もうすぐですからね……セシリア、この近くの道は憶えていますか?
うん……ここのお家見たことある……でも、みんなほとんど同じように見える……
セシリア、ここにはつい引っ越してきたばかりなのですか?
引っ越し?引っ越した覚えはないけど……
え?
ごめんなさい、エイゼルお兄ちゃん、ママがいつも夜しかお外に連れてってもらえないから、まちの様子が全然ちがくて……
でも普段からこっそり窓からお外の様子を見たりしてたから……わかるよ!だからがんばって道を……
……
大丈夫ですよ、セシリア、きっと見つかります、まだ君と出会った場所にはついていませんからね。
(熱心なラテラーノ市民とセシリアがぶつかる)
キャッ!
ごめんなさい……両側のお家を見てたから気付かなくて。
あれ?朝倒れて病院に運ばれた子じゃない?もう大丈夫なの?
あなたでしたか!ええ、この子なら……この子なら平気でしたよ。
そうだ、あれからこの子を探しにきた大人は来ていましたか?
お昼になるまでずっと待ってたけど、誰も来なかったよ!ホント、両親は一体なにをしてるのかしら……
この子が言うには、この近くに住んでるらしいんです、本当にこの子を見かけたりしていなかったんですか?
こんな可愛い子を見かけたら、絶対憶えているはずだよ!そしたら今こうして待ちぼうけてることもなかったってば。
こうしましょ、この前あの人が言ってたように、区役所まで連れてってあげるよ。もし引っ越してきたばかりだったら、きっと役所のほうで登録が済ましてあるはずだしさ。
あら、奇遇ね、ポーラさんじゃない!
ポーラさーん!こっちこっち!
あれ、どうしたの?いま区役所に急いでるから、話なら歩きながらでお願いね。
この辺りに最近引っ越してきた人っている?
いるにはいるけど……その最近ってどこまでの最近なの?
お嬢ちゃん、いつ頃引っ越してきたのかな?
……ひっこしてきたわけじゃなくて……ずっとここに住んでるよ……
え?お嬢ちゃん、お名前教えてくれるかな?
セシリア……
うーん……おっかしいなぁ、私もうここで十数年は働いてるけど、ずっと住んでるのなら見たり聞いたりしたことはあるはずなんだけどなぁ……
セシリアちゃん、お父さんとお母さんのお名前は知ってるかな?
ママの名前は……フィリア。
!!!!!
ウソウソウソ!?フィリアって、あのセルヴァンティス街のフィリアさん?フィリアさんって独身じゃなかった?いつの間にこんな大きい子ができていたの?
でもよく見ると……確かにフィリアさんそっくりねぇ。
でも変だわ……もしかして私生児とか?セシリアちゃん、ずっとここに住んでるって言ってるけど、それはお母さんがずっとここに住んでるってことなのかな?
そうだよ……
じゃあお母さんを探しにきたの?
……うん、ママに会いたい……
じゃあそちらのお兄さんは、えっと、フィリアさんの親戚とかですか?この子って田舎とか実家に預けられていた子なんでしょうか?この子と一緒にお母さんを探しに?
いやまさかね、どうりで昔彼女に相手を紹介しても断ってたわけだよ……こんな大きい子供がいただなんて。
お兄さん、黙っちゃってどうしたんです?もしもーし?大丈夫ですか?
……
話してるうちにもう着きそうだね、ここがフィリアさんの家ですよ、訪ねてみましょうか?
……セルヴァンティス街7-265号。
え?なんだ住所知ってたんですか。
……ええ、知ってました。
エイゼルお兄ちゃん、どうしたの?顔色悪いよ……
大丈夫です、セシリア……とりあえず、家に帰りましょう。
さあ、帰りましょう、セシリア。
名前。
セシリアに会ってからまったく思いもつかなかった、“セシリアの母親の名前を聞くこと”すら忘れてしまうだなんて。
名前……
病気になった母親、白い服の執行人、コートを着た人たち……
……
そんなこと、どうセシリアに伝えればいいんだ?
どうやって母親を探してやればいいんだ?
……
(戦闘音)
あなたはリーベリなのに、なぜサンクタの女の子を攫おうとしてるの?
