1097年11月19日 9:20p.m.
こっちだ。
(保安官達が走り去る)
この先だ。
(保安官達が走り去る)
まだまだ先だ、彼女を目視した気がするぞ。
待て、この道理標識、さっきも見なかったか?
元の場所に戻ってる、まただ。
であれば俺の言う通りだった、きっとあのフェリーンのアーツの仕業だ。
焦るな、感染者地区はこの先にある、あのコソ泥もきっとそこに隠れてるはずだ。
感染者め……今日こそはここをしらみつぶしに探し回ってあのコソ泥を探し出してやる、俺たちを止めるヤツがいれば容赦なくそいつも逮捕だ。
今日はここら辺にしよう、撤収だ。
ボス、このまま彼女を逃してしまえば、あの金とブツはどうするんですか……?
いいんだいいんだ、所詮はあれしきにものだ、金ならみんなから少しずつ出してもらえばいい。
旦那様からは繰り返し釘を刺されているんだ、絶対に事態を大きくするなと。
もし旦那様に不必要な面倒事を持ちかけたら、そいつはクビだけじゃ済まされなくなる。
とりあえず撤収しよう。
ふふ~ん。
ネコを捕まえたいのなら、もう少し賢くならなきゃね~。
ミンちゃん、いる~?
巫女のおねえちゃん!
はい、今日のご飯とお薬ね。
ありがとう、おねえちゃん。
はいはい、ゆっくり食べるんだよ、むせないようにね。
パンが一枚、飢えを凌ぐのに十分なご飯。
あたしってばいつの間に他者へ施しするようになったんだっけ?
自分の生活もギリギリだっていうのに。
ゴホッ……ゴホッ……
おねえちゃん……顔色わるいよ。
そうかな……そんなに分かりやすい?
巫女のおねえちゃん、わたしはいつになったらおねえちゃんと同じようにアーツが使えるようになるの?
今はまだ無理かにゃ~。
はぁ……わたしも巫女になりたいなぁ、おねえちゃんみたいに。
ならもう少し大きくなってからだね、子ネコちゃん。
ゴホッ……ゴホッ……
突き刺す痛み。
鉱石病の病巣から来るこの痛みはもうかれこれ三か月前から痛みっぱなしだった。
自分もそろそろこの場所からおさらばしないといけないかもしれない。
結晶が粉塵化した時、他人に迷惑をかけるわけにはいかないし。
いや、優雅なネコであれば、ウィッチ・フォレストの術師であれば――
この世界から離れる時は、孤独で優雅でなくちゃ。
家が一軒、二軒、三軒……
七匹、八匹、九匹……
この感染者地区には、どれだけの酒場と、どれだけの野良ネコが潜んでいるんだろうね?
あたしならちゃんと数えてるから知ってるよ~、全部で酒場が八軒、野良ネコは三十二匹。
酒場一軒につき野良ネコが四匹割り当てられて、どのネコちゃんも新鮮なサカナをご馳走してくれる計算かにゃ。
自分は今までどれだけの都市を渡り、またどれだけの感染者居住区に行ったんだろうね?
憶えているよ、都市は五つ、感染者居住区は八つ、そして脱獄は十七回。
色々と見てきたけど、カラドンの町はかなり面白い場所って言えるかな。
みんな揃いも揃ってまったく同じ、朝が来たら働きに出かけて、夜になったら酒を飲みに帰ってくる。次に来る日のために憂うことなく目を閉じる。
感染者、そして一般人。一体なにが違うんだろうね?
