせてやるわよ!こっちだって長年この生業でメシを食ってきたってことを!

はぁ……

聞く耳持たぬか。

であれば、容赦は――
この場に第三者がいたとしても、その人がいつの間に目の前へ現れたか知る由もなかったはずだ。
その人は歩くのを、登るのを得意としている。毎日数えきれないほどの回数をその足で踏み渡ってきた。
脆く砕けた音がして、地面にはレンガが落ち、目の前で土埃が舞う。彼の肩には未だ青さをほんのりと残している何の変哲もない素朴な天秤棒が見えていた。
遠くで、また銅鑼が一鳴りする。

……

――な、なんだ……この人はどこから……あっ、ライト、もう大丈夫よ、怖がらないで……ドリル!君もはやくこっちに……!

……お前か。
(歩荷が近寄ってくる)

ようやく山に登ってきてくれたな。

この時を待ちわびたぞ。

……はぁ。

来るべくして来るものは来るか。であれば避けることはできんというもの。お前はなにをそんなに焦っているのだ?

おい、そこの女。

……私?

(こいつの動き――この木の棒は確か天秤棒って言うんだけ?さっきは一体なにをして……石レンガを粉々に砕いたの?)

こいつとは知り合いか?

いいえ。

ってことはお前たちの間で諍いがあったってことだな。

そういうお前は私たちの間に立ちはだかって来たな。

ああそうだ、つまり今からは俺がお前の諍いの元になるってことだ。

用事を済ませば自ずとお前のところに行く。だが今ではない。

……おい女、その手に持ってるモノとなんか関係があるのか?

……えっ……うん……

お前が私怨を持ってることは分かっている、だがそれをこの一大事に巻き込ませるんじゃない!

一大事?

百姓の安危、士卒存亡に関わる一大事だ!

……!

……あの雨が降る日以降、お前がそんな声を荒げるのを聞いたのは久しぶりだ。

そうだよな、お前がクソ野郎なわけがないもんな。お前は義侠心溢れる剣客、真面目に働く旅館の総支配人だ。

ならさっさとそこをど――

――だがお前がそういう人であるからこそ、俺に会いに来なかった。

俺からお前を会いに行っても、どの道に無駄に終わる。だから俺は山を下りずにずっと待っていた。

それなら……
(歩荷が盃を奪い取る)

……あッ!なにを――!

……

返して!

……

……

……もう十年だ。

十年前、お前はこの盃を守るために……俺の息子を見殺しにした。

……ショウ!

おい女、ここにお前の用事はない、さっさとどっかに行きな。

私の不意をついてモノを盗ったくせに、よく用事はないなんて言えたものね!?

このブツは本来ならお前のものでもないんだろ。

ッ……

ショウ、なんのつもりだ!?

ここにはもうお前の用事はないと言ったはずだ。

ショウ!

さっさと消えろ!

……チッ!

憶えておきなさい……絶対奪い返してみせるんだから!
(ブラックナイトが走り去る)

……ジェン、刀はどうした?

家に置いてある。

ほう、家に。

あの雨の日、鏢局の仲間の十数人が犠牲となった。その中には息子一人、父親一人がいた。

その息子の苗字はショウで、俺の息子だった。そんで父親の苗字はドゥで、ヤオイェーの親父だった。

それからお前はもうあの刀を持たなくなったのか。

笑えてくるぜ。

……今も私のことを恨んでいるのだな。

恨んじゃいないさ、あれがわざとじゃないってのは分かっていた、お前に責任はあるが、お前のせいではない。

“モノが先、ヒトは後”ってか、ん?

だがブツもなければ、ヒトもなくなっちまった、それで恨まないってのはお門違いじゃねぇのか?

必ずあの時の理由を教えてもらおう、じゃなきゃ俺はもう生きていけねぇよ。

……約束しよう。だがその前にその盃をこちらに渡せ。お前も知っているだろ、その盃は――

知らないね。あの日あいつはこの盃のせいで死んだんだ、だから今日、この盃をそいつの弔いとして一緒に埋めてやる。

山の上で待ってる、刀を持ってこい。

……シェンさーん!

ん?ここに来てどうしたんだお前たち?こっちは梁府に行って探そうと思っていたぞ。

リーはどうしたんだ?

あの盃が盗まれたから、あなたを探してこいってリーさんに言われたんだよ。

彼からなにか言われてない?

……リャン様じゃなく、私を探してこいだって?

わざわざ梁府から?

えっ……うん。

……はぁ。リャンじゃなく私を探せってことは、彼もすでに分かっているんだろうな……

やはり老獪じゃないか。

タイゴウさん、お帰りなさい。

どうでした?

彼女はあの身分にしては、それなりの礼を重んじていた、噂通りだ。

そういう芝居を打ってるってことは、まだ挽回の余地はあるってことですね。

彼女がどう動こうが、なにを思っていようがはともかく、今は太傅が直接指示を下している以上、ウソではないのでしょう。

彼女は聡い人であるからな。

私が官身で訪れた時、彼女はすでにそれを察していた。

……なるほど。

今はどちらもすでに一触即発の事態となっている。

余計な諍いが起こる前に、解決せねばならん。

ぼくたちの選択は炎国がこの先永遠に後患に悩まされずに済むってことを周りに知ってもらうためなら、この四文字に従って動くしかなさそうですね――

――光明磊落、堂々と行きましょう。