(爆発音)
アンタはリーベリなのに、どうしてサンクタの女を守ろうとしてるのよ?
私が守ってるのはラテラーノの規律よ。
規律?サンクタの規律がいつリーベリにまで適用したことになってるのよ?
フィアメッタ、アンタ本当にラテラーノのリーベリがラテラーノの一員だって思い込んでるわけ?
違うの?私は生まれも育ちもここなんだけれど。
あなたこそ、何を言ってるのか分かってるの、パディア?
当然分かってるわよ、フィアメッタ……
分かってないのはアンタのほうだわ。
ラテラーノに生きるリーベリは、考えもしないでラテラーノの規律を基準に考え、考えもしないで“ラテラーノ教”を信仰し、考えもしないで……サンクタを神の奇跡なんかとして扱う!
銃も、規律、ヘイローも、共感性も……
それがサンクタの奇跡だとしたら、ラテラーノのリーベリとなんの関係があるっていうの?
なんで絶対自分に降ってこない奇跡なんかをリーベリが信仰しなきゃならないのよ!?
ラテラーノのすべては、ラテラーノ教のすべては、サンクタだけのものよ、これでもまだ分からないの?フィアメッタ!
自分はあいつらの一員になれたとでも、本気で思ってるわけ?
……
隙アリ!
(爆発音)
うぐッ……
……アンタも言うほど信念が固まっていなかったのね、フィアメッタ。
フィアメッタ、フィアメッタ、もう一度よく考え直して、お願いだから……
昔アンタに話したでしょ、アタシはイベリアから来た……あそこがどういう場所か分かる?……アタシに言わせれば、多くのイベリア人はラテラーノ人なんかよりもよっぽど敬虔深いわ。
けど彼らはなにを得られたんでしょうね……
イベリアの人たちは遥か遠くから、ラテラーノに幻想を抱いている……それは理解できるわ。
けどなぜ、こんな間近にいるラテラーノのリーベリまでもが、甘んじてこんな平和ボケしてるサンクタどもに命を捧げなきゃならないの?
どうしてよ、フィアメッタ、どうしてなのか教えてよ!
……
(爆発音)
……なっ……
……どいて。
なにを言っても無駄、ってこと?
……あなたにはあなたも考えがある、パディア。
なら、私にも私の考えがあるわ。
なら教えてよ……!
どうしてなにも教えてくれないの?どうして……手が届かない背中を追いかけても、振り返ろうとは……しないの?
なにを言ってるのか分からないわ、パディア。
なにより、あなたに教えたところで、考えを改めてくれるの?
そんなコロコロと変わるような考えなら、そんなもの大して価値はないわね。
……
どいて。
私を足止めしに来たのは分かってる。
けど私を止められないことも知ってるはずよ。
お互いやるべき仕事があるんでしょ。
あなたは自分の身近にいる……一般人と大差ない仲間たちに、自分の代わりにツケを払わせようと思ってるわけ?
あなたがそんなことするはずがないわ、パディア。だからどいて、お互いに余計な仕事を増やさないためにも。
……お家に着きましたよ、セシリア。
うん……でもカギ持ってないから、ドア開けられない……エイゼルお兄ちゃん、代わりに……
エイゼルお兄ちゃん、ホントに大丈夫?もしかして気分でも悪いのかな……さっきからずっと、顔色すごく悪いよ。
大丈夫です、セシリア、ボクがドアを開けますね……
エイゼルお兄ちゃん、さっきのお姉ちゃん言ってたけど、どうしてお兄ちゃんは私のお家の住所を知ってたの……
……
セシリア、この銃は見たことがありますか?
……これは、ママのしゅごじゅう?
エイゼルお兄ちゃん……ママの守護銃、どうしてお兄ちゃんが……?
……ごめんなさい、セシリア……
どうして謝るの……
ちょっとよくわからない……
お兄ちゃんは……ママがどこにいるのかわかるの?