もしかしたらいつか、“ドカン”って轟音が鳴り響いたら、カラドン市は丸ごと海に沈んじゃって、全部終わっちゃうかもしれないのにね~。
だから、自分の墓を選ぶんだとしたら、ここはいい場所かもしれないかにゃ。
カラドン市全域を見渡せる場所を選ぶの、そして全身が石になって、“パキッ”ってしたら。
なにも残らなくなるし、誰かに知られることもなく散っていく――だとしても遠い場所を選ばないといけないかな、じゃないと粉塵が風に乗って吹いてきちゃうし。
身体に生えてるこの石ころたちもどうやら落ち着いたみたい……
まだ町を出る頃合いじゃないみたいだね、少なくとも今じゃないかな。
その日がやってくる前に、やっぱり明日はどこで遊ぶか考えておかないと。
あらっ、いつの間にか空が明るくなっちゃった。
おはよう、ヴィクトリア、おはよう、カラドン。
それじゃあ今日は、どのラッキーな人がネコちゃんの愛顧に報いられるのかにゃ?
1097年11月23日 10:14p.m.
ここら辺の建物、ずっと人が住んでないね……廃棄された区画に近いからかな?
旧倉庫か……ふーん……
もしかしたら使えそうなものがあったりして?
入って見てみようかにゃ~。
食べ物はぁ……こんなところにあるわけないか。
じゃあ金目のものはどうかな?
すっごい埃、それにオイル臭いし、可愛らしいものなんか置いてるはずないよね……
この花瓶は結構キレイだけど――
あんまりモノに触れるんじゃないぞ。
(!?)
分からねぇな、感染者数人と一人のジジイを誘拐するだけだろ、こんな大がかりに動く必要なんてあるのかよ……
黙れ、金を貰ってる以上、余計なことは聞くな。
(ふー……)
……武器はもう揃えてあるか?
問題ない、あのクソジジイの議員を片付けるにしてもおつりが返ってくるぐらいだ。
(武器?議員?つまんない話してるね……)
だとしても油断はできねぇ、ヒットマンを数人雇ってきたとは言え信用ならねぇよ。
爆弾はどうするんだ?あの源石爆弾は放っておいていいのか?
爆弾ならほかの連中がやってくれるから、そいつらに任せておけ。
俺たちは武器とアーツユニットを準備しておけばいい、三時間後に仕事を進めてくる人が来るはずだからな。
そんでフェイ区であいつらが仕事を終えた時に俺たちが後を継げばいいってことだな。
(ガラスが割れる音)
誰だ!?
聞こえたか?
変だなぁ……さっきは確かに入口をロックしたはずなのに。
俺ならはっきりと聞こえたぞ、誰かが入ってきやがった。
人つっても、どこにいるんだ?
こんな小さい建物に人っ子一人が隠れる場所なんてねぇよ、どうせネコだろ。
そうだな、確かに命知らずなネコちゃんが入り込んできやがった。
さ~て、本来なら入ってきちゃいけない場所に入ってきちまった子ネコちゃんはどこのどいつだぁ?
ちょっと~、そんなケチケチしないでよ、通りすがりの野良ネコに宿を貸してくれたっていいんじゃない?
……
……
何モンだ?
感染者か?よくもまあこんな時間に出歩けるもんだ。
だから、あたしは通りすがりの野良ネコってだけだってば。間違えてここに入っちゃったの。
花瓶のことなら弁償するからさ、見なかったことにしてくれないかにゃ~?
……てめぇが何を聞いたとか、本当に間違えてここに入っちまったのかなんてのはどうだっていい。だが俺たちに見つかっちまった以上、生きてここから出られると思うな。
くたばりやがれ。
(ヘイズがクロスボウの矢をよける)
「ネコを傷つけちゃったら、幸運に逃げられちゃう」、聞いたことないのかしら?
当たらなかっただと?
(辺り一帯が暗くなる)
それに反撃する能力もある……っていうかこの黒い霧は一体なんなんだ――
ふふ~ん、まあそう焦らないでよ。なんならもう一回だけナゾナゾを出してあげてもいいよ。
問題、「石は花火に似てる」のはどうしてかにゃ~?
逃がすか!
