おい、もうどんぐらい堀ったんだ?
もうちょい掘ってやろう。
いずれここも廃墟になるんだ、墓が車輪をつけて天災を避けることなんかできないんだしよ。
人はいつだって自分が生きた痕跡を残そうとする生き物なんだが……それも叶わぬただの妄想だ。それならいっそのこと灰になって荒野に散ったほうがいい。
そしたらウチらの仕事がなくなっちまうよ。
それもそうだな。
しかし、墓ってのはなにも死者のためだけのものとは限らないぜ。生きてる人たちもこういうモンは必要なんだよ……葬儀とか、ここに立たせてる石とかがな。
こういうモンに別れを告げて、人は新しい始まりを突き進むんだ――
ハッ、そしていずれ自分も墓に入るってな。
葬儀の準備もそろそろだな。
……うん。
よく……よくわからないんだけど。
今日は……あんまり……
ママ……
修道士さん、昨日は本当にうれしかった……
ロッセラお姉ちゃんからは色んなおもしろいことが聞けて……いっしょにお葬式の準備もして、なんだか……ママのためになにかしてあげられたって気がしたよ。
でも……やるべきことをやった後は……その後はどうするの?
ママのために……色々したけど……
でもママは、本当にそれを見ていてくれたの?
わたしがやったことは……本当に役に立つの?
修道士さん、修道士さんは今までこういうこといっぱい経験してきたんだよね……
そういうとき、お……お葬式のときね。わたしは……なにをすれば……いいの?
……お葬式がおわった後は、なにをすればいいの……
そうだね、お葬式を終えた後は……
君はまだ若い、けど正直に教えよう。
私たちがほかの人たちにしてあげたことというのはね、実はどれも自分のためにしてやってることなんだよ。
セシリア、これはなにも自分本位でやってるわけじゃないんだ、誰もが生きてるうちに行ったすべては、結局のところ“自我”を作り上げるためにやっていることなんだ。
葬儀を行い、別れを告げるのは、誰かがこの世を去るから、同時に自分を休ませることでもある。
すでに歩んだ道に踏ん切りをつけるためにね。
多くの大人たちは……そうやって自分に安らぎを与えてやっているんだよ。けどその安らぎ、あるいは別の何かを葬儀から得られるわけではない。
得るためにはそのすべてを経験した私たち自身にかかっているんだ。
後ろを振り向いて、少し休んだ後、私たちは先へ進む、進むしかないんだよ。
前に進むってどこに……?
その答えは自分の中にある、セシリア。
自分にしか答えられない問いなんだ、君や私、ほかの誰もが、一生問いたださねばならない問いなのだよ。
……わたし自身。
旅路は自分でしか見つけられない、また自分の足でしか歩めないものだからね。
じゃあ修道士さんはどうなの?そんなに物知りなら、修道士さんの道は……どういう道なの?
それは答えられないかな、セシリア。自分はすでに見つけたとは言えるはずもないからね。
それほど辛い探究なのだよ。本当にそんな道はあるのかと、望みも抱けず、疑ってしまうほどのね……
けど私はまだ諦めてはいないよ。だからこそ私や兄弟と姉妹たちは自分たちのことをこう呼んでいるんだ……
……“求道者”、とね。
燭台、燭台はどこに……
(……誰かいる?あの病院で遭ったリーベリだ、確かパディアだったか?……それとあのオーロンと言う万国トランスポーターも……)
まったく分からなねぇな、あの男は一体なにをやっているんだ。
言葉遣いに気を付けなさい、オーロン。
今が絶好のチャンスなんだぜ。葬儀なんかで時間を無駄にするより、まだまだやるべきことは山積みのはずだろ。
アンタはあの子の母親とは知り合いだって聞いたけど、冷淡ね。
俺はセシリアちゃんの情報を持ってアンドーンに会った頃から、すでに覚悟を決めてあるからな。
あの子ならきっとこの都市を高みから引きずり下ろしてくれるはずだ。
いつも金と赤の帷幕の後ろに隠れてる聖人を……それと多くの人たちを動揺させることもな。
(彼は一体なにを話しているんだ……?)
