(無線音)

行っちゃってよかったの?

彼女に構ったってなんの意味もない、それに向こうから私を足止めしに来たんじゃないかって思えてきたわ。もしあの女の子がもう病院にいないのなら、まずはその子の行方を調べないと。

そっちは?

近道を行ってるよ。もうすぐ大聖堂。

もしできればの話だけど、教皇庁から公証人役場へ協力命令を出してほしい。

病院の人に聞いたら、あの女の子を病院に連れて来たのは執行人見習いだった、迷子を拾って、親は見つからなかったって言ってたわ。

流れを見るに、その人はきっとその子を公証人役場まで連れて行ったはずよ。

その人が公証人役場に戻っていなくとも、公証人役場のシステムでその人の位置は調べがつく。

フィアメッタがそんなに優秀だとこっちは手も足も出ないなぁ……

それと、報告し終わったら、あんたはひとまず大聖堂に残ってて。

え?手伝いはいらないの?

……いい。なにかが起こる予感がするのよ。

もう起こってるじゃん?

誰のことを指してるかは分かってるはずでしょ。

とにかく、あんたは大聖堂に残ってて、そのほうがこっちも動きやすいから。

私を心配してくれてるの?

あちこち歩き回らないでほしいだけよ、これ以上……こっちに余計な仕事を増やさないためにもね!

分かったよ、キラキラお通夜人。

……本名で呼んで!!

ふぅ……

ここ、すごく人が多い……

おかげで見つかりづらくなってますよ。

ここはアンブロジウス区、来たことはありますか、セシリア?

……昔ママが言ってた、アンブロジウス区でお買い物に行くって。ママはここにいるの?

さっきママが連れていかれたって言ってましたけど、なにが起こったんですか?

ママは病気なの……朝、ママと一緒におしゃべりしてた。そしたら人が来て……公証人役場の人、白い制服を着てた。

その人が出てったあと、コートを着た人が来て、ママが連れていかれた。

(公証人役場……本当に誘拐事件なのか……なんだか違和感があるな。)

その時セシリアはどこにいたんですか?その人たちには見つかってますか?パパはどこにいますか?

……それはママとなにか関係あるの?

えっと、そうでもないんですけど……ただ、ボクに色々と教えてくれたら、もしかしたら手がかりが見つかるかもしれません。

……

セシリア、私のセシリア、隠れるのよ、見つかってはダメ……
……

……では、その子の両親の名前、家の住所、身分識別番号、それとあなたと彼女の血縁あるいは法的関係を教えてください。

もしセシリアを連れて行く正当な理由があるのなら教えて頂きたいです、こちらで判断しますので。

エイゼ……

ちょっと待っててくださいね、セシリア。
(無線音)

はい、ボクです。

はい、今アンブロジウス区にいます。

はい、この子の母親を今探してるところでして。

公証人役場に戻れ?ええ、ちょうどそのつもりです……30分以内には。

はい、わかりました。
(無線が切れる音)

エイゼル……お兄ちゃん、公証人役場に連れて行くの?

ええ、もしかしてイヤ……

忠告しておく!もし本気でセシリアのことを思ってるのなら、その子を公証役場か教皇庁には渡さないことね!さもないと、後悔するから!

……セシリア、公証人役場には行きたくないのですか?

……ママが、行っちゃダメだって……

でもでも!もしママがどこにいるのか分かるのなら、わたし……行ってもいいよ!

ママは病気だから……すっごく心配なの……

……セシリア、もう一つ聞きますね、さっきのリーベリですけど、会ったことはありますか?

ううん。あの人好きじゃない……

……じゃあセシリア、公証人役場に行くかどうかはちょっと考えてからにしましょうか?
セシリアの母親は公証人役場に行くなと、執行人とは接触するなと言った。
セシリアの母親が失踪した直前にも執行人が出現している。
そしてセシリアの母親は失踪した。
セシリアも危うく怪しいリーベリに誘拐されかけた、おそらくあのリーベリが“パディア”だ。
パディアが言うには、セシリアは公証人役場か教皇庁に引き渡してはならないらしい。
それと、セシリアのヘイローも……変だ。
……
今ここから抜け出しても、まだ間に合うだろうか?
いや……
逃げちゃダメだ、エイゼル……
考えろ……
今やるべきことは、なんだ?

エイゼル……お兄ちゃん、病院にいた時、ママを探してくれるって言ってたけど、ホント?

今も……ホントなの?

……
きっと別の方法もあるはずだ。

本当ですよ、セシリア、約束したじゃないですか。

それとセシリア、公証人役場には行かないでおきましょう。

お家の場所はまだ憶えていますか?ほかに母親を知ってる人を先に探しましょう。

約束した以上、必ず見つけ出してあげます。

ありがとう、エイゼルお兄ちゃん!