ここまで逃げたら、少しはやり過ごせられるでしょ……
うっ……貴族の部屋ってのは、いつ嗅いでも吐きたくなる匂いがするわね。
肩が……あのおっかないヤツ、結構射撃センスあるじゃん……
でもまあ、骨までいってなくてよかった……
(矢を握る)
あのぉ……お嬢さん?どちら様で?
!?
動くな!
ひぃ――
シッ!声も出すな!あんたのことは殺したくないの、ちょっと場所を貸してくれればいいから。
できれば協力してほしいかな、もし大人しくしないのなら、この矢を――
落ち着いてください、お嬢さん、落ち着いて。
け……怪我を受けてるようですね、なにか助けは必要ですか?
近づくんじゃない!
アーツによって生み出された黒い霧が屋内を充満する、老人は一歩退いたところ、バタンと地面に倒れてしまった。
旦那様?どうされましたか?
(緊張)
問題ない。
……議案を書いてるところだ、夜が明けるまで邪魔しないように。
承知いたしました。
……
その、お嬢さん……ゴホッ……ゴホッ……
もし間違っていないのなら、あなたは感染者ですよね?
怖がる必要はありません……なにもしませんから……
私は……
年老いたサヴラの貴族は突如と心臓を抑え込み、苦し気な声を出した。
……どうしたの?あたしはただアーツで脅しただけなんだけど。
はぁ……こりゃ面倒なことになったにゃ。
誰かー!ここに人が倒れてるよー!
(はぁ、もう行かなきゃ……)
(ヘイズが立ち去った後に扉が開く)
どうされましたか旦那様?さきほどの女性の声は一体……
アングスト様!どうされましたか!!
おい、どうする?なんで入らないんだ?
バカかオメーは?この屋敷に誰が住んでるのかよく見てみろ!
あのアングスト議員の屋敷だぞ!
議員?あの貴族の屋敷だと?こんなところに構えてるのか?
なんで議員なんかがわざわざ感染者地区に屋敷なんか構えてやがるんだ?それにしても敷地小さすぎだろ。
わかった、オメーはもう黙れ。ほかに方法を考えないと。
(ガラスが割れる音)
おい、あの女だ!あっちに逃げたぞ!
逃げ出したのか?こりゃ手間が省けた!
(黒尽くめ達が走る足音)
またあんたたち……面倒臭いにゃ~……
逃がすか!
追うぞ!
あいつは矢を受けてるんだ、そう遠くには逃げられねぇ。
だがあいつのアーツには気を付けろよ。殺傷力はまだ確認できていないが、感覚を狂わしてくる。
あれで逃げられるもんなら――
(辺りが暗くなる)
また何にもないとこで霧だと?あいつのアーツだ!
中に隠れられちまったか。
“グリーンスパーク”……酒場?には見えねぇな。
ここら辺の部屋の間取りはどれも一緒のはずだ、こういった古い建物は正面玄関以外に出口はねぇ、あいつは袋小路だ。
まあ待て、そう焦るな。
あのフェリーンのアーツは厄介だ、黒い霧には気をつけなきゃならねぇ。捕まえるにしても、倒すにしても手間がかかり過ぎる。
俺たちにはあいつに付き合ってやれる時間なんざねぇぞ。
あの燃焼弾だが、まだ持ってるか?
ここを燃やすつもりか?
ここは家屋がひしめき合ってる密集地だぞ、正気か?
躊躇はいらねぇ、感染者の生死なんざどうでもいいんだよ。騒ぎがデカくなりゃ、俺たちに向けられる目もそっぽを向くだずだ。
そんなことはいいから、さっさとしろ。
ミスは絶対に犯しちゃならねぇ、口は全部封じこめないとな。
……わかった。
(炎が広がる)
ゴホッ……ゴホッゴホッ……
こんなもんだろ、ズラかるぞ。
※スラング※、あんな鉱石病のゴミを相手するために、一晩中も時間を無駄にさせられやがった……
そう言えば感染者ってのは死んだら灰になって爆ぜるらしいな?まだ一度もこの目で見たことがないぜ。
そんなことはどうでもいいだろ、さっさと行くぞ。
(黒づくめ達が立ち去る)
ネコを捕まえるにしても……もう少し頭を動かしてほしいにゃ……
よく聞きなさい……これはあんたたちのせいで苦境に立たされてるわけじゃないんだから……これはあたし自らが……
1097年11月26日 9:27a.m.