サンクタが自分の聖城を滅ぼすために、混血児の女の子の手を借りるとはね?ホント薄汚い真似をするわね。
俺をまるで破壊者みたいに言うんじゃねぇ、俺が言ったのは“してくれる”だ。俺が直接やるってわけじゃない。
破壊を実行せずとも、交渉の材料にはできる、むしろそっちのほうが真価を発揮できると言ったほうがいい。
だから俺はセシリアちゃんが教皇庁の手に渡らないようにする必要があるんだ……その点に関しては、アンドーンも同調してくれている。
オーロン、一つ忠告しておくわ。
アンタがセシリアを使ってなにをしようが、先導者様に誓った約束を忘れないことね。
……忠告どーも、こっちはまだお前らともうちょい一緒に歩みたいから安心してくれ。
そんじゃここいらで失礼させてもらうよ。葬儀で時間を潰すより、もっといい場所があるんでね。
……
(……どうやらこいつらの内部は一枚岩ではなさそうだ。)
(まさか万国トランスポーターも関わっていただなんて……一番危惧してたことが起こってしまった……)
(葬儀が終わったら、セシリアを連れてここを出よう。)
セシリア、セシリア!
エイゼル殿、もうすぐ葬儀が始まるぞ。
アンドーン、あなたたちの遠大な理想に興味はありませんし、あなたと信仰について議論する気もありません。
セシリアだけは……葬儀が終わったあと、ボクと一緒に帰らせてもらいます。
その後に行く宛てはあるのかい?
……
心配には及びません。
そろそろ蝋燭に火をつけよう、エイゼル殿はセシリアと一緒にいてあげなさい。
ラテラーノの早春の朝、空気は未だに肌寒さを帯びている。
サンクタの葬儀は常に笑い声と、音楽と、スイーツと、時折儀式を損なわない程度の爆発事故が伴う。
去る者はやがて崇高なる聖霊と一体となり、天へ帰っていく。誰もが盃を掲げてその者のために祝福するのだ。
しかしサンクタ以外の種族では知る由もないもう一つの“葬儀”がある。
ある時を境に、どのサンクタもが巨大な悲しみによって喉を締め付けられ、動くこともままならず、息をすることも、目を移すこともできないほどの重苦しい葬儀。
まるでダムが崩れたあとの濁流が、一人一人のひ弱な魂を押し流してしまうかのように。
そして今日、ステファノ区の鎮魂教会では、前者のような歓楽もなければ、後者のような重苦しさもない。
ただか弱い一人の女の子が、彼女にとって重すぎる鉄鋤を懸命に振り下ろしていたのだ。
母親の墓に最後の土を被せるために。
さあ、セシリア、お別れを告げましょう。
……
……ママ……わたしどうすればいいの?
全部……全部ママのためにしてるんだと思ってたときは、なにも怖くなかったし、なんだってできると思ってた。
ママが傍からいなくなった時、なんだかちょっぴりりっぱになった感じもした……少しだけ大人になったからなのかな?
でもエイゼルお兄ちゃんは……この先ずっと、もう二度とママには会えないって言った。わたしが大きくなっても、すごい人になっても、りっぱになっても、ママに会うことはできない……そうなの?
わたしがいい子でいても、ママはもう褒めてくれない……わたしが悪い子しても、ママはもう怒ってはくれない……
じゃあわたしは、なんのために大きくなるの?
修道士さんは……ママのためにお葬式の準備をしても、ママとお別れを告げても、それはすべては自分のためにしてることだって言った。
自分のためって、どういう意味なの?
わたし怖いよ……ママぁ……
この前、知らないシスターのお姉ちゃんが言ってた、泣いても、笑っても、それが自分のお別れの言葉なら、なくなった人は受け入れてくれるって……
わかんないよ……ママ、わたし、泣くべきなの、それとも笑うべきなの?
修道士さんは、それは自分でしかわからないって……でもわたし、わたしにもわからないよ……
……セシリア、焦らなくていい。
君にはまだまだたくさんの時間があるのだから。
けどあんたにはもう時間なんか残されていないわ、残念だけど。
(爆発音と共にモスティマとフィアメッタが近寄ってくる)
やあ、久しぶりだね。
ようやく捕まえたわよ、アンドーン。
……モスティマ、フィアメッタ、私の戦友たち、久しぶりだね。
だが故人を悼みに来たのなら、少々来るのが遅かったようだな。
平気よ。
次の人を悼めばいいんだから。