でもここからどうやってお家に帰れるのか分かんないよ。来たことがないから。

もしエイゼルお兄ちゃんと出会った場所に戻れるのなら……お家の行き方知ってるよ。

わかりました、では別の道からステファノ区まで戻りましょう。

お帰り、モスティマ。

猊下、久しぶりだね。

今度はどんな新しい情報を持ってきたんだね?

大丈夫、前ほどヒドいものじゃないから。

これがさっき言ってた身体検査の報告書……末筆にステファノ区中央病院院長のカルテが書かれてる。

……かなり重いことが書かれてるね。

モスティマ、君はこれをどう見る?

診断と検査をした医者によれば、この検査報告書の持ち主は……八歳のサンクタの女の子。

少なくとも外観と大部分の数値を見るに、紛れもなくサンクタで間違いないよ。

共感の数値はあんまり高くないけど、この子の年齢を考慮すれば、まだ受け入れられる範囲かな。

けど問題なのはこの項目の数値たち……私の身体検査の報告書での結果と似ている。

けどこの女の子はまだ十二歳にもなってないし、ましては守護銃だって貰ってない。この子が戒律を破るような能力があるとは考えづらいかな。外見の特徴を見ても堕天の可能性はない。

残された別の可能性だってそう多くはないよ。猊下なら私よりも理解してるんじゃないかな。

堕天ではない、なら別の可能性として……

いや、だとしても外観の特徴とは矛盾が生じるわ。ああいった子孫からヘイローが出ることなんてありえないもの。

そう、普通ならね。実際こういった事例はめったにない。

その子は今どこにいるの?フィアメッタは?

女の子ならすでにステファノ区の中央病院から退院してる、フィアメッタが追ってるよ。

女の子を病院に連れてきたのは公証人役場の執行人見習いらしくてね。ヴァイエリーフ、フィアメッタから公証人役場に協力命令の要請が出てる、彼女なら今ちょうど公証役場まで向かっているよ。

公証人役場……

不幸中の幸い、だね。

協力命令だけでいいの?フィアメッタ一人だけで大丈夫?

慎重なヴァイエリーフでも大聖堂で間もなく開かれる重要な行事のことを忘れてしまったのかな?

その執行人見習いは女の子ことをどこまで理解してるの?

まだ分からない。病院の関係者が言うには、少なくとも連れて来た時、その人はただ“迷子になったサンクタの子供を助けた”職務を全うした執行人ってだけだったよ。

まずはフィアメッタ一人で行かせよう。

わかりました。

しかしモスティマ、あなたは探しに行かなくていいの?

今のところはね。

それとステファノ区の中央病院で、フィアメッタがむかし護衛隊に就いていたリーベリと遭遇してたよ。

おそらくそのリーベリはすでに女の子と接触している、フィアメッタから届いた情報によれば、そのリーベリが何をしようとしてるかはまだ見当もつかないって。

でも、信義に背くことを口にしたのは確かだよ。

ふむ……君は大聖堂に残っておくれ。

ヴァイエも、まだ焦る必要はない。

使節たちの揃い具合はどうだね?

残りはあと二組だけです、時間通りにはいらっしゃるかと。

構わん構わん。

ならもうしばらく待とう。

パティア、すまない、見失った。

……まあいい。あいつはわざとアンブロジウス区に行ったんだわ、あそこは人も多いし、道だって入り組んでる……新米の執行人だと思ってたけど、サマにはなっているじゃないの。

はぁ、ホント面倒臭い、なんでよりによって執行人なんかに……
(無線音)

誰よこんな時に……オーロン?

面倒臭い事態になっちまったな、パディア。
(無線音)

なによ、笑いにきたわけ?

そんなまさか。順調に進んでない限り冗談なんか言えねぇよ。

いいニュースと悪いニュースがある、どっちから聞きたい?

冗談は言わないなんてどの口が言うのよ……悪いほうから。

悪いニュースは、教皇庁が情報をキャッチして、いま介入してきている。その任務を受けたのが誰なのか当ててみるか?

……フィアメッタでしょ。

ご名答~!

ならどういいニュースが入ったのか聞いてみたいわね……

いいニュースは、フィアメッタ一人だけだ。モスティマは大聖堂に引き留められてる。

……まあいいニュースにしておくわ。けどアタシが欲しかったいいニュースとは違っていたわ、オーロン、今なにしてるの?

冴えてるねぇ、パディア。モスティマが残ったことで、俺と彼女の報告時間が調整された。つまり、今の俺はフリーってことだな。どうだ、嬉しいか?