突き刺すような痛み。
肺が痛み、胃が痛み、そして肝臓も痛んでいる。
普通の痛み止めの薬じゃ……もう効き目はないか。
全身に痛みが走ってるフェリーンの少女は棄てられた家屋の窓を通して空を見上げていた。
濃ゆい霧がカラドンの町を覆い隠す、もはや日差しすら見えないほどに。
マウント・グレーからドルン郡、そしてカシャー郡からカラドンへ。
逃げ続け、彷徨い続け、仲間は一人また一人と死んでいった。
遠くへ逃げれば逃げるほど、失いものも多くなる。
浮草とて、いつかはどこかで根を張らなければならない。
ネコちゃんは、もう疲れたにゃ。
巫女のおねえちゃん、大丈夫?
ゴホッ……ゴホッ……
巫女のおねえちゃん、それ血?
やっぱり……もう限界だにゃ。
ミンちゃん、あげたいものがあるの……
この貨幣の値段は憶えてるよね?
おぼえてる……
毎日一枚ずつ、これでウィロンのお婆ちゃんのとこで食べ物と交換してもらうんだよ。
それとこれも。
フェリーンの少女は黒い帆布のようにツバが広い帽子と精巧な指輪を取り出した。
(はぁ、巫女の儀式は……今やってもなんの意味もないにゃ。)
ウィッチ・フォレスト第113番目の巫女、ヘイズ……
マウント・グレーの前賢たちよ、すべてを見届け給え。
新たに加わる……
新たな魂を見届け給え……
ん?
前にあたしに聞いたことはまだ憶えてる?
あんたは今からその巫女になったんだよ。
ホントに?じゃあわたしもアーツを使えるようになったの?
よく聞いて、あんたは元からアーツが使えるの、才能があるからね。
でも今後そのアーツを使う際は、必ずこの指輪も一緒に使うこと、あたしが前に教えたように、この指輪がなければ、アーツは使わないこと、分かった?
わかった……
それと、アーツは悪い人にしか使っちゃダメだからね、悪い人をどう区別するかははまだ憶えてる?
おぼえてる!
ならよかった……
フェリーンの巫女は立ち上がり、フラフラとした足取りで出口へと向かった。
巫女のおねえちゃん?もう行っちゃうの?
うん……もう行かなきゃ……
1097年11月27日 3:47a.m.
カラドンの町の端っこにある廃棄された区画、この都市で一番静かな場所だ。
数年前の自然災害がカラドンを席巻した後、この長年修復されずにいた区画は都市の辺境へと移された。
今にも崩れそうなビルと徹底的に破壊された地面の基盤が、カラドンの歴史を物語っている。
この廃棄区画の高い建物に立って、あたしは無限に広がっている荒地を一望した。
死に場所を選ぶんだとしたら、ここは面白そうな場所になるかな。
こういう日が来るのはとっくに予想してたけど、“こんなに早く来る”とは思いもしなかったにゃ。
フェリーンの少女は壁の角っこに座り込み、目を閉じた。
鉱石病の病巣から出る突き刺すような痛みは徐々に軽くなっていくが、身体はむしろどんどん重くなっていく。
そして記憶はまるで走馬灯のように、彼女の脳裏を過っていった。
かつての巫女の仲間たち、あの慈しみ深い大巫女のグラント、ヴィクトリア軍の砲火がウィッチ・フォレストを焼く尽くしたのあの夜。
荒地と都市の間を彷徨い続け、窃盗を生業にせざるを得なくなったあの日々、あの不条理なまでの迫害。
もうどれもどうでもいいこととなった。
何もかも終わりを迎えるのだから。
しかし彼女の耳元に、どこからかすすり泣く声が聞こえてきた。
最後の最後に、なんで邪魔が入ってくるかなぁ……
っていうかこんな場所にも人っていたんだ。
耳元に伝わってくる声を頼りに、ヘイズは廃棄されたビルの別の区画へとやってきた。
そして彼女の目の前には、あるフェリーンの女の子が震えながら廃棄されたビルの窓際に佇んでいたのだった。
……はぁ。
(すすり泣き)
ごめんなさい……ごめんなさい、お母さん……ごめんなさい……
私はもう……どうすればいいか分かんないよ。
無力さと絶望の表情を帯びて、フェリーンの女の子は廃棄された建物の縁で今にでも落ちてしまうかのようにユラユラと揺れていた。
そんなんじゃ危ないよ~。
キャッ!