……ええ、知ってますよ……だからごめんなさい、セシリア……
ごめんなさい……自分でもなんで謝ってるのかがわからないんです……ごめんなさい……
セシリア、あなたのお母さんは、亡くなられてしまったんです。
もう、ここにはいません。
ここにはいないって、じゃあどこに行ったの?“なくなられた”って……どういう意味……?
……思い出した、朝、ママは遠い場所に行くって、わたしは一緒に来ちゃダメだって言ってた……お兄ちゃんが一緒に行ってあげたのかな、エイゼルお兄ちゃん?
じゃあエイゼルお兄ちゃん、わたしも……連れてって?ちょっとだけ、ママの傍にいるだけでいいから……
わ、わがままは言わないから、ママの言うことはちゃんと聞くよ、帰りたくないなんて言わないから……だから……だから……
もう一回だけママに会わせて……
さよならも、まだ言ってないのに……
……
(オーロンが近寄ってくる)
あれ、どうしたんだ?その子泣き出しそうだぞ、エイゼル、まさかイジメてたりしてないよな?
誰です?待ってください、その制服……万国トランスポーターの人ですか?
よくわかったじゃねぇか、エイゼルくん。
セシリアを大聖堂まで連れて行く、教皇猊下からの勅令だ。
…………
こりゃ失礼、自己紹介を忘れてた、俺はオーロン・アギオラス。身分を確認したいのなら、お前が持ってる公証人役場のデバイスで確認してもらっても構わねぇぜ。
おっと、忘れてた、電源切ってたんだよな?
……どうやってここを見つけたんですか?
……エイゼルくん、あんまり万国トランスポーターを舐めちゃいかんぞ、自分の動向は察知しづらいとでも?それか万全に準備できて、ここまでまったく痕跡を残さなかったとでも思っているのかな?
万国トランスポーターさん……セシリアを連れて行くと言うのであれば、その前に幾つか質問させて頂いてもいいですか?
ハハッ、面白れぇことを言うな、エイゼルくんよ。こっちにはお前の質問に答える義理でもあるのかよ?
だがまあ、俺も悪人ってわけでもねぇんだし……何が聞きたいんだい?
セシリアは一体何者なんです……?
この子は……生まれつきの堕天使なんですか?
……いい想像力だ、エイゼル。
だがお前が想像してるほど奇妙なもんでもねぇよ。
セシリアは混血児なんだ、それだけさ。
え?そんなバカな……サンクタの混血児なんて、サンクタであるはずがない!
サンクタとほか種族との混血の事例は極めて稀なのは知ってますが……だとしても教皇庁を驚かすほど珍しいものでもないはずです。
驚いてる理由なら自分でもよく分かってるじゃねぇか。
サンクタとほか種族の混血はサンクタにはなれない。
サンクタとフェリーンの子ならフェリーンに、サンクタとフォルテの子ならフォルテになる。
サンクタの混血児は、言葉を覚える時にヘイローを獲得することもなければ、サンクタ同士での共感性を得ることもない。
簡潔に言えば、そいつらからサンクタの特徴が現れることはないんだ。例外なく……
って、ほとんど人ならそう考えるだろうな。
……つまり、セシリアがその例外だと。
その子はサンクタになれないはずのサンクタだ。
……では二つ目の質問です、もしセシリアを大聖堂に連れていかれたら、教皇庁は……この子をどう扱うのですか?
さあな。
そんな顔すんなって、エイゼル。仮にお前にウソをつくんなら、もうちょい優しいウソをでっち上げていたさ。
だが今まさにお前が目にしてるように、セシリアは“イレギュラー”だ。当代の教皇がこれをどう処理するかは、俺がここで断言できることじゃない。
その当代の教皇猊下のことだが……お前があのお方にどういう印象を持ってるかは分からねぇ。
だが少なくとも、俺個人の印象としては、あのお方は過激な手段を好まないお方だ。
それにセシリアはこんなにもカワイイんだ、血も涙もないヤツでなきゃその子に傷をつけたりはしねぇよ、違うかい?
……では三つ目。
あなたの答えを完全に信用するつもりはありません……セシリアを大聖堂まで連れて行くのならボクも同行させてもらいます。
おや、それが質問かい?
けど残念、その“質問”だけは……
オーロン、なぜあなたがここにいるの?
……