ち・っ・と・も。

それとオーロン、言っておくけど、先輩風は吹かないでちょうだい。アタシはアンタよりよっぽど早く先導の傍についていたんだからね。

へいへい、分かってるよ、俺はお前のフィアメッタ先輩じゃないから……ちょちょちょ切らないでくれよ、つまりだな、お前にはフィアメッタを足止めしてほしいんだ。

アンタはどうするのよ?

セシリアを回収する。

なんでアンタがフィアメッタの足止めで、アタシがセシリアの回収じゃないのよ?

パディア、そんな怒ることはないだろ?全部分かってるくせに。

それと、フィアメッタの足止めだが、失敗したって構わねぇぜ。あの執行人の片付けは、お前より俺のほうが成功率は高いんだしな。

……

サンクタが嫌いかい、パディア?

……は?

答えてくれ。

……嫌いじゃないわよ、アタシが嫌いなのは何も考えなしにそいつらを上に持ち上げるリーベリたちよ。

でもなパディア、サンクタに関心を寄せないのなら、そいつらを理解することなんてできやしねぇよ。

なによ、まさかアンタはサンクタだから、あの執行人が大人しくセシリアをアンタに渡してくれるとでも言いたいわけ?

それは違う、パディア。サンクタはヘイローのおかげで他者を感受し、なにより互いを理解することができる、だが互いに思想を共有できるわけではない。

感情のリンク、強すぎる感情のリンクは、時折弱点にもなり得る。

サンクタはただそれに慣れきってるだけだ。慣れ過ぎたせいで、異常が起こった際は、どうしようもなく……疑いが生じてしまうんだよ。

……だからアンタはアタシたち側についてるわけ?

そっち側についてるって?

そんなまさか、そっち側にはついちゃいねぇよ、パディア。

俺たちはたまたま同じ道を歩いてるってだけだ。

オーロン、誰と通話してるの?
(無線が切れる音)

モスティマか、お前は相変わらず屋上が好きだな。
(モスティマが近寄ってくる)

お互い様だよ。万国トランスポーターはみんな屋上が好きだからね、そうでしょ、オーロン?

へぇ……お前、朝の時に俺を見かけてたんだな。さすがだぜ。

君だったんだね、てっきり屋上に置かれてた鉢植えかなと思ってたよ。

ん?この色結構イケてるだろ、ヴィクトリアの最近の流行りなんだ。

私の知る限りじゃ、流行りってのは似合ってもいない髪色に染めることじゃないと思うけどなぁ。

ヴィクトリアがお気に入りなんだね、オーロン。

職務があるからな。光栄なる万国トランスポーターとしてなら相応の使命を背負わなきゃならねぇ。

じゃあ私の使命も当ててみてよ?私がなんで急に老いぼれに会ったのか気にならない?

ラテラーノがひっくり返るぐらいの極秘情報かもしれないよ……

やめろやめろ!

聞きたくない。

聞きたくなかった?

もう一人ぐらい助っ人が欲しかったんだけどなー。
(ヴァイエリーフが近寄ってくる)

フィアメッタと合流しないで、こいつを助っ人にですって?

安心してくれ、ヴァイエリーフ、俺はお前にゾッコンだからよ。

気持ち悪い冗談はやめてちょうだい、オーロン・アギオラス。

そんなこと言われちゃ俺だってさすがに悲しんじまうぜ、ヴァイエリーフ。

へー、オーロン、それ初めて知ったよ。

……こんなとこでダベってる暇があるのなら、二人とも報告書を書き直してくれないかしら?

ありゃ?報告書になにか不備でもあった?

あなたの報告書を読むのにどれだけ時間がかかったか分かる?

えー……フィアメッタの文字数は加えちゃダメだったの?私と彼女で一万字書いたのに。

俺は大真面目にちゃんと5時間は書くのにかかったからな。

あなたの報告書に書かれてる本当の内容はモスティマがラテラーノに戻ってくる回数よりも少ないでしょ、よかったら残業手当を同じように増やしてあげてもいいわよ。

ちょっと心配してきちゃったよ、オーロン。

なにが心配なんだよ、モスティマ。

もしレミュアンもヴァイエリーフみたいになったらどうしよう?

……そんな恐ろしいこと言わないでくれ。ブルっちまう。

あなたたちホント暇してるそうね。

オーロンは大忙しだよ。

えっ、ああそうさ、大忙しさ。だからそろそろ行かなきゃな。

そんじゃまたな、可愛らしいヴァイエリーフ、あとでシュークリームを持ってきてやるよ。
(オーロンが立ち去る)

……なに見てるの、別に笑ってないよ。

オーロン・アギオラス……私の手に掛からないように祈っておくことね。

フィアメッタさん、エイゼルならすでに公証人役場まで戻ってきていますんで、もうちょっとお待ちください。

お茶淹れておきますね。

結構よ。

そのエイゼルだけど、知り合い?