だ……誰ですか……?
あたしが誰なんてことはどうでもいいの。
でも飛び降りる前に、幾つか言わせてもらうね。
もし飛び降りたら、ひどいことになると思うよ、そういうコトはオススメしないかな。
翌日あんたのお友だちがあんたを見かけたら、きっとすごく苦しい思いをするかもね。
……友だち……クエルクス姉さん……
すすり泣いてた女の子は迷いながらも、窓際から距離を取った。
そうでなくっちゃ!
それであんたのことはどう呼べばいいのかな、子ネコちゃん?
……スージー……スージー・グラントです。
いい名前じゃない~。
あたしのことはヘイズって呼んでね。
ヘイズ……さん……
ヘイズさん……こんな夜遅くに、こんなところで何してたんですか?
それはこっちのセリフだよ、ここはあたしだけの秘密基地みたいなとこだったのに、どうやって見つけたの?
まあいいや、可愛いネコちゃんがここに遊びに来るのなら特別に許可してあげてもいいよ、ただし飛び降り自殺以外で。
うっ……うぅ……
ちょっとちょっと、なに泣いてるのさ?
……いえ……私……
はぁ……まあいいや、泣きたければ泣いたらいいよ、誰も聞こえちゃいないし、我慢しなくていいよ。
どうせここには誰も――お酒も置かれてないけどね、あったら最高なんだけど。
あたし今ちょうど時間があるから、少しはお話でもしようよ。
なんでこんなおバカなことをしたのかにゃ?
私……
私……ずっと夢があったんです……
昔からずっと抱えてた夢かにゃ?面白そうじゃん。
私……その夢のためにずっと頑張ってきたんです……
それが私の生きるすべてだったって、思ってたから。
でもつい数日前、あっという間に、なにもかもがなくなって……誰かに壊されてしまって……
どうしてああなったのかも分からないまま……
全部消えてなくなってしまったんです……なにもかも……
感染者の命なんてそう長くないのに……
誰かに壊された、ねぇ……
だから一番最初に思いついたのが自分を壊そうってことなのかにゃ?
変なことを思いつくね。
えっ……え?なにを言ってるんですか?
あんたのことを言ってんの。自分の人生の意味が、自分の素晴らしい夢が他人に壊されてしまったあんたは、何をしようとしてたの?最後の最後に残ったモノまでも自分で壊そうとしてたわけ?
いや……そういうわけじゃ……
手を出して、見てあげるから。
えっ、え――何をするつもりなんですか?
結晶はない……ってことは感染症状はまだ軽いってことだね?
おバカなネコちゃんは頭を叩いて目を覚まさせてあげないとにゃ。
――!