ええ、俺の後輩ってとこですかね。そうだ、俺リゲライって呼びます。

彼の仕事の様子はどうだった?なにか疑わしい箇所とかなかった?

疑わしい箇所?うーん、残業したくないのは入りますか?いっつも定時になったらもういなくなってるんですよ。

でも仕事っぷりは結構いいですよ。実務訓練期間もそろそろ終わりそうですし、たぶんいい点数貰えるんじゃないでしょうか。

正直残業嫌いなのはなんとも思いませんよ……なんせまだ実務訓練期間の新米ですからね。だから今のうちに羽を伸ばしてやりましょう、だってこれから使いっ走りにされれば、通勤退勤なんかあってないようなもんになるんですし。

……彼の現在位置を調べてちょうだい。

まさか本当にエイゼルを疑ってるんですか?俺はまだあいつのことを信用してますけど……
(リゲライが端末を操作する)

……ん?この位置は……公証役場の方向に移動していない!?一体どういうことだ……

見せて!

この方向……ステファノ区に戻っているわね。

フィアメッタさん!待ってください!もしあいつが何か企んでいたとしたら、こうして位置情報なんか残したりしませんよ。もう少しだけ考え直してください。

この位置情報は目くらましって可能性だってあるわ。

あいつが位置情報を目くらましにするって考えていたら、位置情報は大人しく公証役場まで向かってきているはずですよ。

フィアメッタさん、公証人役場の執行人を信じてやってください。

……別に信用していないわけじゃない。私だって公証人役場の一員だから。

だから彼の疑惑を晴らすつもりで探しに行くわ。
(フィアメッタが立ち去る)

うーん……

あれ?位置情報が切れた。今頃気が付いたのか、エイゼル、お前はまだまだ若いな……

だが、最初から切らしていたら、こうやって言い訳してやれなかったよ。この野郎、運だけはいいな……

何をしようとしているのかは知らないが……やるからには、自分でその責任を背負えよ。

フィアメッタさんの教育を一回受けるのも悪いことじゃないしな。

お、帰ったか、フェデリコ。
(フェデリコが帰ってくる)

ええ。

今日のステファノ区はやけに賑やかだな……そう思わないか。

あのご遺体に何か問題でも?

お前、あの後の出来事に遭ってないようだな……あのご遺体なら問題はないよ、すでに鎮魂教会まで届いている。

そうですか。

……その“出来事”について何か聞いてきたりしないのかよ?

なんですか。

……もういいや、言わなかったことにしてくれ。

しかし、あのフィリアって女性が死んじまったから、お前の手掛かりも尽きちまったんじゃないのか?

方法ならほかにもあります。

どんな?

リゲライ・コロンボ、あなたにはフィリア・ラポルタの移動記録を調べて頂きたいです。

……お前とのコミュニケーションはやっぱりどうしても慣れないよ。

調べるのはオッケーだ、だが先に言っておくが、報告書までは書いてやらないからな。

審査段階に則って申請と報告を提出するのでご心配なく。

……分かったよ。

どれどれ……
(リゲライが端末を操作する)

……ん?

……んん?

何か出ましたか?

……ちょっとな。見てみろよ。

……いつまで私の後をついてるつもり?

……

とぼけないで、私が公証役場を出てから、見張りの目がどんどん増えてってるのは分かってるのよ。

もう少し視線の隠し方ってのを学んだほうがいいわね。

しょうがないでしょ、こいつら戦士の出じゃないんだし、訓練を受けた期間だって長くない、この程度できただけでも上々よ。

あらパディア、もう隠れなくもいいの?

私の邪魔をしないのなら、構ってやるつもりもなかったのに。

……

過去のよしみに免じて、一つだけ忠告しておく。

あなたが誰と出会っていようが、誰の言うことに従っていようが、何をしていようが――今すぐやめておきなさい、まだ間に合うから。

言うことに従っているですって?

ならフィアメッタ、アンタこそ誰の言うことに従っているのよ?

教皇庁を敵に回さないほうが身のためよ、パディア。

アタシの目的が教皇庁との敵対だって言ったら?

……今ならその言葉は聞かなかったことにしてあげる。

……フィアメッタ、アンタは昔のまんまね……

ほんのちっぽけな人情しかないってのに……アンタはそれを至れり尽くせりして守ろうとする。

けど残念、アタシはもう昔とは違うの。

アンタは聞かなかったことにできるかもしれないけど、生憎アタシにはできないことだわ。