夢のために生きる……感染者からすればなんて贅沢な考え方なんだろ。
大勢の人はあやふやに生きて、そのまま死を待ってるだけだって言うのに。
“どうせみんな長くは生きられないんだし、目標とか夢とか、そんなものを抱えてまで苦労して生きる必要なんてある?”って。
だとしてもあんたは夢のために生きると決めた、大したモンだよ、あんたみたいな人なんてめったいにいないんだから。
でもね……人ってのは生きてる限り、なんとかなるモンなんだよ。
あんたの時間はあんたが想像してるのよりもたくさんあるんだから、あたしみたいに……話が逸れちゃったにゃ。
このまま諦めるなんて、勿体なさ過ぎるよ。
……でもこれ以上私になにが……
あんたみたいな可愛いネコちゃんなら、お友だちもたくさんいるはずでしょ。
どうしてそのお友だちと先に相談しなかったの?一人ここで蹲って悩んだってなんのいいこともないのに。
モノを失ったのなら、探し出せばいい、もし誰かに奪われたのなら、奪い返せばいいにゃ。
諦めちゃったら、それこそなんにも残らなくなるよ?
そしたらあの悪い人たちに余計嬉しそうに笑われるだけだにゃ、そんなの自分にも全然不公平でしょ。
あんたの夢を壊した連中こそ、このビルから落っこちるべきだよ、違う?
年若いフェリーンは戸惑いながら窓際を眺めていて、彼女の顔にはどうしようもなさでいっぱいだった。この古く真っ暗な廃棄されたビルで、時間がゆっくりと流れていく。
しばらくの沈黙と思考を経た後、彼女は長くため息をついた。そのやつれた笑みを見るに、どうやら心の重荷を少しだけ下ろせたようだ。
……そうですね……
もしまだ苦しいところがあるのなら、思いっきり大声出して吐き出しちゃえ、どうせここには誰もいないんだし。
いえ……大丈夫です……ありがとうございます……
そうでなくっちゃね。
むかし大巫女に言われたの、明日の太陽が見れるのなら、何もかもまだ希望は残ってるって。
少なくとも……明日は……まだ……
(ヘイズが倒れる)
え、えぇ!ヘイズさん!どうしたんですか!?
危ないから……あたしから離れて……
ヘイズさん!どうしたんですか!?
いいから……はやく逃げて……
どういうこと、全身が熱い?
しっかりしてください!目を覚ましてください!
誰かー!助けてください!
ヘイズさん……頑張ってください、もうすぐ、町に着きますから……
も……もう背負いきれない……
いや、ヘイズさんが重いとかじゃなくて、ちっとも重くないですよ、私に全然力がないから……
背負ってる女の子の息が、どんどん弱まっていく。
活気ある命が薄れていく、そう彼女は感じた。
暖かくも湿った感触が背中に伝わってくる、そして広がる。
えっ、なに……これは……
これは……血?
赤黒い鮮血が少女の口と鼻から流れ出て、地面へと滴り落ちる。
彼女はこれがどういう意味か理解していた、感染者であれば誰だって理解できることだ。
いや……いや……いや……
ヘイズさん……ダメ……お願い……
五年前に故郷を出てから、彼女が感染者の離別を見たのはこれが初めてではない。
身近にいた親しい人たちが一人一人消えていくにつれ、彼女の死の感覚もどんどんと麻痺していった。
感染者であれば誰だってこういった運命を迎える。
しかし今回ばかりはどうしてか、目の前にいる命が消えていく苦しみを受け入れたくはなかった。
お願いです!ヘイズさん……お願いですから……死んじゃイヤ……
頑張ってください……もうすぐ……
彼女は背負っていた女の子を地面に横たわらせた、少しでも苦痛を和らげようとした。
彼女はギュッと目の前にいるこの少女の手を握りしめる、相手の顔に塗れた血を拭き取ろうとする。
しかし死の来臨を目の前にして、彼女の行いはすべて徒労に終わる。
迫りくる死を前に、そんなことはどれも無意味なのだ。
助けて……誰か助けてください!!!
誰でもいいですから……どうか……
助けてください……
助けて、ください……
つんざく慟哭がだだっ広い夜空を通り過ぎていき、人影のない廃棄された町に反響する。
そこへ遠くから、ゆっくりとした足音が伝わってきた。
……スージー?ここでなにをしているんだ?